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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


   愛でよ短きその生

 大徳寺華子がふと立ち寄ったその店――得物処・八重垣は、武器を扱う荒々しさとは対照的なたたずまいで、静謐な空気で心地良く満たされた空間だった。
 こんな所に武器屋とは、珍しいねぇ。
「お客様も狭間と戦う武器をお探しですか?」
 店の前に立つ華子に、着物に白い前掛けをまとった少年が屈託のない笑顔で聞いてきた。
 ずらりと壁にかけられた武器や、床板の黒い艶が歴史を感じさせる店だが、聞けばつい最近ここに開店したばかりという。
 狭間――東京で生まれた怪異をそう呼ぶ者もいる。
 華子が望まずとも、向こうが勝手に干渉してくるのだから始末におえない。
 いい加減最近は無視し続けられなくなってきていた。
 ここで何か良い得物を見繕うのも、悪かないか。
 少年の柔らかな雰囲気に惹かれてくぐった暖簾の向こうには、先客らしい壮年の男が黒革の鞭を手にしていた。
 男の足元にうずくまる白い狼が視線をこちらに向け、彼もそれに次いで華子を見る。
「君も八重垣の武器を? ここのは使いやすいものが揃っているよ」
 軽く空を斬る音と共に、灰色の狼が三体男の周りに出現した。
「結城さんは汎用型じゃ物足りないでしょ? あ、お茶どうぞ」
 知らず知らずのうちに、随分と身体は冷え切っていたようだ。
 時の流れから切り離された華子の身体にも、早春の寒さは等しく与えられる。
「お客様も咆哮鞭を使ってみてはいかがですか?
うちは一度使って頂いてからじゃないと、武器をお売りできませんし」
 咆哮鞭は確かに魅力的だけど……私に使いこなせるだろうかねぇ?
「良かったら一緒に行こうか。俺も咆哮鞭を使っているしね」
 再び結城は鞭を振るって狼たちを消すと、懐から別の一本を取り出した。
「俺のは初期型でね。慣れるまで苦労したよ」
 この真っ白な狼も咆哮鞭で出した獣だったのかい。
 どうりで学者みたいにじっと考え込んでる瞳が似てると思ったよ。
 こうして華子は咆哮鞭を手にし、結城と共に狭間が現れるという廃校へと向かった。


 廃校となって久しい木造校舎の校庭に、華子と結城は立っていた。
 夜の闇に溶け込むように長い髪が背中に流れる華子は、黒のパンツスーツでマニッシュな雰囲気をかもし出している。
 対して結城はベージュのステンカラーのコートをはおり、帰宅途中のサラリーマンのようだ。
「懐かしい雰囲気の場所だね。ああ、君くらいの年齢なら、懐かしいなんて思わないか」
 誤解している結城の言葉に、華子は曖昧に笑った。
 見た目以上に齢を重ねていると、言った所で信じてもらえないのが大半なのだから。
 古びた校舎の外観よりも、華子は校庭の片隅でほころび始めた桜に視線を投げていた。
 私にもこんな風に桜が待ち遠しい頃があったっけ。
 けれどその懐かしさはすぐ疑問に変わる。
 思い出したのは百年前の桜? それとも去年の桜だったのか……。
 過去に思いをはせる華子を、結城の言葉が現実に引き戻す。
「ここでなら多少荒っぽい獣を出しても、周りに迷惑がかからない。
君が好きな動物を思いながら、咆哮鞭を振るってみると良いよ」
「何が出てくるのか……怖いねぇ」
 己の本質が暴かれる恐怖。誰にでも備わった感情だが、華子は自分で口にした言葉に驚いていた。
「君は……君が思っている程、闇の側に属してるようには、俺には思えないよ」
 結城が咆哮鞭を振るうと、粉雪を伴った風が吹き抜け、白い毛並みも闇に鮮やかな狼たちが九体実体化した。
「眼に見えているものだけが真実とも限らない。
俺の本質がこの狼だって事みたいにね。それは君の方が良く知っていそうだけど」
 この男は私の本質とやらも見抜いているのかねぇ。
 今度は自然と口元が微笑みの形にほころんだ。
「さぁて、何が出るのかお楽しみ!」


「初めから獣が出せる方が珍しいんだよ」
「でもねぇ、ちょっとぐらい出たって良いじゃないか……」
 懐中電灯で足元を照らしながら進む結城のすぐ脇を、華子がバツの悪そうな顔で歩いている。
 結城の咆哮鞭は通常よりも長く伸びて空を漂い、狼たちが二人を守るように前後左右を固めている。
「素質はありそうだけどね。何か心に引っかかる物があるとか?」
 大徳寺家の人間の歌声が持つ力を自覚したあの日。
 悲しみで刻まれた幼いあの日から、他人との関わりを自ら望んではいけないのだと、華子は自分に言い聞かせてきた。
 そして生の刻限を奪われ、愛しい者と同じ時を過ごせなくなってからは、無気力とも言える日々の繰り返しだった。
 こんな私が、己の本質なんて見せられる訳ないじゃないか。
「……私にこれは不釣合いだったのかもねぇ」
 自嘲めいた笑みが華子の顔をかすめる。
「咆哮鞭だけが八重垣の武器じゃない。もっと君にふさわしい物もあるよ」
「慰めは止しとくれよ」
「八重垣のは特に使い手との相性もあるから、こうして試用期間を設けてるんだ。
自分にあった物を使うのが一番だよ」
 突然、結城は鋭い視線を空に投げた。白い狼たちもピクリと耳を動かし、辺りをうかがっている。
「静かに」
一瞬の沈黙に続いて華子が口を開く。
「一体何だってんだい?」
「ほら、音が聞こえないか?」
 結城が手の中の懐中電灯を消した。
 懐中電灯の明かりが消えた廊下の向こう、二人が立てる軋んだ足音の他に、遠くピアノの音がする。
 しかしそれは旋律とは言えず、ただ鍵盤に指を置いて確かめているようなぎこちない。
 狭間とは何なのか、それは誰にもわからない。
 強すぎる人の想いが怪異を生み出すのだという者もいる。
 古の時代から呼び名は違っていても、怪異とされる存在は確かにあった。
「向こうに気付かれないよう、狭間のいる音楽室までは暗がりを進む事になるけど……怖いかな?」
「だ、誰がっ!」
 結城が悪戯っぽく微笑む気配に思わず華子は声を上げかけ、その言葉を飲み込んだ。
「……怖かないけど、暗がりの中じゃ歩けないだろ?」
「それは大丈夫」
 既に先を歩き出した白い狼がこちらを振り返っている。
「俺は目が悪くて視力の殆どを咆哮鞭――雪風で補ってるんだ。さあ、行こう」
 結城に促され、華子はその手を取り一歩足を踏み出した。


 暗闇の中、しっかりと握り返す結城の手は温かく乾いていて、足元のわからない華子の不安を和らげてくれた。
 誰かと手を繋ぎながら歩くなんていつぶりかねぇ。
 それはつい昨日のようにも思えるし、遠い過去の出来事にも思える。
 最近、華子は時間の観念がどんどん曖昧になっていくのを止められなくなっていた。
 どうせ皆私を通り越して、年取って先に死んじまうのさ。
 もう、覚えちゃいられなくなったよ。
 手を引かれるままたどり着いた教室に掛けられたプレートは、もちろん音楽室だ。
 結城が引き戸に手を掛けるよりも早く、内側よりの力で開け放たれた。
「珍しい相を持った二人よの。男は身の内に獣を飼い、女は時と切り離されて生きるか」
 取り残されたピアノの傍らから、白拍子が切れ長の瞳をこちらに向けた。
 朱の袴と純白の水干姿が、闇の中でもくっきりと浮かび上がっている。
「ここ数日、一人暮らしのお年寄りが行方不明になり続けているのは、貴女の仕業ですね?」
 にぃ、と白拍子の口元が紅く細く開く。
「あれらはこの世に憂いておった。我は来世への旅立ちに手を貸しただけ」
 結城が低い声で糾弾する。
「誰にもそんな権利はない。貴女が例え、人智を超えた古から存在する者としても」
 結城の言葉を全く意に介さないのか、白拍子は視線を華子に向ける。
「女、そなたもこの世に憂いておる一人か。人の世は辛い事ばかりじゃろ」
 ほんの少し気持ちが揺らいだ隙に付け入るように、白拍子の微笑みは甘美に映る。
「華子さん離れて!!」
 結城が咆哮鞭を白拍子に向けると、狼たちは一斉に襲い掛かった。
 その動きは激しくも統制の取れた獣の狩りの姿だった。
 しかし、白拍子は涼しげに扇子で狼をあしらうと、音も無く華子の目の前に立ち、透けるような白い指先を華子の頬に伸ばす。
「容易い事よ。この手を取れば良いだけの事」
 瞳に力をこめてみても白拍子は嫣然と微笑むだけで、華子の拘束能力も発動しない。
 やっぱり私はもう、この世から身を引いた方が良いってのかい?
「ぎゃああああぁぁ!!」
 目を閉じた華子の耳に、白拍子の悲鳴とかつて聞いた事のない獣の咆哮が響いた。
 瞳を開くと、床に座り込んだ華子を守るように、青い燐光をまとった雄鹿が三体現われていた。
 その大きな枝角は白拍子の腕を、胴を切り裂いてなお血にまみれず輝いている。
「永劫に、訪れる事ない死の安らぎを想いながら……生き続けるが、良い……」
 白拍子は凄艶な残像を残し、地に落ちた桜の花びらが風に舞うように、細かな欠片となって消えていった。


 静寂の戻った音楽室で、華子は懐にしまったままの咆哮鞭を取り出していた。
 既に三体の雄鹿は消えている。
「これはどうした物かねぇ」
「持っていると良いよ。切り札は多くあった方がきっと役立つはずさ」
 つかの間に見た幻の鹿は雄々しく美しかった。
 あれが私の本質ってなら、もう一度見たいじゃないか。
「そうするとしようか」

(終)
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2991/大徳寺・華子/女性/111/忌唄の唄い手】

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■         ライター通信          ■
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ご発注ありがとうございました!
華子の厭世的な所・可愛い所が出せないかと思って書きました。
少しでも楽しんで頂けると嬉しいです。
咆哮鞭をお贈りしますのでお納め下さい。