コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

 空は呆れるほどのいい天気。海へ出るのに、こんな好都合はない。これも(自分の)日頃の行いがいいからだと、猫目辰臣は思い切り体を伸ばした。頭に巻いたバンダナとネイビーと白のくっきりした縞シャツが、よく似合っている。
「よし、せっかく船に乗ったからは船の生活を満喫してやるぞ!」
まずはあれをして、これをして・・・・・・と、辰臣は本や映画で見る海賊の生活を頭に思い描く。偶然に手に入れた宝の地図。運命的な美女との出会い。宝を求めるライバルとの熾烈な争い。最後はやっぱり、丸太の上でサーベルを使った一騎打ちだよなあというところ、映画で言うならクライマックスの辺りまでぼんやり考えていると、いきなり後ろから拳骨で頭を殴られた。
「おい」
痛てえ、と振り向く辰臣の間近にあったのは船に乗ってすぐ親しくなった少し年上の水夫のタレ目。眉が吊りあがっているので顔の中にバツの字がある、と大笑いした顔である。
「何度も呼んでんだから、返事くらいしろ。飯だ」
「あ・・・・・・悪い悪い」
飯か飯かと二度繰り返すと、うるさいと言われてまた殴られた。悪い男ではないのだが、すぐ手が出るのがたまにきずだ。
「今日の昼飯は、なんだ?」
「野菜をゆでたのと焼いた魚だ」
「またか?」
辰臣は悲鳴をあげる。昨日の昼も、一昨日の昼もそれだった。とれたての魚はおいしかったが、三日も経つと塩味が強すぎると感じるようになっていた。(それに、日本人ならやっぱり刺身だ)
「違うものが食べたいなあ」
「貴族さまの船旅じゃあるまいし、贅沢言うな」
言われてみればそのとおりだと、辰臣は納得し心の中で舌を出す。映画の中に起こる出来事なんて、映画にしか起こらない。

 違うものが食べたいと言いつつその日の昼食もたっぷりたいらげてから、辰臣はあらためてデッキブラシをかついで甲板を見渡した。
「とりあえず甲板掃除は、やってみたいよなあ」
海賊にとって船は分身も同じ、それなら甲板はぴかぴかに輝いていなければならない。もう思いっきり磨いてやると気合を入れて、半袖を肩までまくりあげた。
 ところが気合というものは至極空回りしやすいもので、辰臣の甲板掃除はそう長く続かなかった。本人がくじけたというより、周りから阻まれたというのが正確だった。
 だが、止めるほうにも悪気があったわけではない。なぜかというと辰臣は、甲板掃除というとデッキブラシを構えてどこまででも真っ直ぐに駆け抜けていく、というイメージを持っていたからだった。舳先へ向かえばマストから下りてきた見張りと衝突したり、船尾へ走れば並べられた樽へ突っ込んだりと、とにかく苦情の全てはいつの間にか辰臣のお守役になっているタレ目の水夫へ持ち込まれた。なにしろ、悪意がないのだから性質が悪い。
「おい、そのへんにしておけ」
タレ目は辰臣の襟首をつかんで、船の隅っこへずるずると引っ張っていく。
「なんだよ、まだ途中だぞ」
「甲板を鏡にでもするつもりか」
そんなに磨いたら転ぶだろうが、と言うそばから日光浴に甲板へ出てきた航海士が足を滑らせていた。ある意味親切な男である、ほら見ろとタレ目は顎をしゃくる。
 実際に被害者が出てしまった以上は、甲板掃除は中断せざるをえない。しかし辰臣は
「それならなにしたらいいんだよ」
と頬を膨らませて抗議した。海でも見てろと言われたが、それではつまらない。せっかく海賊船に乗ったのだから、海賊船でなければできないことがしたい。
「なあ、なあったら」
しつこく腕を掴んで食い下がっていると、タレ目は辰臣を段々煩わしく感じてきたのか静かに右の拳をすっと振り上げた。また殴られるのかと辰臣はぎゅっと目をつぶり、頭をかばう。もう、ほとんど条件反射みたいなものである。
 しかしタレ目の拳はいつまで経っても落ちてこなかった。
「・・・・・・?」
そっと目を開けると、船室へ下りていくタレ目の背中が見えた。
「ちぇ」
からかわれたのだとわかって、辰臣は肩をいからせ舌を鳴らした。

「みんな、俺を子供扱いしやがる」
子供扱いというより役立たず扱いなのだが、辰臣は船縁に腰掛けるとズボンのポケットから小さなオレンジを取り出した。さっき、昼食のデザートで配られたものを食べずに取っておいたのだ。同じポケットに入っていた折畳式のナイフで皮を剥いて、一房口に放り込む。まだ、少しすっぱい。それでも全部食べた。残った皮は、海へ落として捨てた。こうすれば魚が食べるのだと、タレ目が教えてくれた。
「馬鹿にした罰として、飲んでやる」
そしてもう反対側のポケットから出てきたのは、四角の小瓶。中には琥珀色の液体が入っている。言うまでもなく、酒だ。タレ目の部屋から失敬してきたのである。
「ぜーんぶ、飲んでやる」
コルクの栓を歯で抜いて、小瓶を傾けるを辰臣は一気に液体の半分ほどを飲み干した。酒はかなり強い匂いと味がして、同時に酔うのも早そうだった。
 飲んで数分もたつと、気持ちがふわふわしてきた。なんだか無性に楽しくなってきて、辰臣は座っていた縁の上に手をついて器用に逆立ちしてみた。船の揺れで一瞬体がぐらついたが、なんとか持ちこたえる。このまま、船を一周してみせたらみんな驚くだろうな、なんて考えてくすくす笑う。
「ん?」
さかさまの視界のまま海のほうを向くと、遠くのほうでしきりに水が白く泡立っているのが見えた。魚の大群がいると、あんな風に泡立つのを聞いたことがあるが、あれは一体なんだろう。
「イルカかなあ」
ぼんやりした頭で、辰臣はそんなことを思った。イルカに会えたらいいなあ、なんてこともそういえば思っていたんだっけ。背中に乗って、一種に泳いでみたい。
 そう考えだすとその白い波が本当にイルカに見えてきた。イルカに違いない、と酔った頭は決めつけてしまう。
「イルカだ!」
辰臣は両手で跳ね上がり、空中で半回転すると縁にすっくと立った。そして、大きく息を吸い込んだかと思うと、勢いよく海へと飛び込んだ。誰かが落ちたぞ、という声を頭の中で
「落ちたんじゃない、飛んだんだ」
と訂正しながら。
 だが、船から海までは遠かった。一つには船が大きすぎたことがあるし、もう一つは辰臣が飛び込むときに高く飛び上がりすぎたせいでもある。さらに、飛び込んだ海はこの辺りの海域でも最も水深が深い場所だった。
 どぼん、という音がしてから耳を泡の立つ音が包み、体は沈んでいく感触がするのにいつまでたっても足がつかない。手を差し出しても触れるものがない、体のどこにも頼るものがないという状態は、とてつもない不安を辰臣に与えた。
「やっべえ・・・・・・そういえば俺、泳ぐのあんまりうまくない」
そう思ったのも後の祭。耳の奥で、危険を報せる金属音のような耳鳴りが始まった。ますますやばい。息も、段々苦しくなってきた。一旦水面へ上がろう、と思うのだが沈んでいく体を上昇させる術がなかった。
 辰臣は海中で目を開いた。だが、見えたのは深い蒼と自分の口から溢れた真っ白い泡だけだった。

 本の中で死んだら本当の世界でも死んでしまうのだろうか。いや、それ以前に自分はこんなところで死んでしまうのだろうか。死んだら大事な猫たちはどうなるのか。そんなことを考えていた辰臣の頭を呼び起こしたのは、強烈な痛みだった。
「この、馬鹿」
これはタレ目の拳骨だ、ということは自分は生きている。慌てて体を起こし、辺りを見回すとそこは甲板、そして頭から足までずぶ濡れのタレ目の顔が間近にあった。
「うわ」
驚いて身をのけぞらせると、その後ろにも別の水夫がいて後頭部が直撃した。辰臣は頭を抱えうなってしまう。
「痛ってえ」
「心配させやがって。酔っ払って海に飛び込むなんて自殺行為だぞ」
「だって、イルカが・・・・・・」
と言いかけて辰臣は口をつぐんだ。イルカがいたなんて言っても、また馬鹿と言われるだけだと考えたのだ。しかしタレ目はなんでもない顔で
「ああ、お前を助けてくれたあのイルカか」
と答えた。そして耳を疑うような話を聞かされた。
 海へ落ちた、正確には飛び込んだ辰臣を助けてくれたのは、なんと一匹のイルカだった。背中に乗せてくれる、とまではいかなかったが辰臣のシャツをくわえて、水面まで引き上げてくれたらしい。言われてみれば、脇腹のあたりが噛み千切られている。
「本当に、イルカなのか?」
「本当にイルカだ」
タレ目が深く頷くのを見て、辰臣は悔しくなって甲板の上に大の字になった。本当にイルカがいたのなら、意識がはっきりしているときにあらためて会いたかったのだ。
「タレ目ずるい、ずるい。ちくしょう、俺もイルカに会いたかった!」
「・・・・・・」
「タレ目の馬鹿、ずる、意地悪」
「うるさい!」
そうやってわめいている辰臣の頭の上に、再びタレ目の拳骨が落ちてきたのは言うまでもない。
こうして辰臣の物語は終わった。

■体験レポート 猫目辰臣
 タレ目の拳骨、痛てえったらねえの。あれ、本当に殴られた感じだった。痛いのとか苦しいのとかまでリアルなのは、マジヤバイって。
 あと、やっぱイルカ見たかったなあ。気ぃ失ってるときじゃなくて、もっとちゃんと、触ったり泳いだりしたかったぜ。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

5119/ 猫目辰臣/男性/19歳/専門学校生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
辰臣さまは元気が取り得のトラブルメイカー、
というイメージがあります。
ので、思いっきり自由にしたかったのですがあんまり自由だと
箍が外れてしまうのでお目付け役にタレ目を登場させてみました。
タレ目はすぐに手の出る乱暴な性格ですが、辰臣さまのことを
弟のように思っている設定です(個人的に気に入ってます)。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。