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<東京怪談・PCゲームノベル>


奇兎−逆−

「……まったく、これじゃあ幾ら経っても仕事が完遂出来ませんね」
 繰り出される拳を避けながら、シン=フェインは桜城祐一の顔を正面から見据える。ある規則に定められたリストに乗った人間を殺す、或いは捕獲という、大雑把な仕事を周囲へと流したのは紛れもない自分自身だが、久々に自分で動こうと思えば奇襲はことごとく失敗する。野生の感、というものに見捨てられていることに溜息をつきながら、彼はただの逃げに徹する。拳や蹴りの生み出す風に髪を幾度となく揺らしながら、距離感の掴み辛い片目で避け続けた。
 祐一の攻撃は早く、“時空転移”を行うことの時間すら与えられない。一言二言の言霊で為しえられるはずなのに、それすら適わないのは一体どういうことなのだろうか。
「ハッ、最高にクールな晩だぜ全く! 折角のパーティだ。存分に堪能させてもらうから嫌だと言っても最後まで付き合ってもらうぜ!」
「……いえいえ、こう見えても人付き合いは苦手な方でして、パーティには辞退させていただきたく」
 気付くと息が少しずつ上がり始めている。こういうところは“人間臭い”んだな、と一人心地に思いながら、シン=フェインは背に感じた固い物質に思わず息を呑んだ。……街中で戦闘をするものじゃないな。両手をばきぼきと音を鳴らしながら近付く祐一の目は、どこか血の匂いすら感じさせる。データにはあまり喜ばしいデータはなかったから、避けなければその一突きで絶命するだろう。背後には壁、前方には破壊者。
「ったく、少しは抵抗しろよ」
「無理、絶対無理」
「人間、諦めたらそこで終わりだぜ?」
「抵抗しようもないんですよ、今回は。……助っ人呼んでも、いいですか、っていい分けないですよねー」
 引き攣りそうになる祐一の表情を見、シン=フェインは慌てて訂正する。
「しかし人間には得てして、得手不得手というものがありまして……」
 ブロック塀を拳が打ち砕く。祐一の拳は通常なら手の骨が砕けても可笑しくないというのに、彼の手には傷一つすら負われていない。シン=フェインが避けたことに幾度目かの舌打ちをし、祐一は手を引き抜いたと同時に足払いをするために状態を低くする。察してか、彼は辛うじて崩れていない塀へと身を躍らせバランスを器用に取るも、直後に崩れる足元から急いでその場を一蹴りで跳躍する。着地したのは一軒の家屋。電気も点いていなかったし、ここ数年に渡って人が住んでいたという匂いすら感じられない。多少の失態はあるかもしれないが、この位置からならば充分に転移は可能……だった。
「…………!?」
 だが盛大な音を立てて、建物は崩れていく。青年は次へ移動する足場を探し、だが間に合わないことから足場にしていた瓦と一緒に地面へと叩きつけられる。痛む背と頭をさすりながら立ち上がろうとするも、その胸に一本の足が乗せられていたために全く身動きが取れない。
「チェックメイト、だな」
 胸板をきりきりと軋ませながら、祐一はにやりと笑った。肺を無理矢理圧迫され、詠唱を行わせることもままならない。シン=フェインは小さく舌打ちだけして、意識を途切れされまいと固く口を結んだ。
「……さて、これは面白い構図だな」
 ふいに発せられた声に、破壊者の微笑が凍りつく。
「何事かと思えば人外同士の喧嘩か。うちのシマでやってくれるな」
 背後に様々の魑魅魍魎を従えた七城曜が、二人の傍にいつのまにか立っていた。
「人外とは、これまた酷い」
 圧迫が少し緩み、消え入りそうな声で青年は言う。事実だろ?、との冷めた声に、青年は黙り込んだ。
 折角の殺し合いに水を差されたのが気に喰わないのか、祐一の攻撃の矛先は曜へと向きかける。だがコンマ単位で動いた彼女の“護衛”らが一瞬にして動きを抑える。
「少しは学んだ方が得策だと思わないのか?」
「これでも少しは勉強させてもらってるんだけどね」
 僅かに動くシン=フェインの指先をちらりと見据え、曜は重々しく言葉を発する。
「……そこで両者共に血肉になりたくなければ、大人しくする方をお薦めするよ」
 淡々とながら、しかし圧倒的な威圧感を持つ言動に、祐一は青年から足を下ろして適当に地に腰を落とした。青年は軽い堰をして、体を起こすとその横に素直に座る。
 曜の主張としては、簡潔にまとめると以下の二点だった。
 一つ、殺し合いなら別の場所でやれ。曜のシマでやること事態が問題であり、その対処やら何やらには莫大な人と財力がかかる。シマ同士は現在緊迫状態であり、些細な問題でも抗争が勃発することもある。人間通しのイザコザならば対処は楽だ。だがシン=フェインの関わりが既に問題だ。彼は情報の売買のためなら何だって行うという風評のある存在だ。あまり快く思っていない人間もいるからね、との曜の言葉に、彼は苦笑しながらも「確かに」と肯定した。
 二つ、双方に組のシマで騒動を起こした落とし前をつけてもらう。
「シン=フェインさん、キミには貸し一ということで今後情報代を一回無料提供してもらうよ」
「そちらからも、幾つか提供していただけるのでしたら」
「フィフティ・フィフティのつもり?」
「……こちらから、全面的に提供させてイタダキマス」
 何の情報にしようかな、とぶつくさ呟き始めるシン=フェインへと曜は、
「既に決めてあるから考える必要はないです」
 と言い放ち、彼を再び黙らせた。ガセだったら殺されるかな、と一瞬脳裏をよぎるが、今一番深刻なのは瓦礫の上で正座していることによる足の痺れの方であったりする。
 その時、シン=フェインは密かに展開しておいた“時空転移”のための詠唱を放つ。
「それでは、また後日」
 彼はその姿を時空のどこかへと消した。
 曜は小さく手を彼方に振り、祐一へと向き直る。
「破壊した器物の弁償代金を家賃に上乗せするよ」
「おい待てそりゃないだろ!?」
 非難する祐一の前に、曜の護衛が一匹ずいと立ち塞がる。
「極道の落とし前に慈悲を期待するな」
 言い退ける曜であったが、その実采配はかなり甘いものであったりする。事件揉み消しと家屋や塀の復旧。その他情報操作と、シン=フェインが利用した“時空転移”に伴う歪みに対する“正当な”理由付け、その他諸々。考えるだけでも頭痛を起こしそうだったが、曜か軽く記憶から追いやって話題を再開した。それでも尚反論する祐一へ、曜は疲れたように口を開いた。
「金が無いなら、あの男からキミ個人の落とし前として金を奪うのだな」
 シン=フェインといえば、当然ながらその場にいない。祐一は彼の今の居住区を問おうにも、曜サイドからでは口を割る愚行もしないだろう。言ってしまえば、貸し借りがチャラになってしまう。貴重な情報源を絶つのも、惜しい。
「じゃあ、私は行くよ」
 曜の無慈悲な宣告に祐一は暫しの間機能を失った機械のように固まっていたが、
「…………」
 突然動き出し、傍に立っていた電柱を一本破壊しながら消えた男を追っていった。
「あまり、期待してないけど」
 ぼそりと呟いた曜は、祐一の消えた方向へ向けて視線をやると、彼とは逆の方向へと歩き出したのだった。





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4946/桜城祐一/男性/20歳/なんでも屋】
【4582/七城曜/女性/17歳/女子高生(極道陰陽師)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。

“奇兎”という“異能者”狩りの話でしたが、如何でしたでしょうか?
物語の発端者が表舞台に出ることは滅多にないのですが、それは普段奇襲をメインに活動しているからという設定があります。
今回それが失敗したのは、“野生の感”という部位が多く含まれるのかもしれません。
まだまだ話は続きそうですし、「その後」がどうなるのかも気になるところです。
どのような情報を無償提供させられたのか。
無事、金を巻き上げられたのか。
戦闘になりようのない二者ですが、リベンジはありうるのか。
幾つも考えられてしまい、また話も膨らむ限りです。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝