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<東京怪談・PCゲームノベル>


■アトラスの日に■


■たいようのふたご■


    むかしむかし、ある世界に、2とうのドラゴンがおりました。
    2とうはふたごでしたが、みた目も色もぜんぜんちがいました。
    けれど、人間にばけると、そのかおだちはほんとうにそっくりでした。
    兄はまっかにもえる太ようのような赤いドラゴン。
    弟はしずかな夜のような黒いドラゴン。
    2とうはおそろしいすがたでしたが、せいかくはおとなしく、
    なかよく平和にくらしていました。

    2とうのすがたに、人間やけものたちはふるえあがり、
    めったにけんかをしようとは思いません。
    それに、2とうのドラゴンはいつもはおとなしいのですが、
    ひとたびだれかとけんかになってしまうと、
    ぜったいに負けることはありませんでした。
    とてもとても強かったのです。
    だれも近よらず、だれも話しかけようとしないものですから、
    2とうの毎日はだんだんたいくつなものになっていきました。

    「弟よ、おれはべつの世界にたびに出ることにした。」
    ある日、兄のドラゴンが弟にうちあけました。
    「とてもとてもたいくつだ。話しあいてもおまえしかいない。
     おれはともだちをさがしてくる。
     おまえはここでまっていなさい。」
    「すぐに帰ってきてくれるよね、兄さん。」
    「もちろんだ。ふたりでもたいくつなこの世界に、
     おまえをたったひとりにさせつづけるわけにはいかない。
     では、行ってくるよ。おとなしくしているんだぞ。」
    兄のドラゴンは、そう言ってでかけてゆきました。

    兄ドラゴンがさってから、世界はくらいくらいやみにつつまれました。
    兄ドラゴンのもえるうろこが、世界をてらしだす太ようだったのです。
    弟ドラゴンのうろこはまっくらなやみを作りだしていました。
    太ようがなくなってしまったことに人間やけものたちはおどろき、
    ふたごのドラゴンをさけていたことをこうかいしました。
    そうして、いっしょうけんめいおいのりをして、おくりものをして、
    ドラゴンのきげんをとろうとしたのです。

    けれど、太ようはもどってきませんでした。
    そのころには、弟ドラゴンのまわりには、
    ドラゴンにおいのりをする人間やけものたちがたくさんいて、
    弟はちっともさびしくはなかったし、たいくつでもなかったのです。
    けれど弟は、たびだつことにしました。
    「兄さんをさがしに行ってくる。
     きっと兄さんは、そとの世界がたのしいから、
     じかんがたつのもわすれてしまっているんだ。」
    「かみさま、すぐに帰ってきてください。」
    「もちろん。昼も夜もなくなったら、世界はとんでもないことになるもの。
     おれたちはふたごだから、おたがいのいばしょがなんとなくわかるんだ。
     だからすぐに見つけてもどってこられるよ。」

    そうして、夜も出かけてしまいました。
    世界のじかんは、それきり、とまってしまいました。
    じかんがとまってから、とてもとても長いじかんがたちました。
    空と人間とけものたちは、ずっとずっととまったままです。
    とまったまま、じかんがもどってくるのを、
    いつまでもいつまでもまっているのでした。



■昼と夜の世界で■

 アトラス編集部の片隅、応接室の中で、リチャード・レイはいつも通り、レポートをしたためていた。つい最近起きた『夢』や『別次元』の事件を記録に残しているのだ。事件は矢継ぎ早に起き、息つく暇もないほどだ――いったんペンを置いて、レイは深い溜息をついた。
 時間が足りない。
 夜がずっと長ければいい。
「すいませーん」
 応接室のドアを開けて、ひとりの男が顔を出した。突然の来客に少し驚かされたのも事実だが、レイはその顔と台詞を目の前にして、しばらく硬直してしまっていた。
「あのー、いそがしいですか?」
「……」
「あれ、えっと、レイさん……ですよね?」
「……あの、どうかしましたか? いつもと口調が違いますが」
「……はい?」
「……」
 すれ違いの会話の後、ようやく男は応接室の中に入った。
 男の姿を頭の先からつま先まで見止めてから、レイは大きく頷く。立ち上がって、男の前まで歩んだ。
「失礼、あなたによく似た方に、日頃お世話になっているものですから……勘違いを」
「本当ですか!」
 長躯で体格のいいその男は、がっ、とレイの肩を掴んだ。レイの痩身はよろりとよろめく。
「俺、‘GJKNy50っていいま……しまった、この舌じゃ発音できない……ええと、二階堂裏社っていいます。兄貴を探してるんですよ。双子なんで、そっくりなはずなんです。知ってるんですね!」
「え、ええ」
 興奮のあまりのまくし立てぶりに、レイは灰の目をしばたいて、頷いた。
「そうでしたか、彼には弟さんがいらっしゃったのですか。まったく存じ上げませんでした。ご家族のことはおろか、ご自身のことも、詳しくは話してくださらない方ですので……」
「……え」
 裏社の顔色が変わった。喜びから、戸惑いの色へと。


 裏社の中で、生き別れになった兄とは、自分と同じような人柄の男だった。
 ぼんやりとしていて気が長いが、時折退屈を激しく憎み、ひとたび戦えば恐ろしい本性をさらけ出す。
 しかし凶暴だろうが呑気だろうが、話し好きで、家族のことを黙っているような男ではないはずなのだ。
 レイが話す兄らしき竜の性格は、裏社が抱いている兄の偶像と隔たりがあった。
「……離ればなれになったのは、随分若い頃なんで、ひょっとしたら性格変わってるのかもしれませんね」
「環境が変わればひとも変わるものです。それに、話していただけないということには、何か他に理由があるのかもしれません」
「どんな?」
「話したくても話せないか、或いは、話そうとしても話せないか。記憶がなくなっているという可能性があります――いずれにせよ、一度直接お会いするのが得策かと」
 レイは裏社にコーヒー(アトラス編集部では飲み放題のインスタントコーヒーだ)を差し出し、むずかしい顔を少しだけ和らげた。
「他人を避けているようですが、彼は決してひとりではありません。陰でこうして気遣っている弟さんもいれば、気を許せるお友達もいらっしゃるようですし、わたしも彼を信頼しています。今現在は、決して、不幸ではないと思いますよ」
「……そうですか」
「この編集部には、確かによく出入りされておられます。いずれこちらで再会できるのではないでしょうか」
 リチャード・レイが、静かに微笑んだ。

 ――兄貴、帰ろう。ここは俺たちの居場所じゃないよ。

 はじめ裏社は、ようやく兄に出会えたそのとき、そう言おうと思っていた。心に決めたその言葉を抱えて、彼はずっと、赤髪の兄を捜している。
 しかしようやく再会の糸口を掴んだ日に、裏社は迷うことになった。
 言おうとしていた言葉は、ひょっとすると、とんちんかんなものに過ぎないのかもしれない。リチャード・レイだけではなく、アトラス編集部でばたばたと動き回っている人間や人外たちを見ていると、そう思えてきたのだ。

 ――兄貴、

 そのあとの言葉を見出せず、裏社はアトラス編集部を出た。
 すでに日が暮れ、辺りは漆黒の闇の中。
 彼の長躯はそのまま黒の獣へと変わった。
 獣はたったひとり、東京という世界の闇へ走り去っていった。




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【5130/二階堂・裏社/男/428/観光竜】

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               ライター通信
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 モロクっちです。弟さんに、はじめましてを(笑)。
 童話部分が予想外に長くなりましたが、何か、ひとつの物語のプロローグにあたるお話になる気がして、雰囲気を持たせたくなりました。
 お兄さんとはこの分だとすぐに再会できそうなんですが、問題はそのあとですよね。「続く言葉」がどういったものになるか、モロクっちも楽しみにしております。