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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


『時には厳しく☆』



「いってきまーす!」
 今日も元気な声で、あやかし荘で暮らす小さな男の子、川野・綾(かわの・りょう)は幼稚園へと出かける。
「きゃっ!」
 あやかし荘の前を掃除していた因幡・恵美はあやうく綾とぶつかりそうになり、反射的に横へと飛びのいた。
「綾君、もうちょっとゆっくり歩いた方がいいと思うけどな」
 恵美が綾にそう注意するが、綾はとっくにあやかし荘の門をくぐって走ってしまう。おかげで、せっかく恵美がほうきで集めたちりは踏み荒らされ、ところどころに散乱してしまい、掃除のやり直しだ。
「おはようございます、恵美さん」
 綾に続いて、今度は母親である美佐が歩いてくる。黒髪のおっとりした女性で、恵美に会釈をすると、綾に追いつこうと小走りに恵美の前を通っていく。
「あのー、川野さん、綾君、元気があるのはいいんですけど、人のそばを通る時はもうちょっとゆっくり通ってもらえると…」
 恵美が遠慮しがちに言うと、美佐は申しわけなさそうに小さく笑って答える。
「あら、ごめんなさいね。後でちゃんと注意しておきますから」
 決して悪い母親ではない。子供に甘すぎるのだ。嫌われる事を恐れてしまったら、子供にしつけなどは到底無理。恵美は綾の将来が、いささか心配になったのであった。



「なにー、我侭し放題の子供がいるのー?」
 恵美から話を聞いた佐藤・絵里子は、あやかし荘の、子供の衣服が干してあるベランダを見つめていた。
「ええ、川野綾君と言ってね。悪い子ではないの。だけど、もうちょっとご両親がしつけをきちんとしてくれれば、あの子はもうちょっといい子になると思うのだけどね」
 あやかし荘の前に散らばった花びらをちりとりにまとめつつ、恵美が小さく息をついた。
「で、その子の両親が出かけるから、面倒見てくれる人探してるってワケね?それなら、あたしにまーかせといて、普段家で弟妹達相手にしてるもの、ガキンちょのお守りなんて、手慣れたモンよ」
 黒髪に眼鏡、地味に見えるが醜くもない、かと言って美人というわけでもない、人並みの容姿。神聖都学園高等部2年の絵里子は、どこにでもいる普通の女子高校生だ。
 ちょっと違うところと言えば、絵里子がいわゆる腐女子と言われる少女で、現在は夏の大きなイベントに向けて、原稿の下書きをしている最中だったりする。
 とは言ってもそれはまだまだこれからが本番で、このどうしようもない甘やかされた子供を、自分で何とかしつけてやらないとやらないと感じ、絵里子は恵美の頼みを笑顔で受け入れたのであった。
「助かったわ、絵里子さん。子供の世話が慣れているという人なら心強いわ。大変かとは思うけど、よろしくね」
「心配はいらないよ、しっかりあたしが面倒みてあげるから。ただし、あたしは甘くないけどね。これはその子供にとってもいい機会、しっかりとあたしが、しつけてあげようかと思うよ」



 さていよいよ、綾の面倒を見る日がやってきた。
 絵里子は3日分の荷物を持ち、綾の待つ川野家の家の扉を開いた。綾の両親は朝早くに出発し、絵里子が到着するまでは恵美が綾のそばにいるのだった。
「こんにちわー、恵美さん!綾君!」
「さあ、綾君。絵里子お姉さんが来てくれたわよ」
 玄関のすぐ横にある部屋に恵美と小さな男の子がおり、恵美は絵里子の方をちらりと見ると、落ち着いた声で男の子に言う。
「いい?パパと、ママが帰ってくるまで、あのお姉さんの言う事を聞くのよ。綾君の事、お願いされたお姉さんだからね」
「うん、いいよ」
 綾はお菓子を食べながら、テーブルで白紙に絵を描いて遊んでいた。綾は見かけはごくごく普通の男の子で、チョコレート菓子をむしゃむしゃと食べていたのだが、チョコの入った包み紙を、テーブルの下に沢山落としている。
「では、絵里子さん、後はよろしくお願いするわね」
 恵美は会釈をし、もう一度綾の方を見て、部屋から出て行った。
「さてと、早速しつけ開始しなきゃあ、いけないようだねー」
 荷物を廊下に置くと、絵里子は綾の座っている椅子の横へと立った。
「綾くーん、何をしてるのかな?」
「あのねー、怪獣の絵描いてるのー」
 チョコレートをひとつ掴み、綾はその包みを床に落として、その中身を口に入れる。手も口のまわりもチョコでベタベタになり、白紙にはカラフルな生き物が描かれているが、チョコレートまで紙にくっついてしまっていた。
「そう、とても大きい怪獣の絵だねー。ところで、どうしてチョコの紙をちゃんとゴミ箱に捨てないのかなー?」
 それでも笑顔を絶やさずに、絵里子が綾に言う。
「ゴミは床に落としていいの。後でママが全部捨ててくれるから」
 絵里子の方を見向きもせずに、綾は絵を描き続けていた。
「ゴミはゴミ箱にきちんと捨てるの!部屋が汚くなっちゃうでしょ!」
 綾の顔を両手で軽くはさみ、その顔を自分の方へぐっと向けて、絵里子は怖いぐらいの笑顔を見せた。
「パパとママと、恵美さんに言われてね、明後日まで綾君の面倒を見る事になったわ。ただし、お姉ちゃんはパパやママみたいに甘くないから、覚悟しなさいね綾君!」
「やだー」
 いきなりこれである。絵里子は綾の顔を離すと、綾が描いていた絵描きのセットを取り上げ、部屋の置くにあるゴミ箱を指差した。
「返してー!」
 綾が泣きそうな顔して叫ぶ。
「だめ!ゴミはゴミ箱に入れるの。お母さんにそう言われなかったの?ちゃんとゴミを捨てるまで、これは返さないからね!」
 そう言って、絵里子はお絵かきセットを、食器棚の上に置いてしまった。
「お姉ちゃんは着替えてくるからね。その間に、床に落としたチョコレートの紙、全部捨てておくのよ。い〜い?ちゃんと出来なかったら、お絵描きは許さないからね!」
 不満そうな顔をしている綾を部屋に残し、絵里子は綾の両親が用意しておいてくれた部屋へと入り、動きやすい室内着へ着替える。
(まーったくもう、あれじゃあ片付けなんて出来るかどうか)
 恐らくは、綾の母親が自分の子供が散らかした物を片付けていたのだろう。しかし、それでは綾は、自分の身の回りのことも出来ない様な大人になってしまう。
 自分が厳しい事をしたとは、絵里子は思っていない。この3日間、飴と鞭の両方を使って、きっちりと綾にしつけが何なのかを教えてあげるつもりでいた。
 白いTシャツとシャカパン、普段着に着替えた絵里子は、綾のいる部屋へと戻っていった。
「綾君、それじゃ駄目じゃないの!」
 綾は別の紙をどこからか持ってきて、電話のそばに置いてあったボールペンを勝手に取り出して、また絵を描いているのだ。ゴミはそのままになっており、さきまで見つめていた、絵里子が棚に上げてしまったお絵かきセットには、もう興味がないようであった。
「まったくー、そんなに難しい事じゃないでしょうに!」
 絵里子はため息をついた。
「ちゃんと見張ってないと駄目だね」
 綾の持っているボールペンと紙を取り上げ、絵里子は目を吊り上げた。
「どうして綾の邪魔するの?!」
「邪魔なんかじゃないの!綾君がちゃんと大きくなれるように、お姉さんがお手伝いしてあげているのよ。さっきも言ったでしょ、ゴミはちゃんと捨てなさいって。綾君がゴミを片付けなきゃ、この家、どんどん汚くなっちゃうよ?」
「ママが片付けてくれるもん」
「今ママはいないでしょう?片付けてくれる人なんていないんだからね?さあ、ちゃんと片付けて。お姉さんがここで見ててあげるから」
 綾はしばらく絵里子を不満そうに見つめていたが、やがてゆっくりと床のゴミを集め、それを全部ゴミ箱に捨てた。とてもゆっくりだったが、綾はきちんと言った事を実行したのだ。
「そうそう!やれば出来るじゃないの!」
 絵里子はにこりと笑い、綾の頭を優しく撫でた。
「これでいいの?」
 綾は嬉しそうな表情を浮かべている。
「そうだよ、ちゃんと言った事を守れば、お姉ちゃん褒めて上げるから」
 絵里子はにこりとして答えた。



 その後、買い物をしに外へ出た絵里子と綾は、スーパーマーケットのそばにある小さな公園へと立ち寄った。綾が公園で遊びたいと言い出したので、夕食の時間までならいいよと、絵里子も綾を公園で、自由に遊ばせてあげようと思ったのだ。
 しかし、ここで事件が起こったのだ。綾の好きだというジャングルジム、綾は早速そこで遊ぼう思ったのだろう。公園に入ってすぐに、ジャングルジムへと走っていった。ところが、ジャングルジムには先に別の子供達がいて、なかなかあけてもらえない。元々そんなに大きなジャングルジムではないから、子供が乗れる数が限られており、しかもそこにいるのは4,5人の、小学生ぐらいの男の子達であった。
「さてと、あの子どうするかな」
 ジャングルジムの前に立っている綾を絵里子はじっと見つめていた。順番が来るまで待つか、別のもので遊ぶか。それとも子供達の仲間に入れてもらうか。
 しかし、そのどれでもなかった。綾はなかなか譲ってくれない男の子達の一人に、砂を丸めてぶつけたのだ。しかも、その言葉が「どけ!」である。余りの乱暴な態度に、絵里子は一瞬呆然としたが、すぐに綾へと駆け寄り、その体を抱えて、少々力を加減しながらもお尻を叩いた。
「どうしてそんな事をするの、綾は!」
 綾は尻叩きなど、された事なかったのだろう。驚きの声をあげながらも、体を震わせて泣き出した。
「ちゃんと、あの男の子にごめんなさいしなさい!」
 絵里子の視線の先に、綾に砂をぶつけられた男の子がびっくりして、今にも泣きそうになっている。
「ちゃんと謝らないと、ずっとお尻叩くよ!」
 普段、弟や妹達にやっているのと同じく、絵里子は綾が自分でわかるまで尻を叩く。まわりにいた大人の何人かが、可愛そうだと絵里子の背中で呟くが、そんな事は気にしない。
「ごめんな、さい!」
 綾が声を絞り出す。
「そう、ちゃんと謝ればいいの。さ、あの子にも謝っておいで」
 綾は絵里子に言われるままに、その男の子に近づき、幼いまだあどけない声でごめんなさい、と大声で言う。
 男の子はしばらく驚いていたようだったが、やがてにこりとした表情で、大丈夫だよ、一緒に遊ぼうよ、と言って、綾をジャングルジムに誘い込んだ。
「やれやれだわね。でも、子供は子供同士で解決させるのが一番だから」
 楽しそうにしている綾を見て、ひとまずほっとする絵里子であった。



 公園から戻って来て、夕方のテレビを綾が見ている間に、絵里子は夕食の支度をした。兄弟達の面倒を見ているから、家事は得意であり、絵里子はよその家の台所でもてきぱきと料理をこなし、テレビが終わる頃には、夕食のセットを終わらせていた。
「これ、ほうれん草!」
 絵里子の用意したほうれん草のサラダを見つめ、綾が嫌そうな顔をした。
「ほうれん草いらない。お姉ちゃんにあげる」
 綾は絵里子の取り皿に、せっかく作ったほうれん草のサラダを入れようとした。
「好き嫌いは駄目。ほうれん草は体にいいの。早く大きくなれる食べ物なんだよ。食べないとだめ!」
 絵里子はピシャリと言って、綾の皿へとサラダを戻した。
「食べたくない、いらない!!」
 綾がヒステリックのように叫ぶ。
「そう、じゃあ、食べなくてもいいから」
 つんと言い切ると、絵里子はサラダだけでなく、綾の食事を全部下げてしまった。綾はビックリしたようであったが、お腹が空いているのに食事がもらえないと、机をバンバンと叩いて騒ぎ出した。
「自分でいらないって言ったんでしょ?」
「ご飯食べたい!!」
 綾はそう叫ぶと、涙をぼろぼろと零し始めた。
「泣いてもあげないよ。このサラダをちゃんと食べたら、他のもあげるけど」
 絵里子はほうれん草のサラダを綾の前にそっと置く。そして、自分もほうれん草のサラダを箸で掴み、綾の前で美味しそうに食べて見せた。
「ああ、とても美味しい。お菓子なんかよりもずっと美味しいのになあー」
 しばらく絵里子の顔を見ていた綾ではあったが、にがいーと言いながらも、一口、また一口とほうれん草を口に入れていく。全部とまではいかなかったが、それでも綾はいつもは残しているであろう嫌いなものを、食べる事が出来たのだ。
「ね、美味しいでしょ?」
 絵里子は綾の頭を優しく撫でた。綾がまだ涙を浮かべていたが、それをハンカチで拭き取ってやり、残りの食事をそっと戻した。
「頑張れば出来るでしょう?凄いよ、綾君」
 幼いながらも、綾はどうして絵里子が自分の事を怒り、そして褒めたのかを理解したのかもしれない。
 その後、お風呂に入って寝るまでに、綾は多少わがままを言いながらも、絵里子の言う事をだんだんと聞くようになっていった。
 夜、絵本を読んであげて、いつのまにか眠ってしまった綾の寝顔は、何ともいえずに可愛らしい、純粋な子供の寝顔であった。
「もともとは、素直な子なんだろうね」
 絵里子は綾の寝顔を見つめながらそう呟き、自分も眠りへとついた。



 翌日は雨だったので、一日中二人は部屋で過ごした。
 室内でトランプは積み木、テレビゲームをして遊んだが、絵里子は事ある事に綾に厳しく接し、綾にきちんとしつけをし続けた。
 甘やかしたままではけないと思いながら、絵里子が根気良く接していった結果、その翌日の朝には、黙っていても自分の出したものを片付けるようになっていた。
「しつけ、厳しさと根気が必要だよね」
 まだワガガマを言う部分もあるが、癇癪を起こす事も少なくなっており、恵美が様子を見に来た時は、その変わりように驚かれたぐらいであった。
「厳しさの中に、本当の優しさってあるんだと思うよ」
 自分の食べたクッキーの箱をちゃんとゴミ箱に捨てている綾を見つめ、絵里子は恵美にそう呟いた。
 やがて、綾の両親が帰宅し、いよいよ綾とお別れするという時には、綾は絵里子がいなくなるのが寂しくなったのか、何度も帰ってはやだと、まわりの大人達を困らせていた。
「綾君、また遊びに来るから。それから川野さん、子供さんはきちんとしつけない駄目。綾君はもともと素直な子なのだから、ちゃんとしてあげないと可愛そう」
 3日間の事を思い出しつつ、絵里子は綾の両親に言った。
 絵里子があやかし荘を出る時、綾は曲がり角まで見送りに来てくれた。そこには、我侭でヒステリックな子供はいなかった。
 3日間、ちゃんと成果が出てよかったと思いつつ、絵里子はあやかし荘を後にした。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【2395/佐藤・絵里子/女性/16歳/腐女子高生】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 佐藤・絵里子様

 始めまして!新人ライターの朝霧青海です。今回はシナリオへ参加して頂き、ありがとうございました。
 設定部分の腐女子、のところが妙に目を引き、リプにもそのあたりの事を少しだけ出してしまいました(笑)しかし、今回は子育てものなので、そのあたりに深くは触れず・・・という事で、絵里子さんがきちんとしつけをしていく様子を、強弱をつけながら書かせて頂きました。一瞬優しそうに見えて、かなり厳しくしているところ、だけど子供を可愛がるところの強弱がきちんと描かれているといいなと思います。本当にしつけないといけないのは、親の方だったりするのかも、しれませんけどね(笑)

 それでは、今回は有難うございました!