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『千紫万紅 縁 ― 忘れな草の物語 ―』
忘れないで……
私を忘れないで。
私はあなたが好き。
好いているから、
だから私を忘れないで。
たとえ………あなたが、私を嫌いになっても、私はあなたを嫌いになれないから、嫌いっていう感情でもいいから、どうか私を忘れないで。
覚えておいて、私を。
どうか忘れないで、私を………。
忘れないで。
たとえそれがどういう感情でもいい。
その感情と言う色で私は私の名前をあなたの心にそっと書き綴っておきたいから。
――――――――――――――――――
【唄を歌う女性】
わたくしは覚えておりますよ。
今もわたくしの耳に残るあなたの声。
わたくしの髪を梳いてくれるあなたの指の感触、温もり。
あなたの息遣い。
わたくしは覚えておりますよ。
人形のわたくし。
とある人形作家の娘(作品)。
わたくしと彼女、四宮家の長女が出逢ったのは果たしてただの偶然であったのでございましょうか?
いいえ、わたくしは逢うべくしてあの人と出逢った、と想う。
縁。目に見えぬ糸。わたくしとあの人を繋ぐモノ。
わたくしはあの人の物としてあった時が恋しく、そして今もそれを夢見ている。
人、というのは不思議なモノ。
その魂は巡り巡って、またこの世に生まれ出ると言う。
ならあなたもまたこの世に生を受けて、わたくしの前に現れてくださりますよね?
わたくしはさ迷い歩く。
あの人の居ない、しかしあの人が居るかもしれない世界を。
心は欲している。あの人を。
あの人に逢いたいという感情が積もり積もって、生まれた奇跡。わたくしの心。
心があるのが嬉しい。
前はただの人形だった。その人形を愛してくれたあの人。
その感謝の念を、あの人への想いを、わたくしは伝えたい。
人の魂は環を成す。巡り巡って、何度も人の世に生まれ出る。
だからわたくしはあの人を求めて、世界をさ迷い歩く。
あなたはどこに居るのですか?
今日は今日とてわたくしは街をさ迷い歩く。
わたくしの前の持ち主、四宮家の長女を探し求めて。
骨董品屋【神影】、そこでわたくしは興味深い話を聞いた。京の街の一条戻り橋。その橋は此の岸と彼の岸を結ぶ橋。かつて古くは安部清明の式神の住処として、近世では戦に出る者が無事に帰ってこられるようにその橋を歩いたとか。
そしてその橋を、帰ってきて欲しい人(物)を想いながら渡れば、帰ってくるとか。
ならばわたくしはその橋を歩きましょう。
もうこの世には居ないあの人。それはわかっている。
それでももしもその伝説が本当なら、あの人を想う心が積もり積もって、わたくしが心を持てたように、ともすればあの人の生まれ変わりにわたくしは出逢えるのかもしれない。
ただただわたくしはそういう想いを胸に抱きながら祈るように歩を進める。
一歩、一歩、あの人を想って、わたくしは歩を進める。
あの人に逢いたい。
もう一度、あの人のわたくしを呼ぶ声が聞きたい。
あの人に髪を梳いてもらいたい。
あの人のわたくしを見て微笑む顔が見たい。
ああ、わたくしはこんなにもあの人が好きだったのだな………
京の夜の闇は深くって、とても静かだった。
頭上に目をやれば、そこには降るように瞬く星々、星月夜。
月の無い深海の色の空に輝く星はどこか寂しげに見えました。
星もまた、母のような月を求めているのかもしれません。
夜闇にたゆたう黙(しじま)。しかしわたくしは橋の真ん中まで来た時に、ひっそりとその夜闇の黙に染み込むようにして流れる歌声に気付きました。
それは有名な歌でした。
そしてふと蘇る記憶。
あの人はわたくしをちょこんと縁側に座らせて、そしてあの人自身は楽しそうにその唄を歌いながら手毬をついていた。
軽やかな鞠が跳ねる音、あの人の歌声。四月ももう終わるという夜は虫が鳴いて美しくあるけど、だけどまだ風が強く、肌寒い。
それでもわたくしは陽だまりの中に居た。確かにわたくしは陽だまりの中に居た。日の当たる縁側でちょこんと座って、庭で楽しそうに手毬をつきながら歌うあの人の歌声に耳をすませているのだ。
わたくしの心を占領する郷愁の想い。ああ、もしもわたくしが人形ではなく人であったのなら、わたくしは涙を流せるのに。
わたくしは人形だけど、それでも夜の闇の中でわたくしの気配を感じたのか、その人はふと歌うのをやめて、わたくしを見た。
「おや、これはかわいいお人形さんねー。牡丹の花がとても綺麗。どうしたの、あなた。忘れられていかれたのかしらね。こんなにもかわいいお人形さんなのに」
彼女はわたくしを持ち上げるとにこりと微笑んだ。
だけどわたくしは見逃さなかった。
わたくしを見る前まで唄を歌う彼女の顔がとても哀しそうだったのを。
そう。彼女の歌う唄は自分のための唄だったのだ。
恋しい人を待つ、待ち続ける女性を詠う詩。
わたくしは彼女に心惹かれた。
「貴女は何というお名前なのかしらね? あるのかしら、お名前」
にこりと微笑みながら問うてくれる彼女にわたくしは力を使う。
―――四宮灯火と申します。
彼女はわずかに両目を見開く。
「四宮灯火……不思議ね。今、そんな風な名前が自然と浮かんだわ。それはあなたの名前なのかしら、灯火?」
―――はい。そうですよ。
わたくしは心の中で言う。そう、ただの人形のフリをしたのは無意識に彼女がそれを望んでいると想ったから。
だからわたくしはただの人形のフリをして、彼女の家に運ばれていった。
――――――――――――――――――
【樹木の医師と助手】
彼女は老女だった。
年齢はもはやよくわからない。物腰の柔らかな女性で、名を神木静香と言った。
いつも着物を着ていて、綺麗に白くなった白髪を結い上げていた。その髪留めの細工はとても綺麗で、彫りは忘れな草であった。
忘れな草、確かその花言葉は、私を忘れないで、真実の恋。
わたくしとあの人に二人の物語があるように、静香様と彼女が恋しく想う誰かにも物語があるのだろう。
その物語、静香様はいつかわたくしに聞かせてくださる事があるだろうか?
静香様の屋敷は古い木造の屋敷であった。どうやら神木家は由緒正しい家柄で素封家らしく、その敷地は広く、庭は見事な物でした。とても美しく整然と草木が植えられて、その手入れもちゃんとされていて。
だけどただ、松の木様の様子が少し………
「もしもし。私、神木です。神木静香です。ええ、宇喜多の奥様。その節はこちらこそ本当にありがとうございました。それでちょっとお聞きしたい事があるんですけど、奥様が前に言っておられた樹木のお医者様、その方の連絡先を教えてくださりますか? ええ、そう。実はうちの庭の樹が病気になりまして」
樹木の医者。人間や動物に医者が居るように草木にも医者はいるそうだ。
話によればわたくしたち人形にも医者は居るらしい。
果たしてあの松の木様も元気になられるであろうか?
静香様が樹木のお医者様に連絡した次の日にひとりの若者がやって来た。とても優しい顔立ちのお方で、見た瞬間にその方が樹木のお医者様なのだろうと想った。
「こんにちは。神木さん。連絡を頂いてやってきた白という者です」
「こんにちわでし♪ その助手のスノードロップでし♪」
「こんにちは。はい。連絡しました神木でございます。それで看て頂きたい樹というのはあの松の木なのですが」
「はい。少々元気が無いようですね。それでは失礼して、診させていただきます」
穏やかに彼は微笑みながら耳に心地良い声を出しながら、病気の松の木様の所へと行かれた。
風に揺れて音を奏でる庭の草木は喜んだ声をあげる。きっとこの庭の仲間の元気が無いのがものすごく心配だったのでしょう。
そう。わたくしもあの人が病気となった時は心配したものだ。
静香様と白様は松の木様の方へと行かれた。
しかし白様の助手でおられるスノードロップ様は何故かわたくしの前におられた。
どんぐり眼でじぃ〜〜とわたくしを見ていらっしゃる。
………ほんの少しそんな風に間近で凝視されてわたくしは照れしまう。
「あのう、スノードロップ様、そんな風に見つめられると、恥かしいです…」
「あぅ、ごめんなさいでし♪ 恥かしかったでしか?」
スノードロップ様はぱしんとご自分でご自分の頭をお叩きになって、舌を出された。
わたくしはちょっとびっくりとしてしまう。だってスノードロップ様は人形であるわたくしが喋っても驚きにはなられない。
「スノードロップ様はお懐がお深いのですね。人形のわたくしが喋っても驚きにはなられない」
「ほへぇ?」と、どんぐり眼をお見開きになって、その後にスノードロップ様は両手で大きく開いたお口をお隠しになった。
「ふわぁ、すごいでし。お人形様が喋ったでし…」
…………。
どうやら、お懐がお深いのではなく、ずれていらっしゃるよう。きっとあの人ならば、このスノードロップ様を見て、楽しげにくすくすと笑っていらっしゃるに違いない。
そう。あの人はとても雅でかわいらしく、そしてよくお笑いになる人だった。
見せてあげたかった。
「とても良い顔でしね♪ なんだかすごく綺麗なお人形さんがもっと綺麗でし」
わたくしは人形。作り物の顔の表情が変わる事は無い。だけどもしもそのようにスノードロップ様に見てもらえていたのなら、それはきっとわたくしがあの人を想っているからだろう。
だけどわたくしはそこで初めて気付く。
この神木家に来て数日。しかし静香様があの唄を歌っていらっしゃるのを聞いた事が無い事を。
静香様はご自分のためにあの唄を歌っていらしゃった。今も誰か大切な人を待ち続けるご自分のために。
あの唄すらも何か特別な唄で、そしてあの場所でしか歌えないものなのだろうか?
静香様は今もその人を想い続けるけど、でも静香様のその想いはひょっとしたら許されないもので、静香様ご自身もそう想われているのかもしれない………
だから静香様はあそこ以外で唄をお歌にはなられないのかもしれない。
ふいにわたくしはそう想いました。
「本当に綺麗でし♪」
「ありがとうございます、スノードロップ様」
わたくしがそう言うと、今度はスノードロップ様が照れた表情をお浮かべになった。
「なんか様付けなんて照れますでしね」
頭を掻くスノードロップ様。わたくしはくすりと笑う。
「わたくしは四宮灯火と申します」
「灯火さんでしか。素適なお名前でしね♪」
「はい。ところでスノードロップ様。白様のお手伝いをしなくとも良いのですか?」
「あっ! 忘れていたでし」
そう言うとスノードロップ様は白様の方へと飛んでいかれた。
風にそよぐ草木の中で、静香様に白様、スノードロップ様は和やかに談笑しながら松の木様の治療をなされていた。
静香様はよく笑っていた。
わたくしに話し掛ける時は静かな微笑を浮かべられるだけ。
でも白様やスノードロップ様とお喋りになられる時はとても人間らしい笑い方をなされていた。
―――しかしそれはわたくしの目の錯覚なのでしょうか?
そういう静香様の表情がわたくしの顔と同じ作り物としか感じられないのは。
静香様は人間。人間のあのお方の浮かべられる表情が作り物なはずがないのに。
そう、わたくしはそう頑なに思い込もうとしておりました。だってわたくしにだけ見せるあの表情こそが静香様の真の表情だなんて悲しすぎるじゃありませんか。
でもそう想うわたくしの気持ちとは裏腹にやはりそれからも静香様が見せる表情は作り物にしか見えませんでした。
いつも独りな静香様。
時折電話か、それとも回覧板を持ってきた近所の方としかあの方はお話にはならない。
あとはずっとこの家に居て、わたくしに話し掛けている。
思えばこの屋敷はとても広い。広すぎる。敷地が大きい、屋敷が大きい、という理由からではない。
この屋敷には物が無いのだ。
―――それは緩やかな死への時間。憧れ。待ち焦がれる想いの表れ。
静香様は愛しき人を想い、待ちながら、同時にご自分の死をお待ちになっている。
その現れがこの屋敷。物が何も無い屋敷。自分が何時お亡くなりになっても良いように。
この敷地の中で生きているのは、庭の草木だけなのかもしれない。
+++
あらかたの治療は済んだのでありましょうか?
静香様、白様、スノードロップ様はわたくしが居る庭に面した部屋へと戻ってきました。
庭側の障子は開けてある。そこから入ってくる風。
緩やかに額で踊る髪を静かに掻きあげながら白様はわたくしを見て、微笑みになられた。
「こんにちは」
ああ、この方はお気づきになられている。わたくしが心を持っている事に。
―――スノードロップ様はわたくしの事を何も白様にはお伝えにはならなかったから。
「灯火、という名前なのですよ、そのお人形さんの名前は」
わたくしははっとする。静香様の表情がその時初めて生を帯びたように見えましたから。
それが本当に何よりも嬉しく。嬉しく。嬉しく。
「そうなのですか」
白様はほやりとお笑いになり、そして静香様がお出しになったお茶を啜った。
先ほどまではあれだけ晴れていた空が、だけど急に曇りだし、激しい大粒の雨が降り出し、雷が鳴り出した。
それを白様はとても静かな瞳でお見つめになった。
「もう直に夏がきますね」
「はい。もう直に夏が」
静香様は降る雨を見つめながらそうお呟きになられた。そっとご自分の髪を結い上げている髪留めにお触れになりながら。
+++
台所の方からは包丁がまな板を叩く音。
白様とスノードロップ様は今日はこの神木家に宿泊する事になった。
そのための夕飯を静香様はお作りになられている。夕飯の材料は先ほど、お店の方が届けてくれた。この神木家は素封家だから、お店の人も気を使ってくれるのだ。
「静香さんは本当に草木を大切になされておられる」
白様はお茶を飲みつつ静かに言った。
わたくしはそれに頷く。
「はい」
そして白様は次に悲しげな表情を浮かべられた。
「ご自分よりも」
「はい」
白様はゆっくりと部屋を見回す。
「この家で何よりも生命が溢れているのは庭の草木。そしてあの松の木が病気になったのは故に。あの松の木は哀しんでいたのです。静香さんの死を」
「死を?」
「ええ。もうあの方は長くはないでしょう」
とても穏やかで心地の良い白様の声は、しかしこの時ばかりはとても抑揚の無い寂しげな声だった。
そして白様はわたくしを見た。
「だけどあなたが居て良かった、灯火さん。あなたが居るから、きっと彼女はまだ生きている。静香さんはあなたに誰かの面影を見ているようです」
「わたくしに、でございますか?」
「はい、気付きませんでしたか?」
それには気付かなかった。
そしてそれを知ってわたくしは初めて何か納得がいったような気がした。
ああ、それでか。
何が?
静香様がご自分のためにお唄を歌わなくなったのは。
わたくしにその誰かを見ているから。
それは何と悲しい。
わたくしは静香様を憐れんだ。
何故ならばわたくしも知っているから、誰かを恋しく想う気持ちは。
待ち続けているから。
探しているから。
だから静香様には………
せめて静香様には、その人に出逢っていただきたかった。
そうなのだ。
わたくしは見たかったのかもしれない。
わたくしにそっくりな静香様がその想い人と出逢えるのを。
だけどわたくしは何も知らない。静香様の事を。
そっと白様の指がわたくしの髪を撫でる。
「あなたも静香さんも誰か大切な人に出逢える事を願っているのですね。自分を忘れないで、と。忘れな草の妖精はだからあなた方を見守り続けてくれているのですよ。どうか切に願います。そんなあなた方がどうか、その大切な人に出逢えますように」
わたくしも祈る。
静香様がどうか出逢えますように、と。
――――――――――――――――――
【髪留めに残る想い】
白様が仰られた通りに静香様は咳をするようになられた。
そしてその咳に混じって、静香様は血を小量だが吐くようになられた………。
緩やかに、
緩やかに、
緩やかに、
静香様の体は病んでいく。
最初に病んでいたのは心。それに肉体が追いついたのだろう。心と肉体は、切っても切れぬものであるから。
そしてまた静香様は夜な夜なあの橋に行かれるようになった。あの橋で静香様はご自分のために唄をお歌いになられる。
知りたい。
わたくしは強く想った。
あの星月夜の出逢いから今日までずっと想い続けた中で、どんな時よりもずっと。
夜闇の中で、静香様はそっと手にお取りになった折り鶴を橋からお投げになった。
白の折り紙で折られた鶴はすぐに闇夜に溶け込んで見えなくなったけれども、わたくしはそれを念動力で取り寄せて、そしてそれに込められた想いを我が力で見た。
そこは朗らかな家庭。
笑いの耐えない。
笑っているのは今よりも随分とお若い頃の静香様。
そして静香様が愛する殿方。
笑いの中心にいるのは、静香様たちの子ども。
ああ、お幸せであったのですね、静香様。
とても。とても。とても。
だけどその幸せは本当にいとも呆気なく壊れてしまった。
愛する殿方がお亡くなりになり、そして静香様はご自分の子ども…まだ乳飲み子であったのに、殿方の実家の人間に取られてしまった。
愛する殿方が亡くなって、寂しくって、だから子どもを腕に抱いて、この此の岸と彼の岸を繋ぐと言われる一条戻り橋から身を投げて、死のうとしたから。
泣いて叫んだ。
取られたくない。
この子まで失いたくない。
もうしない。
もうしないから。
だから私から子どもまで奪い取らないで。
だけどそれは認められなかった。
ただ一度の気の迷い。
それでも罪は罪。
子を道連れに死のうとしたから。
忘れないで……
私を忘れないで。
私はあなたが好き。
好いているから、
だから私を忘れないで。
たとえ………あなたが、私を嫌いになっても、私はあなたを嫌いになれないから、嫌いっていう感情でもいいから、どうか私を忘れないで。
覚えておいて、私を。
どうか忘れないで、私を………。
忘れないで。
たとえそれがどういう感情でもいい。
その感情と言う色で私は私の名前をあなたの心にそっと書き綴っておきたいから。
それは母の願い。
実家に戻ってきた静香様はそれ以降はもう何処にも嫁がずにいた。
そしてそんな折に送られて来た髪留め。
差出人の名前は静香様の子ども。
そう。殿方の兄の妻、静香様の息子の育ての母がくれた優しさ。
同じ女だから、同じ母だからこそ、彼女は腕の良い職人となった息子の作った作品を静香様に贈ってくださった。
静香様………。
わたくしはきゅっと折り鶴を抱きしめた。
何故にこうも感情の行き違いが起こるのでしょうか?
わたくしは逢えない。わたくしの愛しい四宮家の長女、あの人と。
あの人は死んでしまったから。それでもその魂は巡り巡って、生まれ出でて、わたくしはあの人が何処に居ようが、どのようなお姿になっていようが、見つける自信があるから、だから探し回るけど、でもまだ逢えない。
人がまた巡り巡って生まれるとは難しき事なのだから。
でも静香様は、同じこの空の下にいるのに、愛しきご子息とは逢えない。
ああ、それはなんと本当に哀しき事なのでしょうか?
そして静香様は星月夜の下で静かにお倒れになられたのです。
【忘れな草】
「静香様」
わたくしは駆け寄った。
静香様の呼吸はとても荒く不規則で、そしてそれは少しずつ少しずつ、細くなっていく。
「静香様………」
もう助からない。
限界なのだ。
静香様はもう直にお亡くなりになられる。
わたくしは………
わたくしにできる事は何も無いのか?
わたくしは自らの無力に嘆き哀しんだ。
そんなわたくしの心に浮き上がる白様のお言葉。
『あなたも静香さんも誰か大切な人に出逢える事を願っているのですね。自分を忘れないで、と。忘れな草の妖精はだからあなた方を見守り続けてくれているのですよ。どうか切に願います。そんなあなた方がどうか、その大切な人に出逢えますように』
忘れな草の花言葉は私を忘れないで。
静香様のご子息が送ってきた髪留めの細工は忘れな草………
忘れな草………
私を忘れないで。
「まさか…」
わたくしは静香様の髪留めに触れる。
見える想い。
ああ、ああ、ああ、やっぱり。
やっぱりそうだった。
静香様は、あの髪留めは、義理の母親がくれた想いだと想っていたけれども、本当は………
本当は………
一条戻り橋よ。
もしもこの地に言われるような力があるのならば、今しばらく静香様にこの地に戻る力をお与えください。
見て欲しい、見てもらいたい想いがあるのだから。
「静香様、どうかこの想いを」
わたくしは髪留めに込められた想いを、静香様に伝える。
具現化する。
ぼろぼろと涙を流す静香様。
そう彼女には見えている。
別れた時は乳飲み子だった。
だけど彼は歳を経ていく。
幼少の記憶からその髪留めを造った時までのご子息の記憶、想い。
そう、知っておられた。ご子息も、真実を。
だから忘れな草。私を忘れないで。
細工が忘れな草だったのは、静香様が忘れな草が大好きだったからではない。ご子息の想いがそれに込められていたから。
乳飲み子が成長していく。子どもになる。よく笑い、泣いて、怒って、また笑って。
恋をして、結婚して、子どもを作って。
その記憶、想い、感謝。そして忘れられたくない、そういう想いをわたくしはすべて静香様に伝えた。具現化した。
わたくしが具現化した、立派な青年になったご子息はそっと静香様に触れた。
そして唇を開いた。
わたくしの力はそこまで。聞こえた声は、ご子息の想いの力。
『母さん。僕を産んでくれて、ありがとう』
ぼろぼろと涙を流していた静香様はとても良い笑顔を浮かべられた。
そしてわたくしを見て、最後にありがとう、と言い、わたくしに髪留めを手渡して、お亡くなりになられた。
その表情は本当にとても優しく、綺麗な微笑みだった。
【ラスト】
静香様のご子息への連絡は白様がしてくださった。
そして白様はあの折り鶴をご子息に渡してくださった。
それをとても大事そうに見つめるご子息の表情は本当にとても優しく穏やかだった。
わたくしはそのご子息の表情を見つめながら、ぎゅっと静香様に頂いた髪留めを抱きしめた。
逢いたいという想いがわたくしに心をくれた。
ならばそれ以上望むのは、欲張りでございましょうか?
いいえ、わたくしは想いたい。またあの人と出逢うために、そのためにこそわたくしは心を得たのだと。
そう信じるからこそ、わたくしは今日も行く。あの人を探し求めて。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3041 / 四宮・灯火 / 女性 / 1歳 / 人形】
【NPC / 白】
【NPC / スノードロップ】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、四宮灯火さま。
はじめまして。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回はご依頼、本当にありがとうございました。^^
実は灯火さんはずっと書いてみたいなーと想っていたPCさまでしたので、発注表を見た時は本当に嬉しかったです。^^
忘れな草、今回の物語はいかがでしたでしょうか?
完全お任せで書かせていただいたので、本当に灯火さんで書きたかったお話で書かせていただいたのですが?
お気に召していただけていますと幸いです。^^
灯火さんのあの人を想う気持ち、とても切ないけど、同時にすごく尊くって、優しく美しい想いだと思います。
そういう灯火さんの想いと今回の忘れな草とはとてもぴったりとくるような感じだと想い、それで灯火さんに忘れな草のお話に参加していただきました。^^
牡丹の花の物語も良いなー、と想ったのですが、これはPLさまにきっと思い入れがあるに違いないと想い、やりませんでした。
牡丹の花の柄の理由、いつか判明する時が来るのでしょうか?^^ それがとても楽しみです。
そしていつか灯火さんが長女さんに出逢える日も。^^
今回はだいぶしんみりとしたお話になってしまったので、もしもまた書く機会がいただけましたら、その時は何か明るいお話を書きたいなーと想います。^^
もしもシチュノベなんかの窓開けに遭遇して、その時に草摩に書かせてやっても良いかな? と想っていただけた時には本当に依頼してやってくださいませね。^^
ものすごく嬉しいですから。^^
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
ご依頼、本当にありがとうございました。
失礼します。
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