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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

「それで、結局なにが仰りたいのですか?」
自分の倍、いや三倍は年の離れている三人の男を前にして皇茉夕良は優美に微笑み、ブーツをはいた足を組み替えた。つられて、ベルベットの長いマントがかすかに音を立てて揺れる。
「あなた方のお話はさっきから、さっぱり要領を得ませんわ」
帽子に手をかざして小首を傾げる様はあどけなさを装ってはいたがしかし、視線に微塵の隙も感じられなかった。さすがは希代の女船長、と男の一人が心中でうなる。
 今日の一日だけ、茉夕良の船がこの湊に立ち寄ることを一体どこで嗅ぎつけたのだろう。午後三時、久しぶりに陸の上で山を眺めつつ紅茶を楽しもうと思っていたら邪魔が入った。茉夕良の近しい人間を通じ、薄暗い空き家を指定して接触してきたのは、左胸のところに金色の糸で国の紋章が刺繍されたジャケットを着ている、三人の男たちだった。
「あなたが非常に優れた船長であることを聞き、ぜひお目にかかりたいと思っていました」
まずは男の一人がそう切り出す。さらに続けて隣の男が、茉夕良の成した戦績を連ね、声音を上げて褒め称えはじめた。しばらくの間茉夕良は言葉を挟まず否定もせず、頬杖をついて聞いていた。
 とんでもない、と謙遜するような話ではなかった。事実、そのとおりだったからだ。茉夕良の指揮する船は未だかつて、島に眠る宝を発掘するときもまた悪徳を重ねる強欲な商人の船から金塊を奪うときも、失敗したことがなかった。綿密、周到な作戦を練り実行する際は全員が命令に従って機敏に働く。失敗という言葉は聞かない。
「私、無意味なもののために働く趣味はありませんの」
延々と続いた男の話が一旦途切れたところで、茉夕良は長い髪の毛を撫でながらそう言った。作戦の失敗は即ち無報酬、意味のない行為である。茉夕良はそれを最も嫌う。男たちははあ、とかほう、とか感心したような表情を浮かべ、茉夕良の言葉を拝聴した。
「・・・・・・それで、結局なにが仰りたいのですか」
ここで、冒頭の言葉に戻る。無意味なもの、という皮肉が自分たちに向けられていたとは全く気づいていなかった男たちは、顔を見合わせた。
「その、実は・・・・・・」
今まで黙っていた男が、とうとう口を開いた。国の紋章の下についている勲章の数が一番多い、身分が一番高いのだろう。
 茉夕良は紅茶の中に落としたミルクが、白く渦巻く様を見つめながら言葉を待った。
「あなたの船に、プライベーティアを授けようと考えている」

 プライベーティア。それは海賊という身分でありながら国家に属する、特別な存在。国から命令を聞いて特定の海賊船を襲ったり、宝を奪ったりと働くのである。ただし、称号を受ければ二度と海軍に追われることはなくなる。
 この時代、海軍に捕えられた海賊たちはほとんどが男女の例外なく縛り首の判決を受けた。だから臆病な海賊たちほどプライベーティアの称号を欲しがる。そして国家は、海賊の誰もがプライベーティアを受けたがっていると錯覚している。
「プライベーティアに選ばれるのは特別な海賊だけなのだよ、光栄に思うがいい。なにしろ、この称号を持つものには恐いものなんて何一つなくなる」
「あら」
そうなのですか、と茉夕良はくすくす笑った。茉夕良が声を立てて笑うのは、その人によほど気を許しているか逆に軽蔑しているかのどちらかだった。もちろん今回は後者だが、それでも男の言葉の中で、本当におかしかった部分もあった。
 男は、プライベーティアという言葉を口にするときやけに強調していた。胸につけた勲章の数を誇示するかのように、言葉とか勲章とか、自分のことを形にできるものでしか表現できないようなのだ。それがなんとも憐れで、笑えた。
「プライベーティアって、そんなに素晴らしいものなのですか?」
茉夕良がプライベーティアという言葉を知らないはずがない、それなのに、初めて聞いたという仮面をかぶり無邪気に尋ねる。その反応が男の機嫌を逆立てたのは、表情を見ていればわかった。
「貴様・・・・・・」
いつの間にか茉夕良への呼びかけが「あなた」から「貴様」に変わっていた。それでまた、茉夕良は男たちの情報を一つ握った。彼らは、海賊を卑しい存在に見下していた。友好的な表情を装ってみても、茉夕良は騙されなかった。だから、今にも怒りを爆発させようとしているのを堪え、プライベーティアとはなんであるかを延々説明した男に、さらに追い討ちをかける。
「要するに、国家の犬ですわね」
そんな退屈な仕事ごめんですわ、と三人の男たちの横面を、言葉で叩いた。とうとう、男たちの表情に殺意が浮かんだ。

「・・・・・・海賊ふぜいが、我々にそんな口をきいてただで済むと思っているのか」
「貴様の船はすでに、四方から周囲されている。我々の要求をのまなければ、一斉砲撃を放つことになっている。命が惜しければ、従うことだ」
「無粋な方々」
力で人を従わせるなど、最も醜いやりかただ。茉夕良はまだ口をつけていなかったミルクティーを脇に押しやって、テーブルから立ち上がる。
「これ以上あなた方とお話するのは不快ですから、失礼させていただきますわ」
「できるものなら」
やってみろ、という男のセリフが、港のほうから聞こえてきた砲弾の炸裂するすさまじい音に重なる。三人の男たちは、顔を見合わせてにやりと笑った。茉夕良は立ち上がったまま、動かない。誰かを待っているかのように、少しだけ視線を入口のほうへ投げた。
 応えるようにタイミングよく、ノックの音がした。
「迎えに来たぞ」
金髪の男が、面白くなさそうな顔で立っていた。見ようによっては人を小馬鹿にしているような目つきなのだが、これが彼の地顔だった。
「帰りましょう」
「ま、待て!さっきの砲撃が聞こえなかったのか!お前たちの船は、木っ端微塵・・・・・・」
「ああ」
相手の言葉が最後まで終わらないうちに、金髪の男がつまらなそうに応じた。
「さっき、沖のほうで五隻の船が一斉に砲門を詰まらせて暴発させていたぞ。甲板が見事な火の海だ」
あっさりと敗北を聞かされたときの、三人の表情といったらなかった。
 茉夕良は、とうの昔に伏兵の存在を看破していた。自分の船が入港するのと入れ違いに立て続けに五隻の船が出港していったので、乗組員の幾人かに命じて小船で後を追わせ、用心のため砲門の中に粘土を詰めさせていたのである。
「金を払うのなら、陸まで牽引してやってもいいけどな」
まああんだけ見事に燃えてりゃ無駄だろうな、という男の追い討ちがさらに怒りを誘う。だが、三人の男たちにもう成す術はなかった。

「・・・・・・ところで」
「なあに?」
「あんたの恐いものってなんなんだ?」
プライベーティアを蹴ったということは、海軍なんて恐くもないのだと表明したようなものである。金髪の男は純粋な、そして軽い好奇心で訊ねた。茉夕良はなんだろうかと考えて、そして一つ思いついたらしくぽんと手を打った。
「退屈な航海」
「なるほど」
同感だと肩を竦める男と連れ立って、茉夕良は港のほうへと歩いていった。
 こうして茉夕良の物語は終わった。

■体験レポート 皇茉夕良
 そうですわね・・・・・・。率直に言わせていただくと、面白かったのですが疑問点も残りましたわ。たとえば、本の中で罪を犯してしまったとしたらどうなるのでしょう。仮想現実の中だからと容認されてしまうのは恐ろしい気がしますわ。
 もし犯罪が許されるとなると、使用者の方のエゴをぶつける場になってしまう可能性もありますし、行える行為には制限をつけるべきではないでしょうか。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

4788/ 皇茉夕良/女性/16歳/ヴィルトゥオーソ・ヴァイオリニスト

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
個人的な趣味で申し訳ないのですが、自分は優雅に毒舌な
人を書くのが大好きだったりします。
なので、今回の茉夕良さまの話は大変楽しく書かせていただきました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。