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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


人情下町横丁へようこそ 〜一刻堂〜


 その日、久良木・アゲハは偶然通りかかったどんぐり商店街で、何時もは閉店の札が掛かる一刻堂の扉が開いている事に首を傾げた。
 店の中では、カチ、コチ…と、時計の針が時を刻む音がする。
 首を傾げつつも、アゲハは店の中へ入った。


【アゲハチョウ】

 真っ暗な、真っ暗な部屋。
 私はここに閉じ込められていたんだっけ…?
 違う…私は自分からこの部屋にいる。

 小さな手足、低い身長。
 年齢は、そう6歳くらい。
 体が弱くて、走り回れなくて、だから私は一人この部屋にいた。
 家族の誰もが何も言わなかったし、「自分のしたい様にする」が家訓の家だったから、私が一人閉じこもっていても、それは私の「したい様」にしている事なのだから、何か言われるはずがない。

 でもこの部屋にいた理由は体が弱かっただけじゃない。

 この白い髪。
 この赤い瞳。

 どうして私はほかの子たちみたいに黒い髪じゃないの?
 どうして私はほかの子たちみたいに黒い瞳じゃないの?

 小さな心でいつも考えていた。
 自分はどうしてほかの子とこんなにも違うんだろうって。
 きっとお父さんやお母さんが私と一緒だったら、こんなにも悩まなかったんだと思う。
 でも、お父さんもお母さんも黒い髪に黒い瞳で、私だけ周りと全然違っていて、本当にお父さんとお母さんの子供なんだろう?って考えたこともあった。
 小さな私が手にした鋏。
 あぁ、私はこの結末を知っている。


   Φ


 床にまばらに落ちた白い髪。
 細く光にかざせば多少光って見える白い髪が畳の上に広がった。
 アゲハはまた自分の髪をつまみ、鋏を入れる。
 髪を切るためのものではない鋏は、アゲハの髪を乱雑に切り裂いていく。
「ただいま、アゲハちゃん」
 母親の声が家中に響く。近づいて来る足音がしていたけれど、アゲハはそれでも自分の髪に鋏を入れ続けた。
「アゲハちゃん?」
 障子の戸がカラカラと音を立てて開け放たれ、夕暮れの淡い光が部屋の中へと注ぎ込む。
「……!?」
 戸をあけた母親が見たものは、白い髪が散らばる畳の真ん中で、呼び声にもまるで反応せず自分の髪を切り続ける娘の姿。
「アゲハ!!」
 母親は部屋の中へと駆け込み、アゲハの手から鋏を奪い取る。
「……ぁ!!」
 その手から奪い取られた鋏を追いかけるように手を伸ばすアゲハに、母親はその肩をつかむと真正面からアゲハを見た。
「どうしてこんな事したの?」
 アゲハは俯き、ぐっと唇とかみ締める。
「……私が、そう…したかったら」
 言葉を搾り出すようにそう告げたアゲハを、母親は眉を寄せて見てみる。
「自分のしたい事をする。…確かに家の家訓だけど、それは自分の体を傷つけても良いって事じゃないのよ?」
 優しく諭すようにアゲハに語りかけ、そっとその小さな体を抱きしめる。
「お願い、自分を傷つけないで」
 耳元でそう告げた母親を、アゲハはゆっくりと振り返る。

 ―――その瞳から、雫が零れ落ちた。

 それを見た瞬間、アゲハの中で堰を切ったように涙が溢れ出た。
「ごめ…ごめんなさっ」
 ぎゅっと母親にすがり付くように抱きついて、アゲハは声を上げて泣いた。


   Φ


 綺麗に掃除した畳の上に新聞紙を敷いて、アゲハはその上に座らされる。
「こんなにしちゃって…」
 苦笑と共に呟いた母親の声に、アゲハはポツリと言葉を投げる。
「…嫌いなの」
「ん?」
 どこかにしまってあったらしい髪切り鋏でアゲハの髪の長さを整えながら、よく聞こえなかったのか母親は聞き返す。
「この髪嫌いなの」
「どうして?」
 自分で鋏を入れていたときとは違う切り口の揃った髪の束が新聞紙の上に落ちる。
「皆と違うから」
 口を尖らせるようにしていたアゲハだったが、そこで動くと危ないことは分かるため、一生懸命視線だけを母親に向けて、
「アゲハも皆みたいに黒い髪がいい」
 答えは、返ってこない。
 一通り切りそろえられた髪を、母親は優しく櫛で梳くと、アゲハに手鏡を持たせる。
「アゲハちゃんはこんなに可愛いのに、どうして嫌いなんていうの?」
 鏡の中のおかっぱ頭の自分を見ながら、アゲハは眉を寄せる。
「この赤い目も嫌い」
 また、涙がこみ上げてきそうになった。
 母親は優しく優しくアゲハの髪を梳く。
「お母さんは、アゲハの髪も瞳も大好きよ」
「え?」
 アゲハは驚き振り返ると、母親はニコニコと満面の笑みを浮かべていた。
「とっても綺麗でウサギさんみたいで可愛いでしょう?」
 きょとんとしているアゲハの頭を撫でながら、母親はただ微笑む。
 アゲハはゆっくりと体を戻し、
「…可愛い」
 と、小さく微笑んだ。


   Φ


 それから私はこの真っ暗な部屋から出た。
 まだまだ体が弱くて、走り回ったりするような遊びはできなかった。
 それでもお母さんが可愛いと言ってくれたこの髪と瞳に自信が持てたから、私は強くなりたいと思った。
「体が弱いのは、鍛えれば強くなるわ。絶対」
 私の身長にあわせて屈んだお母さんが、にっこりと微笑む。
『「ありがとう、お母さん」』
 お礼を言っただけなのに、どうしてお母さんはあんなにも面食らっているのだろう。
「そんな大人びた顔で言わないで」
 苦笑してそう言ったお母さんの言葉に、今度は私が面食らってしまった。
 それから私は家に伝わる武術を習い始める。
 一つの武術を会得することはとても大変で、加えて体の弱かった私には最初はとても辛いものだった。
 それでもお母さんが綺麗と言ってくれた髪が、胸の辺りにまで伸びたころ、私は普通の子のように元気な体を手に入れていた。































――コチコチコチコチ……


 はっとあたりを見回すと、アゲハは時計に囲まれた店の中心で立ち尽くしていた。
 そっと視線をおろせば、万年自鳴鐘がその時を刻んでいる。
 アゲハは薄らと微笑を浮かべ、店の扉に手をかけた。
 ガラガラと音を立てて開けた扉の向こうから、淡いオレンジの光が降り注ぐ。

 夕暮れが、辺りを照らし出していた。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3806/久良木・アゲハ (くらき・あげは)/女性/16歳/高校生】


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■         ライター通信          ■
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 人情下町横丁へようこそ 〜一刻堂〜 へご依頼いただきありがとうございます。ライターの紺碧です。本当にひっそりと開けていたのでかなりびっくりでした(笑)
 これはシチュエーションノベルの亜種のようなものですが、楽しんでいただけたのなら幸いです。お任せとの事だったので、お母さんを優しい人にしてみました。
 それでは、アゲハ様がまた人情下町横丁にお越しくださる事楽しみにしております。