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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鯉のぼりを食べたい猫 (小判先生 四)

 ゴールデンウィークが終わり、人間たちは忙しく働きまわっている。一方自由な身分である足袋猫の小判先生は、縞模様の単を羽織って今日ものんきに縁側で丸くなっていた。そして細く長い小判先生の尻尾にじゃれているのは、緑の目をした可愛い仔猫。最近では小判先生に倣い片言ながら人間の言葉を喋るようになってきている。
「せんせ、せんせ」
「なんじゃ、うるさいな」
「お魚、いなくなったね」
「魚……?ああ、鯉のぼりのことか?」
仔猫はぽかんと口を開けて青空を見上げている。ついこの間まで、屋根の上には色とりどりの鯉のぼりが気持ちよさそうにたなびいていた。
「ね、せんせ」
「ん?」
「あのお魚、食べてみたい」
「……は?」
言うまでもなく、鯉のぼりは布でできた偽ものの魚である。小判先生はそれを仔猫に説明しようとしたのだが、妙なところで頑固というか、思い込みの激しい仔猫はただひたすらにあのお魚が食べたいと繰り返すばかりだった。
 理屈の通じない相手に対して、小判先生は弱かった。
「……と、いうわけじゃ」
小判先生が避難してきたのはもちろん、草間興信所。
「お前んのとこで誰か、あいつをなんとかできるのはおらんか」
どうやら、草間興信所の常連に助っ人を求めるつもりだった。

 グレープ味にするか、ミント味にするか。スーパーのお菓子売り場の前で、鈴森鎮は真剣に悩んでいた。今持っているお小遣いで買えるガムは一つだけ、だからこそ重要な問題なのだった。
「チョコレートも、捨てがたい・・・・・・」
三つ目の選択肢も手に取って、鎮はますます唸っていた。と、そこへ
「なに真剣な顔してんだ」
背後から長い手が伸びて、鎮のガムをひょいと取り上げた。
「あ!」
見上げると、そこにはサングラス。キャットフードの箱を抱えた幾島壮司が立っていた。
「菓子ばっか食べてると、背が伸びねえぞ」
「俺が買うんだから、俺の勝手だろ!」
「なに騒いでるの?・・・・・・あら、鎮くん」
「シュラインさん」
壮司のすぐ後ろからカートを押してきたのはシュライン・エマ。緑の買い物カゴの中にはカマボコだのノリだの猫が食べるようなものばかり入っている。直感で、鎮は聞いてみた。
「小判先生のところへ行くの?」
「当たり」
実は草間興信所に小判先生がいらっしゃってね、とシュラインは鯉のぼりを食べたがる仔猫のことを鎮に話して聞かせた。
「だから、あの子が食べられるような鯉のぼり作るつもりなのよ」
「そっか!なら、俺も手伝うよ!腰抜けるくらいすげえの、作ってやるからさ!」
勢いよく腕まくりをしてみせると、鎮は今カートの中に入っているもの以外にも仔猫の好きそうなものはないか、とスーパーの中を駆け出した。ただしその前に、カゴの中へチョコレートも放りこむことはちゃっかり忘れなかった。

「ほう、賑やかなもんじゃ」
草間興信所で無駄潰しをしていた小判先生が自宅へ戻ってくると、狭い家の中には仔猫と六人の人間がひしめきあっていた。土間の水回りにはエプロンをつけたシュラインと鎮、板の間で青い鯉のぼりを広げているのは羽角悠宇と初瀬日和、そして手伝わされている壮司。彼らを横目に隅のほうであぐらをかいているのが門屋将太郎。全員の顔を見回すと小判先生は目を細めた。
 彼らが小判先生の家に着いた順番は、こうである。まず散歩をしていた将太郎が偶然、家に残された仔猫の鳴き声を聞きつけて上がりこんだ。そこで一緒に留守番をしているとスーパーで買い込んだたっぷりの食材を抱えてシュライン、壮司、鎮の三人が到着、さらに悠宇と日和が鯉のぼりを土産に訪ねてきたのだった。
「ああ、ちょうどよかった小判先生。帰ってこられたのね」
シュラインが小判先生を最初に見つけ、襟首を掴んで引き止める。
「なんじゃ」
「お湯を沸かそうと思うんですけど、かまどってどこにあります?」
「ないぞ」
「え?」
「儂は猫じゃからの。火なんざ危なくて、使えやせん」
どっかに七輪ならあるはずじゃが飯を作るなら生ものにしておくれ、と言われシュラインは悩んでしまう。鍋でご飯を炊く予定が狂ってしまった。
「全く、妙なところだけしっかり猫なんだから」
興信所でも言った言葉を、再び繰り返す。
「なあ、俺がコンビニまで行ってレンジのご飯買ってこようか?」
買って、ついでに温めてもらえばいい。鎮はシュラインから財布を預かり、外へ飛び出していこうとした。が、その後ろ頭を壮司の声が引きとめる。
「おい、そっちは俺が行くからこっちなんとかしてくれ!」
「こっちって、なにがあったの?」
振り返ると、板の間では悠宇と日和が鯉のぼりの頭のほうと尻尾のほうからそれぞれ中を覗き込んだり、手を伸ばしたりしていた。
「仔猫が、鯉のぼりの中から出てこないんです」
日和の持ってきた鯉のぼりは全長が二メートルより少し大きいくらい、太さは電柱の二割増しといったところ。
「お前なら、そのままでも鼬でも入れるだろ?中のちび助、引っ張り出してくれよ」
鯉のぼりをたぐって手を入れれば悠宇でも出せるのだが、そうすると鯉のぼりが皺になりそうで恐くてできなかった。
「仕方ないなあ」
鎮は財布を壮司に渡すと、鼬の姿に変身した。エプロンをつけたままだったので、エプロン姿の鼬だった。見ていた将太郎がぷっ、と吹きだす。
「弄ばれておるのう」
小判先生は座布団の上に丸くなって傍観を決め込んでいる。
「小判先生に育てられただけあるわね」
買ってきたエビの皮をむきながら、シュラインが皮肉をつけ加える。

「にしてもこのちび、勇ましいわりにゃ臆病だなあ」
鼬になった鎮によって、鯉のぼりの中から引きずり出された仔猫を将太郎は抱き上げる。生まれたときよりは随分大きくなったけれど、まだ将太郎の手の平にすっぽり収まるほどのサイズしかなかった。
「鯉のぼりを食いたいってわめいてたのはお前なんだろ?それなのにどうしてまた泣くんだ?」
「だって、大きい」
みい、と泣きながら仔猫は自分の尻尾を抱きしめる。鯉のぼりの中がよほど恐かったらしく、できる限りに小さくなろうとしていた。
「・・・・・・ああ、そりゃ確かにな」
仔猫は恐らく、屋根の上ではためいていた鯉のぼりしか見たことがなかったのだろう。それはきっと、遠近法によって随分小さく見えたはずだ。そう、仔猫でも食べられそうなくらい。
「こりゃ、鯉のぼりを食うなんざ無理かもなあ」
仔猫を日和に渡し、小判先生に向かって片目をつぶる。小判先生は尻尾をぱたりと動かし、それで返事を済ませる。
「なあ、でかいったって動かないんだから恐くないだろ?空はもう泳いでないんだしさ」
日和の手の中の仔猫をつついてみても、仔猫は丸くなったまま震えていた。悠宇は日和の顔を見る、ああ、やっぱり日和は不安そうな顔をしていた。
「どうしよう。このままじゃ猫ちゃん、来年から泳いでる鯉のぼりまで恐がっちゃうかも」
「えっと、それってトラ・・・・・・」
「トラウマだ」
言葉を探す鎮に、臨床心理士の将太郎が素早く補足する。それだ、と言いながら悠宇は本当にトラウマになったら困るなあと本気で心配しはじめた。
 そこへ
「おい、いいものがあったぞ!」
嬉しそうな声で、壮司がコンビニから帰ってきた。
「売れ残ってたの、もらってきたんだ」
とビニール袋の中に手を突っ込み、取り出したのは二十センチくらいの薄っぺらな鯉のぼり。お菓子がオマケについているような、安いやつだ。
「これなら恐くないだろ?」
プラスチックの棹から取り外した鯉のぼりを仔猫の鼻先にひらつかせてやる。仔猫は、鯉のぼりが動くのに一瞬びくりと身を竦ませたが、相手が意外に小さいと気づくと徐々にその瞳を好奇心に満たし始めた。鯉のぼりの動きに合わせ尻尾がぴくぴくと反応している。
「ほら」
土間のほうへ鯉のぼりをひゅっ、と投げると仔猫は日和の手の中から飛び出して、鯉のぼりに思い切り抱きついた。そこで、そのまま土埃を上げながら鯉のぼりと格闘しているとシュラインが
「ご飯作っているそばで埃立てないの」
と言い、人間に戻って手伝いをしている鎮に命じ板の間へ連れ戻させる。
「もうすぐご飯、できるわよ」
「人間も一緒に食べられる鯉のぼりだぞ」
デザートには特大のミルクプリン、これは鎮の注文である。

 その日、小判先生の家の夕食は鯉のぼりを中心に模した可愛い散らし寿司だった。目の部分にはゆで卵の輪切りを使い、ウロコにはタコの薄切りを重ね、工夫が凝らされている。
「先生と猫ちゃんは、魚食べ過ぎないようにね」
猫にとって魚は大好物だが、あまり食べ過ぎると実は毒なのである。食べ過ぎると神経炎になると書かれている本を、この間読んだばかりだった。
「なあ、プリン食べていい?プリン」
散らし寿司を盛大にかきこみながらも、鎮の心はすでにデザートへ飛んでいた。
「余ったら、分けてもらえるかねえ」
同居人のことを思い、もしくは食費を浮かすため、将太郎は切り出す。
「ええ、どうぞ。私も武彦さんと零ちゃんに持って帰るつもりですし」
全員に土産として、シュラインは小さな重箱を六つ用意していた。
「コーヒーが一番だが、たまには日本茶も悪くないな」
家には日本茶がないので、どうやって重箱の分を食べようかと壮司は思案している。
「家に持って帰ったら家族に食われちまうよ」
それよりここでさっさと食ってしまおうと悠宇が重箱に手を伸ばしかけた、それを
「お寿司はまだ沢山残ってるわよ。欲張らないの」
日和が笑いながらたしなめる。
 賑やかな客の様子を笑いながら見ていた小判先生はふと自分の脇に目を落とし、
「おや」
ため息を吐くように、呟いた。
「今日はよっぽど、楽しかったんじゃな」
六人が小判先生の目線の先を覗き込むと、仔猫が散らし寿司の中に顔を突っ込んでそのまま眠ってしまっていた。夢の中で、仔猫はどんな風に鯉のぼりと遊ぶのだろうか。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1522/ 門屋将太郎/男性/28歳/臨床心理士
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
3950/ 幾島壮司/男性/21歳/浪人生兼鑑定屋

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
小判先生と仔猫の物語、また続きが書けてとても嬉しいです。
まだ仔猫の名前が決まっていないのが気になりますが・・・・・・。
特大のミルクプリン、仔猫にあげるはずがなぜか
鎮さまのほうが喜んでしまいました。
そして今回の鼬ver.はエプロンにしてみました。
鎮さまにはいつも、仔猫のよい遊び相手でいてもらいたいなあと
思っています。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。