コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ドロレス・ヘイズの悲劇


 あの衝撃から○年――。
 そのコピーにはもう慣れっこの彼女だが、慣れていたがために、そのお約束があることを忘れていた。あの衝撃から○年。衝撃の作品には続編が作られる。
 そして、あの衝撃から半年――。

 自分が過去にしでかした鬼な行為をきれいさっぱり忘れて生きていた鬼女・田中緋玻。彼女は渋谷のド真ん中で、突如、ずでんどうと転倒した。「にゃっ」とも「きゃっ」ともつかぬ悲鳴を上げて倒れる緋玻を、あからさまに嘲笑うものはない。皆、何事もなかったかのように、倒れた緋玻を避けて通っていく。

「あー…………けー…………はぁー…………」

 振り返ればそこはトワイライト・ゾーン。行き交う人々はどこかに消え、ぞぶぞぶと音を立てて暗黒が手を広げつつあった。闇の中から現れようとしているのは、闇そのものである。くわッと開いた金の瞳に、大きく裂けた血のように赤い口(以下まわりくどい描写が続くので36行略)。
「あら、はーちゃん、久し振り」
「その名前で呼ぶのはやめて下さい!」
 ぼひっ、と闇と影は消え失せ、人々の波ももどってきた。闇から人が現れても、街行く人々はべつに気にしない。神山隼人という男が、にやにやしている女に「はーちゃん」と呼ばれたところで、誰も突っ込むことはない。
「あたしを転ばせたのはあなたね。鬼を転ばせるなんて、なんて罰当たり!」
「転ばせられた理由を、胸に手を当てて考えてみて下さい。つーかどーいうことですかこれは!」
 隼人は虚空から、ぱしっとA5サイズのフォト光沢紙を取り出した。光沢紙にはJPEG画像がプリントされている。緋玻に突きつけられたその画像というのは――クマのヌイグルミをぎゅっ(はあと)と抱きしめ、フリルいっぱいのドレスを身につけた、黒髪縦ロールの美少女をとらえたものだった。フォトレタッチソフトで加工したものか、少女の背後には影がたちのぼり、瞳は恨みがましく光り輝いている。
 これこそがはーちゃん!
 神山隼人というのは、普段も今もスーツを着た長髪の青年だが、この写真を撮られたときは身体を女のものに変えていたのである。彼には、それが出来たのだ。
 比喩でもなんでもなく鬼な緋玻は、隼人のその姿があんまりおもしろすぎたので、撮りまくった写真をネットに流しまくったのである。ひでえ。
「大丈夫よ、普段はどこにもいない女の子なんだもの。顔はあなたそっくりだけど。あなたのところにカメコが押しかけたこともないでしょ?」
「そういう問題ではありませんよ! ……何という下劣さ! 何という非道! おまえには地獄がふさわしい!」
「……そんなに誉めちゃ、照れるじゃない……」
「なに赤くなってるんです!」
「……でもねえ、今さら怒られても。流したものはどこまでも流されてっちゃう世界だし。……。……でも、なんか、変ね。ちょっとじっくり見せて」
 緋玻は、ぴん、と隼人の手からフォト紙を取り上げ、じっと画像に見入った。
「……うーん、見事だわ。ずいぶんダークな感じにレタッチしたわね」
「あなたが加工したのではないのですか?」
「ええ。こんなモヤモヤなかったし、目だって光ってなかった……はず。まあ、コラよコラ。要するにね。他にもいろいろさせられてたりして」
「じ……冗談じゃありません! コラージュ? 冗談じゃない!」
 ムガー、と黒炎を吐いた隼人は、緋玻の手にあった画像を焼き払った。ここは東京大都会、人が道ばたでいきなり火を吐いても誰も注視などしないかもしれない。緋玻はすすけた手をぱたぱたと振りながらも、んー、と首を傾げた。
「被写体が被写体だし、何だか引っかかるわ。あなたの事務所でパソコン借りてもいい?」
「……そうは言っていますが、緋玻さん。ただ私の変貌ぶりを見たいだけでは?」
「だとしたら?」
「私は深く傷つくでしょう。アイコラの被害者と同じように」
「なんだ、それだけ?」
「……」
 緋玻は背後に呪いの黒影を負いつつ、神山が経営する便利屋の事務所に向かったのだった。


 そこで、ブラウザを立ち上げたふたりが見たものは……。


  姫ののろいだー  投稿者:名無しさん 投稿日:05/05/28
  ヤベー!ヤベー!某ダーク系コラサイトが死んだ!管理人が呪われちまった!

  (無題) 投稿者:名無しさん 投稿日:05/05/28
  ついにあのサイトもか

  (無題) 投稿者:名無しさん 投稿日:05/05/28
  誰か姫を止めるのじゃ! (((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル


「……」
「……」
「……やっぱり被写体がねー……」
「第一声がそれですか。誰が原因だと思ってるんです」
「姫でしょ?」
「オイ!!」

 とどのつまりはこうなのだ。
 はーちゃんの写真をコラージュしたり、売り飛ばそうとしたり、個人で楽しもうとしたりした人間は、みんな平等に呪われてしまうのだという。なんでも、ブランドタグのついたクマのヌイグルミを抱きしめたくて抱きしめたくてたまらなくなり、髪はいきなり伸びて縦ロールになり、ゴスロリチックなフリルいっぱいドレスを着なくてはならない脅迫概念にとらわれるのだという。実際、呪いにかかってしまった人間の写真も流れていた。悲劇だ。体重100キロの引き篭もり男性・29歳まで、はーちゃんな姿になっている。
 どうやら、隼人が抱いていた緋玻への恨みつらみが、写真にも焼きこまれてしまっていたようだ。無理もない、彼は人間ではないのだし、呪いには縁のある存在だ。
 おまけに、おまけがついてきている。
 呪いに尾ひれ胸びれがつき始めているのだ。人間というのはいつもそうだ。噂を噂通りに伝えることが出来ず、噂を大きくし、ねじ曲げて、ついには真実にしてしまう。電子レンジに入れられた猫のように。
 クマを抱いた黒髪縦ロールの美少女は、自称『姫』。』『ひめ』。『ヒメ』。なんでも、イベント会場へ向かう道中で車にはねられ、無念のまま死んでいった非常に高貴なお方なのだそうだ。彼女のカメコやコラ職人への積年の恨みと、イベントに行けなかった口惜しさが、この世にも恐ろしい呪いを引き起こしているのだそうな。
「姫が『降臨』して『ミャハ(ほし)』なんて書きこみする前に何とかしましょ。そのうち人を呪い殺すようになるわ。仕方ないからあたしも手伝う」
「『仕方ないから』って……原因をお忘れですか」
「だから原因ははーちゃんのおもしろさだってば」
「オイ!!」


 隼人が、実体を持たない世界に干渉した。WWWの中で息づく噂と姿が、画面の前に収束する。人々の呪いと曖昧な記憶、無邪気な好奇心が、不幸な姫君をつくりだす。
 影と靄の中で蠢く影が、
 ぼぇん、
 と煙を伴って出現した。

『アテクシを呼んだ? いったい何の御用?』
 縦ロールをかき上げながら、美しい黒い姫は顎を上げ、悪魔と鬼に向かっていきなりそんなことを言い出しやがったのだった。
「ぅわー、思ったより可愛くない態度」
「これは完全に別人ですね」
「そう? あなたの潜在意識の中に眠るもうひとつの人格だったりして」
「ホラーの観過ぎです」
「はい、ごもっとも」
『あっ(はあと)! もしかしてアテクシとお茶会なさりたいの? 呼んで下さったのだからもう友達よねっ(ほし)! ご一緒してあ げ るから、新宿まで連れて行ってくださるわよねっ? もちろんよね? お友達ですものねっ(ほし)!』
「うわー……」
「あー……」
 ご対面からわずか3分、早くももううんざりな悪魔と鬼。殺すのも帰すのも面倒だ。ともかく目の前から早く消えてほしい。ああ、まさに、あの言葉がぴったりだった。姫、あんたウ ザ イです。
『んみゅぅー! 無視するなんてひどいですわぁ! 呪っちゃおうかしら! 呪っちゃう? 呪っちゃうわよ(みゃは)!』
「呪ってごらんなさい」
 緋玻は、黒髪の姫を睨みつけた。
 ……姫の顔はあくまで、神山隼人のものだった。
 緋玻は――唐突にツボに入って、噴き出した。もうだめだ。アテクシな態度を取っている隼人を想像して、緋玻は痙攣しながらうずくまった。あんまり笑いすぎると笑い声も上がらなくなるものだ。
「……っ……っ……っ…………っっ……」
「緋玻さん?! ちょっと、大丈夫ですか? 呪いですか? 息くらいして下さい!」
「……っ……っ…………っっっ…………ケケ……っっ……」
『ふふっ、アテクシはと く べ つだから、こぉんなことも出来ますのよ(ほし)!』
「いい加減にして下さい」
 だまれ、と隼人は姫を睨んだ。
 ……自分と同じ顔をしている。
 自分だとは思いたくない。自分は女になってもこんな言葉遣いはしない。こんな態度は取らないし、この程度の存在ではない。何も信じたくはない。
 隼人はとにかく、緋玻を呪ってやりたかった。それだけで済めば、こんな恥ずかしい思いをせずに済んだのだ。まだ緋玻はうずくまってピクピク痙攣している。
「もう、消えろ」
 おまえは存在する価値がない。おまえは実際に存在してもいないのだ。

『…………うおおおーん! おおーん! おおおおーーん! ぴぎゃーー!!』

 姫は男なんじゃないかと思わせるほどの大号泣をはじめ、さすがの隼人も引いた。かなり引いた。ドン引きだった。
『ひどぉーーーーい! ひどいですぅーーーーー! アテクシ傷ついちゃったあああーー! 死ぬ! アテクシもー死にますぅーーー! おおおーん!』
 隼人はまだ引いていたので、姫がいきなりばくはつしても引いたまま。
 ……緋玻は床を叩きながら痙攣していた。

「あーもう、腹筋痛い。もうだめ。それで、どうなった? はーちゃんは」
「……知りません。もう何も知りたくないです……」
 緋玻が何とか会話できるようになったとき、すでに姫の姿は消えてなくなっていたし、パソコンの電源も落とされていた。とりあえず、呪いの暴走は止められたような気がするが……と、隼人はため息をつく。今回の暴走は止まったが、まだ呪いの根源はネットを漂ったまま。またいつか、あらぬ噂を集めて、違う姿を取るだろう。
「さて、次はどうなるかしらね? どんなはーちゃんが出てきてくれるかなー(はあと)」
「……もういいです。もう何も見たくはないです……」
 この衝撃から○年。緋玻はようやくコピーのセオリーを思い出し、定期的に隼人をいじり倒す理由が出来たことに、幸せと喜びを感じているのだった。ひでえ。




<了>