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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


創詞計画200X:CODE02【SIDE S】



■これまでのあらすじ■

 ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン…………
 忌々しい振動音がやまない。振動が人を殺そうというのだ。
 ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン…………

 呑気な札幌市民を震え上がらせているのは、白銀の巨大生命体<メロウ>と、殺人鬼<切断魔>。公にはされていないが、幾人かの調査員たちの手によって、容疑者は割り出された。
 美容院『ママ・セッド』に勤務する腕利きの美容師、ヒュー・メタリカだ。
 天使を悲しませるな、
 天使を怒らせるな、と彼は言う。
 人間が輪切りにされて転がっていた惨劇の現場には、
 天使を見た、
 というメッセージが残っていた。
 やはり、彼なのか。彼しか有り得ないというのか。
 確かな腕と穏やかな話術でもって、ひとの髪を切断し、並べ上げ、幸せを作り出す美容師が、恐ろしい殺人を犯したのか。

 <切断魔>の毒牙にかかった犠牲者が4名となったその日、小笠原諸島上空に、あの白銀色の『怪獣』があらわれていた。
 そして……今こそ……
 『怪獣』は再び現れ、振動をもって東京に向かいつつある。
 札幌に潜む『怪獣』もまた、新たに現れた『怪獣』とともに目覚めるのだろう。

 ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン…………
 g. g. g.


■つぶやき■

「わかった、わかったから……。天使を助けるよ……僕も助けるから……心配しないでくれ。そんなに騒いだら……頭が……痛いじゃないか」


■包囲■

 呑気な札幌も、東京に怪獣が向かっている、というニュースで持ちきりだったが、銀行は開いていたし、JRは走っていたし、美容室『ママ・セッド』は営業していた。街行く人も、心の片隅で巨大生命体<メロウ>のことを気にかけながら、どうにかいつも通りの生活を送っている。
 ただ、その街行く人というのは、平日のこの日に仕事をしていて、札幌に用事がある者に限られた。ぶらぶらと通りを散策したり、趣味のものを買い求めるためにビルを出入りする人間は少ない。大通り公園には、鳩さえいなかった。
 <メロウ>は呑気な札幌の奥底を、間違いなく揺るがしている。東京よりも混乱が表面化していないだけなのかもしれない。それにいまの札幌には、<メロウ>と同等の脅威がひそんでいる。
 振動は人々の心に届いているのだ。
 この日、『ママ・セッド』に、ヒュー・メタリカの姿はなかった。

「えぇ? メタリカいないの?」
 いきなりの呼び捨てで、風見真希が素っ頓狂な声を上げた。彼女を、しいっ、と控えめにたしなめたのは、マリオン・バーガンディと嘉島刑事だった。一応、彼らは『ママ・セッド』を陰から張っている立場だ。遅れて現場に到着した真希の声は、確かに大きすぎた。
 いまや、札幌の心根を震撼させている<切断魔>は、『ママ・セッド』に勤めるひとりの美容師――である可能性が高いとされていた。証拠などは何ひとつない。だが、道警に指示を出している組織IO2と、マリオン・バーガンディが掴んできた情報があった。道警はその情報に従うことを余儀なくされている。
 ヒュー・メタリカ。
 人間を輪切りにする人間か。
「そんな怖いおっちゃんって感じじゃなかったけどなぁ」
「ま。ここで髪切ってもらったの?」
 真希の呟きに、不意に反応した者がいる。植えこみの陰から現れたのは、主婦然とした40代の女性だった。
「こんな高いところで、よく切る気になるわねぇ。カットなんて、3500円でも高いのに。ここ、カット8000円なんですって? 若いコの考えることはよくわからないわ」
「あー……っと。おばさんも、刑事さん?」
「いいえ。私はただの花屋の店員よ。――主人がね、すっかり<切断魔>の事件の調査に夢中になっちゃって。私も気になって仕方がないの。主人がのめり込むことって、大抵ふつうじゃない物事だから」
 彼女の蒼い目を受けて、嘉島刑事が手帳をめくった。
「旦那さんは、確かにこの調査の協力者だ。ええと、藤井――」
「せりなです。よろしくお願いします」
 彼女は静かに、微笑んだ。

 しかし、それにしても。

「容疑者いないんじゃ、ここ張ってたって仕方ないじゃん」
 真希に痛いところを突かれ、嘉島は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「念のためだよ。一応、ヒュー・メタリカの自宅の方も張ってるが、そっちは少数精鋭でやらせてる」
「あら、どうしてです? 殺人鬼が相手なんだから、人数は多いほうが――」
「バーガンディさんの話だと、相手はフツーの人間じゃないみたいなんでね。射撃の成績良かったやつと、あとは、IO2とかいう組織が通した調査員に任せてるよ。それにちょっとひなびたところだから、大勢つめかけたら目立つんだ」
「てゆーか、どーやって容疑者割り出したんだっけ? なんか証拠つかんだの?」
「証拠は……残念ながら、ありません。“目撃情報”と……4人の被害者は、全員この美容室の利用者だったという事実で、目星をつけただけです」
 『ママ・セッド』に視線を送り続けていたマリオンが、ようやく振り返ってそう言った。手には被害者4名の情報を抱えていた。
 ひとりは、アニメにでも出てくるようなピンク髪。
 ひとりは、金髪のドレッドヘアー。斬新だ。
 ひとりは見事な金髪ストレートヘアーであり、残るひとりは蜂の巣のようなスパイラルパーマをかけていた。
「すっごい髪型ばっか」
「おばさんには理解できないわ……。あっ、このコね。この蜂の巣みたいな頭のコ。うちの近所のコだったの」
「へー。こんなことよくやるよね。髪痛むんじゃない? ハゲるよ将来」
「まあおそらく……そこに狙われる原因があったのかもしれません」
 呟くマリオンに、ふたりの女性は揃って視線を上げた。
「このストレートの方は、もともと強い癖毛の方だったそうです」
「あ、縮毛矯正ってやつだ。むりやり癖ッ毛ストレートにすんだよね」
「ええ。そのうえ脱色している。髪のダメージは相当なものでしょう」
「そっか。美容師だもんね。いちばん気にして見る客の部分って……」
「髪だわ。髪を自分から痛めつける人間が気にいらないのかしら」
 せりなと真希が導き出した推測にマリオンは頷いたが、そこで彼は目を伏せた。
「その理由を知るためにも、犯人は“生け捕り”にしなければ。過去を見る能力者が、彼の過去の言い分を語ったところで、実質的な証拠にはなりません」
「捕まえるのは大変そうね」
「ええ。注意しなければ、指の一、二本は落ちてしまうかもしれない。無理に力で抑えこむよりは、何か……心を突くような方法を取ったほうがいいでしょう」
「なんかすっごい具体的だね。どしてそんな方法思いつくの? あたし髪切ってもらったけど、なーんにもわかんなかったし」
 真希の突っ込みにも、マリオンは穏やかな笑みを返すだけだ。彼は物事を韜晦することに長けている。ことに、自分が関わる事象を曖昧なものに変えてしまうのが得意だった。
「まあ、出所は、信頼できる筋ですから」

 ヒュー・メタリカは午後2時を過ぎても『ママ・セッド』に姿を見せなかった。
 3人の調査員が『ママ・セッド』での張りこみに見切りをつけ、メタリカの自宅へ向かうのは、間もなくである。


■もうひとつの包囲■

 札幌とは言っても広く、そして、田舎だった。都会の様相を見せるのは札幌駅からススキノにかけての、ほんの一画。少し足を伸ばせば、そこは閑静な北海道の住宅街だ。
 多くの住民がテレビにかじりついて、対岸の東京を見守っているのかもしれない。民家の群れは沈黙している。
 九尾桐伯が見上げるマンションも、静かだ。
 青味がかった灰色のマンション、この3階に、美容師ヒュー・メタリカが住んでいる。連続殺人事件の容疑者として道警が目をつけてから、わずかな陰にひそんで、桐伯や刑事たちがマンションを張っていた。
 昨日の午後8時にメタリカは帰宅し、それから一度も外には出て来ていない。美容室『ママ・セッド』に、今日は顔を出すつもりがないというのか。
 ――何ヶ月も予約が埋まっている彼が? 確かに、東京の騒ぎでキャンセルが相次いでいるといえば頷けますが。
「ふむ。しかし、根本的な疑問もある」
 まるで桐伯の思惑を読んだかのように、陰にあらわれた男がそう言った。振り返った桐伯が見たのは、赤と黒の目を持つ和装の男だ。
「彼は真実間違いなく<切断魔>なのか?」
 どこか楽しんでいるような節で、彼は言った。耳に残る低い声だ。桐伯はこの男とは初対面だったが、男がまとうどこかただならぬ気配に気づき――とりあえずは、目的を同じくする“仲間”なのだろうと悟った。
「……失礼ですが……」
「ああ。僕は瀬崎耀司。IO2……と言ったかな。そこを通して状況を知ったのだよ。なに、ただの物好きだ」
「人が亡くなっていることはご存知ですね」
「もちろんだ。その質問の意味は?」
「いえ……随分と、楽しそうに話されると思いまして、ね」
 遠まわしに耀司を非難する桐伯は、うっすらとした笑みを口元に浮かべていた。少なくとも九尾桐伯は、この状況がおもしろいとは思っていないし、調査が楽しいとは思っていなかった。耀司は桐伯の笑みの意味に気がついて、ふむ、と微笑みながら腕を組んだ。
「失礼。興味あるものがあらわれると、ひとの生死や善悪などはどうでもよくなってしまうたちだ」
「……」
「『天使を見た』と……<切断魔>は言っているそうだね」
「……ええ」
「天使。折りしもいま、東京に天使が向かっている。なぜ東京や小笠原から遠く離れた札幌に……『天使』という鍵があらわれているのか。興味があるのだよ。出来れば『天使を見た』と言っている人間から、その意を聞き出してみたいものだ」
「そうでしたか。……失礼しました」
「おや、謝るのか」
「なに、目的が同じだということはこれでよくわかりましたから。とりあえずいまは……私たちは“仲間”です、瀬崎さん」
 一旦はマンションに目を戻した桐伯は、ややあって、背後の耀司を振り返り見た。
「ああ。私は、九尾桐泊といいます」



 ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン…………
 g. g. g



■振動をさがして■

 音が――聞こえる。

 <切断魔>がつぎに誰を狙うのか、はっきりとはわからない。『ママ・セッド』で髪を切った客を殺しているのだとしても、くだんの美容室を利用して、メンバーズカードを持っている人間は、軽く2000人をこえているのだ。すべての利用客を護衛することは出来なかった。
 だからこそ、<切断魔>を――とめるのだ。
 もうこれ以上、輪切りにされた死体を増やさないためには、<切断魔>が殺す前にとめるしかない。

 音は聞こえないか。

 東京を振動の塊が襲おうとしているかもしれない、この日に。


「やめてくれ。僕だって天使を助けたい」


■切断■

 九尾桐泊が、えっ、と小さく声を上げる。
 同時に瀬崎耀司が、あっ、と小さく声を上げた。
 まるで音もなく、マンションの一角が賽の目状に切断され――がらがらと崩れ落ちて、土煙を上げたのだ。
 賽の目になった瓦礫に乗って、地面に降り立ったのは、
 ヒュー・メタリカだった!


「……どういう力なのか……見当がつきませんね……!」
「危険だ、ということがわかれば充分だ。……ふむ。手錠で拘束できるような人間ではないか」
 耀司はひるむことなく、前に出た。
 青い髪の男は、こんな昼下がりに、今は堂々と人を殺そうとしていた。
 ――いまの私に、出来ることは。
 桐伯は赤い目を住宅街の陰に滑りこませた。一応、銃を構えてはいるが、そのまま硬直してしまった刑事たちがいる。
 ――犠牲者候補を、護ること!
 すでに付近の住民は、マンションが崩れた音に驚き、テレビの前を離れて、外に飛び出していた。窓越しの視線もある。桐伯は唇をかんだ。大勢の一般市民の前で超常能力を振るえば、どうなるか?
 ヒュー・メタリカはもはやそこまで考えられないらしいが、冷徹ともいえる桐伯には余裕がある。
 ――私たちは化物にされる。天使や人間ではなく、人を殺せる化物に!
 ざりっ、とメタリカが歩き出した。同時に、桐伯の袖口から鋼糸が繰り出されていた。

 びん、と鋼糸がメタリカを拘束する。このまま桐伯が力を込めたなら――この場に崩れ落ちるのは、輪切りにされた死体だ。

 ――私は、化物にされる。

 しかしその危惧と覚悟も、あっさりと霧散した。
 すぱすぱん、と事も無げに、桐伯の鋼糸は切断されていたのである。
 ヒュー・メタリカは――何もしていなかったように見えた。
 ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン、
 ン――――――ンン――――――――ン g. g. g.
「……!」
「……天使が、困っているんだ。聞こえるんだろう? 天使が、天使を探してる。どう思う? 自分の髪さえ大事にしないひとが、天使を助けられると思うかい?」
 メタリカの目が、九尾桐泊をとらえようとした。

 切断されたのは、桐伯の髪。
 瀬崎耀司の伴天の袖。

 間一髪で、耀司が桐伯を抱えて跳んだのだ。確かに耀司はしっかりとした体つきではあったが、桐伯も長身の青年だ。桐伯を子供のように軽々と小脇に抱えて跳ぶ耀司は、まったく、怪力というより他なかった。
「……何の予備動作も予兆もないとは!」
「彼のことばを聞いたか?」
「ええ」
「天使とは、な」
 耀司は笑った。

 物陰から躍り出た刑事たちが、ようやくメタリカに銃を向けた。土煙がおさまり、スーツの男たちが構えるものを、メタリカが見た。
 ぱぱぱん、とたちまち銃が輪切りにされた。メタリカは見ただけだ。やはり、指一本動かしていない。
「僕の……邪魔を……しないでくれ。助けなくちゃ……いけないから」
 青い髪に爪を立てて、メタリカはぶんぶんとかぶりを振った。灰の目の軌道が、空中に、薄い白銀いろの光となって残っている。
「お願いだ……行かせてくれ。殺さなくちゃ……殺さなくちゃ……殺さなくちゃ」
 ぱぱぱん、と桐伯と耀司の頭上で音がした。
 ああ。
 気づけば、あの振動が常にここにある。

 ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン…………


■蒼い霹靂■

「あー! 危なーいッ!!」
 凄まじい勢いで桐伯と耀司に駆け寄ってきた女性は、声の限りに叫びながら、男ふたりを突き飛ばした。ふたりの男が立っていたところに、どすんどすんと錆びた金属の塊が落ちた。最後に落ちて砕け散ったのは、大きなランプだ。ヒュー・メタリカは街灯を切断したのである。
「ダメだよ、おにーさんたち。もっと上向いて歩こうよー」
「おや、風見さん」
「ほう、知り合いかね」
「『ママ・セッド』からこちらに来て下さいましたか。心強いです」
「来たのはあたしだけじゃないよ。メタリカ……とんでもないおっちゃんだったね。捕まえなきゃ!」
 3人の背後で、ぼうっ、と車に火がついた。車は――刑事たちが使っていたものだ。火は一瞬で車全体を包みこんだ。
「伏せて!」
 女性の声が警鐘である。風見真希、桐伯、耀司の3人は、その指示に従い、転んだ体勢のまま起き上がらなかった。車はハリウッド映画ばりの大爆発を起こし、そばに立っていたメタリカが思わずバランスを崩した。
 手も触れず、車に一瞬で火をつけたのは――

「藤井さん! 火の勢いを弱められますか」
「出来るわ。マリオンさんはどうするの?」
「行きます!」
「あ、待って! 危ないわよ。見たでしょう、街灯があんなに簡単に――」
 そうだ、街灯は簡単に切断されてしまった。しっかりそれを見ていたはずのマリオン・バーガンディは、すでに走り出していた。<切断魔>と思しき男に向かって。
 メタリカがやったのだ。
 藤井せりなの蒼眼は、刑事や調査員に抑えつけられているメタリカに向けられた。彼女の瞳は、車に火をつけたとき同様に――輝きを増した。

 ン――――――ンンン――――ンン――――――――ンッ!!

「待って、マリオンさん」
 せりなの蒼眼がとらえたものは、彼女が初めて見るものだった。言い知れぬ、未知の不安に駆られて、せりなは思わず手を伸ばす。
「待って、メタリカは……“普通”じゃないわ……!」


「あなたが何をなさったか……あなたに見せてあげましょう」
 しかしマリオンに、せりなの声は届いていない。数人の男が命がけで押さえつけているメタリカは、額を地面にこすりつけて、呻き声を上げていた。
「あなたが何故そのような凶行に及んだか……私たちは知りたいのです。方法などはどうでもいい。ただ、“真実”をお見せします。その代わりに“真実”を教えて下さい!」
 メタリカが、がばと顔を上げた。振動とともに。
 その目が白銀いろに光り輝いているのをマリオンは見たが、次の瞬間には、土埃を残して――その場にいた探究者と、殺人鬼の全員が消えていた。


■こころの回廊■

 真希にも、耀司にも、桐伯にも、せりなにも、よくはわからない。だがこの奇蹟を起こしたのは、マリオン・バーガンディであるらしい。メタリカを含めた6人の能力者は、白銀いろに包まれたモノクロームの世界の中で浮いていた。
 次元と次元をつなげて、メタリカに真実を見せようとしたマリオンだったが――彼自身も、驚いている。メタリカの中の『過去』に門をつなげるつもりだったが、何かが彼の力に干渉したらしい。マリオンも知らない世界に、6人は投げ出されている。
 鈍い振動が続く中、メタリカがのろのろと顔を上げた。
「ああ、今はやりたくてやってるわけじゃないんだ。何年か前までは、気に入らない人間を髪ごと切っていたんだけれど……今はもうどうでもいいんだ。きみたちも、僕がどこをどうやってものを切ってるかなんて、どうでもいいんだろう? 僕は天使が幸せでいてくれるなら、それでいいんだよ。だから天使を助けられないような人間は、みんな死んでしまえばいいのにって、思ったんだ。でも僕は、どうしたらいいのかな……」
 マリオンが見たメタリカの目は、とても30代の男のものではなかったし、殺人鬼のものでもなかった。
 メタリカが唐突に倒れた。
 その後ろに立っていたのは、微笑する瀬崎耀司。……彼が、メタリカの首に、すとんと手刀を叩きこんでいたのだ。
 マリオンはすぐにいつもの調子を取り戻すつもりで、『現在』に続く門を開けた。


■ふたつ。■

 土埃と火がおさまったとき、ヒュー・メタリカは男たちに取り押さえられて、気を失っていた。
 マリオン・バーガンディはよろめいた。ぱさりぱさりと乾いた音を立てて、切断された彼の前髪が地面に落ちていく。どうやら首はちゃんと胴体に繋がっているらしいし、指も10本そろっているようだ。切られたのは前髪だけだった。
「マリオン! あんた、へーきだった?」
「あ……はい。風見さんも、怪我はありませんか?」
「へーきへーき。……なーんか、ヘンなもの見えちゃったけどねー」
「すみません。私としたことが、少し、失敗してしまいました」
「だから、ちょっと待って、って言ったのに」
 せりなが肩をすくめて苦笑した。
 桐伯は手早く鋼糸でメタリカを縛り上げると、ふう、と彼にしてはめずらしいため息をついた。
「……身柄は、IO2にゆだねたほうが賢明ですね。しかし……これほど厄介な能力者を、IO2が野放しにしておくとは……」
「あいおーつー、かー。あたしたちもマークされてるんだよね? いちおう」
「一般人に危害を及ぼさない限りは放任されますし、調査協力を求められることもあるはずですが、彼は4人も殺しているし……ひとりでこれほどの騒ぎを起こせるのです。おかしな話ですよ」
「ふむ。おもしろい話だ」
 笑んで顎を撫でる耀司に、一同は軽く非難の目を浴びせかけたが、すぐにメタリカに目を戻した。
「彼ね」
 せりなが、蒼い目をもう光らせることなく、メタリカを見下ろしながら呟いた。その表情に困惑の色を浮かべて。
「……こころが、ふたつあるわ」
「えっ? それって、二重人格ってこと? ……じゃない、んだよね。それじゃちょっとありきたりだなぁ」
「ええ。多重人格とは……ちがうようね。私には見えるのよ。今まで見たこともない心の炎が、殺人鬼の心の炎を押さえつけてる……食いつぶそうとしているの。いまは彼、それで混乱してるみたい。どっちの心も“普通”じゃないわ」
「ほう、心を読めるのか」
「その『心』が、私の力に干渉したのかな……。――藤井さん、この切断能力を封じる方法はわかりますか? IO2や嘉島さんに伝えておかないと」
 マリオンに言われて、せりなは頷き、メタリカの顔を覗きこんだ。蒼い目が光り輝き――彼女はほっと息をつく。
「手足をしばって、目隠しをして。それだけでいいみたい」
「えー、意外。コロンブスの卵ってやつ?」
「見て、『切る』って思ったものを何でも切れるのよ。見えないものは切れないらしいわ。でも……」
「これで一件落着、というわけではない……か」
 またしても、瀬崎耀司が笑った。
 事件は解決したどころか、新たな謎を生み出しただけなのかもしれない。それに気がついているのは、もちろん、耀司だけではなかった。


“天使が、困っているんだ。聞こえるんだろう? 天使が、天使を探してる。どう思う? 自分の髪さえ大事にしないひとが、天使を助けられると思うかい?”


                            I SAW ANGEL.

 ン――――――ンンン――――ンン――――――――ン…………
 忌々しい振動音がやまない。


■東京では■

 白銀の生命体<メロウ>、その2体目、『キラーズ』。
 それは、ヒュー・メタリカが取り押さえられた頃、東京湾上で消滅した。
 <切断魔>の捕り物劇を見ていた人々は、テレビで、その決定的な場面を見逃してしまっていた。




<了>

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー】
【3332/藤井・せりな/女/45/主婦】
【3995/風見・真希/女/23/大学生・稀に闇狩り】
【4164/マリオン・バーガンディ/男/275/元キュレーター・研究者・研究所所長】
【4487/瀬崎・耀司/男/38/考古学者】

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               ライター通信
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 モロクっちです。お待たせしました! 『創詞計画200X』札幌編第2回をお届けします。
 じ、地味だ……(笑)。
 東京編より生々しいんですが、地味ですね……。しかし今回の皆様のご活躍で、無事、ヒュー・メタリカを拘束することに成功しました。身柄はIO2が拘束していますが(こんなの警察に任せられない)、道警を通じて今後面会することが出来ます。ただし、今回のノベルでもおわかりの通り、現在のヒュー・メタリカにはツウと言ってもカアと返ってきません。何かキーワードを用いて会話しなければならないでしょう。でも、必要なキーワードは……もう、おわかりですよね。

 それでは、次回もお付き合いいただけると幸いです。