コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


俺も娘も17歳?!〜友達たくさんできるかな?〜


 神聖都学園に通学するごく普通の少年・秋山 勝矢のことを「パパ」と呼び、彼の側から離れようとしない謎の女子高校生・秋山 美菜。ふたりは同じ17歳であるにも関わらず、彼女は彼を親として扱う。なぜなら美菜は2034年から『タイムポート・ホームステイ』でこの時代にやってきた勝矢の娘だからだ。しかし普通の人間はそんなミラクルな現実を素直に聞けるはずがない。「納得が行かない」と首を横に振り続けていた勝矢……するといつの間にか家の前に着いていた。時間はあっという間に過ぎていたらしい。美菜は嬉しそうに実家の外見を観察し始める。

 「場所は変わってないなぁ〜。リフォームする前だね、このおうち。」
 「……お前、なんでリフォームすること知ってんの? 最近になって親父が言い出したことなのに……」
 「だってあたしパパの娘だもん。」
 「あーあーあーあーあー、聞いた聞いた! そのセリフはもう17回も聞いたっ!」

 果てしなく繰り返される言葉の応酬でかなりヤケクソになっている勝矢だったが、自称・娘の姿を観察しているうちにふと一計が頭に浮かんだ。彼女は髪が長い。未来的で斬新なデザインの制服の上にその髪がいくつか落ちていた。おそらくブラッシングで抜けたのだろう。そんな勝矢も自分も散髪したてなので、頭を振ったら毛の一本や二本くらいは落ちてくるはずだ。そしてさらにいいことを思いついた勝矢は内容を忘れないうちに彼女に話を振った。

 「はぁ……しょうがないな。そこまで俺のことをパパとか言うのなら住めばいいよ。」
 「えっ、ホント?!」
 「だけど、うちの親父とお袋がなんて言うかなぁ〜。」

 勝矢は『自分でさえ理解できないようなことを両親が理解できるはずがない』と踏んだのだ。そして何よりも親父もお袋も難しいことがわからない体育会系である。完全にわからない、見ないと信じられないという思考パターンに美菜が対応できるはずがない。勝矢の策略は的を射ていた。そんな黒い思考など露知らず、美菜は元気に答える。

 「それくらいあたしが説明するからいいよ。パパには迷惑かけないから心配しないで。じゃあ29年前のおうちにただいま〜っと♪」
 「おっと、制服に髪の毛がついてるぞ。取ってやる。」
 「ありがとーって……あれ? パパ??」

 玄関に手をかけようとしていた美菜が振り向いた時には、勝矢はすでに姿を消していた。彼女は敷居の外に出て道まで戻ってパパを探したが、その姿はどこにもない……おかしいなとしばらく首を傾げていたが、結局そのまま実家に入っていった。


 その頃、勝矢は猛ダッシュで隣に住んでいる自称・発明家の青年宅へ押しかけていた。表札には『河井 知久』と書かれている。そこは家というよりも研究所といった雰囲気の建物で、部屋の中のほとんどは外国語の分厚い文献や怪しい実験器具、奇妙な液体に浸かった標本などが所狭しと並んでいた。勝矢はいつも家の主人がいるはずの実験室へと急ぐ。彼の右手の指はさっき採取した美菜の髪の毛をつまんでいた。

 「知久さ〜ん、お願いがあるんだけど〜。」
 「おお来たな、体育会系隣人の息子。」

 河井は長いソファーの上に寝転んであるDVDを鑑賞していた。彼はいつも白衣を羽織っているから家はおろか街の中でも見つけるのが簡単である。返事をした後でゆっくりと身を起こし、さっそく用件を聞く体勢になった。相談を持ちかけようとした勝矢だったが、テレビの映像が気になって気になって仕方がない。心の中では「相手に悪い」と思いつつも、ついその内容に関しての感想を言ってしまった。

 「知久さん……またそんな気持ちの悪いもん見てんの?」
 「理系の知人からやっと借りれたんだよ。『ザ・リアルシリーズ カエルの解剖』。なかなか見せ方がうまいんだよ。ナイスカメラワークって感」
 「ところで、お願いしたいことがあるんだけど?」
 「……そんなに付き合い悪いと、いい大人になれないぞ?」

 自分の最高の趣味と娯楽を年端も行かぬ子どもにいつもの調子で真っ向から否定されて『ムカッ』とした顔をする河合。そんな渋い表情の彼を落ちつかせたのは、勝矢が目の前に差し出した2本の髪だった。今の少年は迷える子羊である。「メェ〜」とは鳴かないが、それなりの悩みを持っていた。

 「知久さん、何も言わずにこの2本の髪の毛をDNA鑑定してくれない?」
 「……………お前、早いな。」
 「どういう意味でそのセリフを言ったのかも含めて、話は明日にしてくれない? 持ってるんでしょ、友達からもらったっていう最新式で簡易版のDNA鑑定キット。あれ使ってよ。」
 「でもお前、あれは時間がかかるんだ。それでもいいのか?」
 「まぁ実際には一刻を争ってるけど、今は結果が出ればいいかなって感じ。終わったら、またケータイに連絡してよ。」
 「了解。そりゃ親父さんたちにそんなこと言えないよ〜。」

 世間の反応を参考にするならば、河井の方が断然正しいことを言っているのだろう。しかしそんな世間体を徹底的に踏み潰した勝矢は再び快足を飛ばし、さっさと家に帰った。風変わりな科学者の次は自称・娘の相手である。


 「ただいま……はぁ。」
 「パパ、おかえり〜。」

 玄関の扉を力なく開けた彼を待っていたのはすでに家に上がっている美菜だった。その事実は勝矢の背中をドンッと押したかと思うと、彼を豪快にズッコケさせ靴も脱がずに前のめりに倒れさせた。こんなこと絶対にあり得ない。彼女は勝矢が河井の家に立ち寄ったわずかな時間で両親を……いや祖父母の説得をしたというのか。玄関の騒ぎに気づいた勝矢の母が「ご飯よ〜」という言葉と共にふたりの名を呼んでいる。勝矢が『鉄壁の牙城』と目していた両親は美菜というたったひとりの孫の前にあっけなく陥落した。

 「お、お前、なんで??」
 「だ〜か〜ら〜、あたしは未来から来たって言ったじゃない。だからおじいちゃんのプロ野球選手としての生涯通算成績とおばあちゃんの公式水泳競技会の記録をちょこっと言ったら信用してくれたよ。かわいい孫だなぁ〜って言われちゃった!」
 「あ、あんのバカ……脳みそが筋肉になってる奴はこれだから嫌いなんだよ!」
 「へぇ〜、じゃあこの前のテストの点数が悪かったのはたまたまだったんだ……パパぁ?」
 「うぐっ! な、なんでお前それを……!!」

 ぐったりした身体に鞭が入ったのか、いきなり上半身を起こしハッとした表情を美菜に向ける勝矢。娘の言う通り、前回のテストでは不覚にも自己ワースト記録を叩き出してしまったのだ。あまりに点数が悪かったので周囲には答案を見せなかったのになぜ……ここまで来ると、もはや鑑定結果は必要なくなってくる。むしろ今ではそれ自体が不要な存在になりつつあった。なぜなら彼女との親子関係が確定してしまうのだから。

 「パパ、明日あたしも神聖都学園に行くね♪」
 「お前……なんで俺の学校に来るんだよ! お前は静かに『なんとかかんとかホームステイ』してりゃいいんだよ!」
 「タイムポート・ホームステイだけじゃつまんないもん。あたしね、この時代の友達が欲しいんだ〜。いいでしょ?」
 「いいわけねぇだろ……」
 「じゃあさっきのテストの点数、おばあちゃんにバラしていい? うまくごまかしたのにね〜。」

 小悪魔がクスリと笑った瞬間、勝矢は抵抗する術を失った。こうして秋山家に家族がひとり増えた。同い年なのに自分の娘。しかも明日は一緒に通学しなくてはならない……どこの罰ゲームだとフル回転する脳みその片隅で思った勝矢だった。


 その頃、勝矢と同じように困り果てている青年がいた。店内で手にしているのは黒くて白いフリフリがたくさんついたメイド服。くどいようだがもう一度言っておく……これを持っているのは青年だ。さっきからちょっとずつ服の角度を変えながら、不思議そうな表情でメイド服を舐めるように見ている。美菜と同じく明日に神聖都学園の見学を考えている施祇 刹利は、服屋に頼んでいた『制服』なるものを受け取りに来ていた。ところが店主は「ちょうど新作ができた」というよくわからない理由で彼にこれを差し出したのだ。美菜なら「ぜんぜん違うじゃないの!」とツッコミのひとつも入れられそうだが、残念ながらこの刹利には無理な話だった。
 実はこの青年、かなりの世間知らずなのだ。周囲の友人たちが最近になって「とりあえず学校というものくらいは見に行け」と言われたのがきっかけで、今この服屋にいる。学校見学に制服で行くのは当たり前だと言われたため、その制服なるものを手に入れようとこの服屋に注文をした。しかし服屋も服屋でかなり感覚がズレているらしく、制服のことに関してはな〜んにも知らない刹利に何気なくメイド服を渡す。すでに彼の頭の中では「これが制服なのか」とインプットされてしまっていたのがいけなかった。不幸だ、あまりにも不幸だ。

 「この制服、なんかひらひらしてるけど……新作だからだよね。うん、間違いない。」

 彼は明日の早朝、「この服を来た人の群れを見るんだろうな〜」などと思いつつ会計を済ませると、丁寧に包まれたメイド服を抱えて家に帰るのだった。


 翌日、刹利はその辺の物陰から神聖都学園に向かう生徒たちを見てすさまじく脱力した。
 違う、明らかに違う。だいたい男がフリフリしてない。女でもスカート以外はそんなにフリフリしてない。刹利の視線は手に持ったメイド服と通学途中の生徒の間を何度も往復した。ただ彼にとってラッキーだったのは、このメイド服がワンサイズ小さかったことである。おかげでここまで着てくることにならずに済んだ。だが、今から本物の制服を買う金銭的余裕もなければ、そんな服を売っている店も開いていない。
 刹利は追い詰められていた。そして何をするわけでもなく、ただじっとメイド服を見る……その時、閃いた。自分には着れないのだから、着れる人と交換すればいい。何も相手から制服を奪うわけじゃない。これは交換だ。ちゃんと似合う人に着せれば問題ないだろう。自分なりの打開策を見つけた刹利は息を殺して、じっと獲物が来るのを待った。このメイド服が入る男子生徒が来るのを、ただ静かに。

 勝矢は駅から出ると、いつもとは違う道を使って歩いた。もちろん隣には美菜がいる。彼がわざと遠回りになるような道を選んだのは、相手がどんな反応を示すかを知るためだった。すると彼の計算通りに美菜は動いた。その柔らかな口元が動き始めた瞬間、勝矢は『やっぱりな』と心の中で思った。

 「パパ〜、ここからだと学校遠くならない?」
 「そうかなぁ?」
 「あたし、パパが方向音痴だったとは聞いてないんだけど……ま、いっか。ケータイの番号もメモリーしてあるから迷子にはならないから安心してね!」
 「お、お前、俺が寝てる間にそんなこと……!」
 「昨日するわけないじゃな〜い。その辺はちゃ〜んとこっちに来る前から用意してあるよ。でも見た目でパパってわからないと困るから、制服の胸ポケットにあたしのリボンを入れといたんだ〜。」
 「結局、似たようなことやってんじゃねーかよ!」
 「これはね、赤ちゃんの服とかに使われてる素材のリボンなんだけど……」

 美菜が頭を上げて目をつぶりながら得意げに何かを話し始めたその時だ。太い電信柱の影から何者かの手が出てきて、勝矢がそこに吸いこまれた! そして一瞬にして再び道路に蹴り出されたのだ。勝矢は何が起きたのかわからず、その柱をおそるおそる覗きこむ……しかしそこにはもう誰もいない。獲物に睨まれて慌てふためく動物のように、頭をきょろきょろとさせる勝矢。

 「パパ、ちょっと〜。ちゃんと話聞いてるって……えっ?!」
 「聞くも何もお前、俺はたった今だな。急に誰かに襲われて……って、なんか足元がスースーするな。今までに感じたことのない大きな不安が足元から襲ってくる感じがするぞ。」
 「パパ〜。そーゆー冷静な分析の前にさ、少しは驚いた方がいいんじゃない?」

 勝矢は娘にそう言われて初めて気がついた。自分がフリフリのかわいいメイド服を着せられていることに……もはやこの驚きを声にすることはできない。あまりに驚きすぎてコメントもクソもなかった。

 「…………………………こ、これは?」
 「パパ、そんな趣味あっ」
 「ない!」
 「あったらあたし生まれてないもんね、うん。」

 美菜の妙な納得の仕方がものすごく引っかかったが、勝矢はそれどころではない。今は疑惑も疑問も何もかもを忘れて、ただ美菜に頼るのみだ。その時、勝矢はさらわれる瞬間に娘が話していたことを思い出す。そして彼女の性格を加味して脳みそフル回転で考えた。出てきた答えはただひとつである。

 「お前、どこでも俺の居場所をわかるように制服になんか仕込んだだろ! あれ使え!」
 「あっ、忘れてた〜。パパが地平の果てまで逃げないように特殊な生地で作ったリボンを入れてたんだった。」
 「今の言葉は全部忘れてやるから早くしろ!」
 「じゃあ〜、あたしのケータイでパパの制服のありかを……」

 彼女がバッグから取り出したケータイは今のものと大して形状は変わらない。だがそれは見た目だけのことで、内蔵されている装置や機能は勝矢の想像をはるかに超えるものが搭載されているのだろう。美菜が器用にそれを操作している姿は心の底から頼れるものだった。勝矢はほっと胸を撫で下ろしたが、すぐに彼女が自分の娘であることを思い出した。要するに今の状況は『自分が自分に頼っている』ようなものなのだ。本当にそんなことで安心できるのか……安心していいものなのか。そう思った直後……

 「えっ、『2005年の電波状況に設定を変更します』って?!」
 「やっぱし……俺の娘だもんな。基本的には迂闊だよな。途中から期待してなかったから、あんまりショックないな。」
 「ゴメ〜ン、パパ。あと2時間は設定変更でケータイが使えないから、そのまま授業受けて。」

 迂闊だけならまだしも、美菜は天然ボケの気もあるらしい。先ほどに引き続き、とにかく驚く勝矢。

 「こんなカッコで学校に行けるか〜!!」
 「行かなきゃおばあちゃんにテストの点数バラすけど、それでもい」
 「………行きます。行きゃいいんだろ、お前はそれで満足なんだろ!」
 「だってパパもパパになったら、あたしに『学校には行きなさい』って言うんだもん。」

 異常とも言えるこの状況の中でじっくり話しこんだ勝矢は、ようやく美菜のことを少し理解できたような気がした。自分と彼女は17年来の付き合いがある。それは自分が知らないだけで、相手はそれをしっかり覚えている。あくまで親としての自分しか見ていない彼女がこの状況で自分に「学校に行け」と言うのは、確かに正論だ。自分がやってもいないことを子どもに対して大きな顔をして言っているのではまったく示しがつかない。ここで学校をサボれば、間違いなく未来の自分が困るだろう。しかし、それはあくまで『本当に美菜が自分の娘である』ということが前提だ。でも本当に娘だったらと思うと……やはり彼女に背くことはできない。勝矢はメイド服で学校に行くことを決心した。だが、気楽な学校見学をしようとする美菜にはしっかり釘を刺しておいた。

 「わかった。親だからな、学校には行く。お前は制服を盗った犯人を見つけ出せよ。ふらふらちょうちょみたいに遊んでるんじゃないぞ!」
 「は〜い。でも2時間はどうしようもないから遊ぶよ?」
 「勝手にしろ! 俺は行く! あーあ、どう言い訳しようかな……つーか、なんでメイド服なんだよ! くっそー、犯人め!」

 怒ったり悔やんだりする勝矢と観光気分が抜け切らない美菜とはここで別れた。刹利は勝矢の制服を着崩したままの格好で、電信柱のさらに裏にある塀からその一部始終を聞いていた。

 「これで学園には入れるぞ〜。けどいずれボクの居場所はわかっちゃうんだよね。だったらここは敢えて……」

 刹利はあることを思いついた。それを実行するため、彼は美菜に気づかれないようにゆっくりこっそり距離を置いて歩き始めた。彼女の目的も自分の目的も学校見学なのだから、むやみにうろつくよりもそっちの方がいいだろうと判断したのだ。かくして美菜は見知らぬ同行人を引き連れて学園の中へと向かった。


 ケータイの設定変更まで、まだ1時間半もある。でも、もう神聖都学園には着いてしまった。この学園は幼稚園から大学、専門学校までの学園施設が整っているため、平日でも学園内の人通りが絶えることはない。だから美菜がうろちょろしてもぜんぜん怪しまれない。パパはちゃんと授業を受けに行ったようなので、さっそく過去探険を始めようと目を輝かせていると……視界に見たことのある女子生徒が飛びこんできた。美菜はすぐにその矛盾に気づく。

 「あれっ……確かここは2005年なのに、なんでだろ?」

 同じタイムポート・ホームステイの生徒なのかと思って美菜は走って追いかける。運動神経は抜群らしく、人の波を巧みにかわしながら彼女に近づく。すると相手は「お呼びですか?」と言わんばかりにゆっくりと振り向くではないか。思いっきり急ブレーキをかけてその場に止まる美菜。止まる前から目と目が合っていたので、とりあえずご挨拶をすることにした。美菜の声に悪びれたところは少しもない。

 「あ、こんにちわ。あたし秋山 美菜。とりあえずよろしくね!」
 「あら、元気な人ですね。あたしは月夢 優名。みんなはゆ〜なって呼んでます。ところで美菜さんはあたしに何か御用ですか?」
 「へっ? あ、あれ、なんかあったようななかったような……えへへ、忘れちゃった。この時代の学園は初めてだから……」
 「この……時代?」

 優名がかわいく首を傾げると、美菜は慌てて事情を話し始める。実の父である勝矢でさえ納得しなかったことを優名は時折頷きながら聞いた。そしてそれをすんなりと理解した。

 「じゃあ、これからは学園へはたびたび来るってことですか?」
 「そうなるかなぁ。あたし、じっとしてるのあんまり好きじゃないから。」
 「だったらあたしが学園を案内しましょう。未来と今じゃ違うところもたくさんあるでしょうから。」
 「じゃあお願いね、ゆ〜なさん!」

 麗しき女子生徒ふたりが校舎の中へ入ろうとする時も、刹利はしっかりついてきていた。優名が学園の案内をするというのだ、ついていかない理由はない。もちろんふたりは依然として彼に気づいていない。こうしてふたりとひとりは学園の中を歩き始めたのだった。

 優名は詳しく美菜の話を聞いて、彼女自身がこの時代で授業を受けることはないことを知った。そのため、まずは専門学校群が中心になって行っている公開講座の連絡が掲示されている電子ボードの場所へ案内する。優名は少しでもお勉強したいと思った時はここがオススメだと言ってくれた。その内容をよく見ると『上手に描けるマンガ講座』や『自分の名前を後世に! 新星発見の方法』などがあった。確かに暇を潰すにはちょうどいいかもねと美菜が笑えば、優名も一緒になって微笑んだ。なお刹利は『刀剣の伝説について』という講義がたまらなく聞きたくて仕方ないようで、案内のパンフレットを一枚拝借した。
 続いては図書館である。ここは入口が外と中で2ヶ所あり、奥に入るには現在の学生証が必要らしい。奥は在学生が勉強するための充実した設備が揃っている。もちろんその手前でも週刊誌やマンガなども閲覧でき、一週間分の新聞各紙も用意されている。こちらはどちらかというと読書室に近いイメージだ。美菜は授業を受けないが、滞在レポートのようなものを書くように担当の教師から指示されているらしい。優名はそれをするのにはここがいいだろうと思って案内したのだ。ところが美菜も刹利もすっかりマンガ本に心が動いているらしく、ここに来て勉強することはなさそうな感じだった。

 「美菜さん、レポートの合間にマンガを読むといい気分転換になりますよ?」
 「ああ、このマンガってこっちでは去年リバイバルでやってた〜。これが原作なんだ、へぇ〜。」
 「まぁ、お勉強は家でもできますしね。あたしも女子寮で宿題とかするし。」
 「あ、ゆ〜なさんって学園の用意した寮に住んでるんだ。あたしも友達が何人かそこにいるよ。」
 「でもそのお話は今じゃなくて未来のお話ですよね? 未来にも女子寮はあるんですね。」
 「部活動で忙しい子が入ってるかな。門限はあるけど、食事も出るし大きなお風呂もあるし便利だって。」

 それを聞いた優名が最近は半身浴に凝っていることを話すと、美菜もそのことについていろいろと質問してくる。徐々にふたりの距離は近くなっていた。逆につかず離れずの刹利は学園内にお泊り施設があることにビックリしていた。このふたりの後についていくだけでこんなに便利でいい話が聞けるなんてと感動もひとしおである。
 すると静かな図書館にケータイの音が鳴り響いた。美菜のかばんから鳴り響いていることに気づくと、慌てて優名が彼女の背中を押して出口へと走った。

 「ダメですよ〜、図書館で携帯電話を鳴らしたら〜。」
 「ゴメンね。実は今、パパがメイド服で授業を受けてるから、その関係で音が鳴るように設定してたの。」
 「……………えっ?」
 「パっ、パパは全然そーゆー趣味じゃないんだけど、誰かに制服を奪われたみたいなの。で、このケータイを使えば盗んだ人がどこにいるかわかるんだけど……よく考えたらこの学園にいるかどうかなんてわからないよね。制服フェチの人が専門店に売りに行ったのかもしれないんだし。」
 「なんか妙なところ、ものすごく詳しいのね……美菜さん。」

 ダメ元で図書館の入口でサーチを始める美菜だったが、その画面を見て思わず「あっ!」と声を上げた。父の制服は今まさに図書館を出ようとしているではないか!

 「あ、あれ? 今、図書館からパパの制服が出てくる……」
 「もしかして、あの方ですか??」

 そんなふたりの視線が自動ドアの設置された入口へと向けられる。この瞬間、刹利は一転して追われる立場になった。

 「バっ、バレた! な、なんで?!」
 「もう逃げられませんよ。美菜さんのケータイであなたの居場所は一目瞭然なんですから。とにかく落ちついて聞いてください……あなたはなぜ、秋山さんの制服をメイド服にすりかえたりしたんですか?」
 「なぜって……学校に行くのは制服を着て行く方がいいらしいからかな。だから今日だけちゃんとした制服を借りようと思って、あの服の入りそうな彼と服装を交換したんだ。別に盗もうなんて思ったわけじゃないし、ボクは学校ってよくわかんなくてさ……」
 「じゃあ、理由は違うけど美菜さんと同じ目的でこの学園に来たということですか?」

 すっかりシュンとなった刹利の事情を優名がじっくりと聞いていると、遠くの廊下からすさまじい雄叫びが響いてくる……優名が事情を聞いている間に美菜が勝矢にメールして犯人の居場所を教えてしまったらしい。恐ろしい形相で走り続けるメイド服姿の少年を、人は指差しながら避けていく。そして自分の服を着た犯人を射程距離に置き、思いっきりジャンプしてドロップキックで特攻した!

 「しっかりニーソックスまで履かせんじゃねぇ、このバカ野郎がーーーっ! 怒りのメガトンドロップキーーーック!!」
 「ううっ、パンツ丸見え……どぶぇぎゃあっ!!」

 パンツ丸見えドロップキックを見舞った状態で倒れこみ、そのまま勝矢はマウントポジションを確保。そのまま怒りに任せて殴る殴る殴る殴る殴る。

 「このぉ、教師には『メイドくん、答えて』とか言われるし、ダチには『オカマは夜だけにしてくれ』とか言われるしよー! ふんふんふんっ!」
 「ごめ、ごめ、ごめんなさ〜いっ!!」

 優名も美菜も勝矢のケンカを止めようと思うのだが、勝矢の受けた仕打ちや今の姿を見るとあまりに気の毒でそれができない。いかに刹利が世間知らずでも、今回の勝矢に対する行為はあんまりだ。虚を突かれた刹利はそこから逃れる術を忘れ、ただただ許しを乞うばかり。当事者以外はみんな遠巻きにその様子を見ていた。


 昼食は結局、この4人が一緒に学生食堂で取ることになった。もちろん勝矢は制服姿に戻っているし、刹利も優名からの説明で『神聖都学園は私服で見学できる』ことを知って持っていた私服に着替えていた。メイド服すり替え事件に関しては、学校の「が」の字も知らない少年のやったことということで勝矢はさっきの大乱闘ですべてを片付けることにした。本人もごめんなさいと何度も言っているし、優名もあんまり叱らないでほしいと嘆願したからだ。ただひとり、美菜だけは「面白そうだからそのままメイド服でもいいんじゃない?」とか言っていたが。

 「はぁぁ……助かった。まだ今日は午後に1限しかないからよかったけどよ。」
 「でも秋山さん、よくあの姿で授業に出席しましたね。すごいですね〜。」
 「ね〜じゃねぇって。休み時間に男子トイレに入ったら、場が騒然となったんだぞ!」
 「あーあ見たかったな〜、そんな慌ててるパパの姿。」
 「笑いごとじゃねーぞ。ちょっと死を意識したな、うん。」

 なんと刹利はこのメイド服が女物であることすら知らなかったらしい。ポカーンとした表情で話を聞いているところを見た勝矢がその辺のところをツッコむと、ようやくその事実が明らかになった。とりあえず学校見学が終わったら、服の種類について勉強させようと心に誓う勝也であった。幸い、学園には服飾専門学校もある。ぜひここを見学ルートに入れるよう、優名や美菜とじっくり話し合った。
 目の前にはそれぞれの食事が並んだ。すると自然とささやかな昼食会が始まる。勝矢は改めて自己紹介しながら、特殊な関係の美菜との説明に追われた。ところが刹利はそういうことの方がすんなり頭に入っていくらしく、特に驚くこともなく「親子ですか〜」と納得していた。勝矢は心の中で必死に「刹利、ツッコめ!」と祈っていたが、ものの見事にスルーされて茫然。逆にすんなり理解できない自分が問題なのかと悩みながら、半ばスネたような表情でフォークを何度も回してスパゲッティーを巻いていた。すると優名がある疑問を口にした。

 「あの……秋山さんがお父さんなら、お母さんもこの学園のどこかにいらっしゃるんでしょうか?」
 「ゆ〜なさん、鋭いっ!」
 「えっ、お母さんってことは……俺の嫁ってことか?!」
 「勝矢くんが子どもを生めるわけがないですし、確かにそうですねぇ。」

 みそ汁をすする刹利が鋭い発言をした。確かにそうだ。父がいるなら、母もいるはず。もちろん美菜はそれを知ってここにやってきている。本当の目的は将来の嫁と引き合わせることなのだろうか。それとも……
 勝矢の思考がドツボにハマる前に先手を打った。美菜に対して父親らしいことを言ってごまかそうと奮闘する。

 「お前、宿題持ってきたんだろ。今度から家でそれやれよ。」
 「やだー。パパと一緒に遊びに行くの!」
 「お話では昨日初めて会われたそうですが……もう今の秋山さんに懐かれてますね。」
 「こいつは四十路過ぎの俺と仲がいいだけなの! その時の俺と今の俺は違うんだから!」
 「でもそれって、キミってことには変わりないんだろ?」
 「ムググ……お前、持ってきてるんだろ! 古文の要約とか数学のドリルがあるん」

 そこまで話した瞬間、またも勝矢はさらわれた。今度はあまりにも露骨すぎる。連れ去ったのは髪を三つ編みにしている少女だった。勝矢は軽々と持ち上げられ、人通りのない場所へとさらわれていく。美菜は慌てて優名と刹利に「ここで待ってて!」と言うと、勝矢の引っ張られた場所へと急行した。するとそこでは問題の少女が必死に勝矢に口止めしているではないか。想像外の出来事に、勝矢も美菜も思わず口をあんぐりと開いてしまった。

 「そんな知ってるからってみんなの前でドリルガールのことを学園でバラさないで……お願いっ!」
 「な、なんだ? その『どりるがーる』って?」
 「あれ、この人見たことある……シルバーフィールドの社長のお姉さんだっけ。パパの持ってる雑誌に載ってた。」
 「あーあーあーあーっ! それも言わないでっ……え、社長の姉?」
 「銀野社長の……」
 「ごめんなさい。全部話してくれるまで、あなたたちをただでは帰しません!」
 「あんたもお前も、これ以上話をややこしくするんじゃない!」

 今の時点の彼女は銀野 らせんといい、大手玩具メーカーのシルバーフィールド社のお嬢様だそうだ。その容姿や態度から『お嬢様だ』という雰囲気はまったく感じられない。むしろいたって平凡な女子高校生にしか見えない。ところが彼女にもいろいろ都合があるらしく、バラされると困ることがたくさんあるそうだ。特に美菜が語った未来の話も、偶然の文字の流れでできた「ドリルがある」もダメ。逆にここまで聞かされると本当のことを全部聞きたくなる……勝矢はそう思った。

 「ドリルガールって、そういや新聞とかでちらほら出てたような気がするなぁ。」
 「だから、知らない方がいいんですって言ってるでしょ!」
 「どこまで説得か、どこまで脅迫かわからないようなセリフね。」
 「まぁ、美菜ほど詳しくもないからそんなに喋らないよ。銀野さんとも初対面だしさ。」
 「そう言ってもらえるとありがたいです……はぁ。」

 一応の了解を引き出したらせんは溜め息とともに軽く肩を落とした。逆に勝矢と美菜の奇妙な親子関係については、優名や刹利と同じくらせんは言われたことをそのまま飲みこんだ。特殊な状況をたくさん抱えている彼女だから、これくらいのことでは動じないのだろうと勝矢は勝手に納得した。
 とりあえずお互いの釈明が終わった。そんな時、美菜が『せっかくの機会だから』とらせんにお食事のお誘いをかける。彼女もまだ食事を済ませてなかったので、その輪の中に入ることになった。なぜかここにきて積極的な行動に出た美菜の姿を見て、勝矢の頭の中にある不安がよぎった。

 「おい、お前。彼女は通りすがりだろ? なんでメシに誘うんだ?」
 「さぁねぇ。あたしの気分かな。」
 「まさか……お前なんか企んでるんじゃないだろうな?」
 「別に〜。でもこれだけは言えるよ。あたしはパパを悪者にはしないって。」
 「しっかり俺を利用して楽しんでるような気はするけどな。まぁ、今は気にしないでおこう。今日は刹利に服について教えないといけないからな。ゆ〜なもいるし、しっかりと基本から……」
 「あ、メイド服のパパはケータイのカメラで撮ったから。また現像するね。」
 「て、てめぇ……! 遊んでるじゃねーかよ!」

 彼らはふたりを待たせている学食のテーブルへと戻っていく。神聖都学園での楽しい時間はまだまだ続くようだ。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

2803/月夢・優名   /女性/17歳/神聖都学園高等部2年生
5307/施祇・刹利   /男性/18歳/過剰付与師
2066/銀野・らせん  /女性/16歳/高校生(/ドリルガール)

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

皆さんこんにちわ、市川 智彦です。今回はご近所近未来バラエティーの第1回!
ドタバタコメディーを目指して書いてみましたが、いかがだったでしょうか?
久しぶりの新シリーズの初回なので緊張して緊張して……もう大変でした(笑)。

ゆ〜なさんは初めましてです! とってもかわいい表情が印象的な女の子ですね。
今回は美菜の学園訪問にお付き合い下さいまして本当にありがとうございました!
今後も神聖都学園に遊びに行きますので、その時はよろしくお願いいたします!

今回は本当にありがとうございました。物語はどんどんリリースしていく予定です。
なお今回明らかにならなかった謎などは次回以降に引っ張ります。ご了承下さい。
また勝矢や美菜たちの巻き起こす騒動や別の依頼でお会いできる日を待ってます!