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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


特別恋愛講座 <デート編>

1.
「あの!! ここここここの手紙を、よよよっよ読んでいただけませんでしょうか!」

 『女性格闘集団・G's』事務所に現れた三下忠雄は、1人の女性の前でそう言って手紙を差し出した。
 いつもと違いビシッとしたスーツとワイシャツに身を包み、少しだけ胸を張った三下はいつもの彼とは違う緊張をしていた。
 三下の前にいるのは長い髪を高い位置に結い上げた、ちょっと釣り目だが美人だ。
「えぇっと…確か月刊アトラスの…」
「はい! 三下といいます!」
 再度、三下は手にしていた手紙を彼女に突き出した。
「あの、ここで読んでもいいのでしょうか?」
 女性がちょっと困ったように尋ねると、三下は「はい」と縦に首をブンブンと振った。

 女性は、手紙を開封しその中身を読んだ。

「あの…どうでしょうか?」
 まるで編集長にお伺いを立てるときのように、素で不安がる三下。
「…これは、いわゆるデートの申し込みってヤツですよね?!」
 手紙を数度読み返した後で、女性はそう尋ねた。
「は、はい! そうです!」
 ゴクリと唾を飲み、手に汗握る三下に、遂に判決の時は来た!!

「わ、私でよかったら…」

 女性・八橋美琴(やつはしみこと)はそう言うと、かすかに頬を染めたのだった…。


2.
「よかったわね、三下くん」
 意気揚々とG's事務所から出てきた三下をとっ捕まえ、月刊アトラス編集部へと舞い戻ってきた。
 シュライン・エマがそう言って、ニコニコと笑っている。
「良かったな、三下!」
 門屋将太郎(かどやしょうたろう)もあまりの嬉しさに顔をほころばせ、三下の背中を力の限り叩いている。
「…むしろ、問題はこれからだと思うだけどね」
 少し笑顔を見せた後、真剣な眼差しで梅海鷹(めいはいいん)は呟いた。
「そうだな。デートの内容が肝心なのだよ? 三下くん」
 藤井葛(ふじいかずら)は、そう言った。

  なんとなくうらやましい様な、くすぐったいような…
  でも、ここで気を抜くわけにはいかないのだよな

 そんな葛の気持ちを知ってか知らずか、三下は見る見るその顔を青くさせて声もなくただオロオロと皆の顔を見回す。
「渡した手紙にはなんて書いたんだ?」
 門屋がそう聞くとエマがペラリと手帳の間に挟まっていた手紙のコピーを開いた。

<6月25日 午前10時に渋谷ハチ公前にて待ってます   三下忠雄>

 簡潔に書かれた手紙だが、実は何回も書き直されていることは公然の秘密だ。
「う〜ん…」
 誰が唸ったのか、はたまたそこにいた全員が唸ったのか。
 誰も彼もが頭を抱えた。
 と、月刊アトラス編集部の扉が突如開いた。

「ちわ〜! 久しぶり!」

 威勢のいい明るい声が段々とエマ達のいる応接セットへと近づいてきた
「三下さんも久しぶり! …ん? どうしたんだよ、三下さん。顔赤い…ような青いような…。風邪引いた? 熱でもあるんじゃないのか?」
「おい」
 はつらつと喋り続ける男に、門屋が一段低い声で凄んだ。
「今、三下の生きるか死ぬかの瀬戸際って話をしてるんだ。話の腰を折るんじゃねぇ!」
「…あれ? 将太郎兄? 皆さんもおそろいで…何の話してたんだ?」
 五代真(ごだいまこと)は門屋の凄みにも負けず、爽やかにそう訊いた。
 門屋は1つため息をつくと、手短かに事の経緯を話した。

「わぁっ! 初夏なのに春が戻ってきやがったってことか!」

 突然、五代の声とは別の声がして、五代の後方に一斉に視線が集中した。
「鈴森君!? いつのまに!」
 エマが驚いてそう言うと、五代にすっぽり隠れていた小柄な少年が下をくぐって現れた。
 鈴森鎮(すずもりしず)である。
「話は了解した。俺も三下さんの手伝いするぜ!」

「幸先不安だな…」

 かくて、少々…いや、結構な不安を抱きつつ葛達は三下のデート成功への作戦を練り始めたのであった…。


3.
 6月25日 午前10時
 渋谷ハチ公前はいつもの賑やかさで変わらぬ風景を作っているはずだ。
 だが、今日は違う。
 そのハチ公前には緊張の面持ちで彼女を待つ三下忠雄の姿。
 本日も爽やかにスーツを着こなし、礼儀正しい忠犬の如く待ち人をひたすらに待っている…はずである。

 本日のデートコースは 待ち合わせ場所→映画館→レストラン→遊園地 である。

「そろそろ八橋君は到着しているかな?」
 腕時計を見た海鷹が映画館のロビーでそう呟いた。
「そろそろ着ているでしょうね…ルーズな人でなければ」
 葛もロビーに掛けられた時計を眺めつつ、そう呟いた。
 葛と海鷹は待ち合わせ場所の次のデートコースである映画館で待機中である。
「…1つ訊いていいかな?」
 海鷹が訊きにくそうにポツリともらした。
「? どうぞ」
 葛ははて?と小首を傾げた。

「なぜこの暑いのに君はトレンチコートを着ているのかな?」

 そういった海鷹の服装は前に会った時と同じようなラフなシャツにGパン。
 葛はといえば、トレンチコートの中にいつもの格好が見え隠れする。
「…やっぱり探偵風にしたほうがいいかな、と」
「暑くないかい?」
「冷房効いてますから、今は大丈夫です」
 冷静な声で答えながらも、やっぱり変だったのだろかと…少々悩む葛であった。

 と入り口付近がなにやら騒がしくなってきた。
 どうやら次のロードショーに向けて、人々が入ってきたようだ。
 その中に混じってエマと鎮の姿が見えた。
「そろそろ我々も中に入っていようか」
 海鷹がぽんと葛の肩を叩いて立ち上がった。
 それに続いて葛も場内に入場した。


4.
 館内は思ったよりも広く、先ほどの人並みが入ってもまだ余裕があった。
 三下たちの席は真ん中あたりのはず…と見当をつけて、海鷹と葛はそれぞれその近くの席に座った。
「あ、こっち、こっちです!」

 少し経つと、三下のそんな声が聞こえてきた。
 振り向くと三下が先頭に立って、女の子らしいワンピースを着た美琴を席に誘導しようとしている。
 と。

「うわぁああ〜!!」

 突然バランスを崩す三下!
 思わず席を立ちかけた葛だが、この場所では間に合いそうにない。
 必死に手で空を掻き、バランスを建て直そうとする三下の姿がまるでスローモーションの様に崩れていく…。

「危ない、三下さん!」

 手を伸ばした美琴が見事に伸ばした三下の腕を掴んだ。
「ああああああ、ありがとうごごごございます…」
 どもりまくっている三下の足元を、ササッと何か茶色いものが走り抜けていった。
 美琴が不振そうに首を傾げたが、腰が抜けた三下をどうにかするほうが先だと思ったのか「大丈夫ですか?」と三下を気遣う。 
 
  イタチ…イタチ!?

 その様子を見ていた葛は、小首を傾げた後ハッとした。
 エマの座っていた方向を見ると肩に乗っていたはずの鎮がいなかった。
 エマもきょろきょろと辺りを見回していたから、きっとその事実に気がついたのだろう。

  トラブルメーカーか?
  まったく…。

 懲らしめてやろうかと思ったが、上映の合図がなったので葛はそれを諦めた…。


5.
 映画の予告編が流れる中、葛はふと気がついて席を立った。
 なるべく光が入らないように気をつけつつ外に出ると、清涼飲料水を一本買った。
 そして再び席に戻ると、それを美琴に気づかれぬように三下に渡した。
「彼女にさりげなく渡してあげるとよかろう」
「あ…あり…」
 お礼を言おうとした三下を、シッと人差し指で制止して葛はスクリーンを見据えた。
 映画は、恋愛映画だった。

 映画を見終えた三下と美琴は、それぞれ映画の感想を交わしながら映画館を出た。
 微妙に三下の目が涙目のよう気もしたが、反射した眼鏡の光によって見えたり見えなかったりなのでよしとした。

 次の目的地は遊園地にあるバイキング形式のレストランであった。
 現在スウィーツフェアが行われているので、女の子にはたまらなく魅力的な場所であろうと選定された。
「うわ〜! すごい綺麗! すっごい美味しそう〜!!」
 案の定、目をキラキラさせた美琴に三下の鼻の下が伸びる。
 が、それに気がついたのかすぐに顔を引き締めては、また緩ませて…と繰り返す三下。
「あの顔をやめろっていったのに…」
 葛が苦虫をかんだような顔をして呟いたので、海鷹は「まぁまぁ」となだめた。
「彼もその辺は意識しているようだし、多めに見てあげようじゃないか」
 穏やかにそういった海鷹は、笑った。

  これが大人の余裕というやつなのかも知れんな…。

 葛がそんな事を思っている間に、三下と美琴はワイワイとケーキを選んでいる。
「三下さん、こっちも美味しそうですよ!」
 次から次へと大きなお皿にケーキを乗せていく美琴とそれに付き従うように三下が後を歩く。
 しかし、美琴の皿に乗せられたケーキが山盛りに対し、三下の皿にはわずか3つ。
「…彼女に押されてるなぁ」
「彼女のほうが断然強いと思いますよ」
 どうやら三下は完全に尻に敷かれているようだ。

 と、海鷹達が目を話した瞬間だった。
 突然三下は何もないところでつまずいた!

 宙を舞うケーキ皿とケーキ、そして倒れ行く三下。
 誰もがその光景にもうダメだと思った。
 だが、葛の体は自然に動いていた。
 食べ物を粗末にすることは絶対に見逃すことができない。

「…危なかった…」
 三下を支えた海鷹と、ケーキ皿とそのケーキを見事に受け止めた葛。
 あまりにもそれは早業で、思わずその場にいた客が絶賛の拍手を送ってしまうほどだった。
「気をつけたまえ」
「足元をしっかり見ないと危ないからね」
 葛と海鷹はそういってその場を立ち去った。
 そうしないと何か突っ込まれそうな気がしたのだ。
 ちらりと後ろを振り向くと、門屋たちが手を上げて挨拶をしていた。

「後は任せてもよさそうだね」

 そういうと、葛と海鷹は遊園地内を見回ることにした…。


6.
 エマたちもこの遊園地内にいるはずだったが、運悪く遭遇することはできなかった。
 いや、いざとなれば携帯という手があるので構わないのだが。
「しかし、見事だったね。何かスポーツやってるのかい?」
 ぐるりと園内を半周ほどしたところで海鷹がそう聞いてきた。
「柔道や合気道を少々…」
「なるほど。無駄のない動きだったから、納得だ」
 そう言って笑った海鷹の横顔は、なんだかとても優しかった。
 見た目は厳しそうな人だが、なかなか情に溢れた人のようだ。
「そろそろ、三下さんたちがレストランから出るころかもしれない」
 葛がそう呟くと、海鷹も頷いた。

 その直後、携帯に連絡が入ったのだ。 
   <三下が失神。すぐにお化け屋敷に集合> と…。


7.
「三下君!」
「おい、三下!!」
「三下さん!」
「三下くん!」
「三下さーん!」
「お〜い!!」

 ぺちぺちぺちぺち

 お化け屋敷から引きずり出した三下をベンチに寝かせ、三下の意識が戻るのを待つ不安げな美琴と葛たち。
「う…う〜ん」
 小さく唸って、三下はようやく目を覚ました。
「よかった。突然倒れたのでびっくりしたんですよ」
 心底ホッとしたという笑顔で美琴がそう言うと、三下は訳がわからないといった風に目をパチクリとさせた。

「三下くん、お化けをみて倒れてしまったそうよ?」

 エマがそう言って冷たい飲み物を差し出した。
「そ、そうなんですか…」
 シュンと肩を落とした三下に、イタチ姿の鎮がペチペチと尻尾で頭を叩く。
「まぁ、ここまで自分の不幸に彼女を巻き込まなかったってのは評価してやるよ」
「鈴森君、それは慰めになっていない」
 海鷹はハァとため息混じりに言った。
「すまない。本当は我々が出る幕ではなかったのだが、彼女1人で困っていたから…」
 葛が三下に頭を下げた。
 葛たちが駆けつけたとき、既に門屋と五代がお化け屋敷から三下を抱えてこのベンチに寝かせていた。
「い、いえ。そんな…僕が悪いのに…」
 三下はそう言うと、美琴に向き直った。

「すいません、ご迷惑かけて…でも、あの、これが僕なんです…皆さんに知らない間に迷惑をかけてしまうんです…」

 自嘲気味にそう言って、三下は顔を伏せた。
 どうやら今回はかなり落ち込んでいるらしい。
 そんな三下に、美琴は言った。
 
「…でも、皆さんは三下さんが好きだから、支えてくださっているんじゃないですか? それなら謝る必要なんてないですよ。こういう時は『ありがとう』って言うんですよ」

 そうして笑った美琴に、三下は「ありがとう」と言った。
「それじゃ、今日はここで。楽しかったです!」
 美琴がくるりと背を向け歩き出した。
 それを見た海鷹が三下に耳打ちした。

「これからここに行くといい。今度は2人っきりでも大丈夫だろう?」

 そう言って手渡したのは、夜景が綺麗なことで知られる展望レストランの案内図だった。
 三下が「え?」と声を上げたので、無言でみんなが『行ってこい』と言っていた。
 三下は去っていく美琴の背中を追いかけた。

「上手くいくかしら?」
 エマのその呟きに、「泣いて帰ってくるかもよ?」と鎮が答えた。
「そうでもないさ」
 海鷹がニヤリと笑った。
 見ると、美琴の隣でこちらを向いて一生懸命何度もお辞儀している三下の姿。
「三下も成長してんじゃねぇか」
「ほらな。見守ってやることが三下さんにとっちゃ1番いいことだったんだよ」
「おまえは単にあいつが失敗するのを見たかっただけだろうが…」
 門屋と五代がそんな掛け合い漫才をしている。
「上手くいくといいですね」
 葛がそう言って三下に向かって軽く手を上げた…。

 翌日、アトラス編集部ではまたも眉間にしわを寄せて頭を抱える碇麗華の姿があった。
 そして、その麗華の前では浮き足立って鼻歌を歌う三下の姿があったという…。


−−−−−−

■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

1312 / 藤井・葛 / 女 / 22 / 学生

1522 / 門屋・将太郎 / 男 / 28 / 臨床心理士

1335 / 五代・真 / 男 / 20 / バックパッカー

2320 / 鈴森・鎮 / 男 / 497 / 鎌鼬参番手

3935 / 梅・海鷹 / 男 / 44 / 獣医


■□     ライター通信      □■

藤井葛様

この度は『特別恋愛講座<デート編>』へのご参加ありがとうございました。
2回に渡って三下君のお話を書かせていただきました。
今回は皆様にいただいたアドバイスを、三下くんに色々実行していただいております。
失敗したものもありますし、大成功したものもあります。
葛様のノベルでは見えない箇所で実行しているものも多々ありますので、もしお暇であれば他の方のノベルも読んでいただけると嬉しいです。
葛様のほんのり恋に憧れる乙女心…なんとも可愛らしいです。
いつか葛様もきっとそんな自分の可愛さに気付く日が来るのでしょうか?(^^)
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
とーいでした。