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特別恋愛講座 <デート編>
1.
「あの!! ここここここの手紙を、よよよっよ読んでいただけませんでしょうか!」
『女性格闘集団・G's』事務所に現れた三下忠雄は、1人の女性の前でそう言って手紙を差し出した。
いつもと違いビシッとしたスーツとワイシャツに身を包み、少しだけ胸を張った三下はいつもの彼とは違う緊張をしていた。
三下の前にいるのは長い髪を高い位置に結い上げた、ちょっと釣り目だが美人だ。
「えぇっと…確か月刊アトラスの…」
「はい! 三下といいます!」
再度、三下は手にしていた手紙を彼女に突き出した。
「あの、ここで読んでもいいのでしょうか?」
女性がちょっと困ったように尋ねると、三下は「はい」と縦に首をブンブンと振った。
女性は、手紙を開封しその中身を読んだ。
「あの…どうでしょうか?」
まるで編集長にお伺いを立てるときのように、素で不安がる三下。
「…これは、いわゆるデートの申し込みってヤツですよね?!」
手紙を数度読み返した後で、女性はそう尋ねた。
「は、はい! そうです!」
ゴクリと唾を飲み、手に汗握る三下に、遂に判決の時は来た!!
「わ、私でよかったら…」
女性・八橋美琴(やつはしみこと)はそう言うと、かすかに頬を染めたのだった…。
2.
久しぶりの東京は、なんだかやけに騒がしい。
そんな事を考えて、五代真(ごだいまこと)は久しぶりに月刊アトラス編集部前に佇んでいた。
彼はこの日、本当に偶然に頭の中に浮かんだ三下の顔に引き寄せられるようにここに来ていた。
「ちわ〜! 久しぶり!」
扉を開けて押し寄せる喧騒。
何もかもが懐かしい雰囲気で、ここは変わらないな…と思っていた。
そして彼は目当ての人物を見つけた。
「三下さんも久しぶり! …ん? どうしたんだよ、三下さん。顔赤い…ような青いような…。風邪引いた? 熱でもあるんじゃないのか?」
浮かれているのか、落ち込んでいるのか今一わからないようなその顔に、五代は首をかしげた。
と、「おい」 と耳に馴染んだ低い声が五代の耳を直撃した。
「今、三下の生きるか死ぬかの瀬戸際って話をしてるんだ。話の腰を折るんじゃねぇ!」
「…あれ? 将太郎兄? 皆さんもおそろいで…何の話してたんだ?」
五代に凄みをつけた言い方をしたのは親戚の門屋将太郎(かどやしょうたろう)であった。
そこにはシュライン・エマ、梅海鷹(めいはいいん)、藤井葛(ふじいかずら)もいた。
門屋が1つため息をつくと、手短かに事の経緯を話してくれた。
「わぁっ! 初夏なのに春が戻ってきやがったってことか!」
突然、五代が喋るよりも先に声がして、五代は思わず振り返った。
だが、声は別なところからしていた。
「鈴森君!? いつのまに!」
鈴森鎮(すずもりしず)が五代の下をくぐってへへッと笑って言った。
「話は了解した。俺も三下さんの手伝いするぜ!」
「もしかして、すげーいいタイミングで来た? 俺」
かくて、少々混乱しつつも五代は三下のデート成功への作戦へと参加する羽目になったのだった…。
3.
6月25日 午前10時
渋谷ハチ公前はいつもの賑やかさで変わらぬ風景を作っている。
だが、今日は違う。
そのハチ公前には緊張の面持ちで彼女を待つ三下忠雄の姿。
本日も爽やかにスーツを着こなし、礼儀正しい忠犬の如く待ち人をひたすらに待つ。
本日のデートコースは 待ち合わせ場所→映画館→レストラン→遊園地 である。
「なぁ、言っていい?」
三下の後ろ辺りにいた五代が、ムスッとして言った。
「なんだ?」
門屋はパタパタと手扇で暑さを紛らわしている。
「その格好、見てるほうが暑いんだけどさ…」
着流しの上にトレンチコートを着込み、サングラスを掛けた門屋の周囲5メートルは完全な退避エリアになっているようで誰も入ってこない。
「バカヤロー! 人をつける時はこの格好って相場が決まってんだ!」
「……そんなん決まってないって」
「おまえこそいつもの格好じゃねぇか。もっと気合入れろよ」
「俺は草葉の陰から三下さんを見守るつもりで来てるんだよ。人を隠すには人の中って言うの、知らない?」
門屋と五代がバリバリと火花を散らす。
喧嘩するほど仲がよいというのはこういうことなのだろう。
と、そんな視界の隅っこに写る三下が、ピクンと反応したのが見えた。
「…彼女が来たのか!」
そう言うと、2人は阿吽の呼吸で言い争いを止め三下を見守る。
徐々に三下に近寄ってくる女性の影。
爽やかな薄ピンク色のワンピースが女性格闘家とは思えぬ女らしさを醸し出している美琴の姿だ。
「ふ〜ん。格闘家なんていうからもっとゴツイかと思ってたよ」
2人が並んでお互いに挨拶をかわす姿は、どことなく新鮮だったが幼稚園児のようにも見えた。
「2人とも緊張しすぎてんなぁ…」
門屋が困ったように呟いた。
三下は三下で皆にアドバイスされた事を一生懸命にこなそうとしているし、美琴は美琴で初デートなのかどことなくぎこちない。
「何事も経験。頑張れ、三下さん」
「おまえ、まったく助ける気ないだろ?」
五代の呟きに門屋がそうポツリと言った。
さすが、将太郎兄。
俺のことよくわかってるな。
五代はそう思いつつも、口には出さなかった…。
4.
次のデート場所は海鷹や葛、エマ、鎮がいるはずだったので、五代と門屋は先回りすることになっていた。
次の目的地は遊園地にあるバイキング形式のレストランであった。
現在スウィーツフェアが行われているので、女の子にはたまらなく魅力的な場所であろうと選定された。
が、男2人で入るには少々勇気のいる場所であった。
「俺はこの人生の中でこれほど『恥』というものを意識したことはなかったぞ…」
とがっくり肩を落とす門屋に五代はパクパクとケーキを頬張りながら慰める。
「俺、何でも屋やってる時にもっとすごいのあったから、これくらい平気だけどなぁ」
「…おまえと一緒にすんなよ」
「今の傷付くよなぁ、ひどいよなぁ〜」
五代は日ごろの恨みとばかりに門屋にブーイングをかます。
が、五代の性格を知っている門屋もそれくらいではどこ吹く風である。
そんな会話をしているうちに、聞き覚えのある声が聞こえた。
「うわ〜! すごい綺麗! すっごい美味しそう〜!!」
振り向くといつの間に来ていたのか、目をキラキラさせた美琴が三下と共にケーキの前で感動していた。
三下はそんな美琴の姿に鼻の下を伸ばし、それに気が付いて顔を引き締めてはまた緩ませ…と苦戦していた。
三下と美琴は取り皿を手に持ち、ワイワイとケーキを選び始めた。
「三下さん、こっちも美味しそうですよ!」
次から次へと大きなお皿にケーキを乗せていく美琴とそれに付き従うように三下が後を歩く。
しかし、美琴の皿に乗せられたケーキが山盛りに対し、三下の皿にはわずか3つ。
「さすがは格闘家。三下さんとは胃の作りが違うんだな」
五代のその呟きに、門屋はゴンッと無言で五代にかましたのだった…。
と、のんきにそんな会話を五代達が交わしていた一瞬の隙だった。
突然三下は何もないところでつまずいた!
宙を舞うケーキ皿とケーキ、そして倒れ行く三下。
誰もがその光景にもうダメだと思った。
五代もついに来るべき時が来てしまったのだと、そう思った…だが。
「…危なかった…」
三下を支えた海鷹と、ケーキ皿とそのケーキを見事に受け止めた葛。
あまりにもそれは早業で、思わずその場にいた客が絶賛の拍手を送ってしまうほどだった。
「気をつけたまえ」
「足元をしっかり見ないと危ないからね」
その見事な仕事っぷりに五代は驚き半分、悔しさ半分だった。
門屋が手を上げたので、ふと見ると去っていく海鷹たちがこちらを向いていた。
三下は、少し照れながらデートを再開していた。
5.
レストランで『冬そな』の話題で盛り上がった三下と美琴は中々いい雰囲気になっていた。
「読みは当たったな」
門屋がそう呟くと、五代はむ〜っと考え込んだ。
「もうちょっとハキハキ話せないのか? あぁ、見ててイライラする!」
「三下なりに頑張ってると思うがな? …お、出るぞ」
レストランを出る2人に続き、門屋と五代は出た。
レストランの入り口前にはカップルの定石、お化け屋敷があった。
三下が、その看板を見て止まった。
なにやら考え込んで、頭を振り、ぐっと手に力を込め、そして決心したかのように顔を上げた。
「あの! こ、これに入ってみませんかぁ!?」
その声は裏返っており、微妙に口元ががたがたと震えているのがわかった。
「お化け屋敷ですか? …あぁ。確かここのお化け屋敷、本物が出るって有名でしたね!」
美琴がポンっと手を叩き、納得顔で笑った。
が、反対に三下は顔色が真っ青になっている。
「入りましょう!」
そう言うと美琴はさっさと入ってしまった。
呆然と立ちすくむ三下に、門屋が思わず駆け寄った。
「何やってんだバカ! しっかりしろ! 彼女先に入っちまったじゃねぇか! 何で怖いの苦手なくせにこんな場所に入ろうなんて言いやがった!?」
「ご、五代さんが心霊スポットに行って、かっこいい所を見せてやれって…だから…本物じゃないところなら…怖くないかなぁ…って…」
門屋が瞬間的に後ろを振り向くと、五代は黙ってウンウンと頷いていた。
「お前は余計な事を〜! しょうがねぇ! 俺が催眠術かけてやるから、それで何とか乗り切れ!」
門屋が三下の目をしっかり見据えて、呪文のように「怖くない」と語りかける。
しかし、それを五代は制止した。
「甘やかしはよくないって。三下さん、すぐ人に頼るんだから。こういう時こそ、男の意地ってヤツ見せなきゃ!」
「それができてりゃ俺らがついてくる必要なんてねぇだろが!」
五代の言葉に、思わず門屋がそう反論する。
と、お化け屋敷の中から美琴が三下を呼ぶ声が聞こえた。
「…っ! 三下、行け!」
門屋はそう言うと、三下をお化け屋敷の中へと送り込んだ。
結局、催眠術はかける事ができなかった。
三下が中に入って数分もしないうちに、弱々しい悲鳴が聞こえてきた…。
6.
「三下君!」
「おい、三下!!」
「三下さん!」
「三下くん!」
「三下さーん!」
「お〜い!!」
ぺちぺちぺちぺち
お化け屋敷から引きずり出した三下をベンチに寝かせ、三下の意識が戻るのを待つ不安げな美琴と五代たち。
「う…う〜ん」
小さく唸って、三下はようやく目を覚ました。
「よかった。突然倒れたのでびっくりしたんですよ」
心底ホッとしたという笑顔で美琴がそう言うと、三下は訳がわからないといった風に目をパチクリとさせた。
「三下くん、お化けをみて倒れてしまったそうよ?」
エマがそう言って冷たい飲み物を差し出した。
「そ、そうなんですか…」
シュンと肩を落とした三下に、イタチ姿の鎮がペチペチと尻尾で頭を叩く。
「まぁ、ここまで自分の不幸に彼女を巻き込まなかったってのは評価してやるよ」
「鈴森君、それは慰めになっていない」
海鷹はハァとため息混じりに言った。
「すまない。本当は我々が出る幕ではなかったのだが、彼女1人で困っていたから…」
葛が三下に頭を下げた。
「い、いえ。そんな…僕が悪いのに…」
三下はそう言うと、美琴に向き直った。
「すいません、ご迷惑かけて…でも、あの、これが僕なんです…皆さんに知らない間に迷惑をかけてしまうんです…」
自嘲気味にそう言って、三下は顔を伏せた。
どうやら今回はかなり落ち込んでいるらしい。
そんな三下に、美琴は言った。
「…でも、皆さんは三下さんが好きだから、支えてくださっているんじゃないですか? それなら謝る必要なんてないですよ。こういう時は『ありがとう』って言うんですよ」
そうして笑った美琴に、三下は「ありがとう」と言った。
「それじゃ、今日はここで。楽しかったです!」
美琴がくるりと背を向け歩き出した。
それを見た海鷹が三下に耳打ちした。
「これからここに行くといい。今度は2人っきりでも大丈夫だろう?」
そう言って手渡したのは、夜景が綺麗なことで知られる展望レストランの案内図だった。
三下が「え?」と声を上げたので、無言でみんなが『行ってこい』と言っていた。
三下は去っていく美琴の背中を追いかけた。
「上手くいくかしら?」
エマのその呟きに、「泣いて帰ってくるかもよ?」と鎮が答えた。
「そうでもないさ」
海鷹がニヤリと笑った。
見ると、美琴の隣でこちらを向いて一生懸命何度もお辞儀している三下の姿。
「三下も成長してんじゃねぇか」
「ほらな。見守ってやることが三下さんにとっちゃ1番いいことだったんだよ」
「おまえは単にあいつが失敗するのを見たかっただけだろうが…」
門屋と五代がそんな掛け合い漫才をしている。
「上手くいくといいですね」
葛がそう言って三下に向かって軽く手を上げた…。
翌日、アトラス編集部ではまたも眉間にしわを寄せて頭を抱える碇麗華の姿があった。
そして、その麗華の前では浮き足立って鼻歌を歌う三下の姿があったという…。
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■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1312 / 藤井・葛 / 女 / 22 / 学生
1522 / 門屋・将太郎 / 男 / 28 / 臨床心理士
1335 / 五代・真 / 男 / 20 / バックパッカー
2320 / 鈴森・鎮 / 男 / 497 / 鎌鼬参番手
3935 / 梅・海鷹 / 男 / 44 / 獣医
■□ ライター通信 □■
五代真様
お久しぶりです。
この度は『特別恋愛講座<デート編>』へのご参加ありがとうございました。
今回は皆様にいただいたアドバイスを、三下くんに色々実行していただいております。
失敗したものもありますし、大成功したものもあります。
五代様のノベルでは見えない箇所で実行しているものも多々ありますので、もしお暇であれば他の方のノベルも読んでいただけると嬉しいです。
親戚の門屋様との掛け合いを…ということで、お2人で尾行していただきました。
勝手に門屋様の事を『将太郎兄』と呼んでしまってます。ご都合悪いようでしたらご遠慮なくリテイクをお願いします。
男2人のケーキバイキングはなかなかつらいと思います…。
が、とても楽しく書かせていただきました。ありがとうございました。
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
とーいでした。
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