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<白銀の姫・PCクエストノベル>


女神たちの迷宮【ダンジョン2:マッハ】

ACT.0■PROLOGUE――飲み比べの功罪――

「これマッハ。いい加減ギブアップせぬか」
「はん。あんたこそ、さっさと音を上げたほうが身のためだよ、シヴァ」
 その日、ジャンゴ内の酒場『勇者の泉』は、女神マッハと騎士シヴァによる、激闘飲み比べ一騎打ちの場と化していた。
 戦闘開始からすでに2時間半が経過するも、勝敗は未だつかず、戦況は不透明。
 空になった大ジョッキは、テーブルというテーブルに所狭しと積まれ、ピラミッド状のオブジェができている。
 はじめのうちは面白がって一緒に飲んでいた勇者や冒険者たちも、今はあきれ果てて遠巻きに見守るばかりだ。その中に、ひときわ目立つ主従――セレスティ・カーニンガムとモーリス・ラジアルの姿があった。
「モーリスは、まだ大丈夫なのではありませんか? 最後までおふたりに挑んでみては?」
 にこやかに笑うあるじに、モーリスは澄まして答える。
「今日のところは、一対一の勝負の行方が気になりますから。ですが、改めて挑戦してみたくはありますね。ビールではなく、蒸留酒で」
「頑張ってくださいませ、シヴァさま」
 ただひとりシヴァに寄り添うように、微笑んで腰掛けているのは鹿沼デルフェスだった。その妖艶な姿をマッハは不満そうに見る。
「なんだ、デルフェスはシヴァの味方なのか」
「はい。愛人志願ですの」
「あんたみたいな腕の立つ戦士が、あたしの勇者だったらなあって思ってたんだけど」
「申し訳ありません。マッハさまも素晴らしいスタイルの持ち主でいらっしゃいますが、わたくしはモリガンさまに剣を捧げた身ですの」
「あーあ。モリガンに先を越されたか」
「おおい、そこの影の薄い店主。ビールが足りぬぞ! 大ジョッキをまとめて10個、早く持って来ぬか!」
「あのう……。大変申し上げにくいのですが」
 シヴァの追加注文に、ところどころ身体が半透明になっている、文字通り『影の薄い店主』がおずおずと口を開く。

「たった今、当店のビールサーバーは空になりました」

「生ビールが切れたのなら、瓶ビールでも許す。2ダースほど持って来い」
「……それが。ビール在庫そのものが切れてしまいまして」
「ゲーム内酒場で、それはなかろう。『勇者の泉』というからには、汲めども尽きぬ麦酒の泉がビールサーバーと直結しているべきではないか」
「本来はそのはずなのですけれども……。実はここ数日、補充が思うようにいかないのです。ビールだけでなく、他のアルコール類やソフトドリンクも在庫切れが近い状態で、私めもどうしてよいやら」
 半透明の肩を落とし、店主はため息をついた。
 どうもこの店主は、ゲーム内に設定のある公式NPCではなく、巻き込まれて記憶を無くした一般人であるらしい。酒場メニューの焼き鳥が異様に美味なところを見ると、おそらくは現実世界でもどこかで店を構えていると思われる。
「そんな話は、あたしも初耳だよ。『勇者の泉』で出す飲み物の在庫補充は、ここの地下のダンジョンから簡単にできるだろうに。何か異変が起こってるのか?」
 飲みかけの大ジョッキを降ろし、マッハは眉を寄せる。
「は、はい。女神さまにご報告が遅れて申し訳ありません」
 髭の店主は、がっしりした身体を心もち縮めて頭を下げる。
「仰いますとおり、地下5階には各種ソフトドリンクの泉が、地下7階にはラガー、エール等のビールの泉が、地下10階にはワインの泉が、そして地下20階には、ウイスキー、焼酎、ブランデー等、蒸留酒系の泉がございます。そこからお酒を汲んでくる作業が、すなわち仕入になるわけですが」
「……そういうシステムだったの? 武彦さん、知ってた?」
 隣のテーブルで成り行きを見ていたシュライン・エマが、草間武彦に囁く。『妖精の花飾り』が、近づきつつある危険を察知でもしたかのように微かに揺れた。
「初めて聞いた。あんまり知りたくはなかったな」
 探偵は、自分のウイスキーグラスの僅かな中身を、名残惜しそうに眺める。
「この下がダンジョンになってたのかァ。……まいったな」
 真向かいの席で、いや〜な予感に顔をしかめたのは、本格的な忍者姿の藍原和馬だ。何かにすがるように、背の日本刀の位置を直す。
「おーい、店主。この店には日本酒も置いてあったよな?」
 その横で武田隆之が、テーブルに置かれたメニュー一覧を確かめ、店主に聞いた。
「は、はい。ございます」
「日本酒類の泉はどこに湧いてる?」
「そちらも地下20階で」
「……遠いな。俺のレベルじゃ無理だ」
『魔法寫眞機』を抱きしめて、隆之はがっくりと項垂れる。
「こんにちは。飲み比べしてるんですって? ――ん?」
 店内に入って来たばかりの嘉神しえるは、辺りを見回して目を見張った。事情を解するなり、ポニーテールの「くノ一」は言い放つ。
「嘘。お酒の無い酒場なんて、料理の出来ない兄貴と同じじゃない!」
「なぁに、在庫切れなの? せっかくお酒を飲みに来たのに」
 同時に登場した羽柴遊那も、開けたばかりの入口扉にやれやれと背をもたせかけた。黒衣のシスターを思わせる服の大胆なスリットから、すらりとした脚が覗く。
 客人たちから次々に苦情を受けて、店主は身を縮めた。
「今までは、地下への往復は楽に出来ました。ですがここ最近は、出現しなかったはずのモンスターと出くわすようになったのです。恥ずかしながら私は、このように影の薄い身。逃げるのが精一杯で、地下2階まで降りるのも命がけのありさまです……」
 いたたまれなさそうな店主を見て、シヴァは飲み干した大ジョッキをどんとテーブルに戻した。
「それは一大事! 酒が切れては、勇者や冒険者たちの志気も落ちるというもの」
 よし、こうしよう! と、騎士は立ち上がる。
 そして――酒場の壁に設置されている巨大掲示板に書き込みを始めたのだった。

 ++++++++++++++++++++++++++++++++++

 【重要】アルバイト求む!
 みんなの憩いの場『勇者の泉』の、素敵な仕入業務を体験してみませんか?

 職種:酒類、ソフトドリンク類の仕入
 資格:不問。未成年者可
 報酬:入手した商品内容に準ずる

 ++++++++++++++++++++++++++++++++++

 当然のことながら、シヴァと目があった勇者や冒険者はさりげなく顔を背けたりわざとらしく口笛を吹いたりしている。
 果たして『勇者の泉』の運命や如何に……?

 ――と思われたのも、僅かな間だった。
 そこはそれ、その場に集っていたのは、現実世界においても『勇者』揃いだったので。

ACT.1■時給不明のアルバイト

「モンスターのいきなりの出現は、この世界で起こっている異変と関係あるのかもなァ」
 まあ、力仕事ならまかせとけ、と和馬が言ったのを皮切りに、次々とアルバイト志願者が名乗り出た。
「仕入はともかくとして、俺はダンジョン最深部へ行こうと思う」
 きっぱりとそう言った少年は、強羅豪と名乗った。強い意志と闘志を秘めた瞳は、まさしく勇者の称号がふさわしい。彼の双の腕には、黄金色のゴーントレットがまばゆい光を放っている。
「歪みが発生しているとはいえ、ここはお約束に支配されたゲームの世界だ。おそらく地下20階にはボスキャラがいる。そいつを倒さないとモンスターは出続けるからな」
「なんと。頼もしいのう」
 侠気と正義感にあふれた雰囲気に、シヴァは目を細める。ひたと視線を合わせ、なおも豪は言った。
「見かけない騎士だが、あなたも強そうだ。腕試しのいい機会だから、地下20階まで行こう」
「え? いや、われは」
 どうやらシヴァは、皆を行かせておいて、自分はのんびり待っているつもりだったらしい。あまりにも真っ当で真摯な対応をされて、かえっておろおろしている。
「おい蛇之助。豪は、今まで弁天に会ったことはないみたいだな?」
 隆之がブランシュのナース服を引っぱった。
「そうですね。今日が初めてだと思います」
「じゃあ、シヴァの正体を知るわけないか。ちゃんとした騎士だと思ってるぞ。……気の毒に」
「とても硬派な方のようですね。弁天さまの毒牙にかからないようフォローしませんと。隆之さんも是非ご協力お願いします」
「そうだなぁ。戦闘力がありそうだから、あいつの後ろにくっついて行けば安心だ」
 隆之が自分流のダンジョン攻略裏ワザを見いだしたとき、セレスティとモーリスもお互いの胸の内を探るように微笑みあっていた。
「お酒は量より質だと思います。年代物のワインがあるといいですねえ」
「つまりセレスティ様は、地下10階までお行きになるつもり満々なんですね?」
「モーリスこそ。蒸留酒で飲み比べを希望なら、地下20階まで挑戦しませんと」
「そもそも在庫を飲み干してしまうあたり、さすがですね。いったい、どれだけ運べば足りるのでしょうか――店主どの、それでは入れ物をお借りできますか?」
「液体を運ぶんだもんなァ。壷とか、瓶とかかな?」
 モーリスと和馬が店主に声を掛ける。
「すぐにご用意します!」
 店主が奧に走る。やがて運搬用の容器が、ひとつずつカウンターの前に並べられていった。

「わたくしも……ダンジョンに……まいりましょう」
 えっちらおっちら壷を運ぶ店主に、振袖姿の少女が静かに話しかけた。華奢な両腕で抱えていた真鍮製の鳥籠を、そっとカウンターに置く。
「これは……しばらく預かっていただけますか?」
「うう。ありがとうございます」
 優しい言葉に店主は目を潤ませ、ふっと鳥籠を覗いた。その中では蛍に似た光が飛び交い、紅色の花びらが舞っていたのだが――不思議なことに店主の目前でふっと姿を変え、とある風景を映し出した。
 それは、おなじみの公園の全景であった。しかし一瞬のことであったので、誰も気づいたものはいなかった。当の店主でさえ、目をしばたたかせただけである。
 シヴァは少女の紅い振袖に目を止め、おや、と呟いた。
「おぬし、もしや四宮灯火か? 時々『神影』で見かけるぞ」
「わたくしを……ご存じで?」
「かつておぬしが出品されたオークションに参加して、あまりの高額ぶりに涙を呑んで引き下がったことが……。いや何でもない。ここで邂逅したのも運命。仲良くしようぞ?」
「は……い?」
 調子に乗って灯火を抱きかかえようとしたシヴァを、慌てて和馬が止めた。
「うわ、ご勘弁を、シヴァさま。この子まだ1歳なんでッ!」
「親愛の情くらい示しても良いではないか」
「えと、ああっ、見たこともないような絶世の美女が!」
 シヴァの関心を反らそうと、和馬はわざとあさっての方向を指さした――つもりだった。その場にいた女性陣は美人ばかりであったので、誰にも被害が及ばないようにとの配慮だったのだが。
 しかし誰もいなかったはずのその空間には、いつの間にやら漆黒のドレスを纏った美少女が出現していたのである。青い翼をゆらめかせ、美少女はシヴァにお辞儀をした。
「お久しぶりです。メイリーン・ローレンスですわ」
「おお? メイか! いつぞやのお茶会以来だの」
「わたくしの薬が回り回ってお役に立ちましたのね。ご立派な騎士ぶりですこと」
「メイは人間の姿も美しいのう。名家の令嬢風ドレスも良く似合って……ん?」
 シヴァははたと言葉に詰まった。メイリーンは足音を立てずに、すべるように動いている。繊細なレースをあしらったドレスのすそから、白い蛇の尻尾のようなものが見えたのだった。
「ううむ。前々から思っていたが、やはりおぬしは只者ではないようだ」
 メイリーンはにこりと笑い、首に付けた透明の球――水晶のように見える――を指さした。
「今日は便利アイテム持参です。防御力が不安なのですけど、仕入をお手伝いいたしますわ」

 □□ □□

「おさけ、ない? みんな、こまる。あるばいとするー!」
 双眸を文字通り宝石のように輝かせて、うさリュックを背負った石神月弥(無敵幼女化中)は掲示板を見上げた。
「いりぐち、どこ? だんじょん、いくー!」
 酒場の中をわたわた走りはじめた月弥は、自分のスカートにつまずき、こてっと転んだ。が、すぐに立ち上がり、またしゅたたたっと駆け回る。
「これ、月弥。ちょっと待ちなさい」
 その後を、ひとりの医師が追いかけていた。2m近くある刀を携えた、左目の眼帯が印象的な青年である。
「ひとりじゃ危ない。前もって皆さんと相談してからだ。私も一緒に行くから」
「月弥さんの保護者の方ですか? 初めまして」
 助太刀しようとブランシュが近づいたとき、医師はようやく小さなアリスを捕獲した。
「御風音ツムギです。いつも月弥がお世話になっているようで」
「いいえ、こちらこそ。あの、お酒の仕入にご一緒くださるのですか?」
「微力ながらお手伝いいたしましょう。自給自足飲み放題冒険活劇が始まるそうで、月弥もこのとおり行きたがってますし」
「月弥さんはここでは小さくていらっしゃいますから、さぞご心配でしょう」
「それはもう!」
 腕の中でじたばたしている月弥を抱き直し、ツムギは大きく頷いた。
「私のっ! 可愛いっ! 月弥をっ! 物騒且つ不埒な輩から守らなければ!!!」
「……ツムギさんがついていらっしゃれば安心ですね」
 挨拶を交わすツムギとブランシュに、シヴァはにやりとする。
「おお! 医師とナースでお似合いではないか。縁結びの血が騒ぐのう。……うぐっ」
 しかし、すぐにうめいて頭を抱える羽目になった。走り寄ったしえるが、例によって『蒼凰』の柄で力いっぱい殴ったからである。
「ゲーム内では『女神』じゃないんでしょ! 不毛な縁結び趣味は封印しなさいよっ」
「むう、エンジェリック・クノイチめ。見ておれ、アスガルドで出会った男前と運命的な恋に落としてみせるぞ。気になる殿方がいたらいつでも打ち明けるが良い」
「お生憎さま。ブランシュ、ちょっとこっちいらっしゃい」
 手招きされて近づいたブランシュの耳に、しえるは囁いた。
「今からちょっとシヴァに色仕掛けするけど、気にしないでね?」
「えええ〜〜?!」

 □□ □□

 むっつりと後頭部をさするシヴァの顔をのぞき込んだ時、しえるは満面の笑みを浮かべていた。天上界における熾天使を彷彿とさせる、艶やかな笑顔である。
「ねーえシヴァ。私ねぇ、こう見えて非力なの。迷宮の中ではマッピングしか出来ないの」
「……そう……だったか? ダンジョンをひとつ崩壊させたことがあったような気がするのは、記憶違いか?」
「もう! そんな意地悪、言わないでよ」 
 しえるは胸の前で手を組み合わせ、目をきらきらさせてみせた。この「必殺お願いポーズ」は、彼女の兄にも有効な――頼むからそれはやめてくれ! という絶叫つきだが――最終兵器である。
「本当はとても頼りにしてるのよ(シヴァな弁天サマは、力技くらいは使えるわよね)。だから、一緒にダンジョンに行きましょう(ブランシュに荷物持ちは可哀想だもの)。地下10階とか20階とか、心細いわ(何とかおだてて重い腰を上げさせないと)。
(これでどうだ!!)」
「う……む。そんなに言うなら」
 免疫のないシヴァは、しえるの心の声にも全く気づかず、ころりと騙された。
「わかった。おぬしはわれが守ってしんぜよう」
「やったー! ありがとう♪」
 シヴァと腕を組んで、こっそりVサインを送ってくるしえるに、ブランシュは青ざめていた。
「た、隆之さんっ! 私はもしかして愛想をつかされたんでしょうか?」
「違うだろ。しえる嬢はシヴァを口車に乗せてこき使うつもりだと思うぞ。今のおまえに重いものは持たせられないしな」
「武田さんて、妙齢の女性が苦手なわりには、女心が読めてしまうのね」
 くすくす、と、耳元をくすぐる笑い声に振り向けば、遊那であった。羽織っていたヴェールをしなやかな羽に変え、隆之が気づかないうちに、ふわりとそばに立っていたのである。
「初めまして……かしらね? 現実世界でも仕事で顔を合わせたことはないから。いい写真を撮るカメラマンだなって思ってはいたけど」
「それはどうも。こちらも、こんなところで『Show』に遭遇できるとは光栄だ」
「知ってるの? 私も結構有名なのね」
「若いモデルたちから、嫌というほど話は聞いてる。大したカリスマ性だな」
「ありがと。どう? せっかくだから一杯……と言いたいところだけど、残念ながらお酒が切れてるものね。私も手伝うとしましょうか――店長さん、人数分のサンドイッチと、おつまみを作ってくれない?」
 遊那が飛翔して離れていってから、隆之はびっしりと浮いた額の汗を拭いた。
「ああ吃驚した。自分だって妙齢の美女なんだから、不意打ちはやめてほしいもんだ」
 勝手知ったるブランシュが、無言で救急箱を開ける。差し出されたミネラルウォーター『ゲルマニウム温泉水: 星の雫』を、隆之はぐびりと飲んだ。

 □□ □□

「うぉらぁ! シヴァって野郎はいるかあ〜!」
 ばばーんと、豪快な音を立てて酒場の扉が開いた。
 入ってきたのは、一同がぽかんと見上げてしまったくらいの大男だった。首まわりだけが真紅の純白のガウンを、同色の真紅の帯で結んださまは、まるでリングに上がる直前のレスラーのようである。
 太い首、たくましい四肢、これでもかと盛り上がった筋肉、つるりと剃り上げられた頭――どこをどう見ても、鍛え抜かれた格闘家以外の何者でもない。
「答えろ! シヴァはどこだぁ!」
 殺気を孕んで放たれた大声に、『勇者の泉』に集った一同(店主含む)は、すばやく遠慮無く騎士を指さした。
「ん? 何がいったいどうしたのじゃ?」
「そのひょろいのがそうか! おう、よくもあんた、オレ様の姉貴にちょっかい出してくれたな!」
 わけがわからずきょろきょろするシヴァの胸ぐらを、格闘家はぐいと掴み上げた。
「これ、落ち着け! 誤解じゃ。われは(まだ)どの娘御にも手を出しておらぬぞ?」
「前のダンジョンで一緒だった火炎魔法使いを忘れたとは言わせねぇ。姉貴はあれ以来、昼も夜もあんたの噂ばかりだ」
「…………姉貴?」
 ますます困惑するシヴァに、横合いからデュエラが助け船を出した。
「火炎魔法使いどのは性別転換されていらっしゃいました。この方もおそらく……。そして、あの方のごきょうだいということは……」
「壬生! まさかとは思うが、おぬし、赤星壬生か! プリティな女子高生だったのに、どうしてこんな漢な姿に」
「そんな名前に覚えはないな。ダクシャって呼んでくれよ」
「アスガルドに来た影響でしょうか。一時的に記憶が混乱しているようですね」
 デュエラの解説をよそに、ダクシャはなおもシヴァを締め上げる。
「オレ様の大事な姉貴を誘惑するなんざ、全く随分な度胸じゃねえか……なあ。その度胸は嫌いじゃねえが、それとこれとは話は別だ。姉貴をゲッツしたきゃ、オレ様と闘え!!!」
 ダクシャがいきなり手を緩めた反動で、シヴァは床に尻餅をついた。
 それを見てデュエラが一歩、前に進み出た。片手をすっとかざし、闘技の構えを取る。
「この方は騎士でここは酒場。剣を抜くわけにもいきますまい。役者不足ながら、私がお相手いたしましょう」
「へえ? 踊り子のねえちゃん、あんた闘えるのか?」
「拳法ならばなんとか使えます――踊りは未だに不調法なれど」

 そんなこんなで、酒場の片隅で戦闘が始まったのだが、一同は何事もなかったかのように仕入の話題に戻った。
 ダクシャの気が済むまで、まるっとデュエラにまかせることにしようと、シヴァがちゃっかり判断したからである。
「お話はお伺いしましたわ! ビールをたくさん持ち帰って、シヴァさまとの飲み比べに勝ちましたら、愛人の座を認知してくださいますのね!?」
 何をどこでどう聞いたのか、デルフェスが勢い込む。
「ええと。まあ……そういうことにしても良いが……」
「おまかせくださいませ。モンスターが何千何万いようと一掃してみせますわ。マッハさまには前衛をお願いし、私が後衛を担当いたします。ファイトですわ、マッハさま!」
「ええっ?!」
 いきなり指名を受けて、マッハは飛び上がった。
「ちょっと待った。あたしも行くのかい?」
「そりゃア、酒好きは同行するべきだよな」
 和馬が言えば、遊那も大きく頷く。
「そうね。お酒の泉で一杯飲んでいくのもいいと思うわよ♪」
「おさけ、のめる。もんすた、たたける。いっしょいこ?」
 渋るマッハに背後から特攻アタックをかけたのは、月弥である。いきなり背中によじのぼり、がっちりとしがみついたのだ。
 いたいけな幼子の親愛固めを振りほどけず、マッハは観念してテーブルに手をついた。
 駄目押しで、豪も言う。
「何事も、冒険だ」

 □□ □□

「蒸留酒系は20階かぁ……。でも飲みたいものがその階にしかないなら、行かないとよね」
 ずっと皆の様子を見ていたシュラインもようやく、というか仕方なくというか――決心した。
 立ち上がりついでに、武彦の肩を叩く。
 探偵も、すでに何かを覚悟していたらしい。空になったウイスキーグラスを、しぶしぶ、星型のコースターの上に戻した。
「俺も、行くのか……? モンスターが出るダンジョンに?」
「買出しの付き合い程度の気分で構わないから、手伝ってもらえると助かるんだけど。……どう?」
「うーん……。荷物持ちくらいにしか、役に立たないかもしれんぞ?」
「平気よ。シヴァさんだって似たようなものだから」

ACT.2■用意周到、布陣は完璧

「はっはっは。ねえちゃん、結構やるじゃないか。姉貴の次くらいには綺麗だしさ、気に入ったよ」
「恐れ入ります。つきましてはダクシャどのにも、ご尽力いただきたいのですが」
「おう! 地下にモンスターがいるんだってな。行ってやろうじゃないか」
 戦闘というよりは、武闘家同士の手合わせをひとしきり堪能し、ダクシャとデュエラはすっかり打ち解けていた。
「……さてと。漢同士の友情も芽生えたところで。みんな、ちょっといいかしら?」
 シュラインは店主から入手した地下の地図を、テーブルの上に広げた。
「今まで仕入れ先として活用していたわけだから、さほど入りくんだ迷宮ではないようね」
「私もそう思ってたところよ。これならマッピングも楽みたい」
 しえるの指先が道筋をなぞるのを、モーリスと遊那が確認する。豪はひたすらに地下20階への道のりをシミュレーションし、デルフェスとメイリーンは各階の泉の位置をチェックしている。
 月弥はがっつりとマッハの背中に貼りついたままだ。危ないしご迷惑だから離れなさい、とツムギが嘆くのもどこ吹く風である。
「それにしても、酒場内にモンスターが侵入してこないのが不思議ですね。何か出てこれない理由でもあるのでしょうか」
「光が苦手なんじゃないかしら。それと、たぶん、炎――」
 何かに思い至ったらしき遊那は、カウンター内で料理にいそしんでいる店主に聞う。
「ねえ。ダンジョンにいたモンスターって、どんな種類だったの? アサルトゴブリン? トーチハウンド?」
「そのような一般的なものではございませんで……」
 しばし手を止め、店主は考え込む。
「人や動物を連想させる形態ではなく、花や蔓に足がついたような……そう、奇妙な植物が動き出したかのように見えました」
「植物系モンスターということでしょうか。前のダンジョンにいたような――それならば」
 セレスティがおっとりと首を傾げ、モーリスがそのあとを引き取った。
「火に弱そうですね。どなたか炎を操れる方はいらっしゃいますか?」
「はーい。炎のイメージを具現化すればオッケーよ」
「まかせて。全部纏めて蒼凰の焔で消し炭にしてあげる!」
 遊那が挙手する。しえるもぐっと親指を立ててみせた。
「汲んだお酒をスプレーに入れて、敵に噴霧してから火をつければ効果的ね。ところで店主さん、地下で大々的に火気を使っても平気?」
 ちょうど、スペシャルバラエティサンドと豪華オードブル作りを完了した店主は、大きく頷いてみせた。
「それはもう! どうぞよろしくお願いいたします」
 ちなみに、依頼したテイクアウトメニューがさりげなくバージョンアップしているのは、
「ダンジョン内は飲み物には不自由しないでしょうが、食べ物は多めにあったほうが宜しいですね。……ああそんな、店主さんに、ご無理を申し上げるつもりはないのですよ?」
 という、セレスティの思し召し(?)があったからだった。

 出発にあたり、壷をひとつずつ持ち上げてみて、和馬と隆之は顔をしかめた。
「おウ? それなりに重いっす。実は店主はタフなんスね」
「これに液体が入るとかなりになるぞ。いくら面子に力持ちが多くても、ダンジョンの階段が難儀だ。バケツリレーでもするか?」
「取りあえず、これを借りてきた。階段以外の場所なら使えるだろう」
 荷物持ちに徹するつもりらしい武彦が、折りたたみ式のカートをいくつか広げた。
 積み込まれた壷と瓶の多さに、一同がため息を漏らしたとき。
 灯火がか細い声で、状況打開の鐘を鳴らした。

「わたくしは……転移の能力があります。皆様が汲んだお酒を、店主様の所まで運びましょう……」

「灯火!」「灯火さん!」「灯火ちゃん!」「灯火どの!」「灯火さま!」
 口々に叫んで灯火を取り囲み、伏し拝んだり頭を撫でたりしてから――

「お気をつけて。皆様にはアルバイト代として、『勇者の泉』専用の金券を発行させていただきますので」
 店主の声援を背に受け、満を持しての出発であった。

ACT.3■百薬の長を求めて

『勇者の泉』はもともと、謎の仕掛け部屋を無理矢理改装して作った酒場である。
 従ってあちこちに用途不明の歯車が、普段は単なるディスプレイとして点在している。
 そのうちのひとつを店主がひょいと回したとき、店全体が軋む音が響いた。ぽっかりと空いたダンジョンへの入口は、なんとカウンター内にあった。
 真っ暗な階段を、遊那が具現化した明かりが照らす。
 一同は順番に降りていった。力持ちは壷を抱え、そうでない者は瓶を持って。

【地下1〜10階】
 大人数での怒濤の攻勢に、モンスターも恐れをなしたらしい。
 何と言っても、すこぶる豪華な(騎士とナースと踊り子は除く)パーティメンバーである。女性陣(外見女性含む)として、シュライン、遊那、デルフェス、しえる、メイリーン、灯火、月弥、マッハ。男性陣(外見男性含む)として、豪、ダクシャ、和馬、隆之、ツムギ、セレスティ、モーリス、武彦。
 この顔ぶれを見れば、クロウ・クルーハーでさえ戦意喪失であろう。
 奇妙な植物たちはこそこそと遠巻きに横切ったり、素早く逃げ出したりで、大した攻撃はしてこなかった。
 ……いや。
 攻撃はしてきたのだが、その前に、シュラインの花飾りによる敵位置捕捉をメイリーンの水晶球に映し出す連係プレーを経て、隆之が写真に封印したり、和馬が『黒狼の魂』でざくざく切断したりして沈静化したのだ。モーリスが作った檻の中に遊那が実体化させた炎を投げ入れるまでもなく、豪やマッハ、ダクシャやデルフェスやしえるに至っては、身構える必要もないほどだった。
「あれェ? この植物、見たことあるぞ。ルチルアのシチューに入ってた薬草に似てる」
 自分の切った植物をつまみ上げて、和馬は呟く。
「スイカズラですね。花を乾燥させたものを、生薬名で『金銀花』と言います。ホワイトリカーに漬けて薬酒を作ることが出来ますから、店主さんも買い取ってくださるのではないでしょうか」
 医師のツムギがそう言ったので、和馬は果然張り切った。
「よしッ! たくさん集めるぞ。ダンナ、植物写真は捨てちゃだめっスよ!」
「あ、ああ」
 そんな調子でさらなる薬草モンスターを蹴散らしながら進み、一同はあっさりと地下5階に到達した。

「ソフトドリンクの泉がたくさんありますね。この辺でお弁当にしませんか。小さい方もいらっしゃいますし」
 セレスティの提案で、その一帯はあっという間にのどかなピクニック会場となった。
 店主心づくしのオードブルと豪華サンドイッチが、所狭しと並べられる。
 なお、持ち運んでいたのはモーリスである。何しろ我らがリンスター財閥総帥は、ワイングラス以上に重いものなど持ったことのない御方なのだ。
「セレスティさま。宜しかったら、私の持参したクッキーを召し上がりませんこと? 少々、特殊効果がありますけれど」
「おや、良い匂いですね」
「セレスティ様! 少々お待ちを」
 モーリスの制止も聞かず、特殊効果もなんのその、メイリーンの差し出したクッキーをセレスティは美味しそうに食べた。
 それが、獣耳と尻尾を発現させる薬入りのものであったことを、すぐに身をもって知ることになったのだが。
 ぽん、ぽぽん、と、セレスティにふかふかのキツネ耳とキツネの尻尾が生える。
「これはこれは。不思議ですねぇ」
「獣耳は、感覚を増大する効果もありますの。モーリスさまもお試しになって」
「いえ、私は」
「モーリス、食べず嫌いは良くないですよ」
「そう言う問題じゃありません!」
 そんな主従の攻防をよそに、月弥はご機嫌である。
「みるく! こーら! うーろんちゃ! りょくちゃ! そーだすい! おれんじじゅーす! ぜんぶのむ」
 マッハの背という見晴らしのいい場所から指示を飛ばし、ひたすらツムギを走らるのだった。
「……お腹壊すぞ」
 と、たしなめながらも、ツムギは月弥のいいなりである。
「ううむ、いつもながら魔性の宝石よのう。……見習わねば」
 サンドイッチを頬張るシヴァに、ブランシュが首を横に振った。
「無理ですよ。月弥さんのあれはもう、神レベルの技ですから」

 そして目的の仕入は、地下5階、地下7階、地下10階に於いても、ひととおり完遂したのである。
 目指すは――地下20階のみであった。

 ◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇

〈地下1〜10階までの成果〉
 シュライン/特になし、遊那/赤ワイン1壷、デルフェス/ピルスナー3壷・ペールエール2壷、しえる/白ワイン1壷、メイリーン/ミルク2壷、灯火/全員の荷物配送、月弥/特になし
 豪/特になし、ダクシャ/スポーツドリンク3壷、和馬/スイカズラ2kg、隆之/ツリガネニンジン500g、ツムギ/各種ソフトドリンク1壷ずつ・ラガー1壷、セレスティ/超レア年代物赤ワイン10瓶(汲み上げ担当はモーリス)、モーリス/特になし

【地下20階にて】

 地下19階の階段を降り切った瞬間、空気ががらりと変わった。
 それまでは、スイカズラやツリガネニンジンが変化したものに加え、ユキノシタやドクダミ、ゲンノショウコにメグスリノキといった、多少種類は違えども、上の階とあまり変わらぬ薬草モンスターがうろうろしていただけだったのだ。
 ――しかし。
 地下20階の中央、後方にこんこんと湧いている各種蒸留酒の泉の前に立ちふさがるようにして、一同を迎えたモンスターは――
 
「きゃああああ!」
 絹を裂くような絶叫が、フロアじゅうにこだまする。
 それは、滅多に聞くことのないシュラインの悲鳴だった。
「見るな! シュライン。こっちへ」
 持っていたカートを放り出し、武彦はシュラインを後ろ手に庇う。
「いやぁぁぁ! 何よこれ!」
 一目見るなり、しえるも顔を蒼白にした。いつも気丈で頼りになるふたりが、出現を予期していたにも関わらず動揺したのも道理、それは、あまりにもグロテスクな姿をしていた。

 黒ずんだ昆虫の幼体に寄生した、無数の触手に似たキノコ――それらがうねうねと蠢きながら、一同に近づいているのだ。

「冬虫夏草ね」
 やはり青ざめながら、それでも未来予知をしていた遊那は、剣を具現化し、果敢に立ち向かう構えを見せた。
「――怪物め」
 眼帯をはらりと取り、ツムギは長刀を差し向ける。打って変わった冷ややかな声は、戦闘技能に長けた別人格「斬」の出現を意味していた。
「しえるさん、下がってください」
 救急箱を床に置き、ブランシュが走り寄る。自分の力も顧みず、誰よりも早くモンスターに突進したブランシュは、触手の一撃を食らってあっけなく吹っ飛ばされた。
「うわっ!」
「これ! よりによってわれの足の上に落ちるでない!」
 巻き添えでよろめいたシヴァは何とか踏みとどまり、『陽光の聖女の剣』を鞘から抜いた。
「ええい。冬虫夏草と言えば、100gで十万はする漢方薬。切り刻んで店主に高額引き取りさせてくれようぞ!」
 勢いよく切り込んだはいいが、腕不足はいかんともしがたい。すぐに剣を叩き落とされて、自分の手に怪我をする始末である。
「大丈夫か? 勇気は認めるが、無理をしてはいけない」
 豪は素早く服の一部を裂いて包帯を作り、シヴァの手当をした。
「……豪」
 ストレートな親切に弱いシヴァは、男性化していることをしばし忘れ、目をハート型にしかけた。
(うわ。豪が危ない!)
 豪のすぐ後ろにいた隆之は、正義感あふれる高校生の未来を守るため、シヴァに向かってシャッターを切る。
 三鷹・武蔵野近辺から遠く離れた異界に於いて、神通力など持ち合わせていないシヴァは、最弱のモンスター同様、写真に封印されたのだった。

「どきな! 酒が飲めないじゃないか!」 
 月弥をしがみつかせたまま、マッハが突進する。しかし、無数の触手の目まぐるしい攻撃にバランスを崩し、危うく絡みつかれそうになった。
「マッハさま!」
 すかさず、後衛のデルフェスがマッハを石化して護った。身軽に宙を飛び、ショートソード形態の『還襲鎖節刀・双石華』を分銅の要領で振り回す。
「必殺、旋風剣!」
「ようし、俺のキックを受けてみろ!」
 負けじと、ダクシャも空中で一回転してから、キノコが寄生している本体を狙い、蹴りを入れた。
 
 黄金色に輝く光が、地下20階フロアを満たしていく。
 豪が、デーモン『ゴールデン・レオ』を使役しているのだ。
 それは、モンスター化した冬虫夏草にとっては、滅びの色であった。

 ◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇

〈地下11〜20階までの成果〉
 シュライン/焼酎・ブランデー・ウイスキー1壷ずつ、遊那/ブランデー・ウイスキー1壷ずつ、デルフェス/冬虫夏草100g、しえる/純米吟醸5瓶、メイリーン/超レアブランデー1瓶、灯火/全員の荷物配送、月弥/冬虫夏草5g(落ちていた欠片を拾った)
 豪/冬虫夏草50kg、ダクシャ/冬虫夏草2kg、和馬/メグスリノキ2kg・ゲンノショウコ1kg、隆之/ユキノシタ500g・ドクダミ250g・純米吟醸8瓶、ツムギ/冬虫夏草200g、セレスティ/超レアブランデー10瓶(汲み上げ担当はモーリス)、モーリス/焼酎・ブランデー・ウイスキー1壷ずつ

ACT.4■EPILOGUE――酩酊迷宮――

 ――そして。
 モンスターのいなくなった地下20階で、なしくずしの宴会が始まったのである。
 冬虫夏草が退治され、俄然気力を取り戻したしえるが、またもや『奥義・砕壁斬』を発動し、上階から仕入が可能なように縦穴を開けた祝杯と、ついでに、シヴァがようやく封印を解いて貰ったことも兼ねて。
「許さぬぞ隆之! この場で飲み比べじゃ!」
「俺が勝ったら、恋人同士の仲を裂くのをやめてくれるか?」
「どういう意味じゃ」
「シヴァさま。愛人の座の認知をかけて、正々堂々と勝負ですわ! ゲーム内ですので、わたくし飲めますし、はっきり申し上げてザルというか枠ですけれど」
「それではわれが不利ではないか」
「ねえ武彦さん、金券、現実世界でも使用可能だったら、って思わない?」
「言うな……。はかない夢だ」
「ところで弁財天はサラスヴァティーよね。何故ブラフマーでなくシヴァって偽名なのかしら」
「これシュライン。宴会中にさらっと鋭いツッコミを入れるでない。サラスヴァティーはのう、嫌がる自分に圧力を掛けて配偶神にしたブラフマーを嫌っておったのだ」
「そうなの?」
「だからブラフマーの偽名は使いたくないのじゃ。おお、豪。どうだ、おぬしも一杯」
「俺は、ソフトドリンクで」
「俺も、ソフトドリンクが」
「和馬が言っても冗談にしか聞こえぬわ!」
「オレ様は、ウイスキーをひと壷ぐいっと!」
「背伸びするな壬生。身体と心は漢でも、おぬしの魂は乙女なのじゃからして」
「セレスティ様……。その、膝の上で懐いているスイカズラは一体……?」
「ああ、これですか? 薬草モンスターに蒸留酒をかけたら、もしかしたら酩酊状態になるかなと思って試してみたのです。そうしたら、親愛感情を持たれてしまったので連れてきたのですよ。こうしていると可愛いですねぇ」
「ブランシュちゃん、デュエラちゃん。こっちの席に座って。おねーさんがより一層キレイにしてあ・げ・る♪ ほぉら、メイク道具を具現化! だいじょーぶよ、酔ってないから」

 皆が壷や瓶に汲んだ酒類を全て店主に届け、戻ってきた灯火に、メイリーンが日本酒を勧めた。
「……お酒、ですか……。わたくしはお酒は飲めないのですが、味は現実世界と同じなのでしょうか……」
 こくり、と人形は小さな喉を鳴らす。
「さあ、ツムギさまも、月弥さまも」
「すみませんが、月弥はまだ子供で」
「ちがうもー。ひゃくさいだもー。くぴっ」
 月弥は宴会が始まる前にこっそり、泉から焼酎を飲んでいたのだった。うさリュックに忍ばせてきた『さきイカ4種セット』をおつまみにして。
「うたう〜! おどる〜!」
 灯火の手を取って、月弥は即興の歌をうたい、くるくると回りながら踊り続けた。

 ダンジョン内での宴会は果てしない。
 やがてメイリーンが各飲み物の中に仕込んでおいた、子供化薬・成長薬・性転換薬・獣耳尻尾薬などなどが発動し、阿鼻叫喚を招いたのだが、それはむしろ微笑ましいエピソードであろう。
 どうやら店主は、井の頭公園近所の、某やきとり屋のあるじ(失踪中)だろうということや、薬草をモンスター化させたのはルチルア――ゼルバーンではないかという囁きに比べれば。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0631/強羅・豪(ごうら・つよし)/男/18/学生(高校生)のデーモン使い】
【1253/羽柴・遊那(はしば・ゆいな)/女/35/フォトアーティスト】
【1466/武田・隆之(たけだ・たかゆき)/男/35/カメラマン】
【1533/藍原・和馬(あいはら・かずま)/男/920/フリーター(何でも屋)】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
【2200/赤星・壬生(あかぼし・みお/ 女/17/高校生】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/無性/100/つくも神】
【2287/御風音・ツムギ(みふね・つむぎ)/男/27/医師】
【2318/モーリス・ラジアル(もーりす・らじある)/527/男/ガードナー・医師・調和者】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】
【3041/四宮・灯火(しのみや・とうか)/女/1/人形】
【4287/メイリーン・ローレンス(めいりーん・ろーれんす)/女/999/子猫(?)】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、神無月です。
この度は、白銀の姫内でのダンジョン巡り、マッハの回にご参加いただき、まことにありがとうございます。
いつもコメディ色の強い内容ではありますが、とびきり爆走しましたのは、私がビール好……(自粛)。
今回いただきましたプレイングでは、多くの方々から「植物系モンスターなら、火ぃつけて焼いちゃえ♪(少々脚色)」というご意見を賜りました。突入前から勝ったも同然。素晴らしゅうございます。
また、転移能力をお持ちのPCさまに多大なるご協力をいただいたおかげで、仕入も楽勝でございました。これで、在庫残を心配することなく飲み比べに挑戦できますね。
皆様には影の薄い店長が、相応の金券をご用意しております。果たして、それぞれ幾らお稼ぎになられたのか、計算してみるのも一興かと。

さて、まだダンジョン探索は続きます。未完成のゲーム、もといシリーズ(笑)にならぬよう、精進いたします。

□■シュライン・エマさま
あああ、黒いアレが苦手なシュラインさまに、ちょっと傾向は違えども、ぎもぢわるいモンスターをお見せしてしまって申し訳ありません〜。そして草間さんは、あまり荷物を運んでなかったような……。あり?

□■強羅豪さま
初めまして! 豪さまのようなストイックな方に、このようなはっちゃけダンジョン探索に加わっていただいて勿体のうございます。ラスボス戦、お疲れ様でございました!

□■羽柴遊那さま
初めまして! これはまた、美しいお姉さまが……。カメラマンPCさまと同い年とはとても思えませ(げほんごほん)。どうぞ今後ともよしなに。

□■武田隆之さま
今回は同じ業界でご活躍の女性がいらっしゃったので、これ幸いと緊張していただきました。この機会に、良い友人関係が築けるのではありますまいか(縁結びモード)。

□■藍原和馬さま
お疲れ様でございました。結局、どどっと全員で突入することと相成りました。効率を考えて班分けする場合は是非女性たちのグループへ! という心の叫びはヒミツにしておきますね(バラしてるし)。

□■セレスティ・カーニンガムさま
作中でどなたかに獣耳になっていただきたく、いろいろ考えまして、セレスティさまに白羽の矢を(笑)。薬草モンスターをも手なずけた総帥さまに乾杯。

□■鹿沼デルフェスさま
デルフェスさまにはいつもご協力いただいて(ほろり)。飲み比べの勝敗は謎のままに終わっておりますが、誰かが乱入・なし崩しのまま引き分けという感じでございましょうか。

□■赤星壬生@格闘家ダクシャさま
あの愛らしい壬生さまが漢の中の漢に!!! 何て思い切りのいい! しかしそれも、お姉さま(お兄さま)を慕うあまりかと思うと、その乙女心に胸キュンです。

□■石神月弥さま
小さくなればなるほど魔性度が増しているのは気のせいでございましょうか。今の月弥さまには、誰も逆らえますまい。驚異的な魅力は、正義のために役立ててくださいね。

□■御風音ツムギさま
初めまして! 月弥さまを心配してのご同行、まことにありがとうございます。あのあの、おとーさん、魔性の宝石に振り回されてますよ!(大きなお世話)

□■モーリス・ラジアルさま
たぶんモーリスさまは、抵抗しながらも獣耳クッキーを召し上がったと思われます。効果のほどは、似合いすぎですが猫耳であろうかと。

□■嘉神しえるさま
しえるさまの通るところ、ダンジョンは全て形を変えるような……げほごほ。宴会のついでに、本当にアスガルドPCさま縁結びタイムを設けようと思ったのですが、文字数の関係で泣く泣く割愛しました。またの機会に!(やるんかい)

□■四宮灯火さま
依頼では初めまして! 配送業務を一手に引き受けてくださり、ありがとうございます。灯火さまこそ、荷物の重量に嘆いている方々の救いの女神でございます。

□■メイリーン・ローレンスさま
依頼では初めまして! そのせつは掲示板でお世話になりました。あのときの話題が、今ここに、このような形で結実いたしました(笑)。