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<東京怪談・PCゲームノベル>


White Maze

 西の空に少しずつ日が沈み、校舎の影が伸びていく。その校門の影を踏みながら、櫻・紫桜(さくら・しおう)はクラスメイトに別れを告げ、見知った道を歩き出した。今日は期末テストの結果が全生徒に配られた日で、同じ道を行く生徒の中にも、楽しげに笑っている者やがっくりと肩を落としている者、結果を親に見せまいと用紙をくしゃくしゃに丸めている者など、様々だ。
 その姿を目の端に捉えながら、紫桜はバッグを持つ手にそっと力を込めた。中には予想以上に良かったテスト結果が入っている。以前の結果よりも順位が格段に上がっていて、紫桜自身も満足だった。親に見せたら赤飯でも炊かれそうだ。そんなことを考えてくすりと笑ったとき、額に何か紙のようなものが張り付いた。
「うわっ。……何だ?」
 油断していたとは言え、目の前に飛んできたものに気付かなかったことに少し焦りながら、紫桜は額に指を伸ばして、張り付いたものを取る。
 それは白い紙だった。表には服だけのピエロのイラストと、桃色の字で文章が書かれている。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。


「白い迷路?」
 そんなアトラクション、近くにあっただろうか。新たに出来たものだとしても、そんなものが出来たら噂の一つでも耳にするものなのに、学校の中でも聞いたことがない。どこか遠いところで貰ったチラシを誰かが落としたのかと思って裏も見てみるが、住所や地図らしきものは一切見当たらない。
 悪戯か? そうも思ったが、何故かその紙が本物だという確信が紫桜の中にあった。直感というより、本能と呼ぶ方が相応しい程、しっかりした感覚だった。
 その文の中の一文に、紫桜は目を取られる。
「望むもの……俺の、望むものは……」
 呟いた瞬間、紫桜の足元に穴が開いたが如く、白色が現れた。白色は一瞬で辺りに広がり、周りの景色を飲み込む。違和感を感じた紫桜が紙から目を上げたとき、そこは見慣れた街ではなく、天地の境目も判らない、ただただ真っ白の空間だった。
「何だ!?」
「いらっしゃいませ。白い迷路へようこそ」
 突然のことに咄嗟に身構えた紫桜の目の前に、服だけのピエロが現れ、優雅に頭を下げる。そして、いつでも攻撃を返せる体勢にいる紫桜に手の平を向け、無害であることを示した。
「ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。私も能力はありません。ここはゲームをするだけの空間ですから、安心して宜しいですよ」
 ピエロの言葉に、紫桜は自分の手の平を見下ろす。確かに、いつもはそこにあるはずの気配がなく、紫桜は少し不安そうに手を振った。
「ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ。貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです」
 言って、ピエロは五色のカードを広げて、紫桜の前に並べた。置く場所のないカードは、空中に浮いた状態になる。
「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい」
「何だかよく判りませんが……とりあえず三枚選べばいいんですね?」
 小首を傾げつつ、紫桜はカードを三枚選ぶ。そしてそれを学生服のポケットの中に押し込んだ。そのときに持っていたバッグが消えてしまっていることに気付いたが、ゲームが終わったら戻してくれるだろうと思って気にしなかった。
「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります」
 ピエロがくるりと空中で一回転して、後方にある黒い部分を指し示す。そこには『START』という文字が大きく黒で書かれていた。



 紫桜が『START』の文字を踏むと、一瞬にして周囲に壁が現れる。それはずっと前方にも続いていて、迷路が出来たのだと紫桜は理解した。
「前進あるのみ……ですか」
 どういう仕掛けなのか、気になるところではあったが、考えても仕方のないことだと思って、紫桜は迷路を歩き始める。分岐点は適当に気分で決めて、スタスタと歩いていくと、遠くに黒いカードが浮いているのが見えた。
「あれは?」
 呟いて、白い紙に『三つの困難』という文字があったのを思い出した。確かめようと白い紙を探すが、落としたのか消えたのか、紙はなく、まあいいかと紫桜は肩を竦めて黒いカードに近付く。すると、黒いカードが物凄いスピードでぐるぐると回り始めた。
「嫌な予感が……」
 咄嗟に、紫桜はポケットの中からピエロから貰ったカードを取り出し、黒煙を噴出した黒いカードに投げつけた。カードが赤い軌跡を作りながら、黒煙の中に飛び込んでいく。
 ひゅっと風を切る音がして、黒煙から飛び出した何か鋭いものが紫桜を襲った。紫桜はそれをひらりと交わし、次の攻撃に備えて身構える。だが、黒煙からは何の反応もなく、逆に煙が薄れて、中の様子が見えるようになった。
 そこには、蹲る女性と瓢箪を持った女の子がいた。女の子は女性の紺色の髪を纏めている簪を抜き取り、にこりと笑った。
「はーい、ざんねーん」
「くっ……」
 にこにこと笑う女の子とは対照的に、女性は苦しげに唸った後、ゆっくりと倒れる。それを見た女の子は、瓢箪の口を閉じると、腰にぶら下げて紫桜を振り返った。
「どーぞー。この人、身体凄い痺れてるから、今のうちだよー」
「は? あ、ああ、そうなんですか。それじゃあ、失礼します……」
 あっけらかんと言い放たれた言葉に、紫桜は思わず瞬きをして、慌てて二人の横を通り過ぎる。
「大丈夫なんでしょうか、あの人……」
 ゲームなんだから死ぬことはないだろうと思いつつも、紫桜が後ろを振り返ると、既に二人の姿はなかった。それに紫桜は流石ゲームだなと変な感心をしながら先へ進む。
 細い道を大分ウロウロして、大きな道に出たとき、また黒いカードを発見した。今度はどんな困難なんだろうと少し楽しみにも感じながら、紫桜は黒いカードにポケットから取り出した緑色のカードを投げつける。
 黒煙に緑色の光が混じる。ぶわりと風が巻き起こり、煙が掻き消された。
「行っくよー!」
 元気に叫んで、煙の中から現れた着物姿の男の子が、周囲に生み出した火球を投げつける。その先にいたのは、キラキラと輝く目に痛い配色の服の上に、ピンク色の派手な毛皮を着込み、ゴテゴテと装飾のあるウェスタンハットを被った、男だか女だか判らない微妙な人物だった。
「いやーん! おっそろしいデース!」
 玉のような涙を飛び散らせながら、微妙な人物は次々と飛んでくる火球から逃げ回る。どちらが味方なのか判らない紫桜は、どちらに加勢していいものか判らずに、とりあえず火球の来ない壁際へと避難してみた。すると、微妙な人物が紫桜に気付いて、助けを求めるように両手を広げて飛びついてきた。
「助けてプリーズ! ヘルプ! ヘルプミー!」
「わわっ! そんなしがみ付かれたら動けな……っ!」
「これで最後だー!」
 がっちりと微妙な人物に腕にしがみ付かれた紫桜に、とびきり巨大な火球が迫る。咄嗟に紫桜は手の平に指を伸ばして、能力が使えないことを思い出して顔を青くした。
「しまっ……っ!」
 やられる! そう思った瞬間、マジックのように火球がパッと消えて、周囲の壁がなくなった。ついでに腕にしがみ付いていたはずの人物の姿もなく、紫桜はゲームが終わったのだと判断した。
「残念でしたね。ゲームオーバーで御座います」
 いつの間に現れたのか、後ろに浮かんでいたピエロに言われて、紫桜は溜め息を吐いた。
「そうですが……ちょっと残念でしたね」
「宜しければまたご参加下さい」
 言って、ピエロがくるりと回転すると、白い空間が一瞬にして元の見慣れた道へと変わった。下校中の生徒たちが、呆然と立っている紫桜の横を、何事もなかったかのように通り過ぎる。
「何だったんでしょうか……」
 ぽつりと呟いて、紫桜は握ったままの手を開いた。くしゃくしゃになった白い紙が風に攫われて、紫桜の後ろへ飛ぶ。それを追うように紫桜が振り向くと、沈む夕日に溶けるように立つ人物がいた。
「……あ」
 信じられないように瞬きをした間に、その人物は跡形もなく消えていた。けれど、その口元にあった笑みを確かに見た気がして、紫桜は無意識に顔を緩めると、上機嫌で家へ帰っていった。










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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】




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           ライター通信         
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ご来店有難う御座います。緑奈緑です。
長い間お待たせしてしまいまして、まことに申し訳ありませんでした。
その上クリアならず……なので、紫桜くんの望みの半分だけは叶えてあげたいと思い、こんな感じのラストになりました。如何でしたでしょうか?楽しんで頂けていれば幸いです。
それでは。学生の登下校の描写が大好きな緑奈緑でした(笑)。

今回出演して頂いたNPCさま。お貸し頂いて有難う御座いました。
赤色のカード→三日月・社さま ○
緑色のカード→マドモアゼル・都井さま ○
困難1→尭樟生梨覇さま
困難2→桐鳳さま