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碧摩蓮のように命を無くした話
例えば、骨が肺に突き刺さり死んだ、碧摩蓮のように、
命を無くす事。
例えば、血潮に喉が溺れて死んだ、碧摩蓮のように、
命を無くす事。
例えば、暴風に身が削がれて死んだ、碧摩蓮のように、
命を失くす事。
例えば、五つの命を持てる右手というアイテムを使ったが結局は五つを順調に減らされ今四度目の、死んだ、碧摩蓮のように、
命を無くす事。
例えば、最後の一つの命を、
「……まぁ、いいさ。楽しかったよ、名残惜しいくらいに」
無駄話に使って、
「あんたは、余計にだろ?」
クソ野郎だねぇって、笑顔で吐き捨てながら死んだ、
店中の曰くつきの品を、使い切って、なんでも叶えるレイニーの首というアイテムを持つ、スーパー三下に殺された、碧摩蓮のように、誰かが、
命を無くした、この殺しあう異界では、
何も珍しくない、たった一つの、話。
◇◆◇
身体が、臭う。風呂に入っていないものだから。虫刺されもとかく酷く。
肉が、痛い。寝床が、何処とも知れぬコンクリートの所為。
目が、見えない。
見えない。赤い布を両目の眼帯にしている訳じゃなく、それ以前に、彼女は、
、
腹が、減る。
どんな状態であっても、どんな身の上であろうと、腹が減る。だから、
右手で、見えない人の足首を掴んでいる。相手の恐れが握り締める掌から伝わってくる、左手で、ポケットから毟る様に取り出した、小銭を突きつける。つとめて、
明るい言葉で、言うのだけど、
「腹……減ってしもうてな」
多分路地裏という場所で、けれど実際は、真実は解りはしない自分で、こう言うんだ。
「なんか買ってきてくれへん?」
彼女は微笑んだ、そう、微笑んだ、だけど、
空気のような悲鳴が、耳に聞こえる。今の彼女にとっては、唯一といっていい程の感覚で拾われるその事。……小銭は、受け取られた。離れる音は、脅えるように早かった。後、経過する、後、
解って、いるんだ、今の自分がどれだけ惨めなのか、どれだけ、
三年前と違うのか。
「……糞、が」
居酒屋をやっていた頃の、
「糞が」
笑顔はもう、失われているのです、私は、
私は――
「糞がぁッ!」
叫びの瞬間、足元に何かが放り出される音、震えた足が響かせる立ち去りの音、彼女は鼓膜を通して得られた二つから前者を選び、腐ったような動きで腕を伸ばして、コンビニのビニール袋へと、それである事は指先でわかり、おにぎりと、ウーロン茶、不細工な仕草で包装を剥ぎ、蓋を開け、口元に押し付けて、腹の中に食物をいれる、空腹を殺す為だけに、呻きながら、死にたいと思いながら、嗚咽を零しながら、
幸せの為の食事は、もう何処にも無い。三年前のあの店のように、無い。
幸せはもう何処にも――
涙を流したくても、もう流せない。彼女は、友峨谷涼香は、
両の眼を奪われているから。
◇◆◇
光を失った目が映すのは、永遠の絶望である。
復讐という未来無き希望さえ、最早己の血肉から消えうせたのだから。
赤子の命を奪われて、片目を奪われて、そこからの絶望より怒りを作り出した過程も、最後の瞳を奪われた事と、
奴には絶対敵わない事実を、与えられた事で、感想でもない、ただの過去ゆえではない、風が石にならないような固定された事実を与えられた事で、
永遠の絶望はそうやって、急激に彼女を追い詰めている。
◇◆◇
腹は満たされる。けれど、満足は無い。
喰い散らかしをその侭にし、左手を硬い壁に突きつけて、そこからゆっくり立ち上がる。目は、見えない。左の手で道をなぞる様に歩んで、人声の大きさの量で、正確には、自分という異種に傾けられる声から、大通りの道に出た事をしる。あとは、適当に歩けばいい。人は勝手に彼女を避ける。鍛えられた身体、一応は、つまずいて転ぶ無様は避けられて、
いっそ、
完全に、虚弱であったのなら、
保護される事もあろうに、だけど、
己という強さは、どうにもそれを拒否して、
歩いている。歩いている。歩いて、
何処へも行けない自分で――
刹那、背後の声達が異質へと変わった。やがてその変化は、前方にも伝わり。
後ろから何か来る、
ゆえに涼香は、振り向く。見えやしないのに、見るように振り向く。真っ暗闇の先には、きっと、
白神の追っ手である。
足音の数と、頭上から人が降る風切り音、
きっとずっと狙っていたんだろう。満身創痍である彼女を。涼香、
殺されてええか、と思った。
もうこれ以上の無い自分なら、殺されてええか、と思った。だから、両手を広げて、
幾つもの刃をあらゆる角度より、自分に貫かせて、
――、
けれど次には紅蓮が閃き、符術が一瞬で炸裂する。
◇◆◇
友峨谷涼香は、歩いている。ここが何処か、解りもしないで。
身肉を貫いている数々の刃は、悉く内部の機関を避けて、ああ、きっと、
自分の、所為で。
こうなるように身をずらしたであろう、自分の所為で。
目の見えぬ自分が、多数を一瞬で仕留めるには、それきりしかないのだから。彼女は、血が流れ出て、呼吸する度生気が零れていく彼女は、
まだ死ねない自分を、恨む。
積み重なった経験と勘で、生き残った自分を恨む。そして、
だんだんと、解ってきた。
言葉になる前の感覚として、解ってきた。だから、きっと、
「なぁ」
彼女は、乞う。
「三下」
そっと笑いながら、呟けば、
目の前の空間が変化したのが、矢張り解った。宙に浮かんでいるのが、触感で判断出切る。涼香は、紅蓮を持って、
奴に対して、向かっていく。
解ってきたから。
◇◆◇
蝋燭は消える刹那、最大限に燃える事を、彼女は自分で確かめながら、
叫んで、叫んで、叫んで、向かって、向かって、向かって。
第一に、血がすっかり抜けた右腕が、完全に使い物にならなくなった物だから、それを囮に使用して、骨肉を潰させて相手の懐に飛び込み、掌で握り締めた符を発動させながら、おもいっきり殴ったりして、
そんな事してもただ、自分の指が千切れるだけなのに、奴の身に、傷一つ付かないだけなのに。
奴の膝蹴りが、脇腹を削り取れる事を、知った。
けれど痛覚は麻痺していて、自分の身体の危機が、少しも解らない。ただもみくちゃにされる、濁流の底で転がる、錆びた空き缶だ。変形していく自分、引き算される身体、そう、されながら、目を覆っていた布も零れ落ちた彼女が、ゆっくり思う事は、
きっと、これが望みなんだと。
不老で、子供が殺された自分が、かつて、きっと、そう思っていたように。
死にたくても、死ねない人が、死を望む事。
その思いゆえに――
「この世界はこんなにもなぁ」
ゆっくりと喋った。
「己含めて、こんなんなんやろうなぁ」
ゆっくりと、
微笑んだ。
その眼無き笑顔、跡形も無く消滅する一撃。
彼女の思考は終了する。
◇◆◇
何処かの世界の、居酒屋の娘が、
年を経る事が、出来ぬ彼女が、
頭痛を覚えながら、思い出せぬ夢を、寝床の目覚めで思うのは、その時の表情は、
蛇足だろうか。
どうなのだろうか。
◇◆◇
そしてこれも蛇足なのか、
――なんなんだよ
女の笑顔が焼きついている
――なんだ、糞が、なんだ
ゆっくり喋った事が、心に鉄のように打ち込まれた。
――あいつは
彼は、
――あいつ
レイニーの生首を抱える、スーパー三下は、
「なんて、言った」
思い出せないセリフ、思い出してはいけないような、セリフ、
(己を含めて、こんなんなんやろうなぁ)
意思が利用されている事への恐怖。
◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ◆◇
3014/友峨谷・涼香/女性/27歳/居酒屋の看板娘兼退魔師
◇◆ ライター通信 ◆◇
正直埋まるかどうかも微妙な依頼でしたけど、このたびは素早くご入場いただき本店の代表も格別の喜びでございます。(代表って誰だ
一番S三下に関わった彼女の死により、S三下に影響が生じたようです、いや、こじつけなんでっけど。(えー)異界の始まりからご参加おおきにでした。世界PC、他のPC含めて、また別の機会含め、これからもよろしゅうお願い致します。最後にまた感謝の言葉を。
[異界更新]
友峨谷涼香、スーパー三下の手で死亡。彼女が最後に、異界について少し悟った事が、言葉としてS三下に伝わり、奴の心情に変化。
S三下の無敵状態の原因である、周囲の空気を無視する強さが、少しグレードダウン(あるいは揺らぎ)します。
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