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期末テスト争奪戦
学生にとって夏の始まりとは、決して楽しいものではない。なぜなら夏が来れば期末テストもやってくるからだ。
以前は私立神聖都学園も例外ではなく、夏休み前に数日をかけて期末テストを実施していた。ところが、数年ほど前から職員室に問題用紙を盗み出そうとする不心得者が侵入するようになってからテストの内容は変化した。
学校側では侵入者を阻止しようと試みたのだが、なにせ学園に通う生徒といえばひと癖もふた癖もある能力者ばかり。普通の人間では手に負えなくなり、いつしか期末テストの時期になると特別な警備員を雇うようになっていた。
「今では問題用紙の奪い合いが期末テストみたいなものですよ」
古参の警備員が笑う。実際、学園の年間予定表の中に「期末テスト争奪大会」が記載されているくらいだから、評価につながっているのだろう。
学園側がそのように対応しているので、問題用紙を奪う側の生徒もそれほど罪悪感なしに挑戦できた。宝探し感覚である。警備員の目をかいくぐり、職員室までたどり着いて問題用紙を入手した生徒は、英雄並に尊敬される。
今夜、戦いは幕を開ける。
広い校庭に、数十人の生徒が集まっていた。同様に学園の校舎内にも、この時期だけ雇われた特別警備員が配備されている。彼らは揃いの制服を着用しており、生徒たちには敵か味方か、一目で見分けがつくようになっていた。
午後九時のチャイムが、争奪戦の始まりを告げた。次にチャイムが鳴るのは二時間後の午後十一時。それまでに生徒側は答案用紙を入手しなければならないし、警備員側は数学教官室を死守しなくてはならない。
答案用紙を入手し損なってもそれから徹夜で勉強すればまだなんとかなりそうな、午後十一時という終了時間が、良心的である。
「絶対、絶対絶対守り通してやる！」
屈強な警備員の中に、お揃いの制服を着た二匹の小動物が混じっていた。夜行性特有の光る目をさらにもきらきらさせている鈴森鎮と、ペットであるイヅナのくーちゃん。彼らが警備員の一員に加わったその理由とは。
「もうすぐ夏休みだもんな。でっかい浮き輪買って、遊園地のスライダープールで思いっきり遊びまくるぜ！」
小学生に期末テストは関係ない。それよりも手堅くアルバイト代を稼ごうというのが、したたかな子供の考えであった。
蛇足ではあるが、ペットのくーちゃんは当然警備員の頭数には加えられていない。従って今夜のアルバイト代は鎮一人分の請求しかできない。それでも、くーちゃんが鎮とお揃いの制服を着て鎮に寄り添っているのは、この奔放な飼い主を愛しているからだろう。
開始の合図と共に、学園が一斉に動き出した。開け放たれた正面玄関から一斉に飛び込む生徒たち、しかしいくらかは慎重に様子をうかがってもいた、そして生徒に対応するためインカムで連絡を取り合う警備員。
「お前は体が小さいのが利点だ。だからこのポイントに潜んでいろ」
「了解！」
仲間の警備員から指示を受け、鎮が入り込んだのは薄暗い天井裏。警備員仲間の言う通り確かに結構、狭い。鼬姿のおかげで自由に駆け回ることができるけれど、人間に戻ったら膝を折って歩かなければならない天井の低さだった。通風孔から差し込む灯りがところどころ、足元を照らしていてなかなか不気味である。
「こんなところ、誰か来るのかなあ」
ちょっと背の高い男なら詰まってしまいそうだ、と鎮は想像し声を立てて笑った。隣ではくーちゃんが、埃を集め毛玉を作って遊んでいる。
ところで、鼬というものは夜行性である。そのため、暗闇にいるとどうしても目が光ってしまう習性があった。鎮もくーちゃんも、自分では気づいていないけれど辺りをきょろきょろ見回すたびに、緑色がきらめいていた。
「わあっ！」
「へっ！？」
いきなり、至近距離から叫び声とゴン、という鈍い音がした。驚かされたのは鎮のほう、一体なんだと声のほうを見ると、全身を黒で覆った小柄な少女が後頭部を抑えうずくまっていた。彼女の名は久良木アゲハ、答案用紙を手に入れようとしている生徒の一人である。
「お、おい。大丈夫か？」
生徒なら取り押さえるなり霍乱するなり、手段を講じなければならない。しかし頭を抑えているアゲハがあんまり痛そうだったので、つい近寄って声をかけてしまった。
ところがアゲハは、顔を上げて目の前に立っているのが鼬とイヅナであることを認めるやいなや
「ネ、ネズミ！」
さらに驚き、なんと通風孔から足を踏み外して落ちてしまった。
「･･････俺は、鼬だぞ」
一応、訂正しておいた。
アゲハを見送ったあと、なおも天井裏を歩き回っていた鎮は知り合いの声を聞いた。
「どっちへ行くかな」
通風孔から覗いてみると見覚えのあるはねた銀髪、羽角悠宇である。鎮はくーちゃんと頭を寄せ合って悠宇の行動を天井裏から見守った。
悠宇は、左右に広がる廊下を右へ行くようだった。左の廊下から登る階段には警備員が待ち受けていたので勘のいい選択である、ところが悠宇の選択を阻む者が現れた。
「左だよ。右の階段は警備員が多い。左のほうが手薄だ」
黒い服を着た男が悠宇を引きとめた。あれは確か、警備員の一人である東條薫。配られた制服を着ていないのは、生徒側に混じってかく乱させる役目だからだ。
「そうなんですか」
気のいい悠宇は、薫の言葉に素直に従おうとする。思わず、鎮は叫んでいた。
「嘘だ！警備員がいっぱいいるのは左のほうだぞ！」
くーちゃんが鳴いて鎮を止めたが、遅かった。悠宇は天井を見上げ、少し考えたかと思うと右へ走っていってしまった。残った薫はため息と共に鎮へ
「お前、警備員だろう。どうして生徒の味方をするんだ？」
「･･････ごめん、つい」
本当に無意識の言動だった。正直な鎮に薫は苦笑すると
「教官室のほうへ回って、答案用紙を守ってろ」
そっちのほうが向いてると言われた。鎮も素直に認めると、薫の言葉に従った。
教官室には誰もいなかった。警備員たちは全員、外を守っていたからだ。鎮とくーちゃんは通風孔から飛び降りると、無用心だなあとばかりに辺りを見回す。
「ちっちゃい生き物は、警戒されていないんだぞ」
寂しいよなあとくーちゃんを見やる。さらにその隣にちょこんと座っているイヅナにも視線を移す。
「あれ？」
いつの間にかくーちゃんの隣にいたのは初瀬日和のイヅナである末葉。日和に言われて忍び込んだのかと聞いたら、コクリと頷かれた。答案用紙を探してるのかともう一度聞いたら、またコクリと頷かれた。
「･･･これ、持ってきな」
そう言って鎮が一枚のプリントを手渡すと、末葉は素直にそれを加えて教官室の扉の隙間からちょこちょこと出て行った。仲間を見送った後、くーちゃんが鎮を責めるようにキュウ、と鳴いた。
鎮が末葉に渡したのは、コピー機に挟まっていた反故紙であった。鎮もたまには誰かを引っ掛けてみたかったのだ。しかし、末葉のように素直な性格のイヅナを騙してしまうと、やけに心が痛んだ。
やがて、数人の気配が近づいてきた。
「誰か来たな」
鎮はくーちゃんと一緒に、数学教官室の鴨居の上に身を潜める。そして、がらりと扉が開いた瞬間、驚かせるつもりでその顔の上に飛び降りた。
「うわっ、なんだ！？」
「あ、ネズミ！」
「違う、こいつ鼬だ！鎮だ！」
何人かの騒ぐ声。中には聞き覚えのあるものが幾つか。ネズミと叫んだのは天井裏で会った小柄な少女アゲハ、そして鎮を認めたのは頭にくーちゃんを乗せている悠宇。では、自分が張りついている人間は誰なのか。
「この野郎、よくも驚かせやがって」
襟首を捕まれ、引き剥がされるとそこにあったのは勝気そうな瞳をした見慣れない顔。尖り気味の小さな鼻の上に浅く刻まれた傷は、うっかり鎮がひっかいてしまったのだろう。
「お前なんか、こうしてやる」
鎮に驚かされた少年、草摩色は腹いせだとばかりに鎮の小さな体をボールでお手玉するように、中空へ放り上げては受け止め、再び投げるのを繰り返した。
「うわ、こら、ちょっと･･････」
飛んだり跳ねたりは慣れていたが、これだけ乱暴にやられると気分が悪くなってくる。
「この！」
ついに我慢ができなくなり、何度目かに受け止められた瞬間、鎮は色の指にがぶりと噛みついてやった。
「いってえ！」
予想以上に痛かったのか、色は思い切り叫ぶと今度は受け止めるつもりもなく鎮を思い切り放り投げた。
ざまあみろ、と鎮が舌を出したのもつかの間。投げられた勢いが強すぎて、気づいたときには鎮は開いた窓から外に落ちていた。
「う･･････うわあっ！！」
突然のことに、風を扱う間もなく鎮は焦った。小さな体とはいえ、三階から落下すれば骨の一本も折れるかもしれない。そんな恐怖が脳裏を過ぎり、ぎゅっと目を閉じる。走馬灯のように、くーちゃんの姿が脳裏を過ぎった。
「死にたくないよう！」
「死んでたまるか！」
「･･････へ？」
悠宇の声が、間近で聞こえた。目を開けると、背中に翼を広げ宙を浮いている悠宇の手の中で、鎮はもがいていた。
悠宇は、鎮が落ちると思った瞬間空を黒い石でできた翼を広げ、思わず外へ飛び出していたのだ。
「ったく、お前のせいで答案用紙手に入れそこなったじゃねえか」
舌打ちをする悠宇の耳に、テスト終了のチャイムが聞こえてきた。ごめん、と言いながら鎮はこのバイト代が入ったら悠宇にアイスでもおごろう、と心の中で決めた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
2675/ 草摩色/男性/15歳/中学生
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
3806/ 久良木アゲハ/女性/16歳/高校生
4686/ 東條薫/男性/21歳/劇団員
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■ ライター通信 ■
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明神公平と申します。
今回は個別部分がかなり多く、完成品の量に対し
下書きがかなり長くなってしまいました。
このノベルの副題というかテーマは、
「各地で出没する鼬」
でした。
恐らく生徒より隠れるのが上手い警備員だったと
思われます。
ちなみに作者の試験の思い出といえば、英訳で
「go to 外国」
と書いて2点もらったことです。
なんでもやってみるものです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
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