コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


護陣決壊

――羊水に揺蕩う様な、何処か微睡んだ意識の中。
耳鳴りにも似た、延々を思わせる鼓膜への刺激に私は緩々と、自身の重たるく塞がれた瞼を震わせた。
「――待、て――……――」
その時微かに……幼い少女の声で何かを制止する様が窺えたが、其れが自身へ向けられた物とは露程も思わず――。
寧ろ尚更好奇の色を滲ませた瞳を、私は遠慮も無く射し込んで来る光に任せた。

――が、其の瞬間。

「……っあ……?!」
「っ戯――けが――!」
眩く、白い白い閃光が私の瞳の一切を覆うかの様に拡がって。
次いで響いた、少女の険しい叫びを最後に……再び私の意識は薄らいでいった――。



「――良くもまあ、こう面倒事が起こるもんじゃ……」
静寂の落ちたる寂れた廃墟の中、独り立ち尽くす少女――帷は足元に乱れた大掛かりな陣を一瞥すると、疲労に重くなる身体を支える為、自然錫杖を持つ手に力を込めた。

死人では無いのに何処からか無防備にも、帷が一つ浮遊する魂を発見したのはつい先刻の事。
異界へ迷い込み、路頭に彷徨う逸れ者は本来在るべき場所へと帰し導くのが齎し者である帷の役目の一つでもある。此度張り巡らせた陣も、本来其の為の処置であったのだが……。
予想だにしなかった、術中での対象の意識の覚醒の為――混濁した其れ等に反応した陣が決壊し、逸れ者の魂が自身の身体と惹かれ合う其の直前、双方は繋がりだけを残し再び別たれてしまった。
「仕方あるまい……。あやつめ、無事で居れば良いが――」
不安定な存在はあやかしの格好の的となり、最悪魂と身体の其々が別処あやかしの餌食にも為りかねない。
先ずは何れかの確保を――。帷は錫杖を軽く翳すと、次に柄の尾が地面へと触れる時には……既に其の姿は廃墟から忽然と消え失せていた――。



「――う……――」
常より僅かに強い木漏れ日に晒され、冴波は漸くに其の意識を取り戻した。
未だ眩暈の残る身体に鞭打ち、身を起こした冴波は逸早く自身に及ぶ異変に気付く。
「透けてる……わね。如何見ても」
内心の吃驚とは裏腹に、自身の反応が薄く感じられるのは生来の性格からであろうか。――しかし事実、冴波がぷらぷらと振る手から、恐らく全身に渡り……其の肢体は微妙にではあるが、確かに薄れていた。
次いで身近に生息する草木に触れてみても、接触こそすれ其処に繋がり合う感覚が全く無い。
其れから辺りを軽く散策し、草を食む野兎に手を翳し身体を撫でるまでの其の間も、全く反応を見せない兎は人懐こいと言うよりは、寧ろ冴波に気付いていないという方が正しい様に思えた。

「……まったく、厄介な事になったわね」
深い溜息と共に自身の前髪を鬱陶しげに掻き揚げ、冴波は現在までの状況を振り返ろうと試みた。
少女の制する声、見知らぬ森の中……。其の断片を、冴波ははっきりと覚えている。

では、其れ以前は――?

如何考え様にも其れだけは全く思い出す事が出来ず、冴波は取り敢えず自身が異常を来した場所。唯一記憶に残る人物――あの少女の在る場所を捜索する事にした。
「――――頼むわよ……」
冴波が何者かにそう告げる様に呟くと、一呼吸置いて其の肢体は軽やかに上空へと舞い上がる。
然して大きくは無い森の連なりを眼下に、微かな記憶と、肌に感じる風だけを頼りに冴波は只管に前方へと突き進んだ。

其れから、暫く経った頃であろうか――。冴波は、自身を取り巻く風の色が不意に変化した事に気付いた。
感じた違和感の儘冴波が自身の更に上方を見上げれば、其処には三匹ものあやかしが冴波の様子を窺う様に不気味に揺蕩っている。
瞬間――冴波は躊躇する事無く、自身の手の内に鋭き風剣を宿らせた。

――キィイイ……!!――

耳鳴りの様な咆哮を上げながら襲い掛かってくるあやかし達を相手に、冴波は時に枝葉、時にビルの側面に身を翻し、風に舞うかの如く応戦する。
自身が模った鋭利な風剣はあやかしの背後を忽ちに捉え、其の二匹を瞬時に滅した。

然うして残り一匹のあやかしを前に――冴波はふと思い至った。
自身の物質へと触れる毎……。目の前の日の昏れ没する毎に、この身体が止め処なく薄らいでいるという事に。
――冴波の背に一途、嫌に生暖かい感覚が纏わり付く。

いよいよ洒落では済まされない焦燥に冴波が駆られ始めた其の時。自身の遥か前方――あやかしの背へと直線に位置する場所に、突如衝撃と共に赤黒く天を突き抜ける光の柱が出現した。
直後、ちりちりと自身を刺激する何処かで感じ得た感覚に、其れが自身の捜し求めていた物だと直感で悟る。
「悪いけど、あんたに構ってる暇は無いのよ」
そうと決まれば後は早々に、冴波は目の前で同じくして虚を表すあやかしへ一つ吐き捨てると。不敵な笑みと共に有りっ丈の風を巻き起こし、脅威的な速度で其の場を離脱した。



「――来たか。おぬし、後少しで塵と消える処じゃったぞ」
「お陰様でね」
冴波が光の名残りに示唆される儘其の発生地へと辿り着けば、其処には明らかに一般人とは思えぬ出で立ちの少女が自身を見るなり、安堵の中にも少し揶揄する様な一声を掛けてきた。
其の言葉の意図を察した冴波は、終わり良ければと言った処か――返す言葉も複雑な笑みで飾られて。
「同じ境遇の者、何時ぞ出会う事もあるじゃろうが……。其れまでこの記憶、暫し捨て置け」
「え?……ちょっと。其れは――」
一刻と落ちたる日に猶予は無いと悟ったのか、一方的に告げられた帷の言葉と共に既に敷かれた陣が赤く瞬き。
冴波の問いの、最後まで放たれる事無く薄れゆく意識が……。けれど何処か懐かしく繋がっていくのを、冴波は其の全身で感じていた――。



「――……?――」
ふと、薄暗い私室の中、妙な息苦しさを感じて冴波は眼を覚ました。
何気なく辺りを見回せば風に遊ばれたのか、半端に閉じられた窓がかたかたと音を鳴らし存在を主張している。
緩々と身を起こした冴波は再び元ある位置へ窓を開け放つと、途端に流れ込んで来る夜の冷気に薄らと其の眼を細めた。
「――何だか、物凄い夢、見た気がするわ……」
頬に掛かる髪を掻き揚げながら、冴波は暁の訪れる迄……自身を労わるかの様に包み込む風に身を晒していた――。



【完】



■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■

【4424:三雲・冴波(みくも・さえは):女性:27歳:建築系の会社で働く事務員】

■ライター通信■

三雲・冴波様

初めまして。この度は素敵なご注文を誠に有り難うございました。
風を操るクールな女性に、自然な格好良さが表現出来ておりましたらこの上無く幸いです。

そしてまた機会がありましたら、新たな冴波様の一面と共に何処かでお会い出来る事を、心よりお待ちしております。^^