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キャンプへ行こう！
【オープニング】
碇麗香は、パソコンのモニターから顔を上げると、長い前髪をかき上げ、盛大な溜息をついた。
「暑い……。なんだって、こんなに暑いの！」
低く叫んで、頬の汗を拭う。
二日前から編集部のエアコンが壊れて、室内は信じられない暑さを呈していた。業者に修理の依頼はしてあるのだが、夏場は忙しいとかで、様子を見にも来てくれない。そんな中で、連日デスクワークにいそしんでいる麗香の忍耐は、そろそろ限界に達しようとしていた。
「ああ〜っ！ もう限界だわ！」
いきなり叫んで、彼女は立ち上がる。
「休暇を取るわ。そうよ、考えてみたら私、この一月、休みなしじゃないの！ 休暇を取って、そうね……涼しい田舎の川辺でキャンプよ！」
一人、両手を握りしめて呟く彼女に、わずかに編集部内に残っていた者たちは思わず顔を見合わせていた。が、彼女はそんなことはまったく気にしていない。再び席に腰を下ろすと、ブラウザを立ち上げネットにつないで、キャンプのための場所を探し始めるのだった。
【キャンプの穴場】
青い目を大きく見張って、シオン・レ・ハイはあたりを見回した。
彼がいるのは、大小さまざまな大きさの石がころがる、河原である。目の前に広がる川は、そこそこの幅があり、しかしそれほど深くはないようだ。流れもゆるやかで、水遊びをするにはちょうど良さそうだった。対岸にも河原があるが、その向こうはかなりの高さのある急な絶壁がそびえ立ち、そこに木々が茂って彼らのいるこちら側の岸を、ちょうどすっぽりとその影の中に抱き込んだ形になっている。
おかげでそこは、直接日射しを受けることもなく、しかも川風がとても涼しかった。
シオンが碇麗香から、キャンプへの誘いを受けたのは、昨日のことだ。事情を聞いて、一緒に行く約束をした。場所はあまり人の行かない穴場と聞かされ、楽しみにしていた。が、これほど静かで涼しい場所だとは、思いもしなかった。
（素敵な所ですね。こんな所でキャンプできるなんて、たしかに楽しそうです）
胸に呟き、彼は腕の中の垂れ耳兎をきつく抱きしめた。今回は、麗香の許可を得て、この兎も一緒なのだ。
ちなみに、キャンプの同行者は誘ってくれた麗香と、マリオン・バーガンディ、シュライン・エマ、三雲冴波、綾和泉匡乃の五人だった。
ここまでは、マリオンが提供したキャンピングカーで来た。キャンピングカーといっても、中で大人が何人も就寝できたりするような大袈裟ものではなく、バンをもう少し大きくしたようなタイプのものだ。一応トイレと、小さな冷蔵庫やシンク、ガスレンジはあるものの、この人数が一度に寝泊りするのは無理だった。なので、実際の煮炊きや寝泊りは、外でかまどを作ったりテントを張ったりして行うことになる。
東京からここまでは、約三時間かかった。運転はマリオンがした。しばらく自分で運転させてもらえなかったからと、ずいぶんとうれしそうではあった。が、これでもかというほどスピードを出す上に、かなり荒っぽい運転で、到着した時にはマリオン以外の者たちは、青い顔をしてぐったりしていたものだ。
だがそれも、この景色を目にしたら、吹き飛んでしまった。
「麗香さん、いい場所を見つけたじゃない」
大きく伸びをして言ったのは、シュラインだ。長身の体にＧパンと長袖のシャツに帽子というなりで、長い黒髪は後ろで一つに束ねていた。年齢は二十五、六歳ぐらいだろうか。本業は翻訳家だが、草間興信所の事務員もしている。
「でしょ？ ネットで見つけた時、私もラッキーって思ったのよ」
誉められて、麗香がうれしそうな声を上げる。
「でも、本当に穴場なんですね。途中の道も、ここに近づくにつれて、どんどん車の量が減りましたし、今もこんないい場所なのに、まったく人気がないですから」
同じくあたりを見回しながら、匡乃が言った。こちらもかなりの長身だ。やはりＧパンと長袖のシャツという姿で、年齢もシュラインとかわらないぐらいだろうか。短い黒髪と黒い目、中性的な顔立ちの持ち主だった。予備校の講師だという。
「ゆっくり骨休めするには、最適でしょ？」
笑って麗香が言う。そして、一同を見回すと続けた。
「さて。じゃあ、キャンプの用意をしましょうか。匡乃とシオン、マリオンの三人はテントの設営ね。シュライン、冴波は、私と一緒にかまどを作って食事の支度よ」
てきぱきと分担を決める彼女に、シオンは感心する。
ともあれ、彼らは言われたとおり、手分けして用意を始めた。
兎を車の中に置いて、二つあるテントをキャンピングカーから下ろすと、シオンは匡乃とマリオンの二人と共に、適当な場所を探して立てた。
マリオンは、一見すると十八歳ぐらいだろうか。小柄な体に、ズボンと長袖のＴシャツといったなりで、短い黒髪と金色の目の持ち主だ。東京を出る時には、目が強い光に弱いからとサングラスをかけていたが、今ははずしている。絵画の修復の仕事や、言語学の研究をしているらしい。
テントの設営が終わると、シオンたちは昼食の準備を手伝うことになった。
かまどの方もすでに立派なものが出来上がり、冴波がさっそく火を起こして、炊飯の支度をしていた。
彼女も、二十六、七歳ぐらいだろう。シュラインや匡乃のような動きやすい服装をしている。肩のあたりまである茶色の髪と、黒い目の持ち主だった。建築系の会社で事務員をしているらしい。
昼食のメニューはカレーライスと流しそうめんだ。
変わった組み合わせだが、来る途中で食材を買った際にマリオンが、流しそうめんのセットを見つけて、どうしても河原でやりたいと言い出したのだ。
調理器具は、シュラインが用意してくれた。
シオンは、そのシュラインと一緒にタマネギを刻むことになった。刻み始めると、涙が出て来た。潤んだ目で隣を見やると、シュラインも涙を流しながら作業を続けている。また、匡乃は肉を切り分け、マリオンはじゃがいもとにんじんの皮剥きをやっていた。麗香は流しそうめんのセットを組み立てている。
やがていい匂いと共に、カレーが出来上がった。茹でたそうめんは、ボールに入れて、川の水につけ、冷やしてある。
昼食は、マリオンが持って来たビーチパラソルの下で取ることになった。陶器のピンクのブタに入れた蚊取り線香が灯される。全員が仲良くそこに並んだところで、マリオンが持参したデジカメで、何枚か写真を撮った。
それが終わって、ようやく昼食となる。
「なんだか、こういう所で食べると、いつもの倍は美味しい気がするのです」
河原に腰を下ろし、カレーを食べながら、マリオンが笑顔で言った。
「そうね。……マイナスイオンの効果でもあるのかしら」
シュラインが相槌を打って、返す。
「案外、そうかもしれないわね。よく、『空気が美味しい』って表現をするし」
「きっと、みんなで力を合わせて作ったからですよ」
冴波が言うのへ、シオンは車から連れて来た兎に、野菜の残りを分けてやりながら、彼らとはまったく反対の意見を言った。
「それもあるでしょうね」
匡乃が、間を取り持つようにうなずいた。
ほどなく、カレーもご飯も全てたいらげられ、デザートがわりの流しそうめんが始まった。さすがに、川の水をそのまま使うのには抵抗があったので、冴波が用意して来たペットボトルの水を使用した。水はよく冷えており、容器の中でゆっくり回るそうめんは、見ているだけでも涼しげだった。
カレーだけでも充分満腹だったが、そうめんは喉越しがいいせいか、思ったよりたくさん入る。少しだけ苦しくなったお腹を抱えて、シオンは満足の溜息をついた。
【魚を獲ろう】
食事の後シオンは、魚を獲ることにした。
彼は手製の槍を用意しており、それで魚を捕獲するつもりなのだ。水着を持って来ていたマリオンが、着替えて水遊びがてら魚を追い込む役目をすると言い出したので、彼はありがたく承知した。
一方、棹を持参していた匡乃は、上流の方で釣りをするのだと言って、シュラインや麗香と共に出かけて行った。冴波もいつの間にか姿を消しており、そこにいるのは、彼ら二人だけだ。垂れ耳兎は河原に残すのもどうかと思ったので、再び車の中にいてもらうことにした。
川は浅いとはいえ、真ん中の部分はそこそこ深い。だが、水は澄んでいて、川底の石や泳ぎ回る魚の姿までがよく見えた。
名前も知らない虹色の魚を、マリオンがシオンの方へと追い立てる。シオンはそれを狙いを定めて手製の槍で突き刺そうとするが、なかなかうまくいかない。魚はまるでシオンを翻弄するかのように、水の中でひらりひらりと身をかわし、勢いあまったシオンは派手に水飛沫を上げては、ずぶ濡れになった。もっとも、当人は真剣なのでそのことにも、まったく頓着していない。
マリオンは途中で飽きたのか、車に積んであったビニールボートを川に浮かべると、それに乗ってゆるやかな流れを下って行ってしまう。
しかしシオンは、それにさえ気づかないほど、魚獲りに熱中していた。
根気良く続けて、どうにか魚を二匹ほど捕まえる。それを、マリオンが用意してくれたバケツに入れた。その中には、マリオンがキャンピングカーの冷蔵庫一杯に詰めて来た氷の一部が入れられている。魚の鮮度を保つための工夫だ。
そこへ、マリオンがビニールボートを引きながら下流から戻って来た。彼も、バケツの中を覗き込む。
「できたら、全員の分を獲りたいんですけどねぇ……」
シオンも改めてバケツを覗き込んで呟いた。
「それはちょっと無理なのです」
マリオンが言って、空を見やる。夏の日は長いとはいえ、すでに太陽はかなり傾き、日影にあるせいなのか、あたりは薄暗く同時に寒くなり始めていた。
「そうですよね……」
シオンも、空を見上げて小さく溜息をつく。そして、ふと思い出して訊いた。
「そういえば、麗香さんたちも魚を釣りに行ったんでしたっけ？」
「ええ、そう言っていました」
うなずくマリオンに、シオンはしかたなく言った。
「なら、そっちの収穫を期待して、私たちはこれぐらいにしておきましょうか」
「ええ」
うなずいて、マリオンが川から上がる。それを見やりながら、シオンは妙に冷えて来たなと感じる。そして初めて、自分がずぶ濡れだということに気づいた。マリオンの視線に自分の衣服を見やると、ズボンもシャツもぐっしょりと濡れている。
「ええっと……着替えとか、持ってないですよね？」
困惑しつつ、マリオンに尋ねた。
「持ってないのです」
にべもなく答えて、マリオンはさっさとテントに戻って行く。それをシオンは途方にくれて見送った。実のところ、たとえマリオンが着替えを持っていたとしても、肩幅も広くがっしりした彼に、小柄なマリオンの衣類が入るはずもない。
と、ほどなく水着から最初の服に着替えて戻って来たマリオンは、バスタオルを手にしていた。
「とりあえず、これで拭いておくといいのです。あとは、火を焚いて乾かすのです」
「あ、ありがとうございます！」
バスタオルを差し出されて、シオンは思わず感涙にむせびながら、それを受け取った。
【夜は更けて】
二人の焚いた火が、そこそこ大きくなり、シオンの衣服が乾くころ、釣りに行っていた麗香たち三人と、姿の見えなくなっていた冴波が戻って来た。
夕食は、バーベキューだ。
マリオンが用意して来たバーベキューセットを、手分けして組み立てる。麗香たちの方は大漁で、魚は合わせて十匹以上あった。そのうち何匹かは塩を振って、バーベキューと一緒に焼き、残りはシュラインと冴波がさばいて、素揚げにした。
やがて彼らは、麗香が持って来た缶ビールで乾杯して、それらを口に運ぶ。飲み物は他に、マリオンが持参したアイスティや、冴波が持って来たウーロン茶なども供され、彼らの喉を潤した。
いつしか空には満天の星が出て、彼らはひとしきりそれに目を遊ばせたりもした。昼間の釣りや魚獲りの話にも花が咲き、食事の時間は楽しく過ぎて行く。
バーベキューのために用意した食料が食べ尽くされてしまうと、キャンピングカーの冷蔵庫の氷で、かき氷が作られた。川から吹きつけて来る風は冷たく、寒いぐらいだった。が、シオンが「キャンプファイアーがやりたい」とリクエストしたので、改めてかなり大きな火が焚かれた。その傍にいれば、ちょうどいい。
かき氷は、口に入れるとキーンとこめかみを直撃するような冷たさで、シオンの体を震え上がらせた。だが、これもまた夏の醍醐味だ。
「せっかく火を焚いているんですから、私、リンボーダンスをやります！」
シオンは先にかき氷を食べ終わったこともあり、そう宣言して立ち上がる。昼間使った手製の槍をバーがわりに、左右に離して置いた折りたたみ椅子の間に渡し、無音ではつまらないと太鼓の口まねをしながら、踊り始めた。ちなみに折りたたみ椅子は、シュラインが持参したものだ。
途端に、麗香たちは笑いころげながら、手拍子をしたり、囃し立てたりし始める。
ウケたのがうれしくて、彼は何度もバーの下を潜り、奇妙な踊りを披露した。
やがて、へとへとになって戻って来た彼に、マリオンが笑いながら声をかけて来る。
「すごいのです。以前の女装コンテストの時といい、シオンさんには踊りの才能があるのです」
「そ、そうでしょうか」
息を切らしながらもシオンは、照れ笑いを返す。
「ええ。写真もばっちり撮りましたから、帰ったらプリントしてさしあげますね」
言われてシオンは、更に舞い上がった。写真を撮られていたことに、まるで気づいていなかったのだ。
「楽しみにしてます」
シオンは、満面の笑顔でうなずいた。
その後は、食材と一緒に途中で買って来た花火をやって、ひとしきり賑わった。
それも、最後の線香花火をやってしまうと、もう終わりだ。
あたりはふいにしんと静まり返り、ただ川の流れる音だけが、うるさいほどに響き渡る。ピンクのブタから上がる蚊取り線香の煙が、白くあたりに漂うのが、星明かりに見えた。
「そろそろ、寝ましょうか」
ふと吐息をつくように、シュラインが言った。
「そうですね」
匡乃がうなずく。
「じゃあ、最後に一枚だけ、みんなで写真を撮りましょう」
言い出したマリオンに、シオンたちは思わず顔を見合わせた。
「写真なら、明るくなってからの方がいいんじゃない？」
「私もそう思います」
麗香の言葉に、冴波も相槌を打つ。
マリオンは少し考え、素直にうなずいた。
「わかりました。じゃあ、明日の朝、帰る前に集合写真を撮るのです。いいですね？」
「了解。……ま、他に誰もカメラを持って来てないんだから、記念にはなるものね。じゃ、お休み」
小さく笑って言うと、麗香は立ち上がる。
他の者たちも、それぞれ挨拶をして、自分に割り当てられたテントへと向かう。シオンも小さくあくびをすると、途中で車から連れ出して来た垂れ耳兎を抱き上げ、立ち上がった。
【寝不足の朝と温泉】
翌朝。シオンは寝不足の目をこすりながら、起き出した。おまけに服は生乾きで、なんだか寒い。
ゆうべ、彼らが寝床に入ってから、この河原に大勢の人間がやって来て、うるさく騒いでいた。その音で目覚めたシオンはしかし、そのままなんとか眠ろうと努めていた。ところが、垂れ耳兎が急に外に飛び出してしまったのだ。慌てて後を追ったシオンは、そこではしゃいだり、騒いだりしている子供の群れを目にした。
（え？）
こんな時間に、なぜ子供が……と不審に思った彼だったが、よくよく見れば、子供たちの体は夜の闇に淡く透け、青白い光を放っている。それに、中には顔が半分溶け崩れて骨が覗いている者もいる。
「！」
声にならない叫びを上げ、テントに飛び込むつもりが、彼は慌てていたために川に飛び込み、勢いで対岸まで泳いでしまった。
彼はそのまま対岸で兎を抱いて、明け方近くまで震えながら、幽霊の子供たちの遊びはしゃぐ姿を眺めていた。が、いつの間にか、うとうとしてしまったらしい。目覚めた時には夜が明けていて、子供たちの姿も消えていたというわけだ。
それでやっと彼は、兎ともども自分のテントに帰り、横になった。
もちろん、他の者たちもテントの外でうるさく騒ぐ声は聞いていたらしい。それで全員が寝不足気味だ。しかし、一緒のテントだったマリオンや匡乃も、彼が外に出たことには気づかなかったのか、顔を合わせた途端、どうしたのかと訊いて来る。それは、麗香たちにしても同じだ。が、幽霊の苦手な彼は、昨夜のことをあまり話したくなかったので、黙っていた。
やがて彼らは、再び火を焚いてコーヒーとフランスパンにスクランブルエッグという朝食を取り、帰る用意を始めた。
それぞれに手分けして、テントをたたみ、かまどを崩し、自分たちが散らかしたゴミをポリ袋に集め、火の始末をする。
そして最後に、ゆうべ決めたとおり、河原で並んで集合写真を撮った。
それらを終えると、彼らは全員車に乗り込んだ。運転は来る時と同じく、マリオンがすることになった。
「ね、麗香さん。この近くに、温泉とかないのかしら。もしあったら、まだ時間も早いし、寄って行かない？」
出発する段になって言い出したのは、シュラインだ。
「どうだったかしら。そこまでは調べてないけど……」
麗香が、軽く眉をひそめて首をかしげる。
「なんだったら、探してみましょうか。何か調べる必要があるかもしれないと思って、小型のノートパソコンを持って来ていますから」
それへ匡乃が言い出した。
「そうね。たしかに温泉も悪くないわね。……じゃ、調べてくれる？」
うなずく麗香に、匡乃は自分の荷物の中からノートパソコンを取り出す。電源を入れるとネットにつないで、検索してみていたが、やがて顔を上げた。
「ここなんかどうですか？」
彼の問いかけに、全員が小さなモニター画面を覗き込む。たしかにここから近い上に、町営の温泉施設で入浴料も安く、誰でも入れるらしい。その近くには食堂もあるようで、ゆっくり入浴した後、昼食を食べて帰途に着くことができる。
「いいんじゃない？」
麗香の言葉に、全員がうなずいた。
匡乃からだいたいの場所を聞き、カーナビを操作して道順を表示させると、マリオンは車をスタートさせた。
やがて三十分も走ると、その温泉施設が見えて来た。
施設の駐車場に車を停めて、彼らは中に入った。中は、屋内式の大浴場と露天風呂に別れており、大浴場はその中が更に打たせ湯やジャグジーなど、いくつかの区画に分かれている。また、出入り口の傍には、足湯もあった。
シオンは、マリオンや匡乃と一緒に、露天風呂の方へ行った。平日の午前中のせいか、客は誰もおらず、三人の貸切状態だった。
ここまで来る間に、服はだいぶ乾いていたものの、生乾きの衣服は寒い上に気持ち悪く、シオンは温泉に入って芯から温まり、やっと人心地がついた気がした。
「でも、何があったのですか？」
「いえ……。別にたいしたことじゃないんです」
マリオンに再度訊かれて、彼はまた言葉を濁す。そして、追求されるのをかわそうと、湯船の端へ移動した。外は常緑樹の植え込みになっていて、目にも優しい眺めである。マリオンと匡乃が何か低い声で話しているが、彼は気にせず、外へと目をやった。
【エンディング】
一週間後。
シオンは、月刊アトラスの編集部へ麗香を訪ねていた。キャンプで撮った写真をくれるとマリオンが言っていたので、住所不定の自分には届けようがないだろうと考えた彼は、アトラスの麗香の元へ写真を郵送してくれるよう、頼んでおいたのだった。
そして今日、ちょうど近くまで来たので、届いているかもしれないと寄ったのだ。
あの日は結局、温泉にたっぷりつかった後、近くの食堂で川魚と山菜をふだんに使った昼食を食べ、その後東京へ戻って白王社の前で解散した。
（なかなか充実した、楽しいキャンプでした。……ただ、あの幽霊さえ見なければ。苦手意識が先に立って、帰ってからも調べてみたりしませんでしたけど、あそこって、心霊スポットだったんでしょうか……）
そんなことを胸に呟きながら、彼はアトラス編集部へ足を踏み入れる。
思ったとおり、麗香の元にはマリオンからの写真が届いていた。
「マリオンって、写真の腕は悪くないようよ。それと、危険はないって話だから、安心して」
麗香はなぜか、にんまりと笑ってそんな言葉と共に、彼に封書を渡してくれた。
なんとなく嫌な予感を覚えながら、シオンは白王社ビルの一階にある喫茶室で、それを開けた。たしかにどれもよく撮れている。殊に、リンボーダンスをしている彼の姿など、なかなかいい所を捉えていた。
それらを見やって、ついにやにやしていた彼は、ふいに凍りついた。
キャンプから帰る日の朝に、全員で撮った集合写真の中に、見知らぬ男の子が写り込んでいたのだ。
（こ、これって……！）
ぞっとしながら、慌てて他の写真も見直してみれば、夜撮った写真の中にも、奇妙な光が写り込んでいるものがいくつかあった。
その後彼が、アトラス編集部へ取って返し、麗香を問い詰めたのは、言うまでもない。その結果彼が知ったのは、そこがその近辺では有名な心霊スポットだったということだ。
「でも、大丈夫よ。うちがいつも世話になってる霊能力者に見せたら、さっきも言ったとおり、危険はないって話だから。いい記念になるでしょう？」
麗香は満面の笑顔で、平然とそんなことを言う。
シオンはただ、写真を握りしめて、がっくりと肩を落とすのみだ。とはいえ、記念の写真を捨てるわけにもいかず、それは彼の荷物の奥深くに、しまい込まれたのだった――。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【３３５６ ／シオン・レ・ハイ ／男性 ／４２歳 ／びんぼーにん＋高校生＋α】
【４４２４ ／三雲冴波（みくも・さえは） ／女性 ／２７歳 ／事務員】
【１５３７ ／綾和泉匡乃（あやいずみ・きょうの） ／男性 ／２７歳 ／予備校講師】
【４１６４ ／マリオン・バーガンディ ／男性 ／２７５歳 ／元キュレーター・研究者・研究所々長】
【００８６ ／シュライン・エマ ／女性 ／２６歳 ／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】
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■ ライター通信 ■
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●シオン・レ・ハイさま
いつも参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
今回も楽しいプレイングで、それが伝わるようにがんばったのですが……
いかがだったでしょうか。
シオンさまにも、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
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