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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


バーチャル・ボンボヤージュ

新企画・モニター募集中。
「一言で言ってしまえば海賊になれますってことですね」
発案者である碇女史ならもっとうまい言いかたをするのだろうが、アルバイトの桂が説明すると結論から先に片付けてしまうので面白味に欠けた。
「この冊子を開くと、中の物語が擬似体験できるようになってるんです」
今回は大航海時代がテーマなんですけど、と桂は表紙をこっちへ向ける。大海原に真っ黒い帆を掲げ、小島を目指す海賊船のイラストが描かれていた。どうやら地図を頼りに宝を探している海賊の船に乗り込めるらしい。
「月刊アトラス編集部が自信を持って送り出す商品ですから当然潮の匂いも嗅げますし、海に落ちれば溺れます」
つくづく、ものには言いかたがある。
「別冊で発刊するつもりなんですが、当たればシリーズ化したいと思ってるんです。で、その前にまず当たるかどうかモニターをお願いしようというわけで」
乗船準備はいいですかという桂の言葉にうなずいて、一つ瞬きをする。そして目を開けるとそこはもう、船の中だった。

「さあ行くぞ!宝の島はいずこ!」
青空澄み渡る大海原に溌剌とした声と、陽気なメロディが響く。船の舳先に腰掛けてギターを奏でている男は応仁守雄二。十人乗りの小型船を乗組員ごと買い取って、宝探しの最中だった。
 この船の元々の所有者は意地の悪い男だったらしく、引き取られた水夫たちは全員、体のどこかしらに痣を負っていた。だから、船長が朗らかな雄二に代わったことを皆喜んでいた。
「ああ、やっぱり海はいいねえ!」
「そうですね、大将」
雄二が水夫に命じたことはただ一つ、自分を「船長」でも「キャプテン」でもなく「大将」と呼ぶことだけである。
 今日は快晴なので、水夫たちは全員日光浴のために甲板へ出ていた。見張りとしてマストの上に一人、掃除をしている者が二人、あと二人は裏のほうで寝転がっていた。
「おや?」
ところが全員甲板の上のはずなのに足の下、船室のほうでカタカタと物音が聞こえる。ネズミかなにかだろうかと思ったのだが、音が大きすぎる。リズムを取るように踵で甲板を叩くと、同じテンポで音が返ってくる。やはり、動物ではない。
雄二が船を買い取ったとき、契約書に乗組員の数は五人と書かれていた。だから甲板の上にいる全員を別にすると船の中は無人になるはずなのだ。
「君、僕たちの他に誰かいるのかい?」
気になった雄二は、掃除している一人を呼び止めて訊ねる。水夫は少し雲を見上げ考えていた。しかし突然顔を青くすると
「しまった!あいつを忘れてた!」
と、船室へ飛び込んでいった。残された雄二はギターの弦を抑えたまま、水夫を見送った。が、いつまでそうしていても仕方ないので別の水夫を捕まえた。
「君、僕たちの他に誰かいるのかい?」
腹から抜けるように飛び出す雄二の声は、聞くつもりがなくても全員の耳に届いていた。それでも、雄二は同じ質問を同じように繰り返すのだった。

「前の船長が・・・・・・」
苦いものを吐き出すように、水夫は顔を歪めつつ言葉を絞り出す。
「奴隷を売ってたんですよ」
船室の中に隠し扉を作って、そこに身寄りのない子供を隠しては別の港で取引していたのだそうだ。これにはさすがの雄二も眉間に皺を寄せる。
「今も子供を一人乗せていて。俺たち、船の持ち主が大将に代わったのが嬉しくて、つい忘れてたんだ」
薄暗い船室の中から甲板へ連れ出された少年は十歳くらいだろうか。ぼさぼさに伸びた黒髪に垢まみれで薄汚れたシャツとズボン姿。傷つけられたような目をして、唇を一文字に結んでいる。左の足には鎖をはめられていたらしい跡まで残っていた。
「この子を洗って、それからなにか食べさせてやろう」
雄二の指示が全て実行された後も、少年はじっと黙っていた。
「やあ、食事の味はどうだった?」
船縁に顔を埋めるようにして海を見つめている少年の横に、ギターを抱いた雄二は寄り添った。微笑みかけてみるが、少年は頑なな態度を崩さなかった。
「海はいいだろう?海はなんだって受け止めてくれる。海は全てを包んでくれる」
「・・・・・・」
「君。どこか行きたい場所はないのかい?船でどこへだって、連れて行ってあげよう」
何度も話しかけた甲斐があって、ようやく少年は反応を見せた。だがそれは、悲しく首を横に振っただけであった。
「俺はどこにも行きたくない」
死んだっていいんだ、と少年は小さな声で言った。絶望を知る者のやるせない呟きだったが、雄二には許せなかった。
 少年の頬に、雄二の手の平が飛んだ。
「馬鹿野郎!」
歯が折れるかと思うほどの痛みが走る。少年の右頬には、赤く大きな手形がくっきりと浮かび上がった。
「輝ける将来を持つ青少年が、そんなことを言うものじゃないぞ!生きていればなんだってできるんだ!」
「だけど、生きてたって・・・・・・」
反論しようとした少年の言葉を、低い雷の音が遮った。いつのまにか、青空は忍び寄ってきた黒雲に覆い尽くされていた。
「大将、嵐が来ます!」
水夫の報告と同時に雨が降り出した。

 激しい嵐だった。風は激しく波は高く、吹きつけてくる雨は痛いくらいだった。船が傾くたびに海へ転げ落ちそうになる少年を捕まえ、雄二は声を張り上げる。
「帆を畳むんだ!」
五人の水夫たちは、マストから垂れるロープにしがみつくと渾身の力を込めて引っ張った。だが、風を孕み雨を含んで重くなった帆はなかなか上がらない。おまけに、ロープが濡れてやたらに滑る。
「君たち、くじけるんじゃない!負けるんじゃない!」
水夫たちの後ろからロープを掴んだ雄二は、水夫たちを懸命に励ます。そして少年のほうを振り返ると、
「なにをしている!君も手伝うんだ!」
と、ロープを放った。
「・・・・・・」
少年は最初、戸惑うようにロープを握っているだけだった。しかし徐々に、嵐がさらに暴れ狂うにつれ、水夫たちと呼吸を合わせ、かけ声と共に、ロープを引くようになった。目に光が宿り、真一文字だった唇は半開きになって、その中でぎゅっと歯を食いしばっているのが見えた。
「そうだ、諦めるな!」
雄二の声が、水夫たちの心に火を灯す。
「その手を離すんじゃないぞ!」
「おう!」
巻きつけたロープが擦れ、誰の手の平にも血が滲んでいた。波を被るたび、塩水が染みた。それでも、泣き言を言う者はなかった。
「君たちなら、できる!」
いつの間にか、雄二の励ましに合わせてロープが引かれるようになっていた。そしてそれは、普通のかけ声よりもさらに大きな力となって、帆を巻き上げていた。辛抱強い格闘の末、なんとか帆は全て畳まれたのだった。

 翌日、嵐が過ぎ去ると空は元の青さを取り戻した。いや、昨日の憂鬱を振り払ったかのようにさらにも増して青かった。雄二が甲板へ上がってくると、舳先で少年が大の字になって空を見上げていた。
「どうだい、まだ死にたいのか?」
真上から顔を覗き込むと、少年は驚いたように目を丸くしたが、やがて恥ずかしそうに笑い首を横に振った。あの嵐の中、波を受けながらロープを掴んでいる最中、少年は強く
「死にたくない!」
と思ったのだった。
「よし、それじゃあ君にこれをあげよう」
「なに?」
大の字から半身を起こした少年が、雄二から手渡されたのは銀色のハーモニカだった。ここを吹いてこっちは吸って、と雄二は簡単に手ほどきをする。少年はセンスがあるらしく、すぐにコツを飲み込んだ。
「このメロディを吹いてごらん」
雄二はギターで一つの旋律を奏でる。少年はすぐに鳴らした。そのまま続けて、と言いながら雄二は別のメロディを弾く。ハーモニーが生まれる。
「次はこれだ、できるかな」
太陽が光を降り注ぐ下で、雄二は少年にいくつもの曲を奏でてみせた。どの曲も、少年はすぐ自分のものにした。
 七つ目の曲を習得させて、雄二はギターを弾くのを止めた。
「これで君はもう、どこへでも行けるよ」
「行く・・・・・・って?おじさんが、どこへでも連れて行ってくれるんじゃないの?」
捨てられる子犬のような目だった。心苦しいが、雄二は敢えて笑って見せた。
「僕は、君の知らないずっと遠くから来たんだ。その場所へ帰らなければならない。そして君は僕とは違うずっと遠くへ行く、そういう運命なんだ」
「でも、おじさんが一緒じゃないと」
「君と一緒に行くのは僕じゃなく、このハーモニカだ。君は音楽を友達にして、これから先希望を失わず生きていくんだよ」
そして、と雄二はつけ加える。
「その音楽と僕が友達だということも、決して忘れないでくれよ。つまり僕らは、音楽でつながれた永遠の友達なんだ」
一度は少年の頬に飛んだ手の平を、その細い肩に乗せると、少年はハーモニカを握りしめて頷いた。
こうして雄二の物語は終わった。

■体験レポート 応仁守雄二

いやあ、楽しかったよ!
やっぱり海はいいなあ。嵐という障害を乗り越え仲間との信頼も高まったし、それに音楽を通じて新しい友達もできたしね。
次は港町に咲く一輪の花のような娘を巡る大立ち回りなんて、演じてみたいね!

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1787/ 応仁守雄二/男性/47歳/応仁重工社長・鬼神党総大将

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
船と海賊というのはいつも夢と野望の象徴という
感じがしています。
現代では味わえない経験を、月刊アトラスの不思議な
雑誌でお手軽に味わえればと思いながら書かせていただきました。
今回、「若大将シリーズ」をまったく知らなかったために
どんな風に書けばいいのかいろいろ考えた結果、なぜか
「戦隊ものヒーローっぽく」
という結論に達し、そのノリで書かせていただきました。
ご希望に添えたかどうか、とても不安だったりします。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。