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探偵大作戦?
「悪の栄えた例しなし」という言葉がある。
しかし現実はむしろ逆で、悪の栄えた例しはあっても、例え一時的にであれ、この世の中から悪が滅びた例しはない。
もちろん現代とてその例外ではなく、相変わらず悪はあちこちにはびこっている。
そして、その悪を駆逐することを目的とした組織も、これまた数多く存在した。
応仁守瑠璃子の所属する秘密結社「鬼神党」も、後者に属する組織の一つであった。
彼女たちは、警察などのいわゆる「合法的治安維持組織」が手を出せないような悪と、「超法規的に」戦っているのである。
そんなある夜のこと。
瑠璃子たちは、とある悪の組織を征伐するため、拠点の一つに集まって出撃準備を進めていた。
この拠点は、今は使われていない廃倉庫を改装したもので、なかなかの広さがある上、表通りからの距離も遠く、発見される危険性も低い――少なくとも、相手がここのことを知らない限りは。
「準備急いで! なんとしても今日中に片を付けるわよ!」
すでに鬼面と鎧兜を身に纏い、いつでも出撃できる体制を整えている瑠璃子。
その彼女の指示で、同じく鬼面と黒装束を身につけた部下たちが、てきぱきと作業を進めていた。
と、その時。
突然、倉庫の片隅の方が騒然となった。
「何があったの?」
そちらから走ってきた部下の一人をつかまえて尋ねてみると、彼は慌てた様子でこう答えた。
「侵入者です! 我々の姿を見られた可能性があります!」
この場所の立地から考えて、一般人が誤って紛れ込むということは考えにくい。
となると、侵入者の正体は敵対組織の手の者か、あるいは好奇心旺盛ないたずら者か、ということになるだろう。
前者ならもちろん、後者だったとしても、このまま逃がしてあらぬ噂を流されては今後の活動に支障が出る。
「とりあえず捕まえて! 後のことはそれから考えるわ」
部下にそう命令を下しつつ、瑠璃子は自らもまたその侵入者のいるとおぼしき方へ向かった。
「あちゃー」
侵入者の姿を見て、瑠璃子は一つ大きなため息をついた。
行く手を阻もうとした戦闘員を投げ飛ばして逃げていこうとするその人物を、瑠璃子はよく見知っていたのである。
彼女の名前は、チェリーナ・ライスフェルド。
確か探偵にあこがれていると言っていたから、おそらく今回も探偵のつもりで調査をしていたのだろう。
ともあれ、侵入者の正体が誰であるにせよ、このまま行かせるわけにはいかない。
瑠璃子は鬼の力を発動させ、一瞬でチェリーナの前に回り込んだ。
「な、何? やる気!?」
瑠璃子の姿を認めて、チェリーナが臨戦態勢をとる。
彼女も瑠璃子を知っているはずだが、今は瑠璃子が鬼面をかぶっているせいもあって、チェリーナがこちらの正体に気づいている様子はない。
ならば、気づかれる前にどうにかした方がいいだろう。
そう考えて、瑠璃子はある程度手加減しつつ、チェリーナに当て身を食らわせた。
さすがのチェリーナもこれはさばききれず、まともに受けて意識を失う。
どうやら、ここは瑠璃子の狙い通りに事が運んだらしい。
「あなたたちは出動準備を続けて。こっちは私がなんとかしておくわ」
部下たちにそう命令すると、瑠璃子はチェリーナを倉庫の片隅へと運んでいった。
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(…………?)
意識を取り戻したチェリーナが最初に見たのは、倉庫の天井だった。
鬼の面を被り、鎧兜を纏った何者かが自分の前に立ったところまでは覚えているが、その後のことがよく思い出せない。
なんにせよ、早いところ、ここから出なくては。
まだ意識がはっきりしないまま、チェリーナはとりあえず身体を起こ……そうとして、初めて自分が縛られていることに気がついた。
両手は後ろで、そして両足も足首のところでしっかり縛られている上に、口には猿轡までかまされている。
記憶が途切れた理由も、その間に何があったかも、もはや考えるまでもなかった。
と。
「気がついたかね?」
不意に、足下の方からそんな声が聞こえてきた。
声から判断する限り、中年ないし壮年の男性と言ったところだろうか。
チェリーナは腹筋の要領で上体を起こし、そこにいた声の主の姿を見て驚愕した。
声の主は、先ほどチェリーナの前に立ちはだかった、鬼面と鎧兜の人物だったのである。
そんなチェリーナの様子を見て、鬼面の人物はこう言った。
「心配せずとも、君にこれ以上の危害を加えるつもりはない」
こんな状況でそんなことを言われても、信用できるはずがない。
もっとも、その言葉が本当であろうと、嘘であろうと、今のチェリーナにできることなどほとんどなかったのだが。
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、鬼面は話を続けた。
「君は我々のことを誤解しているようだが、我々は悪の組織などではない。
むしろ、我々は悪と戦っているのだ。それも、警察などが手出しできないような悪と」
言われてみれば、確かにその可能性は考えていなかった。
実際そうであったとしても、彼女が今までに集めた状況証拠とは特に矛盾しない。
けれども、そうでないことを示す証拠はないが、そうであることを示す証拠もない以上、「その可能性もある」というだけで、鵜呑みにするのはまずいだろう。
「まあ、法では裁けぬ相手を裁く以上、やむを得ず非合法な手段をとることもあるが、合法であることと正義であることは必ずしもイコールではない」
その理論を認めることは法治国家の根底を揺るがすことにもつながりかねず、諸手を挙げて賛成することはさすがにできないが、まあ、そういう考え方もあってもいい、というくらいの消極的賛成くらいはしてもいいかもしれない、とは思う。
ただ、実際にその考えを実行に移している相手にどう対処するべきか、というのは、多分また別の問題だ。
「とはいえ、いくら正義のためであっても、法に背いていることが知られれば、警察などとの対立は免れない。
我々としても、そのような事態は避けたい」
それは、確かにその通りだ。
表の治安維持組織と、裏で悪と戦う組織――この人物の言を信じるのなら、だが――その二つがお互いに争い合って戦力をすり減らしては、得をするのは悪党だけだろう。
「我々が闇に隠れて活動しているのは、あくまでそういった事情によるものだ。
わかったら、これ以上我々の邪魔をしないでもらいたい」
確かに、そういう事情であれば、彼らが秘密裏に活動していることも十分に理解できるし、わざわざ邪魔だてする理由もない。
だが、それには「この人物の言っていることが全て真実であるならば」という条件がつく。
そして、現時点でそれを証明できる証拠が一切提示されていない以上、無条件でこの人物の言葉を受け入れる訳にはいかなかった。
チェリーナが黙って鬼面を見つめ返すと、鬼面はやれやれとでも言うように肩をすくめ、それからこう口にした。
「親御さんに今の無茶をお知らせしてもいいかね、チェリーナ・ライスフェルド君」
もちろん、チェリーナが彼らに名乗ったことは一度もない。
それなのに、どうしてこの人物は自分の名前を知っているのだろう?
動揺するチェリーナに、鬼面はたたみかけるようにこう続けた。
「我々を甘く見ないでもらいたい。
君が我々のことをかぎまわっていることくらい、とうの昔に気づいていた。
その上で、我々は君の情報を入手し、話せばわかってもらえる相手だ、と判断したのだが……」
そこで言葉を切られても困るが、その後に続く言葉があまり聞きたくないような内容であることだけはほぼ間違いなさそうだ。
「とにかく、警告はした。この後どうするかは君次第だ」
それだけ言うと、鬼面はチェリーナに背を向け、部下たちとともにどこかへ行ってしまった。
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それから、どれくらい経っただろうか。
縛られたまま、誰もいない倉庫の中に一人ぼっちで放置されて、さすがのチェリーナも少し心細くなってきていた。
ひょっとしたら、このまま飢え死にするまで放っておかれるのだろうか。
そんな不吉な想像と戦っていると、不意に倉庫の入り口が開き、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「チェリーナ! どこだ?」
この声は、間違いなく草間武彦だ。
どうやって彼女がここにいるのを知ったのかはわからないが、どうやら助けに来てくれたらしい。
チェリーナは尺取り虫のようにして壁際に移動すると、背中を壁に押しつけてどうにかこうにか立ち上がった。
その甲斐あってか、武彦はすぐにチェリーナを見つけてくれたのだった。
猿轡を外し、縄を解いてもらった後、チェリーナは一度辺りを見回してから、武彦にお礼がてらこう尋ねた。
「助かったわ。それはそうと、あいつらはどこ?」
「あいつら?」
「あの鬼の面を被った連中よ。
自分たちは悪人じゃないとか言ってたけど、それならそれでその証拠を見せてもらうわ」
チェリーナがそう宣言すると、武彦は少し怒ったようにこう聞き返してくる。
「これだけの目に遭っておきながら、まだ追いかけるつもりなのか?」
まあ、そう思うのもわからないでもない。
けれども、チェリーナの答えは、すでに決まっていた。
「こんな目に遭わされたからこそ、よ。ここで引き下がる訳にはいかないわ」
次の瞬間、乾いた音が無人の倉庫に響いた。
「自分の力量も判らずに無茶をするなら、今後は出入り禁止だ!」
珍しく声を荒げる武彦を見て、チェリーナは彼が本気でチェリーナのことを心配してくれていたことを悟った。
武彦に叩かれた頬も痛かったが、それ以上に、彼にここまでさせてしまったことに心が痛んだ。
「……ごめんなさい」
チェリーナが謝ると、武彦は彼女の肩を叩いてこう言った。
「全く……心配するのは親御さんだけじゃないだろ」
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チェリーナが無事救出されたとの報告を受けて、瑠璃子は安堵の息をついた。
今回は、たまたま瑠璃子が彼女のことを知っていたからよかったものの、彼女が興味を持つ対象が常にこうまで良心的な相手だとは限らない。
その意味では、早い段階で一度こういう体験をしたことが、今後の彼女の糧となってくれるだろう。
「ま、成長するでしょ」
朝焼けの空を見つめながら、瑠璃子は小さく頷いたのだった。
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<<ライターより>>
撓場秀武です。
ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
お二人(特にチェリーナさん)の描写の方、こんな感じでよろしかったでしょうか?
もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。
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