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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


雪月花 (小判先生 五)

 夏、お中元の意味を兼ねて小判先生の家へご機嫌伺いに行った。猫は暑さに弱いものだから、小判先生もへばっているかと思っていたが、案外に平気そうであった。同居中の白い仔猫は、小判先生が肩に引っ掛けている浴衣の端でお腹を見せて昼寝している。
「おや、ご無沙汰じゃな」
引き戸を開け、土間から声をかける。振り返った小判先生の鼻の上には丸縁の眼鏡が載っており、その奥から金色の瞳がこっちを見つめていた。
 珍しく、縁側の障子が開いていた。狭い、実に猫の額ほどの庭には茶色い植木鉢が二つ並んでいる。大きな白い蕾がついた鉢と、ほんのり青い蕾のついた鉢。どちらも、間もなく咲きそうだった。
「月下美人じゃ」
名前は聞いたことがあった。夜に開き、一晩でしおれてしまうという花である。ではこっちの青いのはと訊ねたら
「それは、雪下美人という」
ほとんど知られていないのだが、月下美人にはその仲間に雪下美人、そして花下美人があるのだそうだ。三つ合わせて雪月花、冬の雪に秋の月、そして春の花と四季の美しさをうたった代名詞になる。その中に含まれていない夏のため、三美人は夏に咲くらしい。
「この年になってようやく、二株までは揃えたがな」
花下美人はどうしても見つからなかったのだそうだ。珍しく寂しげな小判先生の金色の瞳。

 夏であろうと冬であろうと、相も変わらず仲良しの二匹、いや一人と一匹。
「せんせーっ、猫!遊びに来たぜ!」
鈴森鎮は夏休みに入ったばかり。宿題はたっぷり残っているが、楽しいことに変わりはなく、今日は仔猫を連れてどこか遊びに行こうとやってきたのだ。
 ところが、小判先生の顔が珍しく憂鬱だった。理由は花が見つからないということ。
「なあくーちゃん、励ます方法ってないかな」
手の平に載せたペットのくーちゃんに相談してみると、くーちゃんはきゅ、と一声鳴いてから鎮のポケットに潜り込んだ。そして再び現われたとき、一緒に引きずり出してきたのは駅前でもらったポケットティッシュ。
「きゅうきゅう」
「え?運動会のあれ・・・・・・って、ああ、あれか!」
合点のいった鎮はティッシュを折り重ねると、ごそごそとなにかを作り始めた。

「先生、花ってどんな花だ?」
少なくともそこにくっついとる花ではないぞ、と小判先生はあらかじめ釘を刺す。鎮とくーちゃんの頭にはお遊戯会で飾られるような、ティッシュで作った白い花が一つずつ咲いていた。
「花下美人の色とか、形とか。なにかわかりませんか?」
少しでも手がかりが欲しいのだと、初瀬日和の目には書かれていた。
「見た目は、あれらにそっくりじゃ」
小判先生は鉛筆のような尻尾で縁側の月下美人、雪下美人を示した。あの二つよりやや赤味がかっているのが、花下美人である。
「学名なんぞは知らん。第一、そんなものつけようとする人間にあの花は見つからん」
「成程」
我が故国にも名のない草木は多くある、と泰山府君。もっともそれは、美しいものには名をつけてはならないという決まりがあるからなのだが。名前とは、世にものが増えすぎたせいで区別のために必要なものでしかなかった。
 携帯でどこかへ連絡をとっていたシュライン・エマが電話を切った。
「花下美人、自生している場所はあるみたいよ」
ただ東京からだとどの交通機関を使っても半日はかかる場所らしい。おまけに山の中、目印はミカン林だという。
「ミカンじゃ小判先生、無理だなあ」
俺は探してみたいけど、と悠宇。日和も、山は涼しいのでお弁当でも持ってピクニックへ行きたいものだと思いつつ、今は花下美人を優先させる。
「やっぱり蓮さんに頼るしかないみたいですね」
「それが早いでしょうね」
不思議なものならなんでも揃っているアンティークショップ・レンの主、碧摩蓮の顔が全員の頭に浮かぶ。人が欲しがっているものほど高値で売りつけるのが趣味だという彼女、一体いくらふんだくられるのか。
「じゃ、あなたも一緒に行く?」
「にゃ?」
お中元の鰹節にかじりついていた仔猫が、シュラインに突然誘われ頭を上げた。
「そうだな、このちびも連れて・・・あー、名前、ないんだっけな」
名前がないのは呼びにくいからと悠宇は少し中空を見上げ、
「そうだな、つくしってのはどうだ?」
「つくし?」
訊ね返す仔猫の口の端からよだれが垂れる。自分の浴衣を汚されては困ると距離を置きながら小判先生は
「今年の春に食ったつくしの天ぷらが忘れられんのじゃよ。まったく、誰に似たのか食い意地の張った奴じゃ」
「悠宇くん、食べ物の名前はやめておいたほうがいいみたいね」
「そうだな」
「じゃ、とりあえずはちびだ。ちび、お前も一緒に行こうぜ。社会勉強だ」
鎮は、自分よりもちびができて嬉しげである。
「にゃ」
誘われた仔猫の頭からはすでにつくしが消えてしまっている。好奇心が強いくせに臆病な、鳥頭の仔猫は鎮の腕に飛び込んでいった。

 アンティークショップ・レンは夏だろうとなんだろうと、店構えをまったく変えようとしない。ショーウィンドウの商品は、同じ顔でそこに並んでいる。
「おや、大勢で暑苦しいこと」
店主の蓮も、相変わらず煙管を吹かして閑古鳥を聞いていた。ただ天井を見上げると大きな羽の扇風機がゆっくり回っている。あれが風を送っているようには見えないのだけれど、おかげで暑さを感じないのかもしれなかった。
「蓮さん、花下美人という花を御存知ですか?私たち、探しているんですけど・・・」
「花下美人?ああ、あれなら」
日和のサンダルについている可愛らしい花飾りを見下ろしながら、蓮はゆっくり煙を吸い込んで、それから吐き出した。ちょうど目の前に立っていた悠宇がもろに煙をかぶる形になったのだが、煙草特有の鼻が痛むような煙たさはなく、湯気をあてられたような心地であった。
「なあ、探してるんだよ、その花。珍しいみたいだし、高いのか?俺、小遣い千円しかないんだ。これで足りるか?」
プール用の大きな浮き輪を買った残りの小遣いを握りしめ、真剣な眼差しの鎮。腕の中の仔猫は自分の養い親に関わることとはまるで知らず、ただ好奇心を尻尾に宿して店の中をきょろきょろと見回していた。
「店の中で騒ぐんじゃないよ」
子供が好きなのか嫌いなのか、蓮は店のカウンタに乗っている小さな壷から飴玉を二つ取り出すと、鎮の口と仔猫の口に一つずつ放り込んだ。
「で、花下美人のことだけど、あれなら先週苗が売れちまったよ」
「え?」
「誰に?」
落胆の声は日和、続けざまに訊ねたのは悠宇。しかしシュラインはそのどちらも見ようとはせず視線を別の一人、シュラインへ定めた。
「・・・・・・え?」
シュラインはなぜ見られているのかわからなかった。だが、蓮のニヤニヤ笑いを見ているうち、嫌な予感がしてきた。恐る恐る、不安を言葉に出してみる。
「まさか・・・・・・武彦さんが?」
「ご名答」
草間興信所の主、草間武彦がなぜ花下美人の苗など購入するのか。いやそれ以前に一体苗の値段はいくらくらいするのだろうか。考え出すと眩暈がしそうだったので、シュラインは一旦思考回路を遮断させた。
「・・・・・・とりあえず、次は興信所ね」
「ちび、まだまだ社会勉強だ!」
「にゃん!」
いつの間にか花下美人探しというより、仔猫の東京巡りと化した感のある捜索隊。列になって店を後にする。そして最後に泰山府君も店を出ようとしたら
「お待ち」
カウンターの引出しを探っていた蓮に呼び止められ、白い札と黄色い札とを手渡された。なにも言わず頷かれたので泰山府君も無言で礼を返し、そして五人の後を追った。

 興信所は、エアコンが壊れていて暑かった。しかし武彦はハードボイルドをやめるつもりはないらしく、汚い机に足を投げ出して煙草を吸っていた。
「武彦さん」
暇なら掃除くらいしてくださいという言葉を飲み込んで、シュラインは武彦に詰め寄る。
「なんだ、どこ行ってたんだ」
暇なら小判先生のところへ行ってきてくれと言われて、シュラインは眩暈を通り越して頭痛がしてきた。シュラインに代わって武彦を恐喝したのは鎮。もちろん、言葉の響きとはまったく違う可愛らしい恐喝だったが。
「なあ、花下美人の苗持ってるんだろ?俺たちにくれよ」
鎮は武彦が苗を出すまでくれ、くれと耳元で繰り返す。一見邪気がなさそうに見えるこの恐喝だったが、実は決して拒否は許されない。その分、並の恐喝よりたちが悪かった。
「ああ、わかった!わかったから止めろ!暑いんだから騒ぐな!」
苗ならそこだ、と武彦はテーブルの上にある紙袋を指した。近くにいた日和が手に取ると、確かに植木鉢に入った植物だった。葉の形は月下美人、雪下美人にそっくりである。
「それにしても、どうしてこの苗を買われたんですか?」
「小判先生が探してるって聞いたからだよ。お前らみたいな暇な奴に持っていってもらおうとしてたんだが・・・まあ、いいか」
どうせ頼まなくてもやってくれそうだしな、と武彦は椅子の上で大きく伸びをすると、
「おい、コーヒーくれ」
立っているものはなんでも使う、とばかりシュラインにカップを放った。シュラインは全身から力が抜けそうだったが、それでも武彦が小判先生のことを気にかけてくれていたのだからと、それだけを励みに台所へ向かった。
「これを小判先生に届けりゃいいんだな」
「だけど、他の花よりちっちゃいぞ?今夜ちゃんと咲くのか?」
「・・・・・・さあ」
紙袋の中を覗きこんでいた悠宇と鎮は顔を見合わせる。どちらも、事実を口にしたくなかったので濁していた。花下美人の苗は明らかに若く、つぼみすらついていない。だがそのことは、決して言葉に出せない。
「苗を」
すると、今まで黙っていた泰山府君が二人に向かって手を伸ばした。悠宇は植木鉢をそっとすくいあげると、泰山府君の目の前に差し出す。
「なにするんだ?」
「・・・・・・」
泰山府君は悠宇の質問には答えず、二枚の札を花下美人の前に掲げ、
「坤」
低い声と共に手の平から気を放った。
 札が、白い炎を立てて燃え上がる。と同時に、花下美人の苗が急速な成長を始めた。悠宇の手の中でぐんぐんと丈を伸ばし、蕾を膨らませ、その蕾が赤く色づき。
「・・・重てえ」
泰山府君に苗を差し出していたのが悠宇ではなく鎮だったなら、持ちきれずに鉢を割っていただろう。頭を垂らした蕾は、今夜にでも開きそうだった。
「これで、小判先生も喜ばれるだろう」
燃えかすになってしまった札の灰を、手の平を擦り合わせ払い落とすと泰山府君は静かに目を閉じた。花を成長させるため急激に力を使ってしまったので、全身に倦怠がまとわりついていた。もしも、蓮から札を貰っていなかったら立つことさえできなくなっていただろう。
「不思議な方だ」
なにもかも見抜いていて、それでいて面倒ごとを楽しんでいたような気がした。

 五人は、鉢を小判先生の家へ運んだ。その途中にあるスーパーで夕飯と食後のおやつを買い込んで、三美人の鑑賞会のための準備もした。全てが整うと、待っていたように満月が顔を出した。
 今日のおやつはミルクバー。白く甘いそれをなめながら、
「いいか?ちび。これがくーちゃん。俺の大事なペットだ」
「にゃ?」
「ちゃんとくーちゃんのほう見ろって。ほら、イヅナなんだ。ネズミじゃないんだぞ。だから、食ったりおもちゃにしたりしちゃ、いけないんだからな」
さっきから何度も、仔猫にくーちゃんを紹介しようとしているのだが、仔猫の目はミルクバーに吸いつけられている。お菓子には目のない鎮も、この仔猫にはさすがに敵わないと思ってしまった。
「おーい、俺の言うことちゃんと聞いてるか?」
「くーちゃん」
小さな額を撫でてやりながら、しつこく覚えさせたおかげか仔猫がやっとくーちゃんの名前を呼んだ。が、次の瞬間、仔猫がぴょんと飛んでくーちゃんに飛びついた。
「うわっ!なにやってんだ!」
食うんじゃない、鎮は顔色を青くして仔猫からくーちゃんをひきはがそうとした。だが、仔猫はくーちゃんを抱きかかえたままその毛皮をぺろぺろと舐めている。
「・・・・・・あれ」
くーちゃんの体から立ち上るのは甘いミルクの香り。どうやら、鎮が熱心に仔猫と話している間、ミルクバーが溶けてくーちゃんの頭にかかっていたらしい。
「わり、くーちゃん」
きゅうきゅうと悲鳴を上げるくーちゃんに、謝るしかない鎮であった。
「さて、頃合かの」
月を見上げていた小判先生は縁側から飛び降りると、三美人の株に歩み寄った。目の金色が、月の光を受けてさらにも澄み切っていた。
「あ」
誰の感嘆かはわからない。みんなのものかもしれなかった。小判先生の視線を受けて、三美人の蕾が一斉に開いていく。月下美人はあくまで白く、雪下美人はほんのり青く、そして花下美人は恥ずかしがるように赤く、ゆっくりと花弁を広げていく。
「再び、これが見られるとはのう」
懐かしげに小判先生が呟いた言葉は、五人の耳には届かなかった。
 みんなはただ、言葉もなく三美人の共演に見入っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
3415/ 泰山府君/女性/999歳/退魔宝刀守護神
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
だんだん回を増すにつれ、仔猫の性格や家の近所など
設定が細かくなってきた気がします。
いつの間にか食い意地が張ってました・・・・・・。
最近鎮さまは鼬での行動が多かったので、今回の人バージョン、
なぜか新鮮でした。
人でも鼬でも、どちらでも可愛く元気に書ければと思っています。
ただ、人である分今回のコスプレはシンプルだったので
それがちょっと寂しかったです。
次回は仔猫の名付けイベントなどできればと考えています。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。