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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


拝啓、冬将軍殿

嬉璃さん、誰に手紙を書いているんですか?
「ん?これか。これは冬将軍にぢゃ。ほれ、最近暑いじゃろう。あやつを呼んで、庭に雪でも降らせれば涼しくなると思うのぢゃ」
冬将軍というのは?
「ああ、わしの知り合いの精霊ぢゃ。名前の通り冬になると寒さを運んでくる、愛想のない頑固な男での。・・・が、こやつ、なかなか可愛いところもあるのぢゃぞ」
可愛いところ?
「この男、わしの友である小春という精霊と文通なぞしておるのぢゃ。古風ぢゃろう。お互い憎からず思うておるのに、初心なものよ」
それで、どうやって夏に冬の精霊を呼ぶのですか?
「うむ、それはのう・・・」

「おいしい匂い、するの」
「は、はい?」
あやかし荘の前を通りかかったクレメンタイン・ノースはたまたま出てきた三下忠雄と鉢合わせした。クレメンタインの目は、三下の手の中にある懐紙に注がれていた。
「それ、おいしそうなの」
「はい」
「おいしそうなの」
ただただ同じ言葉を繰り返す、それがなにを意味しているのか悟った三下は、一瞬首を横に振ろうとしたものの、クレメンタインの大きな瞳から目を逸らすことができず、結局
「・・・どうぞ」
「ありがとうなの」
以前にも、こんな感じでおやつを強奪されたなあと心の中で嘆きつつ、三下は半泣きで仕事へと向かった。
 甘いものの好きなクレメンタインは、あっという間に懐紙の中の干菓子を平らげてしまったのだが、それでも足りずあやかし荘へ上がりこんだ。玄関を入ってすぐのところにある居間を覗き込むと、すぐ目の前に浅黄色の風呂敷が置いてあり、開いてみるとさっきの干菓子と小さな器に入れられた水まんじゅうがあった。
「くー、お腹ぺこぺこなの」
実に無邪気な理由でクレメンタインは風呂敷を抱え上げると、玄関横の階段に座ってお菓子を頬張りはじめた。干菓子も、水まんじゅうもとてもおいしく夢中になっていると
「あの・・・・・・ちょっと、いいかしら?」
「一人で全部食べると、お腹が痛くなるよ?」
三下が忘れていった鞄を抱いた初瀬日和と、風呂敷の持ち主である栗原真純が並んで立っていた。そして、その下を見ると自分の水まんじゅうを確保しようと身構えている嬉璃の姿も。クレメンタインは三人に、極上の笑顔を向けた。
「おいしいのよ?」

 とにかく暑くてたまらんのぢゃと、嬉璃は畳の上に両足を投げ出した。暑いから手紙の内容が浮かばないのだと、理由をつけているようでもあった。
「冬将軍の奴、真面目ぢゃからのう。素直にわけを書いたところで、来てはくれぬぢゃろうなあ」
「じゃあ、冬将軍様が来てみたくなるような催しを開けばいいんですよ」
お願いのお手紙というより、招待状ですと日和が提案する。すると真純も身を乗り出して
「そういやあの人、甘いものが好きだったよね。納涼お茶会なんてどうだろう」
「お菓子なの」
あやかし荘の冷凍庫を勝手に開けて、カップアイスを片っ端から空にしつつクレメンタインも賛成する。この小さな体のどこに、どれだけ甘いものが詰まっているのだろうか。
「あとね、あとね」
「なんぢゃ?」
「くーね、こはるちゃんも呼ぶといいって思うの」
「小春をか?」
あやつも今は時期はずれで眠っておるぢゃろうなあ、と嬉璃が中空を見上げる。実は、時期外れの精霊を呼ぶことは意外と大変なことだった。なので、面倒ぢゃから呼ぶのはよそうと言いかけた嬉璃、しかし。
「そうだね、冬将軍さんも小春ちゃんに会うためなら来るだろうさ」
「小春さんもきっと、会いたいって思ってるんじゃないでしょうか」
「いや、どうだろう。あの子のことだからまた『私は文通だけでも・・・・・・』なんて、顔真っ赤にするんじゃないかね?」
「でもやっぱり、会いたいですよ」
「・・・・・・」
真純と日和がやたらに盛り上がってしまったので、嬉璃は言い出すきっかけを失ってしまった。そこへさらに、クレメンタインがにこにこ笑いつつ嬉璃に便箋を差し出してくる。
「嬉璃ちゃん、お手紙書くの」
誰一人、嬉璃の味方をしてくれる者はなかった。奔放な座敷わらしの嬉璃であったが、そのときだけは言いなりになる、という方法を覚えた。

「そ、そんな・・・。私は、文通していただくだけで充分なんです」
嬉璃の手紙に呼ばれてやってきた小春は、これでもかというくらいに期待通りのセリフを言ってくれた。だが当然予想していた真純と日和は、まあまあと言いながら小春を手招きする。あやかし荘の小さな台所ではすでに、お菓子作りの準備が整っていた。
「精霊さんってお仕事以外はいつも眠ってるんだって?それじゃ、お菓子作る暇だってないだろう」
「また、冬将軍様にお菓子食べていただきましょうよ」
「いえ、そんな、もう・・・」
小春は顔を真っ赤にしつつ首を横に振る。が、横顔にはかすかに自分の作ったお菓子を食べてくれる冬将軍の姿を想像しているらしい雰囲気が浮かんだ。遠慮しつつも、やはり期待してしまうのだ。
「ね、小春さん」
だから優しく背中を一押しすれば、そうすれば頷かずにはいられない。
「・・・・・・はい」
「じゃ、まず水羊羹を作ろうか」
小春ちゃんは餡を準備しておくれと言いながら、日和は水につけておいた寒天を鍋で火にかける。日和は真純の作ろうとしている和菓子のメモを見ながら、それに合う器をあやかし荘の食器棚から選んでいた。
 一方、まだ手紙にかかっている嬉璃と最後のアイスを味わっているクレメンタインは。
「ねーねー」
「なんぢゃ?」
「あのね、くーもね、雪呼べるのよ」
「ふむ?」
本当か、という顔で嬉璃が真面目な表情になりクレメンタインをじっと見つめた。真剣に目を注ぐことで、今ようやくクレメンタインが普通の少女でなく雪の精霊であることに気づいたらしい。
「なんぢゃ、それならおんしに頼めばよいではないか。のう、雪を降らせてくれ」
「うん!」
クレメンタインは空になったアイスを置いて立ち上がると、縁側から庭に飛び出した。そして大きく息を吸い込むと
「いじょーきしょー!」
とんでもない言葉と共に、あやかし荘の屋根の上に雪を積んだ大きな雲を呼んでしまった。たちまち空が暗くなり、突風と共に粉雪が吹きつける。外が白銀に染まり、なにも見えなくなってしまう。あやかし荘の中も冷凍庫へ放り込まれたように温度が冷え、薄着をしていた日和が両腕を抱くようにしながら居間へ飛んできた。
「いきなり冷えてきましたけど、もう冬将軍様がいらっしゃったんですか?」
「い、いや・・・・・・」
首を振りつつ、嬉璃は雪と遊ぶクレメンタインを指さした。豪雪に胸まで埋まりながらも、クレメンタインははしゃぎまわっていた。
「なにが起こってるんだい?寒くて手が動かないよ」
白い息を吐き、葛を溶かしている火に手をかざしながら真純は壁にかかった温度計を見た。赤い水銀は、マイナス10度でうずくまっている。
「嬉璃さん、冬将軍様を早く呼びましょう。この雪をなんとかしてもらわないと」
「う、うむ、そうぢゃな・・・・・・」
そして、本来の意図とはまったく違う理由で冬将軍は呼び出されることになってしまった。

 飛んできた冬将軍によって大雪を治められ、そしてクレメンタインは静かに怒られた。
「クレメンタイン殿、お気をつけください。女王さまも心配されておりました」
「はあい、なの」
冬将軍はクレメンタインの母である、雪の女王に仕えている。女王様がと言われると、だってが言えなくなってしまう。
「それから、これをお預かりしてきました」
クレメンタインの前に膝を折ると、冬将軍は胸元から一通の白い手紙を取り出した。表書きにある文字は、母のものである。
「お母ちゃま!」
嬉しくなって、クレメンタインは雪の中を跳ね回る。あんまり遊ぶとドレスが汚れますよと日和に声をかけられるまで、遊んでしまった。
「お母さんからの手紙かい、よかったね」
雪をかぶって濡れた髪を真純にふいてもらい、水羊羹をもらって、ようやくクレメンタインは大人しく居間に腰を下ろした。嬉璃はもう手紙なんてうんざりだという顔をしている、恐らく元々文字を書くのが苦手なのだろう。
「お母ちゃまのお手紙、くーね、嬉しいの」
「そうね」
日和が答えた。
「お手紙って、すてきなの」
その言葉は偶然小春に向けられていた。小春と冬将軍が文通していることは、クレメンタインは知らなかったのだがたまたまである。
「え、あ」
なんと答えればいいか、小春はかすかにうろたえたのだが、やがて頬を綺麗に染めて小さく頷いて見せた。
「ええ、素敵です」
そうなの、とクレメンタインは母からの手紙を胸に抱きしめた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2356/ 栗原真純/女性/22歳/甘味処『ゑびす』店長
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
5526/ クレメンタイン・ノース/女性/3歳/スノーホワイト

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
なんだかこのシリーズは手紙つながりという感じです。
オープニングのはなんだか読み返してみると
三下くんのセリフっぽかったので彼も登場させてみました。
そしてお子様強奪シリーズも、続いてみました。
子供がお菓子を食べている姿、というのが幸せそうで
しょっちゅう書いてしまいます。
(そしてついつい食べ過ぎて・・・・・・)
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。