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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


拝啓、冬将軍殿

嬉璃さん、誰に手紙を書いているんですか?
「ん?これか。これは冬将軍にぢゃ。ほれ、最近暑いじゃろう。あやつを呼んで、庭に雪でも降らせれば涼しくなると思うのぢゃ」
冬将軍というのは?
「ああ、わしの知り合いの精霊ぢゃ。名前の通り冬になると寒さを運んでくる、愛想のない頑固な男での。・・・が、こやつ、なかなか可愛いところもあるのぢゃぞ」
可愛いところ?
「この男、わしの友である小春という精霊と文通なぞしておるのぢゃ。古風ぢゃろう。お互い憎からず思うておるのに、初心なものよ」
それで、どうやって夏に冬の精霊を呼ぶのですか?
「うむ、それはのう・・・」

「・・・ええい、横からごちゃごちゃうるさい奴ぢゃ!」
「く、苦しいですよ嬉璃さん!」
珍しく嬉璃が真面目な顔をしていたので、話しかけてみたらいきなり首を絞められた。気の毒としか言いようのない三下忠雄であるが、これも運命なのだろう。
「僕は、これから仕事が・・・」
「おんしが悪いのぢゃ!せっかくよい文句が浮かびかけていたのに!」
「嬉璃さん、嬉璃さん。いいかげん止めてあげないと三下さん本当に苦しそうですよ」
「この軟弱者は一度死んで生き返るくらいで丁度よいのぢゃ!」
「それは、ちょっと・・・」
隣で便箋を広げていた初瀬日和はどうするべきか、指先を伸ばしてはまたひっこめるということを繰り返す。嬉璃の伸びた爪が三下の首に赤い筋をつけている、あれで引っかかれてはたまらないので迂闊に引き剥がせない。
「二人とも、この暑いのになにじたばたやってんだい。体力があり余ってんだねえ」
「真純さん」
台所から盆を抱えて居間に入ってきた栗原真純は、ほらこれでもお飲みと嬉璃に冷やしあめを渡す。おおうまそうぢゃなあと両手を伸ばす嬉璃、ようやく解放された三下はへたへたと畳に尻餅をついた。
「ほら、あんたもこれを持ってお行き。しっかり仕事してくるんだよ」
「あ、ありがとうございます」
懐紙に包まれた和菓子を受け取る三下、久々に触れた優しさというぬくもりが消えないうちにそそくさと居間を出て仕事場へ向かった。お気をつけて、と見送った日和だったが数分後玄関に取り残された黒い鞄を見つけ大きなため息を吐いた。
「三下さんったら・・・・・・鞄、忘れてますよ」
少し親切にされたところで、三下に取りついた不運はびくともしないらしい。三下が無事帰宅することを、日和は祈った。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
そこへ、玄関脇の階段から声がかけられた。見上げるとお人形のような少女、クレメンタイン・ノースが浅黄色の風呂敷を抱え干菓子をぽりぽりとかじっていた。

 とにかく暑くてたまらんのぢゃと、嬉璃は畳の上に両足を投げ出した。暑いから手紙の内容が浮かばないのだと、理由をつけているようでもあった。
「冬将軍の奴、真面目ぢゃからのう。素直にわけを書いたところで、来てはくれぬぢゃろうなあ」
「じゃあ、冬将軍様が来てみたくなるような催しを開けばいいんですよ」
お願いのお手紙というより、招待状ですと日和が提案する。すると真純も身を乗り出して
「そういやあの人、甘いものが好きだったよね。納涼お茶会なんてどうだろう」
「お菓子なの」
あやかし荘の冷凍庫を勝手に開けて、カップアイスを片っ端から空にしつつクレメンタインも賛成する。この小さな体のどこに、どれだけ甘いものが詰まっているのだろうか。
「あとね、あとね」
「なんぢゃ?」
「くーね、こはるちゃんも呼ぶといいって思うの」
「小春をか?」
あやつも今は時期はずれで眠っておるぢゃろうなあ、と嬉璃が中空を見上げる。実は、時期外れの精霊を呼ぶことは意外と大変なことだった。なので、面倒ぢゃから呼ぶのはよそうと言いかけた嬉璃、しかし。
「そうだね、冬将軍さんも小春ちゃんに会うためなら来るだろうさ」
「小春さんもきっと、会いたいって思ってるんじゃないでしょうか」
「いや、どうだろう。あの子のことだからまた『私は文通だけでも・・・・・・』なんて、顔真っ赤にするんじゃないかね?」
「でもやっぱり、会いたいですよ」
「・・・・・・」
真純と日和がやたらに盛り上がってしまったので、嬉璃は言い出すきっかけを失ってしまった。そこへさらに、クレメンタインがにこにこ笑いつつ嬉璃に便箋を差し出してくる。
「嬉璃ちゃん、お手紙書くの」
誰一人、嬉璃の味方をしてくれる者はなかった。奔放な座敷わらしの嬉璃であったが、そのときだけは言いなりになる、という方法を覚えた。

「そ、そんな・・・。私は、文通していただくだけで充分なんです」
嬉璃の手紙に呼ばれてやってきた小春は、これでもかというくらいに期待通りのセリフを言ってくれた。だが当然予想していた真純と日和は、まあまあと言いながら小春を手招きする。あやかし荘の小さな台所ではすでに、お菓子作りの準備が整っていた。
「精霊さんってお仕事以外はいつも眠ってるんだって?それじゃ、お菓子作る暇だってないだろう」
「また、冬将軍様にお菓子食べていただきましょうよ」
「いえ、そんな、もう・・・」
小春は顔を真っ赤にしつつ首を横に振る。が、横顔にはかすかに自分の作ったお菓子を食べてくれる冬将軍の姿を想像しているらしい雰囲気が浮かんだ。遠慮しつつも、やはり期待してしまうのだ。
「ね、小春さん」
だから優しく背中を一押しすれば、そうすれば頷かずにはいられない。
「・・・・・・はい」
「じゃ、まず水羊羹を作ろうか」
小春ちゃんは餡を準備しておくれと言いながら、日和は水につけておいた寒天を鍋で火にかける。日和は真純の作ろうとしている和菓子のメモを見ながら、それに合う器をあやかし荘の食器棚から選んでいた。
 一方、まだ手紙にかかっている嬉璃と最後のアイスを味わっているクレメンタインは。
「ねーねー」
「なんぢゃ?」
「あのね、くーもね、雪呼べるのよ」
「ふむ?」
本当か、という顔で嬉璃が真面目な表情になりクレメンタインをじっと見つめた。真剣に目を注ぐことで、今ようやくクレメンタインが普通の少女でなく雪の精霊であることに気づいたらしい。
「なんぢゃ、それならおんしに頼めばよいではないか。のう、雪を降らせてくれ」
「うん!」
クレメンタインは空になったアイスを置いて立ち上がると、縁側から庭に飛び出した。そして大きく息を吸い込むと
「いじょーきしょー!」
とんでもない言葉と共に、あやかし荘の屋根の上に雪を積んだ大きな雲を呼んでしまった。たちまち空が暗くなり、突風と共に粉雪が吹きつける。外が白銀に染まり、なにも見えなくなってしまう。あやかし荘の中も冷凍庫へ放り込まれたように温度が冷え、薄着をしていた日和が両腕を抱くようにしながら居間へ飛んできた。
「いきなり冷えてきましたけど、もう冬将軍様がいらっしゃったんですか?」
「い、いや・・・・・・」
首を振りつつ、嬉璃は雪と遊ぶクレメンタインを指さした。豪雪に胸まで埋まりながらも、クレメンタインははしゃぎまわっていた。
「なにが起こってるんだい?寒くて手が動かないよ」
白い息を吐き、葛を溶かしている火に手をかざしながら真純は壁にかかった温度計を見た。赤い水銀は、マイナス10度でうずくまっている。
「嬉璃さん、冬将軍様を早く呼びましょう。この雪をなんとかしてもらわないと」
「う、うむ、そうぢゃな・・・・・・」
そして、本来の意図とはまったく違う理由で冬将軍は呼び出されることになってしまった。

「あれだけ無表情に食べてる人も、珍しいよ」
「そうですね」
日和は真純と顔を見合わせる。
 冬将軍は無愛想に水羊羹と、水まんじゅうとを食べていた。小春が水羊羹を手渡したとき、おずおずと真純さんに手伝っていただきましたと言ったら、そのとき少し頷いてみせただけで、あとは機械のように食べている。
「小春さんは、どうですか?」
夏のお菓子の味はどうですかと訊いてみた。
「あ、とても美味しいです。夏のお菓子って、いろいろあるんですね」
「これも食べる?」
さっきまで庭で遊んでいたクレメンタインが、小春の隣にちょこんと座ってガラスの器に盛られたかき氷を差し出した。赤いシロップが鮮やかである。
「綺麗ですね」
「ふゆしょーぐんがね、作ったの」
「え?」
真純、日和、そして小春はそろって冬将軍のいる縁側を見た。そこには嬉璃が、三色のシロップを準備して冬将軍を働かせていた。
「この器も、雪でいっぱいにするのぢゃ!おんしがおると氷を削る手間が省けて便利ぢゃのう!」
「・・・・・・」
相変わらず冬将軍は無表情だったが、自分はこんなために来たのではないという声が滲み出している。それなのに言いなりなのが、生真面目な冬将軍らしい。
 日和は笑いながら、小春が彼を好きになったのがなんとなくわかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2356/ 栗原真純/女性/22歳/甘味処『ゑびす』店長
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
5526/ クレメンタイン・ノース/女性/3歳/スノーホワイト

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
なんだかこのシリーズは手紙つながりという感じです。
オープニングのはなんだか読み返してみると
三下くんのセリフっぽかったので彼も登場させてみました。
夏の食べ物というとやっぱりかき氷ですが、
冬将軍は意外とこれだけ食べ飽きているんじゃないかななんて
思ったりしました。
精霊の子供たちとかにせがまれて、作ってたりとか。
無愛想だけど子供に懐かれる人が好きだったりします。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。