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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


暮月〜The Hotel of Pleasure 〜

●草間興信所にて
「……で。俺にどうして欲しいと?」
 草間武彦は事務所のソファーに座って言った。
 手にあるのはパンフレットだ。
 今目の前にいる男が持ってきたものだった。
「新しいリゾートホテルを立てたのです。お客様も気に入ってくださってるのですが……」
 そう言って目の前に座った青年は苦笑する。
 青年というには年が行き過ぎている感があるかもしれない。年は30歳をちょっと過ぎたぐらいだ。武彦は自分よりいくつか年上だったと記憶している。男の付き合いとなるとあまり年を考えることも無い。相手が女なら、多少年のことを考えて発言しないといけないこともあるから気にするのだが、相手が男だとそう言った情報はどこかへと消えてしまうのもの。
 去年の今ごろ、彼は病気だったから武彦は見舞いに一・二回は行った。
 その病気も治り、いくつものリゾートマンションやリラクゼーションショップなどを経営しはじめたようで、このところの子会社の立ち上げが多く、経営新聞などでは起業家と紹介されているらしい。
 草間の旧知で名を鷹村総一郎と言った。
「気に入ってるなら問題ないじゃないか。それに裏を嗅ぎ付けられると困るような金を使ったことも無いんだろう? 興信所に来る理由がわからないな」
「勿論、工事業者の賄賂も受け取りませんし、渡しませんよ……絶対。時々、お客様が妙なことを言うんです」
「妙なこと?」
 武彦は首をかしげた。
 総一郎は男にしては繊細かつ、総じて和風な顔立ちに苦笑を浮かべた。
「夢を見るんだそうですよ」
「そりゃぁ、夢ぐらい見るだろう。ぐっすり眠れる良い証拠ってやつだな」
「あの……お客様は決まって同じような夢を見るらしくて」
 そう言って、恥ずかしそうな何ともいえない表情を浮かべ、小さな声で言った。
「The Hotel of Pleasure……快楽の館と見た人は口を揃えて言うんです」
「はァ? 何だそりゃ」
「私が聞きたいぐらいです」
「だろうなぁ……なんかそういったことに覚えはないのか?」
 こっそりと相手の様子を窺いつつ、武彦は「呪われた…とか?」と言葉を紡いだ。
 それを聞いて総一郎は吃驚し、首を振ったが、思い起こしたように付け加えた。
「呪われるだなんて……覚えが無いですね。最近、変なものを良く見るんですよ。よく言うところの『小人』というのでしょうか」
「へぇ……小人」
「小人というか、小鬼みたいなものなんですけれど。夢の中にはその小鬼は出てこないらしいので、無関係かなとは思っています。でも、私の周りでそう言ったことが起きているあたり、解決しておいた方がいいかなとは思うのです」
「そりゃな。奇妙な噂は困るだろうし」
「設備の方もサービスもお気に召してもらえているらしいのですが、今後何かあっては申し訳がありません」
「じゃぁ、安全が確認できれば良いわけか?」
 武彦は煙草を消しながら言う。
「えぇ、そうですね……最低限、安全さえわかれば」
 その噂は旅行マニアの間でひっそりと広がり、そのホテルに来ることが小さなブームになっているらしい。
 付加価値が付いたと喜ぶにはあまりにも早計で、事実確認をするべきだと総一郎は思ったのだった。
「ところで……総一郎。お前はその夢を見たのか?」
「えっ!?」
 目を瞬かせた後、総一郎はごく小さな声で言った。
「あ、あります……でも、うちのホテルでは……見たことがありません」
 総一郎の告白に武彦は苦笑を禁じえなかった。
 そんな夢を集団で見るようになった理由がわからなくても、その内容はわかるならば何とかなるかもしれない。武彦はそう思い、立ち上がってデスクの上にある電話に手を伸ばした。
 詳しい者ならいくらでもいる。
 武彦は調査員達を呼んだ。

●草間興信所
「参加させていただきます」
「うーむ……」
 そう言った少年を見つめ返し、武彦は唸った。
 目の前にいるのは櫻紫桜という名の高校生だ。
 さすがに夢の内容にちょっと興味がある年頃なのであろうということにしておこうと武彦は思った。実際のところそうであったのだが。
「一人だと心もとないなぁ……ちょっと待ってくれ」
 そう言うと、武彦は電話をかけ始める。
 呼び出し音が二回鳴った後、相手は冷淡とも聞こえる静かな声で「もしもし、草間さんか?」と言った。そして、少しばかり話をすると武彦は電話を切る。話の内容は応援にきて欲しいということのようだった。
「さて、ほかに人も呼んだし。これで大丈夫だと思うんだが。待ち合わせは金曜日の夜だな。ここから新幹線で一時間、そこからタクシーで15分のところにあるホテルだから――そうだな、六時にJR上野駅に来てくれ」
「わかりました」
 紫桜はどことなく楽しそうに笑って言う。
 ただでリゾートホテルに泊まれて、その上調査協力の礼金まで貰えるなんて最高のバイト(仕事)だ。
 俄かに手に入った旅行の前に、紫桜はニッコリとした。
 そして、金曜日はやって来た。

 JR上野駅で待ち合わせした紫桜は6時になってやってきた武彦ともう一人の調査員とともにホテルに向かった。
 もう一人の調査員は自分と同じ高校生。
 どこかで見た顔だと思ったら、よく雑誌で見かけるモデルのAYAだ。たぶん自分より10センチ以上は背が高いだろう青年で、大きく鋭い目が人を寄せ付けなさそうに見えるが、人当たりは悪くない人物だった。
「こんばんは、櫻さんだったな。俺は獅子堂綾(ししくら・あや)だ。よろしく」
 AYAが言った。
 紫桜は一礼して笑う。
「こちらこそ。俺は櫻紫桜です」
「ところで、草間さん。今日行くホテルは何かに取り憑かれてるのか?」
 綾はバッグを背負い直しながら訊いた。
「さぁな。話だけじゃ答えは見つからない。行くしか手立ても無いし……丁度息抜きしても良いかと思ってたところだし、リゾート関係の仕事はありがたいな」
 無論、事件も騒動も何も無ければの話なのだが、そこは言わないのがお約束。
 二人は頷いた。
 そして新幹線に乗り込み、三人は一路リゾート地へと向かった。

●ホテル
「どぉぉぉぉおおおおっして、あんたたちがここにいるのよおおっ!!」
 少女の声がホテルのロビーに響き渡る。
 叫んだのは月見里千里(やまなし・ちさと)という名の少女。
 茶髪のショートカットがなかなかキュートな女の子でスタイルがいい。髪の短さのせいで、ぱっと見は男の子に見えなくも無いが、もともと美少女系なだけにそんなところが更に可愛さが増している。
「あ、あんたたちって?」
 何も知らない紫桜は吃驚して目を瞬いた。
 目の前の女の子の様子を見ると、どうも草間興信所の調査員のようだ。しかし、自分が興信所にいた時は居なかったので、多分後から話を聞いてやってきたか、話を知らずに単独でやってきたかのどちらかだろう。
「お前……その髪」
 そう言うと、綾は小さな溜息をついた。
 千里は最近元気がなく、空元気ばかりの千里を心配した学校の友人から、いい夢が見れる噂があるからとホテルの招待チケットを貰って来た。そんな雰囲気が何も言わなくてもそこはかとなく漂っているのだろう、綾はそれに気がついていて気になるのだった。
 だから煩がられても声をかけてしまう。
「何よ、切るのはあたしの勝手でしょ」
 千里はつんとそっぽを向いた。
 綾が押し黙り、どこか痛ましそうな雰囲気の視線を向ける。それに反応して千里が振り返った。
「なんなのよ〜。はっきり言ったら? 似合うとか、似合わないとか」
「前のほうがよかった」
 そう言って綾が千里の頭を撫でた。
「むっ!」
 瞬間、千里は綾の腹にハイキックを入れる。
「ッ! 痛いだろ……何をするんだ」
「わ〜るかったわねー!」
「何も悪いとは言ってないだろう」
「どっちも同じよ!」
 確かに、良いとも言えない相手の返事に千里が怒るのも無理は無かった。
「ふたりとも止めろ。こんなところで……他の人が見てるだろ」
 武彦が言った。
 ふと武彦が顔を上げると向こう側から鷹村氏がやって来た。誰かと一緒に歩いている。見覚えのある顔に、武彦は目を丸くする。
「何だ……祐介じゃないか。何で連絡をよこさない」
「ちょっと用事があって連絡できなかったんだよ」
 祐介と呼ばれた青年は苦笑しながら言った。
「お、初顔がいるな」
「はじめまして」
 紫桜は祐介に挨拶した。
「こちらこそはじめまして。田中祐介だ」
「俺は櫻紫桜です」
「おや、知り合いでしたか」
 鷹村はそう言って微笑んだ。
「申し訳ありませんね、呼びだしてしまって」
「いいや。こっちは仕事だしな。それより、何か変わったことは起きてないか?」
 武彦が訊いた。
「変わったこと?」
「見えてるって言う子鬼の数が増えてるとか」
「それは無いですね」
 それを聞いて紫桜はそっと手を挙げて質問する。
「夢の中は想像つかないので、できれば内容を前もって聞いておきたいです。それに、この依頼が今後の安全確認のためということなら、来たお客さんのその後の状態とかも聞ければ参考になると思うんですけど」
「な、内容ですか」
 鷹村は真っ赤になって言った。
 鷹村のその表情がどういうことなのかわからない紫桜は小首を傾げる。
「どうしたんですか?」
「あの……その内容でしたら、こちらの応接室でよろしいですかね」
 言いにくそうに鷹村が言うのを聞いて、祐介は苦笑した。
「ところで、祐介。何でお前はここにきたんだ?」
 武彦の素朴な質問に、祐介は半ば苦笑しながら答える。
「前回も同じ夢っていうか……見た事があるんだよ」
「同じ?」
「あぁ、正月ぐらいだったっけな。見たぜ――今日はそれを確かめにきたってところだな。ここの噂は旅行マニアの間で広まってるみたいだし」
 五人は応接室に移動しつつ話をした。
 応接室について五人は珈琲を飲みながら話を続ける。
 実は千里も正月ごろに同じような夢を見ていたのだが、記憶も曖昧だし認めたくないし、それについては黙っていた。
「そ、そんなことがあったんですね……知らなかったな」
 紫桜は吃驚して言った。
 それもそうだ。そんなことはごく一部の人間しか知らない。紫桜が知らないのも当然だった。しかし、原因になりそうな人物はこの中には居ないようで、何が原因になっているのは祐介にはわからなかった。
「何が原因なんでしょうね」
 鷹村は呟いた。
「悩んでも仕方ないし。一応、館内を調べてみて変な場所が無いか見てみましょう」
 紫桜は言い、立ち上がった。
「そうよね、ちょっと探しに行ってくるわ」
 千里も立ち上がった。

 千里はホテル内外の簡単な調査をはじめた。
 よくホテルとか旅館にある読書コーナーなどに置いてあるこの辺の伝承やおとぎ話などの本を読み漁ったがそれらしきものは無い。あとは妖しい未使用部屋がないか、ホテル構造上の中心点に何かないかも調べる。
 紫桜も同行し、調べたが何も出てこない。時折、トイレに子鬼を発見することもあったが、どこかの次元の捩れから出てきていることだけはわかった。なにぶんにしろ、子鬼たち自体も何で現れたのかわからないそうだ。
 祐介は依頼を請け負っている気は全く無く、ただ単に楽しみに来ているのだから捜査は進むはずが無い。
「また、この館に来るとはな……ま、存分に楽しませてもらうとするか」
 千里たちが捜査している間、快楽の館の噂を聞きつけてきただけの祐介は、ホテルの喫茶店でのんびりしたり伝承に関しての本を調べたりしていた。
 何も原因がわからないとわかると、千里は一種のちょっとした異界化なのだろうと判断し、豪勢な夕食の後、ゆっくりすることにした。
「大丈夫なんでしょうかね」
 紫桜はロビー近くにある喫茶店で鷹村に向かって言った。
 オーナーが来ているとあって、店員は丁寧な対応をしてくれるのを感謝しつつ、紫桜は珈琲を飲む。
「あの……さっきの質問なんですけど」
「はい?」
 鷹村は言った。
「どんな夢なんです?」
「あ〜〜〜〜〜、実は……」
 恥ずかしそうに苦笑した後、鷹村は紫桜に夢の話を誤解の無いよう、ゆっくりと注釈付きで説明した。
 最初は不思議なこともあるもんだと思って聞いていたのだが、話が成人指定本も真っ青な官能的話に進んでいくたびに紫桜の頬は真っ赤に染まる。
「そ、そ、そんなっ……そんな場所なんですか」
 紫桜は真っ赤になりながら辺りを見回した。どうみてもそんなエッチなことが起きそうな場所には見えないからだ。
「そうですよね……そんな『自分好みの女の子』とか出てくるような場所には見えないと思いますし、実際私はそんな場所に作った憶えは無いんですよ……」
「とんだ災難ですね」
 紫桜は言った。
「えぇ……そんなサービスしてますか、なんて言われたら困ってしまいますからね」
 そう言いつつ、鷹村はちょっと悲しそうな顔をした。
 胸の中に沸き起こる甘く切ない気持ちに蓋をして、鷹村は微笑んだ。悲しいぐらいにどこかきれいな笑みだった。
 紫桜は何も言わなかった。

●涙とワイン
「さぁって! 飲みまくるぞー♪」
 千里は買い込んできたカクテルのビンをビニール袋から出した。
 カンパリソーダ、カルーアミルク、モスコミュールなどなど。別の袋には輸入物のワインとオリーブ油漬けのチーズやビスケットが入っている。それを出して机の上に並べた。
 千里は詳しい解決の糸口を武彦に任せるつもりでいた。
 自室で酔いつぶれるほどワインやカクテルを飲みまくり、いつしか寝込んでしまった。
 半時間ほど経ったころ、綾がドアを叩いたが反応が無く、怪しんだ綾は部屋の中に入ってきた。
 ぐっすり寝込んでいる千里の様子を見て綾は唖然とした。
 転がったいくつものビンはあちこちにあり、食べかけのビスケットが口の周りについている。眠りの淵にいるお嬢さんの姿とは思えないような姿だ。なまじ可愛いだけに、どこかシュールだった。
「……馬鹿?」
 綾は言った。
 黙って辺りを片付けると、眠りこける千里を抱えてベッドに寝かせる。
 濡れたタオルで顔を拭いてやり、フリルのついたブラウスの前を開けてやる。息苦しさから開放された千里はホッと溜息をつくような表情をした。
「お前、変な奴だな」
 独り呟いた綾は千里の隣に寝転がると、千里の頭を撫でた。
 人の気配を感じたのだろうか、千里が綾の方に身を寄せてきた。眦には小さな涙が浮かんでいる。
 寂しい……
 体全身で言っているように綾には見えた。
 小さくなって丸くなる千里を見て綾は笑い、そっと抱きしめた。そして、いつしか綾も眠さに負けて寝込んでしまった。

 夢の中に入り込んだ祐介、は依頼そっちのけで状況を楽しもうと動きはじめた。
 快楽の館を前にして祐介は笑う。
 その建物の前にある白い瀟洒な階段は、相変わらず裾野を広げるような形で祐介を迎えているようだった。外界を阻むかのような大きなガラスを嵌め込んだ扉もそのままだった。
 自分の中の掛け金が外れて欲望が剥き出しになる館のルールは知っている。
 そして、あの時と同じように妖艶な男女が祐介を迎えた。
「いらっしゃいませ……そして、お帰りなさいませ――田中祐介様」
「あぁ、ざっと十ヶ月ぶりだ。何一つ変わらないようだな」
 あの日の出来事を完全に思い出した祐介は女に向かって笑った。
「勿論。何も変わりませんわ……人が何かを望むたびに私たちは戻ってくる」
 女は歌うように言う。
「そうか。それが法則か」
「はい」
 女は笑った。
 まったくもって妖艶な女だった。
 豊かな胸が揺れる。誘っているかのように見えた。
「今日のお相手はどなたがよろしいのでしょう?」
「七継四姉妹」
 祐介は言った。
「今回はメイド服じゃなくていい。和服かドレスで」
「わかりました」
 そう言って女は下がった。
 女が下がると祐介は館の中に入っていった。
 メイド服の代わりにドレスなどを選んでみたが、どちらにしても四人相手でいかがわしい事をするのは変わらない。奥の扉を開けると、中はフランスの王宮のような装飾の部屋になっていた。暖炉の傍に七継四姉妹が色とりどりの格好をして座っていた。
 長女の七継摩耶(ななつぐ・まや)はおっとりした感じの女性で、白地に紫の花の着物を着ている。次女の馨(かおり)は抜群のスタイルがくっきりと見える薄地のドレス姿だ。三女の梨音(りね)は勝気な性格が瞳に現れる元気な少女で、黒地のゴスロリ服を着ていた。末妹の白姫(しらひめ)はパンツが見えるぐらいに短い和服ゴスを着ている。
「いらっしゃいませ〜、あれ? この前の人だぁ」
 白姫は目をぱちくりさせて言った。
「よく憶えてるな」
 言いながら祐介は近くの椅子に座る。
「記憶力は良いほうなの〜。でもね、あなたはあなたであって、あなたじゃない人でもあるのね。白姫もそうだけど」
 白姫は腰まである長い髪を揺らして笑った。
「今宵もひとときの夢だ」
「そうかもね〜……きゃぁ!」
 くすくすと笑う白姫を祐介は抱き寄せ、膝の上に座らせた。
 朝までには時間がある。十分に楽しめるはずだと祐介は思うと薄い笑みを浮かべ、愛らしい少女の柔肌を楽しんだ。
 高校生の梨音の方はしっかりと熟していて、小ぶりな胸のラインが妙に艶かしい。黒いガーターベルトが太腿に食い込んでいるラインや見えそうで見えないポーズをさせて祐介は愉悦に浸る。つんと胸を逸らし、自分は何でもないのよと言うかのように振舞う梨音の頬が紅く染まる。
「良い格好だな」
 祐介は言った。
 いつもの優しげな祐介はいない。
 ご奉仕ポーズをさせて、勝気な表情という仮面に隠された恥らう少女を堪能した。
「そんな顔するわりには、ここはもう……」
「やっ! 触らないでよ!」
 梨音が叫ぶように言った。
 祐介は無視している。
「そういう娘(こ)はお仕置きが必要だな。隣の部屋に行くんだ、白姫も一緒に」
「えー、白姫は何もしてないのー」
「いいから行くんだ」
「はぁい」
 そして二人は隣の部屋に行った。
 あとでしっかりと楽しむかとほくそ笑みつつ、祐介はその後をついていった。

●夢の中は水の底のように
 夢だ。
 ベットの上に座ったまま、さっきと同じようにお酒を飲んでる。
 千里は綾が目の前にいるのに無視していた。
「もう気が済んだか?」
「……まぁだ」
「いつまでなら……いつまでそうしてるつもりだ」
「わかんないわよ。わかんないわよぅ……」
 蹲ったまま、格好の悪いあたし。
 紅く濁った目をした顔が窓ガラスに映るのが怖くて、壁の方を向いてる。
 見たいものはそんなんじゃないの。
 白いドレスはしわくちゃになってる。
「それから手を離すんだ」
「嫌よ……」
 手放したくないのよ、想い出は。
 ぎゅっと、手に持った瓶とワイングラスを握り締めた。
――この思いは大事な想い出なの。
「嫌よ……」
 遠く木霊する声が、締め付けられるような頭の痛みで増幅される。こんな状態なら、特殊な能力を持っていたって意味無い。
 そんな力なんて役に立たない。あたしが欲しいのはそんなんじゃない。でも……
 哀を湛える相手の瞳を見つめ返せば、視線が離せなくなる。それが嫌で俯いたまま。
 不意に手から瓶が引っ手繰られた。
「なっ! 返してよ、それ」
 抗議の声を無視して綾が瓶の蓋を閉めて放った。
 ふらつく体で立ち上げれば、酔いが足にきて転ぶ。
「離してよ」
「無茶言うな」
「離して」
 いつものように反抗したけど、力が入らず逆に倒れこんだ。
 抱き寄せられた腕の力も暖かさも未経験のもの。彼しか知らなかった自分にとっては暖かく、そして恐ろしいものだから。
 どこかに簡単に攫われそうなのに、綾はそんなことをしない。だから余計に、体ではない何かを攫われそうで怖かった。
 見惚れるほど綺麗な顔が近づいてくる。一番怖い瞬間。自分の気持ちがばれてしまいそうだから、キスが恐怖心を揺するのだと言ったら、人は笑うのかもしれない。
「んっ……」
 触れた唇から心が伝わるようで、じんわりと目の周りが熱くなる。きゅんと胸の奥が痛くなったと思ったら、熱い雫が頬を滑り落ちていった。
「なんで……なんで、あんたなのよぉ」
 唇が離れ、吐(つ)いて出たのは――そんな言葉。
「前のことか」
 綾は言った。
 あたしは頷いた。
 一番辛い時に現れた変な奴。二度も夢に出てきて、あたしの現実にも現れた――綾。
 綾のシャツを掴んで強く揺すれば、紅い髪の先が蝶の羽ばたきのように軽く揺れた。
 まだ思い出さないということを悟って、綾は口を噤んだ。そして、こう言った。
「選ばないのか? 歩き出すかを」
 あたしは唇を噛んだ。
 それは終わりを意味する。
 綾が突きつけてきた現実を睨むかのように、あたしは綾を睨んだ。
 一方を選べば、一方を捨てることになる。
 歩き出すか、歩き出さないか。ただそれだけのことなのに、高い針の山を頂上まで歩くような気持ちになる。
「選んだって……どうにもならないじゃない。選んだって帰ってくるわけじゃないわ」
「俺が言いたいのは……苦しそうだってことだ」
「だって苦しいもの」
「何処にも行かないまま座り込んで進まない……ただそれだけなのにな」
 綾はそう言って苦笑すると頭を撫でてくる。
――なんで、そんな顔をするの? 大事なものを見るような目で見たりしないで……
 綾は何にもしない。キス一つしかしなかった。壊れ物を触るように扱うわけでもない。ただ、いつもの冷たく見えるつり気味の瞳を優しく細めて見つめてくるだけ。
 綾の腕があたしの背中に回ってくる。力を込めたりしないで抱きしめてくるから、酔ったあたしは綾の肩に頭を乗せて顔を埋めた。
 何だろうこの気持ちは。キツイこと言うのに、あたしをどうこうしようとか、コントロールしたいわけじゃないみたいだ。
「あんた……なんなのよぅ」
「何って、何が?」
「どーして、あたしにかまうのよ」
「……ほっとけないから、だな。多分」
 少し迷った後、綾が言った。
――その間はなに?
「ほっとけないって、子供じゃないわよ」
「そう言うことじゃない」
「じゃぁ、何なのよ……」
「……」
 今度はすごく困った顔をして、綾は悩んでいた。
 細い眉を顰めて、何か言いたそうな、言い難そうな顔をする。
「ほっとけない……なんて言うんだろうな。本当は、お前って元気な奴だと俺は感じるんだけどな」
 そう言った後、綾は真っ赤になってぽつっと言った。
「萎んじまった花みたいで……嫌だなと――思う。そう言うのが、俺の気持ちに一番ぴったりくるな。我侭で自由にしてるぐらいが……痛っ!」
「一言余計じゃー!」
 あたしは思いっきり蹴った。
「蹴ったな……」
「蹴るわよ! もっと蹴ってやるっ!」
 げしげしと何度も蹴ってやった。その度に綾も蹴り返してくる。身長高いから足も大きくて蹴られると痛い。
「痛いじゃないのよーっ!」
「最初に蹴ってきたのはお前だろ?」
「……うるさーい! えいえいえいっ!」
 何度も蹴れば向こうも蹴ってきて、ベッドの上はめちゃくちゃになった。毛布を蹴り飛ばして、枕を投げて二人でベッドの上を転がる。どんどん息が上がる。綾はばかみたいに体力があって、先にこっちの限界が来た。
「あはっ……あははっ♪」
 何もかも忘れて暴れると爽快な気持ちになって、知らないうちにあたしは笑ってた。
「あー、なんか……久しぶりだなぁ。こういうの」
「そうか?」
 そう言って、綾が笑う。
 寝転がってるあたしの顔を覗き込んでくる。重ねてくる手――大きい。手が離れてあたしのドレスに伸びてくる。スカートの裾に潜り込む手を阻もうと脚を閉じても間に合わない。綾があたしの手を止めて押さえ込む。
 少し何かに突き動かされてるような悩ましい表情で綾があたしを見る。
「……あっ、いやだ」
 潜り込んでくる手の動きに思わず声が上がる。片手で綾がチャックを下ろしてくるから服が脱げてきた。弱いところに触れてくるから、あたしの脚は震えて力が入らない。
「ひぁっ! やぁっ! ね、ねぇ……なんで、いつもあんたなの?」
 声がひっくり返って上手く言えない。
 そんなあたしの様子を綾は少し楽しそうに見て笑った。
「何がだ?」
 ほとんど服を脱がして言った。
 あたしはワンピースドレスを着てたから、それを脱がされるとほとんど何も着ていない状態になっていた。綾は脱いでない。
――する時ぐらい、服を脱げー! 嫌な奴め。
 こっちは脱いでるのに、相手が着てると征服されてるような気分になる。脱がそうとあたしが躍起になると、綾は「できるか?」って言うような表情をした。
――ばかー、ばかー、いやなやつ〜〜
「夢」
 あたしは言った。
 前から知りたかったこと。
「さぁ? 一度目は知らないな……今回は違うけど、な」
「違うって?」
 訊いたあたしに綾は困った顔をした。
――何を困ってるのよ。
「今回って、どういう……こと?」
「……だから、今回は俺が望んだことだ。まだ悩んでるみたいだったからな。お前の夢に来たかった」
「それだけで?」
 そう言うと、綾は観念したように溜息を吐いてから言った。あたしの耳元で「お前が……気になるから。好きだから」って言って真っ赤になった。
 意外。
 吃驚したあたしはずっと見つめてしまった。こういうときにどう反応して良いかわからないから見つめるしかない。こんな奴だもの、冗談なんか言わないだろうし。
 こんな時に言うからどうして良いのか、どう答えて良いのかわからない。
 あたしは……と言うか、あたしたちはと言うべきなのか、上手く言えなくて互いに求め合い流されるように生きていく。
 夢が夜明けに押し流されるまで、あたしたちはずっと一緒に居た。

●受難の人
「……」
 夢に入り込んだは良かったものの、紫桜はこの世界の状況に困惑し、うろたえていた。
――なんか、すごいことになってる
 出て行くわけにも行かず、見つかったら問答無用の快楽の世界に引きずり込まれそうで出て行けなくなってしまった。
「誰か、助けてください」
 そう呟くと、快楽の館の片隅の部屋の中で小さくなる。これはどうにもならない。ホテルの人には悪いけど手のうちようが無いなと紫桜は思った。
 高校生の身が呪わしい。
 仕方なく紫桜は、夜明けが来て自分自身が目が覚めるのを待った。

 ■END■

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0165/月見里・千里/女 /16歳/女子高校生
1098/田中・裕介/ 男 /18歳/高校生兼何でも屋
5453/櫻・紫桜 / 男 /15歳/高校生


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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、朧月幻尉です。
 参加しずらいお話で申し訳ありません。
 プレイングを参考にここまで書いたのですが、意味が通じたらいいなと思っています。
 ま、まとめるのが大変でした(汗)
 ご希望・苦情・感想等ございましたらお知らせください。
 それでは誠にありがとうございました。

 朧月幻尉 拝