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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


倉庫整理

【オープニング】
 倉庫の入り口に立ち、碧摩蓮は腕組みをして、思案中だ。
 やがて、深い溜息をつくと、呟いた。
「少し、整理した方がいいかねぇ……」
 店の奥には倉庫がいくつかあって、ここはその中でも一番奥に位置している。他は時おり整理して、中のものを虫干ししたりしているが、ここは考えてみればもうずいぶん長いこと、触ったことがない。おかげで、埃もかなり積もっている上に、そもそも中にどんなものが入っているのか、蓮自身にさえよくわからなくなっている。
 店は半ば趣味も兼ねているので、そう積極的に品物を売りさばいているわけではないが、さすがに、倉庫の中身がわからないのはまずいだろう。
(誰か、手伝いを頼んで少し整理してもらうとしようか)
 彼女は胸に呟くと、踵を返して店に戻りながら、頭の中で手伝ってくれそうな人間のリストを繰った。
(ついでに、品物のリストを作ってもらえれば、なおいいね)
 ふと、そんなことも思いつく。考えてみれば、他の倉庫の品物は、これも以前に手伝いを頼んで整理した時に、誰かがリストを作ってパソコンに入れてくれていたはずだ。あれと同じようにしてもらえれば、ありがたい。
 店に戻った彼女は、さっそく心あたりの人々に、電話をかけ始めた。

【1】
 視力が弱いながらも、倉庫の中の雑然とした様子は見て取れて、セレスティ・カーニンガムは小さく胸に一つ、溜息を落とした。
(これは……聞いた以上に、大変そうですね)
 蓮から電話をもらい、中の品物に興味もあって、参加を承知した彼だが、さすがに考えが甘かっただろうかと、改めて思う。なにしろ中は、ざっと見ただけでも、さまざまなものが適当に棚に並べられ、どこに何があるのかわからないだろう状態だ。その上、彼の目にさえ、厚く積もった埃がわかるほどだ。
 彼同様に手伝いを承知したのは、他に四人。小料理屋「山海亭」の主、一色千鳥と翻訳家で草間興信所の事務員でもあるシュライン・エマ、都立図書館司書の綾和泉汐耶、そして魔術師の城ヶ崎由代である。
 彼らも、倉庫の中を見渡して、いささか呆然としているようだ。
 やがて、汐耶が一つ溜息をついて呟いた。
「これは……。たぶん一日がかりだろうと思ってはいたけど、ほんとにそうなりそうね」
 年齢は、二十三歳。女性にしては背が高く、短い黒髪と青い目、銀縁のメガネをかけていて、華奢な青年とも見えなくもない。今日は、長袖のTシャツに、Gパンという恰好だ。
「すまないね。……なにしろ、人手が足りなくてね」
 小さく肩をすくめて言う蓮に、シュラインが軽く引きつった笑いを見せてうなずく。
「倉庫の整理とかって、どうしても手間がかかるものね」
 こちらも、すらりとした長身の持ち主で、長袖のTシャツにGパンという恰好の上から、割烹着をまとっていた。長い黒髪は、後ろで一つに束ねている。年齢は二十六だ。
 言ってから、彼女は一同を見回した。
「さて……と。じゃあ、とりあえずざっと手順と分担を決めて、それから始めましょ。手際よくやらないと、なかなか終わらないと思うから」
 彼女の発案で、蓮も交えて話し合った結果、まずは中身を全部外に出してしまい、一旦倉庫の大掃除をして、それから中身の方も掃除して、今度はきっちり分類して中に戻すことになった。
 大きなものや、重いものは千鳥と由代の二人が、それ以外はシュラインと汐耶、それに蓮が手分けして運び出すことになった。セレスティは、アクセサリー類などの小物や、日に当てるとマズイ紙類を蓮が用意した箱に入れ、外の日の当たらない場所に出すよう、役割が分担された。中のものが運び出された後は、シュラインと共に、リスト作りに当たる手順になっている。男性とはいえ、本性が人魚で、視力と足が弱く車椅子を使っている彼には、ちょうどいい役割だった。
 そんなわけで、彼らはさっそく、手分けして倉庫の中のものを外に出す作業に取り掛かった。
 倉庫の前は、コンクリートを敷き詰めた広い庭状になっている。雨でも荷物の出し入れが可能なように、頭上には半透明の屋根が取りつけられており、おかげで強い日射しもかなり遮られていた。
 そこに蓮が持って来たビニールシートが敷かれ、中のものが次々に運び出される。
 中身は、なんとも多岐に渡っていた。いかにもアンティーク然としたビスクドールや市松人形、こけし、男雛と女雛のセットのようなものから、茶道具、硯、花瓶に茶碗などなど。屏風や衝立のような大きなものもあれば、アクセサリーや印籠などの小さなものもあった。表紙がボロボロの古書の類や、占盤のような得体の知れないものもある。
 セレスティは、膝に乗せられる大きさの箱の中に、アクセサリーなど小さなものを探し出しては入れて行きながら、思わず溜息をついた。
 中は、少し動いただけで、埃がもうもうと舞い上がるような状態で、彼らは蓮が用意してくれたマスクをしているのだが、それでもかび臭い匂いが鼻をつく。
 だが、彼が溜息をついたのは、そのせいではなかった。むしろ彼は、こうした古いものだけで一杯にして閉ざされた空間の持つ、独特の空気は嫌いではない。溜息は、そこに収められたものたちの持つ、さまざまな過去や力に対する感嘆ゆえだ。また、これだけのものを集めて、無造作に一ヶ所に詰め込んでおける蓮への感嘆でもある。
 本来、彼が手で触れて読み取ることができるのは、書籍やパソコンなどのような、情報を含有しているものだけだ。だから、アクセサリーなどに触れても、その過去がわかるわけではない。にも関わらず、一つ一つを手にするたびに、そこから何かが伝わって来る気がするのだ。それは、いってみればいかにそれらの内在している力が強いかということだろう。
 そうやって、一つ一つ小物類を手にして箱に入れて行く中で、彼はいくつかの印籠と根付になんとなく興味を引かれた。
 印籠は、江戸時代の男たちのアクセサリーのようなものだ。もともとは名前のとおり印鑑を入れたり、あるいは薬などを入れるためのもので、もちろんそうした使われ方もしていただろう。しかし、表面に美しい絵が描かれていることから、アクセサリー的要素も強かった。根付はその印籠につけられる、今で言えば、携帯電話のストラップのようなものだが、印籠の絵と根付をそろえるのが、粋とされた。たとえば、印籠の絵柄が月と薄なら、根付はうさぎだとか、印籠の絵柄が波なら、根付は千鳥とかいったふうだ。
 ここにあるものは、なかなか凝っていて、印籠の絵柄が渡辺綱が鬼の腕を取った逸話の一場面になっており、根付は般若だとか、竹取物語の一場面らしい絵柄の印籠に、うさぎの根付のものだとかがある。
 中でも一番彼が惹き付けられたのは、漆塗りにトンボの群れる薄の原と夕日が金蒔絵で描かれたものだった。根付は、柿の実で、それがなんだか愛らしい。
(どれもなかなか面白いですが、これは不思議と心をなごませてくれますね。……いったい、どんな人が使っていたんでしょうね)
 ふと、そんなことを彼は考えた。印籠の絵が詩的なものであるところを見れば、茶や俳句などをたしなむ文化人だったかもしれない。柿の実の根付からは、なんとなく茶目っ気も感じられる。
(どこかの大店のご隠居で、茶や俳句をたしなむ風流人で……。そうですね、案外これは自分で作らせたものではなく、持ち主と親しい女性……そう、たとえばお孫さんとかからの贈りものだったのかも……)
 セレスティは、持ち主について考えを巡らすうちに、なんとなくほほえましい気持ちになって、思わず唇をほころばせた。
(これ、なんだか気に入ってしまいましたね。……覚えておいて、あとで蓮さんにゆずってもらえないか、訊いてみましょう)
 胸に呟き、セレスティはそれを丁寧に箱の中に収めるのだった。

【2】
 二時間後。
 どうにか中身を外に運び出してしまうと、倉庫はなんとなくガランとした感じになった。
 ここからは、中を掃除する者たちと、外でリストを作る者とに、分かれることになっている。セレスティは、シュラインと共に、リスト作りだ。
 蓮が持って来た小さな丸テーブルに、同じく蓮のノートパソコンを広げ、彼はシュラインが言うものを、入力して行く。
 たとえば、ビスクドールならどんな外見で、何年ぐらいの製品で、タグや刻印はあるかなど、できるだけ細かく入力し、修繕の必要なものなど取扱に関する注意点もランク付けして行くのだ。
 数も多い上に、かなり手間のかかる作業ではある。しかしながら、彼もシュラインも、こうした事務的な作業を手際よくこなして行くことには、もともと慣れているし、おそらく適正もあるのだろう。一時間でほぼ半分がかたずいたかっこうになった。
 それにしても、さすがに一時間、ずっとパソコンを打ち続けるのは疲れる。セレスティが、小さく吐息をついた時だ。倉庫の中の掃除に回っていた由代が、手に盆を持ってやって来た。
 彼は、今日集まった中では、外見的には一番年長者だ。四十前後というところだろうか。短い黒髪と黒い目の、やわらかな雰囲気の男だ。長身の体に、着古した感じのシャツとスラックスをまとい、シンプルな深緑色のエプロンをして、首にはタオルを巻いている。
「シュラインさん、セレスティくんも、休憩にしないかい?」
 言って彼は、手にしていた盆をセレスティのいるテーブルの上に置いた。
「すみません、わざわざ」
 礼を言ってセレスティは、キーボードから指を離す。そこへ、シュラインも歩み寄って来た。
「あら、美味しそう」
 盆の上を見て、声を上げる。乗っていたのは、小さめのスイートポテトと、冷えた缶コーヒーだ。
「倉庫整理を手伝ってくれないかと、蓮さんから電話をもらった時、茶菓子でも持って行こうかと言ったら、大歓迎だと言われたので持って来てみたんだけどね」
 穏やかに笑いながら、由代が返す。
「自分で作られたんですか?」
 セレスティは、軽く目をしばたたいて問うた。
「いやいや。単に近くの店で買っただけなんだけど。僕はけっこう好きな店なんだけどね」
 笑いながらかぶりをふって答えると、彼は缶コーヒーは蓮からだと付け加えた。
 セレスティは、再度礼を言って一つを手に取る。たしかに、なかなか美味だった。さつまいも本来の甘さをうまく引き出しており、口あたりも悪くない。
「美味しい。……由代さん、よかったらこのお店、後で場所を教えてもらえるかしら」
 同じくスイートポテトを口に運んだシュラインも、小さく声を上げた後、そんなことを言い出した。
「いいよ」
 由代はまた笑顔でうなずいた。そして彼は、軽く手をふると、再び倉庫の方へと戻って行く。見ればそちらでは、戸口のところに座り込み、蓮たちも休憩しているようだ。
 由代を見送り、セレスティとシュラインは、ゆっくりとスイートポテトを堪能し、缶コーヒーで喉を潤した。
 短い休憩を終えると、二人は再びリスト作りに取り掛かる。品物の特徴を告げるシュラインの声が、昼前の明るい空に響き、セレスティの白い指先が踊るようにキーボードの上を走った。リストに記載される品物は、ゆるやかに数を増やして行きつつあった。

【3】
 最後の品物を入力し終えて、キーボードから手を離したセレスティは、大きく伸びをした。さすがに、少し腕が疲れている。
 そこへ、シュラインが歩み寄って来た。
「ご苦労様」
「シュラインこそ、ご苦労様でした。喉が、疲れたんじゃないですか?」
 顔を上げて尋ねる彼に、シュラインは小さく笑う。
「平気よ、これぐらい」
 倉庫の掃除をしていた者たちも、終わったのか中から出て来た。
「ご苦労さん。そっちはどう?」
 蓮が歩み寄って来て、尋ねる。
「全部の入力が終わりました。修繕の必要のあるものは、リストに印をつけてますし、シュラインが別に分けてくれてますから」
 セレスティが答えると、シュラインがうなずいて後を続けた。
「あっちのがそうよ。ただ、霊的なものや呪術的な効力については、私たちではわからないから、リストに印とかはつけてないわ」
「ああ、それはかまわないよ。中に戻す時にあたしが見たらわかるし、封印の必要なものは、汐耶にやってもらうから。それより、昼にしよう。千鳥と汐耶が、差し入れを持って来てくれてるってさ」
 うなずいて蓮が言う。汐耶は封印能力を持っているのだ。
「そういえば、お腹空いて来たわね」
「私もです」
 シュラインの言葉に、セレスティもうなずく。彼らはそろって、店の奥にある蓮の住居のキッチンに向かった。
 キッチンのテーブルに、千鳥と汐耶が、持って来た弁当をそれぞれ広げる。
 二人とも、分量の関係からか、重箱を使っていた。
 千鳥が持参したのは、一口大の五目いなりと、煮物、柿なますにお新香、栗の甘露煮といったものだ。煮物は、きれいに皮を剥かれた小芋と蕗、紅葉の形に切られたにんじんに、銀杏、高野どうふ、しいたけが綺麗に盛り合わせされている。それに柿なますと栗の甘露煮が一の重に詰められ、二の重には五目いなりが、上に細切りの紅しょうがを散らされて収まっていた。隅にはお新香が色を添えていた。さすがに、小料理屋の主兼料理人だと、誰もがその見映えの良さに目を見張る。
 一方、汐耶が用意したのは、おにぎりと鶏の唐揚げ、ポテトサラダ、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、しば漬けと一口大に切って皮を剥いたリンゴで、一の重にはポテトサラダときんぴらごぼう、おひたし、リンゴが、二の重にはグリーンリーフを敷き詰めた上に鶏の唐揚げが、三の重にはおにぎりが詰められ、こちらもしば漬けが色を添えていた。おにぎりは、梅とかつお、昆布の三種類がある。
「豪華だなあ」
 由代が目を丸くして呟く。
「家庭料理はわりと得意なんですけど……でも、ちょっと恥ずかしいわ。プロの人と較べられるなんて」
 汐耶が、少しだけ頬を赤くして言った。
「いやいや、気にしないで下さい。料理を美味しくするのは、なにより愛情ですし……プロといっても、商売してるかしてないかの違いですからね」
 千鳥は優しい笑顔で返す。
 シュラインと同い年ぐらいだろうか。長身の体にざっくりしたシャツとスラックスというなりで、肩甲骨のあたりまである見事な黒髪は、後ろで一つに束ねてある。客商売をしている人間なだけに、人あたりはよく、口調も優しかった。
 やがて蓮とシュラインが手分けしてお茶を配り、彼らは食事を始める。
(さすがに、これで商売していらっしゃるだけは、ありますね)
 五目いなりと煮物を少しもらって、セレスティは思わず胸に呟いた。比較的薄味なのだが、それが素材本来の味を引き立てている。それに、あまり強く舌を刺激しないのが、口に心地よかった。
 一方、汐耶の料理もなかなかのものだ。鶏の唐揚げやきんぴらごぼうは、本来かなり味付けが濃いものだが、彼女のそれは、優しい味に仕上がっており、ふわりと口に風味が広がる感じだ。
「千鳥さんのは、さすがだと思いますが、汐耶さんのもなかなか美味しいですね。千鳥さんに、負けてないと思いますよ」
 セレスティは、正直に感想を述べる。
「ほんとですか?」
 汐耶が、パッと顔を輝かせた。
「うん。悪くないですよ。私も、汐耶さんの味は好きですね」
 横から千鳥が、うなずきながらそんなことを言う。そして、話題を変えるように訊いた。
「ところで、セレスティさんとシュラインさんの方、リスト作りは終わったんですか?」
「はい」
 うなずいてセレスティは、さっきシュラインが蓮に言ったのと同じように、霊的・呪術的なものに関することを除いては、全て終わったと告げる。
「それについては、あたしがチェックして、必要なら汐耶に封印してもらおうと思ってるんだけど、いいね?」
 蓮が後を引き取るように言った。最後の問いは、汐耶へのものだ。
「ええ」
 汐耶がうなずく。
 やがて、彼らは食事を終えて、立ち上がった。千鳥と汐耶が用意したものは、全てきれいに食べ尽くされて、後にあるのは空の容器ばかりだ。
「ごちそうさま。なんだか、久しぶりに美味いものを食べた気がするなあ」
 二人に礼を言った後、由代が呟く。もしかして、一人ぐらしで普段は自炊なのだろうかと、ふと思いながらもセレスティは、その呟きに苦笑した。

【4】
 午後からは、全員で外に出したものを一つづつ綺麗に拭いたり、はたきをかけたりして埃と汚れを落とし、中に戻す作業が始まった。
 その作業の合間に、蓮が一つ一つ霊的・呪術的なものをチェックして行く。由代と千鳥も、多少はそういうものがわかるということで、二人も掃除をしながら、それらを手伝った。
 中にいくつか、やはり封印を必要とするものがあって、汐耶がそれらを封印する。セレスティは、それもまたリストの中のチェック項目として加え、備考としてどんな霊的・呪術的作用を持つものなのかも、書き加えた。
 また、中に品物を戻す際は、同じ種類のものを一つの棚にまとめて並べるようにして、どこに何があるのか、一目でわかるように全員でこころがけた。
 やがて、太陽が傾くころ、ようやく倉庫の整理は終わりを告げた。
(さすがに、丸一日働くと、疲れますね)
 セレスティは、小さく吐息をついて胸に呟く。リスト作りなど、他の者に較べると軽作業も多かったはずなのだが、彼にとっては幾分きつかったようだ。それでも、きれいにかたずき、整然とものが並ぶ倉庫内を見ると、達成感が込み上げて来る。
 他の者たちも、皆同じなのか、満足げな笑みを浮かべて、倉庫の中を見詰めていた。
 そんな彼らに、蓮が言う。
「みんな、今日は本当に、ご苦労さん。……礼と言っちゃあなんだけど、この中のものを一つづつ、あんたらにやるよ。気に入ったものがあったら、持って行きな」
「え? いいの?」
 驚いたように目を見張って尋ねたのは、シュラインだ。
「いいよ。あたし一人じゃ、とても一日でこの作業を終えるのは、無理だったろうし。美味い差し入れももらったしさ」
 蓮がうなずく。いつもどおりのぶっきらぼうな口調だが、彼女が本当に彼らに感謝しているのが、よくわかる言葉だった。
 それぞれ顔を見合わせ、さっそく彼らは、思い思いに目当てのものを置いた場所へと向かう。どうやら、皆それぞれ、整理するうち何か心惹かれるものに出会っていたようだ。
 セレスティが手にしたのは、もちろんあの、トンボと薄の原の絵柄の印籠だ。後で譲ってもらえないか交渉しようと考えていただけに、うれしい。
「私は、これをいただきます」
 蓮に見せて言うと、彼女はうなずいた。
「印籠とはさすがに渋い趣味だね。まあ、もともと男のアクセサリーだし、いいよ。持って行きな」
「ええ。では、遠慮なく」
 微笑み返して、彼はそれをポケットに収めた。
 他の者たちも、それぞれ目当てのものを持って戻って来た。千鳥は首の細い一輪ざしを、シュラインは水晶で出来た卵型のペーパーウェイトを、由代は二つで一組らしい翡翠のサイコロをそれぞれ手にしている。
 ただ、汐耶だけは何も持って来ていない。
「あんたはいいのかい?」
 蓮が尋ねた。
「ええ。改めて見てみたけれど、どうしても欲しいと思うようなものがないの。読みたい気がする古書もあったけど、持ち出そうとすると、その気が失せるところを見ると、きっと持ち出しちゃいけないものなんだと思うわ」
 うなずいて言うと、汐耶は蓮を見やった。
「だから、今回は何もいりません。そのかわり、今度ここで古書を買う時、少し割り引いてもらえないかしら」
「いいけど……引くのは、三割だよ」
「今日の礼なんだから、五割ぐらいになりませんか?」
 答える蓮に、汐耶は食い下がる。
「しかたがないね。……じゃあ、特別に五割ってことにしよう。でも、今日の礼なんだから、一冊だけだよ」
 蓮もしかたなさそうに溜息をついて、答える。
「ありがとうございます」
 笑顔で礼を言う汐耶に、セレスティは思わず苦笑した。
(なかなか、交渉が上手いですね)
 だが、ともあれこれで全員が、なんらかの形で今日の手伝いの報酬をもらったわけだ。
(他にもいろいろ、珍しいものが見れましたし、大変でしたが、楽しい一日でしたね)
 セレスティは胸に呟き、小さく微笑むのだった。

【エンディング】
 数日後。
 セレスティは、朝食を取りながら、明け方に見た夢を反芻していた。
 夢の中で彼は、トンボの群れる薄の原で、沈んで行く夕日を眺めていた。傍には、上品な和服の老人がいて、穏やかな声で何かを話していた。
 何を話していたのかは、覚えていない。ただ、最後に老人は夕日のように赤く輝く柿の実を彼に差し出し、言ったのだ。
「いい人にもらってもらえて、よかった。……大事にしてやっておくれ」
 と。セレスティは、礼を言って柿の実を受け取った。そして、そこで目が覚めたのだ。
(不思議な夢でしたね。……あれはやはり、あの印籠の以前の持ち主だったんでしょうか)
 食事しながら、ふと彼は思う。
 目覚めてすぐに気づいたのは、夢で見た風景があの印籠の蒔絵と同じだったことだ。老人が差し出したのが柿の実というところも、妙に符牒が合っている。
 もちろん、真実はわからない。彼がこの数日、就寝前にあの印籠を眺めては前の持ち主について、さまざまな想像を巡らせたり、蓮の元に来ることになった過程を考えてみたり、していたせいかもしれないのだ。
 とはいえ、真相を探ろうとは、彼は思わなかった。
(もちろん、大切にしますよ)
 胸の中で、そっとあの夢に出て来た老人に返して、彼は薄く微笑む。
(きっと、あれが私の手元に来たのも、何かの縁あってのことでしょうからね)
 そして彼は、あの印籠の姿を胸に描きながら、コーヒーを飲み干すのだった――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 /セレスティ・カーニンガム /男性 /725歳 /財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4471 /一色千鳥(いっしき・ちどり) /男性 /26歳 /小料理屋主人】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449 /綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや) /女性 /23歳 /都立図書館司書】
【2839 /城ヶ崎由代(じょうがさき・ゆしろ) /男性 /42歳 /魔術師】

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■         ライター通信          ■
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参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
今回は、シュライン・エマ様が書いて下さった手順を基本として、
お話を組み立てさせていただきました。
また、重箱については、おせち料理の詰め方を参考に、
アレンジを加えております。

●セレスティ・カーニンガム様
いつもお世話になっています。
今回は、リスト作りを中心にやっていただきましたが、
いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。