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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


倉庫整理

【オープニング】
 倉庫の入り口に立ち、碧摩蓮は腕組みをして、思案中だ。
 やがて、深い溜息をつくと、呟いた。
「少し、整理した方がいいかねぇ……」
 店の奥には倉庫がいくつかあって、ここはその中でも一番奥に位置している。他は時おり整理して、中のものを虫干ししたりしているが、ここは考えてみればもうずいぶん長いこと、触ったことがない。おかげで、埃もかなり積もっている上に、そもそも中にどんなものが入っているのか、蓮自身にさえよくわからなくなっている。
 店は半ば趣味も兼ねているので、そう積極的に品物を売りさばいているわけではないが、さすがに、倉庫の中身がわからないのはまずいだろう。
(誰か、手伝いを頼んで少し整理してもらうとしようか)
 彼女は胸に呟くと、踵を返して店に戻りながら、頭の中で手伝ってくれそうな人間のリストを繰った。
(ついでに、品物のリストを作ってもらえれば、なおいいね)
 ふと、そんなことも思いつく。考えてみれば、他の倉庫の品物は、これも以前に手伝いを頼んで整理した時に、誰かがリストを作ってパソコンに入れてくれていたはずだ。あれと同じようにしてもらえれば、ありがたい。
 店に戻った彼女は、さっそく心あたりの人々に、電話をかけ始めた。

【1】
 倉庫の戸口に立って中を見やり、その雑然とした様子に、一色千鳥はさすがに溜息をついた。
(これはたしかに、蓮さんが手伝いを募っても、しかたありませんねぇ)
 蓮からの電話で、いろいろ楽しそうなものも出て来そうだと考えて、手伝いを引き受けた彼だったが、これを見ては溜息をついて苦笑するしかない。ざっと眺めただけでも中は、さまざまなものが適当に棚に並べられ、これでどこに何があるかがわかればすごいと言いたいようなありさまだ。しかも、埃は一瞥しただけでも、かなりの厚さで積もっているのがわかる。
 ちなみに、彼と同じく手伝いに来ているのは、他に四人。リンスター財閥総帥で、占い師でもあるセレスティ・カーニンガムと、翻訳家で草間興信所の事務員でもあるシュライン・エマ、都立図書館司書の綾和泉汐耶、そして魔術師の城ヶ崎由代である。
 彼らも、倉庫の中を見渡して、いささか呆然としているようだ。
 やがて、汐耶が一つ溜息をついて呟いた。
「これは……。たぶん一日がかりだろうと思ってはいたけど、ほんとにそうなりそうね」
 彼女は、二十二、三歳ぐらいだろうか。女性にしては背が高く、短い黒髪と青い目、銀縁のメガネをかけていて、華奢な青年とも見えなくもない。今日は、長袖のTシャツに、Gパンという恰好だ。
「すまないね。……なにしろ、人手が足りなくてね」
 小さく肩をすくめて言う蓮に、シュラインが軽く引きつった笑いを見せてうなずく。
「倉庫の整理とかって、どうしても手間がかかるものね」
 こちらも、すらりとした長身の持ち主で、長袖のTシャツにGパンという恰好の上から、割烹着をまとっていた。長い黒髪は、後ろで一つに束ねている。年齢は、二十五、六歳というところか。
 言ってから、彼女は一同を見回した。
「さて……と。じゃあ、とりあえずざっと手順と分担を決めて、それから始めましょ。手際よくやらないと、なかなか終わらないと思うから」
 彼女の発案で、蓮も交えて話し合った結果、まずは中身を全部外に出してしまい、一旦倉庫の大掃除をして、それから中身の方も掃除して、今度はきっちり分類して中に戻すことになった。
 大きなものや、重いものは千鳥と由代の二人が、それ以外はシュラインと汐耶、それに蓮が手分けして運び出すことになった。一方、セレスティは、アクセサリー類などの小物や、日に当てるとマズイ紙類を蓮が用意した箱に入れ、外の日の当たらない場所に出す役目を割り振られる。彼には、中のものが運び出された後、シュラインと共にリスト作りに当たってもらうことにもなった。
 一見すると二十代半ばで、銀の髪と青い目の美貌の青年である彼は、実際は七百年以上を生きている人魚だ。が、そのせいで、視力と足が弱く、今も車椅子を使っている。視力の方は、鋭い感覚でおぎなっているため、日常生活に支障はないとのことだった。
 ともあれ、彼らはさっそく手分けして、倉庫の中のものを外に出す作業に取り掛かった。
 倉庫の前は、コンクリートを敷き詰めた広い庭状になっている。雨でも荷物の出し入れが可能なように、頭上には半透明の屋根が取りつけられており、おかげで強い日射しもかなり遮られていた。
 そこに蓮が持って来たビニールシートが敷かれ、中のものが次々に運び出される。
 中身は、なんとも多岐に渡っていた。いかにもアンティーク然としたビスクドールや市松人形、こけし、男雛と女雛のセットのようなものから、茶道具、硯、花瓶に茶碗などなど。屏風や衝立のような大きなものもあれば、アクセサリーや印籠などの小さなものもあった。表紙がボロボロの古書の類や、占盤のような得体の知れないものもある。
 千鳥は、由代と共に、屏風や衝立などをまず運び出してしまい、それからやはり二人で協力して、高い位置に置かれた壺や置物などを、下ろし始めた。
 中は少し動いただけで、埃がもうもうと舞い上がるような状態で、彼らは蓮が用意してくれたマスクをしているのだが、それでもかび臭い匂いが鼻をつく。
 背の高い脚立の上には、千鳥が昇った。由代も背が高いが、まだ二十代の千鳥にしてみれば、四十前後の彼にそんな作業をさせていいのかと、幾分心配になってしまうのだ。もっとも、由代当人はなんだかやる気満々に見えたけれど。
 なにしろ彼は、着古した感じのシャツとスラックスの上に、シンプルな深緑色のエプロンをして、手袋も白手袋と軍手の二つを用意しているという念の入れようだったし、首からはタオルを巻いていたりもする。
 千鳥もむろん、汚れてもいいように古い衣服を着ていたし、軍手は一応持って来ていたけれど、ここまで用意周到ではない。
 とはいえ、一緒に作業をするうちに、さほど心配はいらないようだと千鳥も察し始めた。由代の動きはきびきびとして、自分たちと変わらないものだったからだ。
(よけいな老婆心というものでしたか)
 千鳥は胸に苦笑して、作業を続ける。
「これで最後です」
 天井に届くほど高い位置まで伸びた書棚の上の段から、最後の数冊を抜き出して由代に渡し、千鳥は言った。
「はい」
 受け取りながら、由代がうなずく。
 それへうなずき返して、彼は脚立を降りた。あとは、そのままでも手の届く範囲にある重いものを、個々に運び出せばいいだけだ。
 千鳥はなんとなく溜息をついて、あたりを見回した。すでにシュラインや汐耶、セレスティらが軽いものや細々したものなどは、かなり運び出してしまっているので、こうして眺めると中は、最初ほどごちゃごちゃした感じはない。
(うん?)
 と、どういうわけか、棚の隅にある一輪ざしが、目に止まった。彼はそちらに歩み寄り、手に取って、しげしげと眺める。首の細いそれは、やわらかな光沢を帯びた銀色で、まったく飾り気がなかった。しかし、その色合いや形は上品で、なんとも味わいがある。
(なかなか、いいですね。……どんな花を挿しても合いそうだ。今なら、萩の花なんてどうでしょう)
 胸に呟き、彼はその一輪ざしに萩の花を挿したところを思い浮かべた。
(なかなか、悪くないですねぇ)
 細かな紫の花と銀色のコントラストは、彼の脳裏で互いに引き立て合って、更に上品な風情をかもし出す。店のカウンターにでも飾れば、きっといいアクセントになるだろう……と考えて、彼は我に返った。
(何考えてるんですか。私はここのかたずけを手伝いに来たんであって、品物を見に来たわけでは……)
 ぷるぷると頭をふったものの、ふと思う。
(でも、今日の手伝いは無償なわけですし……蓮さんに交渉したら、譲ってもらえるかもしれませんよね。タダでなくとも、いくらか割り引いてもらえるとか……。そうですね。かたずけが終わってから、蓮さんに話してみましょう)
 結局そう決めて、彼はようやく本来の仕事に戻るべく、一輪ざしの傍から離れ、もっと重くて女性たちでは運び出せそうにない、置物などと取っ組み始めるのだった。

【2】
 二時間後。
 どうにか中身を外に運び出してしまうと、倉庫はなんとなくガランとした感じになった。
 ここからは、中を掃除する者たちと、外でリストを作る者とに、分かれることになっている。千鳥はむろん、中の掃除の方だ。
 リスト作りをすることになったセレスティとシュラインの二人を残し、千鳥たち四人は再び倉庫に入って行った。
 倉庫の天井には、いくつか天窓がついている。千鳥はまず、脚立に昇ってそれらを全開にした。これで、少々中で埃が立っても、外に出て行ってくれるだろう。
 それからまず、全員でほうきで埃を掃き出す作業にかかった。棚の上段から下にかけて、順番に埃を掃き落とし、壁や棚の横板などは、はたきを使う。最後に床を掃いて、埃を全て集めて取ってしまえば、この作業は終わりだ。
 といっても、実際はかなりの労働量だった。さすがにというべきか、虫やネズミ、コウモリなどがいないのは幸いだったが、埃の量は半端ではない。
 結局、その作業だけで一時間が経過していた。
「ちょっと、休憩しないかい?」
 額の汗を首にかけたタオルで拭いながら言ったのは、由代だ。
「そうだね。……由代、何か茶菓子を持って来てくれてるんだろ?」
 うなずいて、蓮が尋ねる。
「うん。キッチンの方に置いて来たんだけどね」
「なら、一緒に来てくれないか。あたしも、缶コーヒーを買ってあるんだ。運ぶの手伝ってほしいんだけど」
 言われて由代がうなずいた。
 そのまま、二人が出て行くのを見送って、千鳥たちも倉庫から出た。さすがに、外の空気が吸いたい気分だ。
 千鳥は戸口で大きく伸びをして、ずらりと中にあったものが並ぶ庭を見やった。セレスティが、蓮の住居に近い側に用意された丸テーブルに向き合って、ノートパソコンに向かっている。シュラインが、品物の名前や特徴を告げる声が、あたりに途切れることなく響いていた。
(あっちはあっちで、大変そうですね。数が多いだけに)
 それを見やって、千鳥はふと思う。
 そこへ、由代と蓮が戻って来た。由代が持って来たのは、スイートポテトだ。どこかの菓子屋で買ったものなのか、小さな箱に人数分が詰められている。彼は、その中の二つを盆に取り分け、蓮と一緒にスーパーの袋に入れて運んで来た缶コーヒーも二つ盆に乗せると、身を起こした。
「シュラインさんとセレスティくんにも、あげて来るから、先に食べてていいよ」
 言って彼は、そのまま盆を手に踵を返す。
 蓮は言われるまでもなく、すでに箱の中からスイートポテトを一つ、取り出していた。苦笑して、千鳥と汐耶も倉庫の戸口に腰を降ろすと、一つづつそれを手にする。
「美味しい……!」
 一口かじって、汐耶が声を上げた。
「ほんとに、なかなかいけますね」
 千鳥も食べてみて、うなずく。さつまいも本来の甘さを、うまく引き出しており、口あたりも悪くなかった。
 戻って来た由代にそれを言うと、彼はうれしそうに笑った。
「そう言ってもらえて、うれしいなあ。近くの店のお菓子なんだけど、僕、けっこうここのが好きでね」
「そこって、洋菓子のお店ですか? それとも、和菓子?」
 汐耶が尋ねる。最近は、和菓子屋でもこうした洋菓子に分類されるものを置いている店が、あるからだろう。
「洋菓子のお店だよ。小さな可愛いタルトとか、シンプルだけど美味しい焼き菓子とか、いろいろ売ってるね」
「……よかったら、場所を教えてもらえませんか?」
 由代の言葉に、汐耶がまた尋ねる。
「いいよ。さっき、シュラインさんにも聞かれたし……。ここのかたずけが終わったらね」
「はい」
 穏やかな笑顔で答える彼に、汐耶がうれしそうにうなずいた。
 そんなやり取りを聞きながら、千鳥はさつまいもを使った、和風のデザートを何か店のメニューに加えるのもいいな、などと考えていた。
 やがて、短い休憩が終わり、彼らは再び倉庫の中に戻った。今度は、一斉に雑巾がけだ。さっきと同じように、棚の上や壁の上部など、高い位置から始めて、順番に下へと降りて来る形を取る。あれだけ掃いたのに、まだ埃があるのか、雑巾はたちまち真っ黒になり、丸まった埃が大量にくっついて来る。
(すごいですね。なんだか、これだけ一気に雑巾が真っ黒になると、掃除のし甲斐もあるって気がしますよ)
 千鳥は、思わずそんなことに苦笑しつつ、ひたすら腕を動かし続けるのだった。

【3】
 倉庫中の雑巾がけを終えて、千鳥たち四人は、思わず深い吐息をついた。中は、あんなに埃まみれだったのが嘘のように、ぴかぴかだった。
「苦労した甲斐が、ありましたねぇ」
 額の汗をタオルで拭いて、しみじみと呟いたのは由代だ。
「ええ」
 汐耶が、大きくうなずく。
「ご苦労さん。まずは、一段落だね」
 蓮が労いの言葉を口にして、思い出したように尋ねた。
「ところで、そろそろ昼だけど……食事はどうする? 何か取ろうか」
「差し入れ持って来てますよ」
「お弁当、持って来ました」
 はからずも、ハモってしまって、千鳥と汐耶は顔を見合わせる。軽く目を見張っている汐耶に笑いかけ、千鳥は改めて言った。
「人数が多いなら、差し入れがあった方が、世話がないだろうと思いましたから。あ、味は保証しますよ」
「あんたの料理の味なら、あたしも保証するよ。……汐耶のもね。前にもらったちらし寿司と大根の煮物は、えらく美味かったからね」
 蓮が笑って返した後、汐耶をふり返って言う。
「いえ……」
 汐耶は、はにかんだように笑った。
 それを見やって、蓮はうなずく。
「じゃあ、とにかく、食事にしよう」
 彼女の号令で、千鳥たちはそろって倉庫を後にした。
 庭でシュラインとセレスティにも声をかけ、六人そろって、店の奥の蓮の住居にあるキッチンへと向かう。そうしながら千鳥は、さすがに強い空腹感を覚えていた。
(午前中びっしり、働きましたからね)
 小さく胸に苦笑して、彼はキッチンへと続く戸口をくぐった。
 やがてキッチンのテーブルに、千鳥と汐耶が、持って来た弁当をそれぞれ広げる。
 二人とも、分量の関係からか、重箱を使っていた。
 千鳥が持参したのは、一口大の五目いなりと、煮物、柿なますにお新香、栗の甘露煮といったものだ。煮物は、きれいに皮を剥かれた小芋と蕗、紅葉の形に切られたにんじんに、銀杏、高野どうふ、しいたけが綺麗に盛り合わせされている。それに柿なますと栗の甘露煮が一の重に詰められ、二の重には五目いなりが、上に細切りの紅しょうがを散らされて収まっていた。隅にはお新香が色を添えていた。さすがに、小料理屋の主兼料理人だと、誰もがその見映えの良さに目を見張る。
 一方、汐耶が用意したのは、おにぎりと鶏の唐揚げ、ポテトサラダ、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、しば漬けと一口大に切って皮を剥いたリンゴで、一の重にはポテトサラダときんぴらごぼう、おひたし、リンゴが、二の重にはグリーンリーフを敷き詰めた上に鶏の唐揚げが、三の重にはおにぎりが詰められ、こちらもしば漬けが色を添えていた。おにぎりは、梅とかつお、昆布の三種類がある。
「豪華だなあ」
 由代が目を丸くして呟く。
「家庭料理はわりと得意なんですけど……でも、ちょっと恥ずかしいわ。プロの人と較べられるなんて」
 汐耶が、少しだけ頬を赤くして言った。
「いやいや、気にしないで下さい。料理を美味しくするのは、なにより愛情ですし……プロといっても、商売してるかしてないかの違いですからね」
 千鳥は優しい笑顔で返す。
 実際彼も、仕事としてそれをしていなくても、時に料理の上手い人間がいることは、よくわかっていた。さっきの蓮の口ぶりを見ても、汐耶の料理は、一定の水準に達しているか、それに近い位置にはあるのだろう。
 やがて蓮とシュラインが手分けして全員にお茶を配り、彼らは食事を始めた。
 千鳥は、梅のおにぎりと、きんぴらごぼう、それに唐揚げを一つ取る。それらを口にして彼は、優しい味だと感じた。一般的にきんびらごぼうや唐揚げは、かなり味の濃いものだが、これはふわりと風味が口に広がる感じなのだ。
(味のセンスがいいんですかね)
 そんなことを思いながら、おにぎりを味わう。こちらは、塩加減がちょうどよかった。
「千鳥さんのは、さすがだと思いますが、汐耶さんのもなかなか美味しいですね。千鳥さんに、負けてないと思いますよ」
 セレスティが、そんなふうに感想を口にする。彼は、唐揚げやきんぴらごぼうの他に、千鳥が作った五目いなりと煮物も取り皿に乗せていた。どうやら、両方を食べ較べたようだ。
「ほんとですか?」
 言われて汐耶が、パッと顔を輝かせた。
「うん。悪くないですよ。私も、汐耶さんの味は好きですね」
 千鳥も、うなずきながら言った。そして、話題を変える意味もあって尋ねる。
「ところで、セレスティさんとシュラインさんの方、リスト作りは終わったんですか?」
「はい」
 うなずいてセレスティは、霊的・呪術的なものに関することを除いては、全て終わったと告げた。
「それについては、あたしがチェックして、必要なら汐耶に封印してもらおうと思ってるんだけど、いいね?」
 蓮が後を引き取るように言った。最後の問いは、汐耶へのものだ。
「ええ」
 汐耶がうなずく。
 やがて、彼らは食事を終えて、立ち上がった。千鳥と汐耶が用意したものは、全てきれいに食べ尽くされて、後にあるのは空の容器ばかりだ。
「ごちそうさま。なんだか、久しぶりに美味いものを食べた気がするなあ」
 二人に礼を言った後、由代が呟く。
 それを聞いて、千鳥は思わず苦笑した。自分の腕にも自信はあるし、汐耶の料理も美味しかったとは思うのだ。が、彼の口調は本当にしみじみとしていて、普段の彼の食生活の貧しさを、どうしても千鳥に連想させずには、おかなかったのだ。

【4】
 午後からは、全員で外に出したものを一つづつ綺麗に拭いたり、はたきをかけたりして埃と汚れを落とし、中に戻す作業が始まった。
 その作業の合間に、蓮が一つ一つ霊的・呪術的なものをチェックして行く。千鳥も、全ての事象を見通す能力を持っていることから、そういうものがわかるという由代と共に、掃除をしつつ彼女を手伝った。
 中にはいくつか、やはり封印を必要とするものがあり、汐耶がそれらを封印する。一方でセレスティがそれもまた、リストの中のチェック項目として加え、備考としてどんな霊的・呪術的作用を持つものなのかを、書き加えた。
 また、中に品物を戻す際は、同じ種類のものを一つの棚にまとめて並べるようにして、どこに何があるのか、一目でわかるように全員でこころがけた。
 やがて、太陽が傾くころ、ようやく倉庫の整理は終わりを告げた。
(やれやれ。今日は一日、本当によく働いたって気がしますね)
 千鳥は小さく吐息をついて、胸に呟く。体には心地よい疲れが満ち、整然とものが並ぶ倉庫内を見ると、達成感が込み上げて来る。
 他の者たちも、皆同じなのか、満足げな笑みを浮かべて、倉庫の中を見詰めていた。
 そんな彼らに、蓮が言う。
「みんな、今日は本当に、ご苦労さん。……礼と言っちゃあなんだけど、この中のものを一つづつ、あんたらにやるよ。気に入ったものがあったら、持って行きな」
「え? いいの?」
 驚いたように目を見張って尋ねたのは、シュラインだ。
「いいよ。あたし一人じゃ、とても一日でこの作業を終えるのは、無理だったろうし。美味い差し入れももらったしさ」
 蓮がうなずく。いつもどおりのぶっきらぼうな口調だが、彼女が本当に彼らに感謝しているのが、よくわかる言葉だった。
 それぞれ顔を見合わせ、さっそく彼らは、思い思いに目当てのものを置いた場所へと向かう。どうやら、皆それぞれ、整理するうち何か心惹かれるものに出会っていたようだ。
 千鳥が手にしたのは、もちろんあの一輪ざしだった。倉庫整理が終わったら、蓮に交渉してみようと考えていただけに、喜びもひとしおだ。
「それじゃあ、これをいただきますね」
 蓮に見せて言うと、彼女はうなずいた。
「いいものを見つけたじゃないか。あんたの店にも合いそうだね。いいよ、持って行きな」
「はい」
 うなずき返して、彼はそれをそっと両手で抱え直した。
 他の者たちも、それぞれ目当てのものを持って戻って来た。セレスティはトンボの群れ飛ぶ薄の原の蒔絵が描かれた印籠を、シュラインは水晶で出来た卵型のペーパーウェイトを、由代は二つで一組らしい翡翠のサイコロをそれぞれ手にしている。
 ただ、汐耶だけは何も持って来ていない。
「あんたはいいのかい?」
 蓮が尋ねた。
「ええ。改めて見てみたけれど、どうしても欲しいと思うようなものがないの。読みたい気がする古書もあったけど、持ち出そうとすると、その気が失せるところを見ると、きっと持ち出しちゃいけないものなんだと思うわ」
 うなずいて言うと、汐耶は蓮を見やった。
「だから、今回は何もいりません。そのかわり、今度ここで古書を買う時、少し割り引いてもらえないかしら」
「いいけど……引くのは、三割だよ」
「今日の礼なんだから、五割ぐらいになりませんか?」
 答える蓮に、汐耶は食い下がる。
「しかたがないね。……じゃあ、特別に五割ってことにしよう。でも、今日の礼なんだから、一冊だけだよ」
 蓮もしかたなさそうに溜息をついて、答える。
「ありがとうございます」
 笑顔で礼を言う汐耶に、千鳥は思わず苦笑した。
(交渉成立ですね)
 ともあれこれで全員が、なんらかの形で今日の手伝いの報酬を、もらったわけだ。
(差し入れの評判もよかったし、大変だったですが、楽しかったですね)
 千鳥は胸に呟き、両手に抱えた一輪ざしをそっと見やるのだった。

【エンディング】
 数日後。
 千鳥の店に、蓮が顔を出した。
「いらっしゃいませ」
 カウンターに座を占める彼女に声をかけ、千鳥は水とおしぼりを出す。
「この間は、すまなかったね」
「いえ……」
 かぶりをふる彼を見やり、蓮はふとカウンターの端に置かれた一輪ざしに目を止めた。先日、彼が蓮の倉庫からもらって帰ったものだ。あの時考えていたとおり、そこには、萩の花が生けられている。
「使ってくれてるんだね、あれ」
「ええ、もちろん」
 うなずいて、千鳥は笑った。
「不思議なんですけどね、あれをもらって帰ってから、なんだか店が前以上に繁盛するようになったんですよ。しかも、新来のお客さんに聞いたら、店の前の辻に、銀ねずの地に萩を散らした着物を着た若い女が、うちの料理は美味しいと教えてくれたと言うんですよ。中には、その女とすれ違ったら、妙にこっちに来たくなって、気づいたら店の前にいたって人もいました。……これって、やっぱりご利益なんですかね。あの一輪ざしの」
「さあてね。……けどあんた、もしそうなら、よっぽど気に入られたね」
 蓮はとぼけたように言って、笑い返す。
「気をつけな。若い女の子と、差し向かいで飲んでるのなんて見つかった日には、あれの悋気に触れるかもしれないよ」
「せいぜい、気をつけますよ」
 冗談と取って千鳥はうなずき、彼女の注文を聞く。
 注文されたものを作るための食材を用意しながら、彼はふと視線を一輪ざしへと泳がせた。なんとなく目元で微笑みかけてから、慣れた手つきで調理を始める。
 カウンターの隅で、萩の花を飾られた一輪ざしは、まるでそんな彼をそっと見守り微笑んでいるかのようだった――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4471 /一色千鳥(いっしき・ちどり) /男性 /26歳 /小料理屋主人】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1449 /綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや) /女性 /23歳 /都立図書館司書】
【2839 /城ヶ崎由代(じょうがさき・ゆしろ) /男性 /42歳 /魔術師】
【1883 /セレスティ・カーニンガム /男性 /725歳 /財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
今回は、シュライン・エマ様が書いて下さった手順を基本として、
お話を組み立てさせていただきました。
また、重箱については、おせち料理の詰め方を参考に、
アレンジを加えております。

●一色千鳥様
はじめまして。
今回は、城ヶ崎由代様と共に、力仕事担当という感じでしたが、
いかがだったでしょうか。
差し入れの中身は、六人で食べるということと、
小料理屋っぽいものということで、こんなふうになりました。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。