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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


倉庫整理

【オープニング】
 倉庫の入り口に立ち、碧摩蓮は腕組みをして、思案中だ。
 やがて、深い溜息をつくと、呟いた。
「少し、整理した方がいいかねぇ……」
 店の奥には倉庫がいくつかあって、ここはその中でも一番奥に位置している。他は時おり整理して、中のものを虫干ししたりしているが、ここは考えてみればもうずいぶん長いこと、触ったことがない。おかげで、埃もかなり積もっている上に、そもそも中にどんなものが入っているのか、蓮自身にさえよくわからなくなっている。
 店は半ば趣味も兼ねているので、そう積極的に品物を売りさばいているわけではないが、さすがに、倉庫の中身がわからないのはまずいだろう。
(誰か、手伝いを頼んで少し整理してもらうとしようか)
 彼女は胸に呟くと、踵を返して店に戻りながら、頭の中で手伝ってくれそうな人間のリストを繰った。
(ついでに、品物のリストを作ってもらえれば、なおいいね)
 ふと、そんなことも思いつく。考えてみれば、他の倉庫の品物は、これも以前に手伝いを頼んで整理した時に、誰かがリストを作ってパソコンに入れてくれていたはずだ。あれと同じようにしてもらえれば、ありがたい。
 店に戻った彼女は、さっそく心あたりの人々に、電話をかけ始めた。

【1】
 倉庫の中の雑然とした様子に、綾和泉汐耶は思わず目を見張った。
(凄いわね……)
 蓮から電話をもらい、ちょうど休みだったこともあって、彼女は手伝いを承知した。以前も似たようなことがあったし、大変だろうが掘り出しものの本が見つかる可能性もあると、考えてのことだ。しかし、倉庫の惨状にはさすがに驚く。なにしろ中は、ざっと見ただけでもさまざなものが乱雑に棚に並べられ、どこに何があるかがわかる方がえらいと言いたくなる状態だ。しかも、埃は戸口から見ただけでわかるほど、厚く積もっている。
 彼女同様に手伝いを承知したのは、他に四人。リンスター財閥総帥で占い師でもあるセレスティ・カーニンガムと、小料理屋「山海亭」の主・一色千鳥、翻訳家で草間興信所の事務員でもあるシュライン・エマ、そして魔術師の城ヶ崎由代である。
 彼らも、倉庫の中を見回して、いささか呆然としている。
 やがて、汐耶は一つ溜息をついて呟いた。
「これは……。たぶん一日がかりだろうと思ってはいたけど、ほんとにそうなりそうね」
「すまないね。……なにしろ、人手が足りなくてね」
 小さく肩をすくめて言う蓮に、シュラインが軽く引きつった笑いを見せてうなずく。
「倉庫の整理とかって、どうしても手間がかかるものね」
 年齢は二十六歳。すらりとした長身に、長袖のTシャツとGパン、それに割烹着をまとっている。青い切れ長の目をして、長い黒髪は後ろで一つに束ねられていた。
 言ってから、彼女は一同を見回した。
「さて……と。じゃあ、とりあえずざっと手順と分担を決めて、それから始めましょ。手際よくやらないと、なかなか終わらないと思うから」
 彼女の発案で、蓮も交えて話し合った結果、まずは中身を全部外に出してしまい、一旦倉庫の大掃除をして、それから中身の方も掃除して、今度はきっちり分類して中に戻すことになった。
 大きなものや重いものは、千鳥と由代の二人が、それ以外は汐耶とシュライン、それに蓮が手分けして運び出すことになった。一方セレスティは、アクセサリー類などの小物や、日に当てるとマズイ紙類を蓮が用意した箱に入れ、外の日の当たらない場所に出す役割を振り分けられる。
 また、中のものが運び出された後、セレスティとシュラインは、リスト作りに当たることになった。
 長い銀髪と青い目の美貌の青年であるセレスティは、一見すると二十代半ばだが、実際には七百年以上を生きる人魚だ。しかし、その本性のために視力と足が弱く、今も車椅子を使用している。視力は鋭い感覚で補っているため、日常生活に支障はないという。が、どちらにしろ、あまり肉体労働に向いていない。
 が、リスト作りは一人では無理なので、事務的なことに慣れているシュラインと二人で、ということになったのだ。
 そんなわけで、彼女たちはさっそく、手分けして倉庫の中のものを外に出す作業に取り掛かった。
 倉庫の前は、コンクリートを敷き詰めた広い庭状になっている。雨でも荷物の出し入れが可能なように、頭上には半透明の屋根が取りつけられており、おかげで強い日射しもかなり遮られていた。
 そこに蓮が持って来たビニールシートが敷かれ、中のものが次々に運び出される。
 中身は、なんとも多岐に渡っていた。いかにもアンティーク然としたビスクドールや市松人形、こけし、男雛と女雛のセットのようなものから、茶道具、硯、花瓶に茶碗などなど。屏風や衝立のような大きなものもあれば、アクセサリーや印籠などの小さなものもあった。表紙がボロボロの古書の類や、占盤のような得体の知れないものもある。
 汐耶とシュライン、蓮の三人は、手の届く範囲にある品物を、バケツリレーの要領で手渡ししながら、外へと運び出していた。といってもむろん、品物はどれも扱いに注意しなければならないものばかりなので、それなりに気を遣う。
 シュラインや蓮もそうだが、汐耶も汚れてもかまわないような、着古した長袖のTシャツとGパン姿だ。そして、マスクをかけている。といってもこれは蓮が用意したもので、他の者たちもかけていた。中は少し動いただけで、埃がもうもうと舞い上がるような状態なのだ。マスクは必須だった。が、それでもやはりかび臭い匂いが鼻をつく。
 そんな中、彼女はシュラインが棚から降ろしたものを受け取り、蓮に渡すという作業を繰り返した。
 中には本当に、なぜこんなものが……と思うものもある。さっきシュラインから渡された赤い靴などもそうだ。エナメルで出来ていて、少しだけかかとが高くなっているが、全体に丸っこいデザインで、可愛らしい。だが、どうしてここにそれがあるのかを考えると、無邪気に可愛い靴だと思ってもいられない。きっと、何か謂れがあるのだ。
 他にもパイプや茶器のセットなど、あらゆるアンティークが詰まっている、といった感じだった。
 とりあえず手の届く範囲にあるものを、全て運び出してしまうと、今度はそれより少し高い所のものを脚立を使って降ろす。ちなみに、ずっと上の方の棚のものは、千鳥が背の高い脚立を使って由代と二人で運び出していた。
 シュラインに手渡された硯を受け取って蓮に渡し、汐耶は次が来るのを待つ。しかし、シュラインは脚立の上でじっとしたまま、こちらをふり返ろうとはしない。
「シュライン、さっきのでおしまい?」
 幾分焦れて、汐耶は声をかける。シュラインは、何に気を取られていたのか、我に返った様子で、慌てて煙草盆を差し出して来た。それを受け取り、蓮に渡してから、汐耶は小さく吐息をつく。
 いろいろなものがあるが、今一つ心惹かれるようなものがないのだ。
「あっちは、古書ばっかりみたいだよ」
 彼女の吐息に気づいたのか、蓮が言った。
「あ……。ええ」
 見られていたのかと、汐耶は慌ててうなずく。
 そこへ、シュラインが脚立から降りて来た。どうやら、煙草盆で最後だったようだ。
「あっちの、本はどうする?」
「リレーするより、一人何冊かづつ持って運び出した方が、早そうだね」
 シュラインの問いに蓮が言った。そこで、彼女たちはそちらへ向かう。
 今度もシュラインが脚立に昇り、棚の上の本を降ろしてくれるのを受け取って、そのまま一人づつ外へと運び始めた。それらも埃が一杯に積もっていて、日ごろ書籍を大事に扱う癖がついている汐耶は、なんとなく本が可哀想だという気になる。
(読まれない本は、可哀想よね。……私たちがこうして掃除してきれいにすることで、誰か大切にしてくれる人のところに、買われていくといいけど)
 ふと、そんなことを彼女は思った。それから、小さく苦笑する。
(もちろん、私も何か掘り出しものがあれば、買って帰るつもりだけど。タイトルや中身を確認するのは、運び出したものをきれいにする時だわね。……バイト代とは言わないけど、もし古書を買って帰るとしたら、少しはまけてもらえるかしら)
 胸に呟きながら、彼女は慣れた動作で本の山を外へと運び出すのだった。

【2】
 二時間後。
 どうにか中身を外に運び出してしまうと、倉庫はなんとなくガランとした感じになった。
 ここからは、中を掃除する者たちと、外でリストを作る者とに、分かれることになっている。汐耶は中の掃除の方だ。
 リスト作りをすることになったセレスティとシュラインの二人を残し、汐耶たち四人は再び倉庫に入って行った。
 倉庫の天井には、いくつか天窓がついている。まず千鳥が脚立に昇って、それらを全開にした。これで、少々中で埃が立っても、外に出て行ってくれるだろう。
 それからまず、全員でほうきで埃を掃き出す作業にかかった。棚の上段から下にかけて、順番に埃を掃き落とし、壁や棚の横板などは、はたきを使う。最後に床を掃いて、埃を全て集めて取ってしまえば、この作業は終わりだ。
 といっても、実際はかなりの労働量だった。さすがにというべきか、虫やネズミ、コウモリなどがいないのは幸いだったが、埃の量は半端ではない。
 結局、その作業だけで一時間が経過していた。
「ちょっと、休憩しないかい?」
 額の汗を首にかけたタオルで拭いながら言ったのは、由代だ。彼は、四十前後といったところだろうか。短い黒髪と黒い目の、温厚そうな男だ。長身の体には、着古した感じのシャツとスラックス、それにシンプルな深緑色のエプロンをまとっている。
「そうだね。……由代、何か茶菓子を持って来てくれてるんだろ?」
 うなずいて、蓮が尋ねる。
「うん。キッチンの方に置いて来たんだけどね」
「なら、一緒に来てくれないか。あたしも、缶コーヒーを買ってあるんだ。運ぶの手伝ってほしいんだけど」
 言われて由代がうなずいた。
 そのまま、二人が出て行くのを見送って、汐耶たちも倉庫から出た。さすがに、外の空気が吸いたい気分だ。
 汐耶はマスクをはずすと、軽く深呼吸した。そして、中にあったものがずらりと並ぶ庭を見やる。セレスティが、蓮の住居に近い側に用意された丸テーブルに向き合って、ノートパソコンに向かっている。シュラインが、品物の名前や特徴を告げる声が、あたりに途切れることなく響いていた。
(あっちを手伝ってもよかったかもしれないわね。二人だけだと、けっこう大変そう……)
 ぼんやりとそれを見やって、汐耶はふと思う。
 そこへ、由代と蓮が戻って来た。由代が持って来たのは、スイートポテトだ。どこかの菓子屋で買ったものなのか、小さな箱に人数分が詰められている。彼は、その中の二つを盆に取り分け、蓮と一緒にスーパーの袋に入れて運んで来た缶コーヒーも二つ盆に乗せると、身を起こした。
「シュラインさんとセレスティくんにも、あげて来るから、先に食べてていいよ」
 言って彼は、そのまま盆を手に踵を返す。
 蓮は言われるまでもなく、すでに箱の中からスイートポテトを一つ、取り出していた。苦笑して、汐耶と千鳥も倉庫の戸口に腰を降ろすと、一つづつそれを手にする。
「美味しい……!」
 一口食べて、汐耶は思わず声を上げた。さつまいも本来の甘さを、うまく引き出しており、それが口の中にほんのりと広がるのが、なんともいえない。口あたりも悪くなかった。
「ほんとに、なかなかいけますね」
 千鳥も食べてみて、うなずく。彼は、シュラインと同い年ぐらいだろう。すらりと背が高く、肩甲骨のあたりまで伸ばした黒髪は、後ろで一つに束ねてあった。
 戻って来た由代に千鳥がそれを言うと、彼はうれしそうに笑った。
「そう言ってもらえて、うれしいなあ。近くの店のお菓子なんだけど、僕、けっこうここのが好きでね」
「そこって、洋菓子のお店ですか? それとも、和菓子?」
 汐耶は、思わず尋ねた。最近は和菓子屋でも、こうした洋菓子に分類されるものを置いている店があるためだが、なんとなく風味が和菓子っぽい感じもしたのだった。
「洋菓子のお店だよ。小さな可愛いタルトとか、シンプルだけど美味しい焼き菓子とか、いろいろ売ってるね」
 由代はしかし、そう言った。それで汐耶の興味は、更にかき立てられる。
「……よかったら、場所を教えてもらえませんか?」
 再び思わずそう尋ねていた。
「いいよ。さっき、シュラインさんにも聞かれたし……。ここのかたずけが終わったらね」
「はい」
 穏やかな笑顔で答える彼に、汐耶も笑顔でうなずいた。
 やがて、短い休憩が終わり、彼女たちは再び倉庫の中に戻った。今度は、一斉に雑巾がけだ。さっきと同じように、棚の上や壁の上部など、高い位置から始めて、順番に下へと降りて来る形を取る。あれだけ掃いたのに、まだ埃があるのか、雑巾はたちまち真っ黒になり、丸まった埃が大量にくっついて来る。
(すごいわね。……いったい、どれだけの間、掃除とかしてなかったのかしら……)
 さすがに汐耶も呆れつつ、ひたすら雑巾を持つ腕を動かし続けるのだった。

【3】
 倉庫中の雑巾がけを終えて、汐耶たち四人は、思わず深い吐息をついた。中は、あんなに埃まみれだったのが嘘のように、ぴかぴかだった。
「苦労した甲斐が、ありましたねぇ」
 額の汗をタオルで拭いて、しみじみと呟いたのは由代だ。
「ええ」
 汐耶は、大きくうなずく。
「ご苦労さん。まずは、一段落だね」
 蓮が労いの言葉を口にして、思い出したように尋ねた。
「ところで、そろそろ昼だけど……食事はどうする? 何か取ろうか」
「差し入れ持って来てますよ」
「お弁当、持って来ました」
 はからずも、ハモってしまって、汐耶と千鳥は顔を見合わせる。汐耶が軽く目を見張っていると、千鳥はこちらに笑いかけ、口を開いた。
「人数が多いなら、差し入れがあった方が、世話がないだろうと思いましたから。あ、味は保証しますよ」
「あんたの料理の味なら、あたしも保証するよ。……汐耶のもね。前にもらったちらし寿司と大根の煮物は、えらく美味かったからね」
 笑って返した蓮は、汐耶をふり返って後を続ける。
「いえ……」
 汐耶は、思いがけない賛辞に、照れて笑った。
 それを見やって、蓮がうなずく。
「じゃあ、とにかく、食事にしよう」
 彼女の号令で、汐耶たちはそろって倉庫を後にした。
 庭でシュラインとセレスティにも声をかけ、六人そろって、店の奥の蓮の住居にあるキッチンへと向かう。その途中で汐耶は、由代からスイートポテトを買った店の場所を教えてもらった。職場からも自宅からもちょっと遠いが、次の休日に古書店巡りをする時にでも、足を伸ばしてみようと汐耶は考える。
 やがて、キッチンにたどり着くと、汐耶と千鳥はさっそくテーブルに、持って来た弁当をそれぞれ広げた。
 二人とも、分量の関係からか、重箱を使っている。
 汐耶が持参したのは、おにぎりと鶏の唐揚げ、ポテトサラダ、きんぴらごぼう、ほうれん草のおひたし、しば漬けと一口大に切って皮を剥いたリンゴで、一の重にはポテトサラダときんぴらごぼう、おひたし、リンゴが、二の重にはグリーンリーフを敷き詰めた上に鶏の唐揚げが、三の重にはおにぎりが詰められ、こちらもしば漬けが色を添えていた。おにぎりは、梅とかつお、昆布の三種類がある。
 一方、千鳥が用意したのは、一口大の五目いなりと、煮物、柿なますにお新香、栗の甘露煮といったものだ。煮物は、きれいに皮を剥かれた小芋と蕗、紅葉の形に切られたにんじんに、銀杏、高野どうふ、しいたけが綺麗に盛り合わせされている。それに柿なますと栗の甘露煮が一の重に詰められ、二の重には五目いなりが、上に細切りの紅しょうがを散らされて収まっていた。隅にはお新香が色を添えていた。さすがに、小料理屋の主兼料理人だと、誰もがその見映えの良さに目を見張る。
「豪華だなあ」
 由代が目を丸くして呟く。
「家庭料理はわりと得意なんですけど……でも、ちょっと恥ずかしいわ。プロの人と較べられるなんて」
 汐耶は、少しだけ頬を赤くして言った。なんだかこうして並べると、微妙に自分の弁当の方が、見劣りがする気がしてしまうのだ。
「いやいや、気にしないで下さい。料理を美味しくするのは、なにより愛情ですし……プロといっても、商売してるかしてないかの違いですからね」
 それへ千鳥が、優しい笑顔で返す。
 やがて、蓮とシュラインがお茶を用意し、全員に手分けして配ると、彼女たちは食事を始めた。
 汐耶はさっそく、五目いなりと煮物、それに柿なますを皿に取る。比較的薄味だったが、素材そのものの味をうまく引き出していて、本当に美味しかった。
(美味しい……。見た目もだけど、味もすばらしいわ。食材一つ一つに、ちゃんと愛情がこもっている感じ。……味付けのコツも教えてほしいけど、お店に食べに行ってみたいわね)
 そんなことを思いながら、千鳥の料理を食べていると、セレスティが口を開いた。
「千鳥さんのは、さすがだと思いますが、汐耶さんのもなかなか美味しいですね。千鳥さんに、負けてないと思いますよ」
 彼は、汐耶が作った唐揚げやきんぴらごぼうの他に、五目いなりと煮物も取り皿に乗せていた。どうやら、両方を食べ較べたようだ。
「ほんとですか?」
 言われて汐耶は、思わず顔を輝かせた。
「うん。悪くないですよ。私も、汐耶さんの味は好きですね」
 千鳥も、うなずきながら言った。そして、話題を変えるように尋ねる。
「ところで、セレスティさんとシュラインさんの方、リスト作りは終わったんですか?」
「はい」
 うなずいてセレスティは、霊的・呪術的なものに関することを除いては、全て終わったと告げた。
「それについては、あたしがチェックして、必要なら汐耶に封印してもらおうと思ってるんだけど、いいね?」
 蓮が後を引き取るように言った。最後の問いは、汐耶へのものだ。
「ええ」
 汐耶はうなずく。
 やがて、彼女たちは食事を終えて、立ち上がった。汐耶と千鳥が用意したものは、全てきれいに食べ尽くされて、後にあるのは空の容器ばかりだ。
「ごちそうさま。なんだか、久しぶりに美味いものを食べた気がするなあ」
 二人に礼を言った後、由代が呟く。
 それを聞いて、汐耶は思わず苦笑した。自分の料理を美味しく食べてもらえたことも、よろこんでもらえたことも、とてもうれしい。が、彼の言い方があまりにしみじみとしていたので、一瞬、普段まともなものを食べていないのでは? という考えが浮んだのだった。

【4】
 午後からは、全員で外に出したものを一つづつ綺麗に拭いたり、はたきをかけたりして埃と汚れを落とし、中に戻す作業が始まった。
 その作業の合間に、蓮が一つ一つ霊的・呪術的なものをチェックして行く。千鳥と由代も、そういうものがわかるということから、彼女を手伝った。
 中にはいくつか、やはり封印を必要とするものがあり、汐耶はそれらを封印する。一方でセレスティがそれもまた、リストの中のチェック項目として加え、備考としてどんな霊的・呪術的作用を持つものなのかを、書き加えた。
 また、中に品物を戻す際は、同じ種類のものを一つの棚にまとめて並べるようにして、どこに何があるのか、一目でわかるように全員でこころがけた。
 やがて、太陽が傾くころ、ようやく倉庫の整理は終わりを告げた。
(今日は一日、よく働いたわね)
 汐耶は小さく伸びをして、胸に呟く。体には心地よい疲れが満ち、整然とものが並ぶ倉庫内を見ると、達成感が込み上げて来る。
 他の者たちも、皆同じなのか、満足げな笑みを浮かべて、倉庫の中を見詰めていた。
 そんな彼らに、蓮が言う。
「みんな、今日は本当に、ご苦労さん。……礼と言っちゃあなんだけど、この中のものを一つづつ、あんたらにやるよ。気に入ったものがあったら、持って行きな」
「え? いいの?」
 驚いたように目を見張って尋ねたのは、シュラインだ。
「いいよ。あたし一人じゃ、とても一日でこの作業を終えるのは、無理だったろうし。美味い差し入れももらったしさ」
 蓮がうなずく。いつもどおりのぶっきらぼうな口調だが、彼女が本当に彼らに感謝しているのが、よくわかる言葉だった。
 それぞれ顔を見合わせ、さっそく彼女たちは、思い思いに目当てのものを置いた場所へと向かう。どうやら、皆それぞれ、整理するうち何か心惹かれるものに出会っていたようだ。
 汐耶も一応、古書を収納した棚へと足を運んだが、背表紙を眺めてみても、今一つピンと来ない。外で古書類の埃を払っていた時もそうだったが、特別気持ちを惹きつけられるものがないのだ。読みたい気がするようなものも、手に取ると持ち帰る気が失せてしまう。
 結局、あきらめて彼女は何も持たずに倉庫を出た。
 他の者たちはそれぞれ、目当てのものを持って戸口に戻って来ている。セレスティはトンボの群れ飛ぶ薄の原の蒔絵が描かれた印籠を、千鳥は首の細い銀色の一輪ざしを、シュラインは水晶で出来た卵型のペーパーウェイトを、そして由代は二つで一組らしい翡翠のサイコロを、それぞれ手にしていた。
「あんたはいいのかい?」
 何も持っていないことに気づいたのだろう。蓮が汐耶に訊いて来る。
「ええ。改めて見てみたけれど、どうしても欲しいと思うようなものがないの。読みたい気がする古書もあったけど、持ち出そうとすると、その気が失せるところを見ると、きっと持ち出しちゃいけないものなんだと思うわ」
 うなずいて言うと、汐耶は蓮を見やった。
「だから、今回は何もいりません。そのかわり、今度ここで古書を買う時、少し割り引いてもらえないかしら」
「いいけど……引くのは、三割だよ」
「今日の礼なんだから、五割ぐらいになりませんか?」
 答える蓮に、汐耶は食い下がる。商売とはいえ、蓮のそれは半ば趣味のようなものだ。うまく折り合いがつけば、タダ同然で品物を売ることもあると、彼女も知ってのことだ。
「しかたがないね。……じゃあ、特別に五割ってことにしよう。でも、今日の礼なんだから、一冊だけだよ」
 案の定、蓮はしかたなさそうに溜息をついて、答える。
「ありがとうございます」
 汐耶はそれへ、笑顔で礼を言った。
 ともあれこれで、全員がなんらかの形で、今日の手伝いの報酬をもらったわけだ。
(しばらく日を開けて、またここを訪ねてみよう。そしたら、今度こそ掘り出しものに当たるかもしれないわ)
 汐耶は、そう胸に呟くのだった。

【エンディング】
 数日後。
 汐耶は仕事の帰りに、蓮の店へと立ち寄った。
「いらっしゃい。ちょいと面白いものが出て来たんだけど、見てみないかい?」
「面白いもの?」
 顔を見るなり蓮に言われて、彼女は訝しみつつ尋ねる。
「ああ」
 うなずいて蓮は、一冊の古書をカウンターの上に置いた。
「これ……!」
 途端に汐耶はメガネの奥で目を見張る。それは、以前から彼女が探していた、紀元前のケルト人の生活について細かく記した本だった。それも、ラテン語の写本ではなく、ゲール語による原本だ。
 彼女は、慌てて中を確認する。間違いない。
「これ……どこに?」
 思わず尋ねた。
「それが、先日あんたらに手伝ってもらって整理した倉庫にあったのさ」
「嘘……。だって、あそこにはこんなのは……」
 蓮の答えに目を見張り、彼女は思わず言いかけた。
「ああ、なかったよ。こんな貴重な本を、あんたが見逃すわけないものね。それに、セレスティとシュラインが作ってくれたリストにも載ってなかったしね」
「え……。じゃあ……」
 思わず目をしばたたく汐耶に、蓮は肩をすくめた。
「どっかから、突然湧いて来たとしか思えないね」
 言って彼女は、昨日までは何もなかったはずの、あの倉庫の戸口付近で、今朝この本を見つけたのだと付け加えた。
 それを聞いて汐耶は、思わずまじまじとカウンターの上の本を見やる。それでは本当に、どこからかいきなり湧き出て来たとでも、言うのだろうか。
 なんにしろ、それが自分の探していたものであることに、違いはない。汐耶は小さくうなずくと、蓮を見やった。
「じゃあ、これをもらって行きます。……五割引きにしてもらえるんですよね?」
「ああ」
 うなずく蓮に、汐耶はバッグの中のサイフを探る。現金で足りなければ、カードで支払おうと考えた時、蓮が続けて言った。
「――と思ったけどね、いいよ。お代はいらない。持っていきな」
「え? でも……」
 とまどう汐耶に、彼女は笑う。
「他の連中には、みんなタダでやったんだ。だいたい、あの日の手伝いの礼なんだしね。だったら、あんたにもタダにするのが当然だろ?」
「蓮さん……」
 思わずそちらを見やる汐耶に、蓮は笑ってうなずいた。
「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なくいただいて行きます」
 頭を下げる彼女に、蓮は古書をカウンターの下から取り出した、持ち手のついた袋に入れて、手渡す。汐耶はそれを受け取り、もう一度礼を言って店を出た。それから、ちょっと袋の中を覗き込み、小さく笑う。
(不思議なことも、あるものよね。でも、思いがけない報酬だわ)
 心に呟き、歩き出す。彼女の胸は、手に入れたばかりの古書への興味で、踊っていた――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1449 /綾和泉汐耶(あやいずみ・せきや) /女性 /23歳 /都立図書館司書】
【2839 /城ヶ崎由代(じょうがさき・ゆしろ) /男性 /42歳 /魔術師】
【1883 /セレスティ・カーニンガム /男性 /725歳 /財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4471 /一色千鳥(いっしき・ちどり) /男性 /26歳 /小料理屋主人】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
今回は、シュライン・エマ様が書いて下さった手順を基本として、
お話を組み立てさせていただきました。
また、重箱については、おせち料理の詰め方を参考に、
アレンジを加えております。

●綾和泉汐耶様
いつもお世話になっています。
今回は、倉庫の中を掃除する側に回っていただきましたが、
いかがだったでしょうか。
また、お弁当の中身は、六人で食べるということで、
比較的オーソドックスなものにしてみました。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。