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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


封鬼連 〜蒼珠の章〜

「どうぞ、楽にして下さいな。いらして下さって嬉しいわ、綾和泉先生」
 館の主人はそう言って、艶めいた笑みを向けた。
「いえ、僕はあくまでオマケですから」
 綾和泉匡乃(あやいずみ・きょうの)はさりげなく彼女の秋波をかわしつつ、先輩講師の半歩後ろで頭を下げた。ここ、『ひなびた温泉』は都心から車で三時間程の山奥にある。かつては知る人ぞ知る一軒宿の温泉地だったが、数年前、とある人物がその宿ごと買い取ってからは、日本では多分唯一の、プライベート温泉となった。一体幾らかけたのかは知らないが、温泉をそっくりそのまま買い取った人物は、今彼の目の前にいるこの女性だ。
「けれど、まさか先輩の生徒さんに、北條さんの息子さんがいらしたとは知りませんでした」
 匡乃が言うと、先輩講師は偶然だよ、と笑った。北條小枝子は、かつて日本映画にその人あり、と謳われた名女優だ。演技力もさる事ながら、恋多き女としても知られており、未婚の母となった後も流した浮名は数知れず。若い男が大好きで、手当たり次第、などと言う人も居る程だ。普段ならばそんな女性には近寄らない匡乃が、先輩講師のお供とは言え、こんな所までついてきたのは、とある人物に頼まれたからだ。彼女の名は天鈴(あまね・すず)。最近、とある祭で知り合った彼女が、匡乃の勤め先である予備校にひょっこり顔を見せた時には、さすがに少し驚いた。
「久しぶりじゃのう、匡乃殿。少々頼み事があるのじゃが…」
 周囲の視線など気にかける様子も無く、彼女はすっぱりと切り出した。聞けば、弟、玲一郎と共に、とある品を探して回収してきて欲しいのだと言う。モノは蒼珠と呼ばれる宝珠だ。かつて鈴の一族が保管していた封鬼連と言う首飾りのうちの一つであり、その中には『美しさを求めすぎて鬼と化した女』が封じ込められているのだそうだ。鈴は、その蒼珠が小枝子の元にあると考えているのだ。
「大した力は持っておらぬし、まだ持ち主も取り込まれては居らぬと見たのじゃが。時が経てば確実に鬼に取られる。そうなってからでは遅いのじゃ。頼まれてくれるか?」
「鈴さんは?自分で行けば…」
 というと、鈴はううむ、と渋い顔をした。
「わしは今回の話には向かぬ。実を言うと、玲一郎でも心もとない。何しろ、相手が相手ゆえ。無理は申さぬが…漏れなく温泉もついてくるぞ?一泊二日の温泉ツアーじゃ」
「温泉…?もしかして、『ひなびた温泉』ですか?」
 と聞き返したのは、偶然にも同じ日にち、その『ひなびた温泉』に誘われていたからだ。偶然とは恐ろしいものだと溜息を吐く匡乃に、鈴は、
「これも何かの導き」
 と、にっこり笑った。かくして匡乃は、先輩講師数人と共に、この『ひなびた温泉』にやって来たのだが。
「しっかし、すげえ改装したもんだな、こりゃ」
 先輩講師が溜息交じりに呟いた通り、この屋敷は風変わりだった。外側は一軒宿だった頃の日本旅館の風情を残していたが、内部、特にこの大浴場はどう見ても西洋風スパだ。エントランスから見下ろせる白亜のジャクジーの中央には、巨大な女神像が天使たちを従えて座している。
「ま、持ち主の趣味がよく分かるって言うか…」
 その小枝子は、今夜のツアー客を迎えに東京にとんぼ返りしている。全く、タフな女性だ。女主人の言いつけで、部屋に案内してくれたのは、若い仲居だった。
「どうぞ、お疲れでしょう?」
 仲居に礼を言いつつ、部屋に入った。客室には手を加えていないのだろう。純和風のままだ。安堵したのが表情に出たのだろう、仲居がくすっと笑った。
「改装したのは、お風呂廻りと小枝子さんのお部屋だけなんです。後は元のまま。私達も皆、そのまま雇って下さっているんですよ」
 少し、意外ではあったが、なるほどこれだけの施設だ。慣れた者が必要だろう。
「でもここ、プライベート温泉ですよね。仕事って毎日あるんですか?」
「いえ…まあ、月に一度くらいなんですけど…」
 仲居はちょっと困ったような表情を浮かべて言った。
「でも、お給料は前と同じだし、時々、こんな風にお客様も…」
「ふうん、じゃあ、小枝子さんて、ここに居る時は何してるの?」
 とりあえず聞いてみると、仲居はうーん、と考えて、
「そりゃまあ、お風呂に…一応、温泉ですから」
「ま、そりゃそうだよね」
 仲居が下がった後、匡乃はやれやれと溜息を吐いて窓際に腰掛けた。わかった事と言えば、小枝子がほぼ月に一度の間隔でここを訪れている事。
「まあ、普通に考えりゃ月に一度の休養ってとこでしょうけれど。やっぱ、何かありそうですよね」
用意された茶をすすりつつ、呟いた。蒼珠が小枝子の下にあるのではないかと、鈴が考えた理由の一つは、小枝子の異様なまでに若返りにある。今日では、還暦を越えても尚瑞々しく美しい人は珍しくない。だが、北條小枝子のそれは、尋常ではなかった。話には聞いていたが、実際に見た時は正直驚いた。60過ぎの筈なのに、どう見ても20代か、多く見積もっても30代前半にしか見えなかった。
「あの子…」
 逃げるように去って行った仲居の顔を思い出しながら、匡乃はふっと笑みを浮かべた。
「藤岡さんって書いてあったよね、確か」
 もう一度、話を聞いてみた方が良いだろう。とりあえず、北條小枝子に直接接触するのは、避けたい所だった。かわす自信はあったが、あの勢いで迫られたら余計なエネルギーを消耗しそうだ。彼女の居ない間を利用して、屋敷の中を探索する事にした。一階から三階、客として歩ける範囲は全て歩き回り、最後に足を踏み入れたのが、ジャクジーだった。幸い、まだ中には誰も居ない。匡乃はそっと胸に手をあて、
「染(セン)」
 と呼んだ。途端に身体からふっと白い光が浮かび上がり、小さな龍の形になる。先日、とある祭で手に入れた水龍だ。勿論、本物の水龍ではないから、小さな虹を見せたり少量の雨や霧を呼んだりする程度の力しかないが、よく懐いて結構可愛い。名は、虹を見せてくれる事からつけた。空を染める者、と言う意味だ。普段は匡乃の身体に同化しているが、こうして名を呼んでやると外に出て力を使う事が出来る。だが、今呼び出したのは、虹を見せてもらう為ではなかった。
「どうだい?この水は」
 湯の底に蒼珠を隠しているならば、この湯にも蒼珠の力が何らかの影響を及ぼしているに違いない。水の属性を持つ染ならば、感じ取る事が出来るのではないかと思ったのだ。
「何か感じるかい?」
 匡乃の言葉を理解したのだろうか、染はくいっと首を傾げると、すうっと湯に近寄り、水面を跳ねるようにして触って様子を見てから、ぴしゃん、と尾で水を弾いた。
「気に入らない…のかな」
 染はそうだ、と言うように匡乃の周りをぐるりと廻ると、すうっと身体の中に消えて行った。この湯は、染の好みではなかったようだ。
「どう解釈すべきか、ですね」
呟くように言って、周囲を見回した。擬似生命体とは言え、神気溢れる清浄な水を好む染が嫌った湯。だが、見た限り、ここには怪しげなモノは存在しない。うーむ、と考え込んだその時、表に車の音が聞えた。

「これは、まあ何て言うか…」
 吹き上がってくる湯気の中で、シュライン・エマがやれやれ、と溜息を吐く。彼女ともう一人、助っ人のセレスティ・カーニンガムの二人は、玲一郎と共に『北條小枝子 プライベートリサイタル ひなびた温泉一泊二日の旅』のツアー客に紛れ込んで屋敷にやって来た。彼らがそれぞれに割り振られた部屋に荷物を置いた後、とりあえず一旦、このジャグジーを見下ろすテラスに集ったのだが。夕食まで間が無い為、皆水着は着ておらず、テラスから見下ろしているだけだ。
「まあ、あまり良い趣味とは言えませんけどね。ここまで来るといやらしさも感じないくらい、可愛いもんです」
 セレスティ・カーニンガムが椅子に寝そべったまま言い、匡乃もその通り、と頷いた。
「まあ、ご本人も『あまりに素直』と言うだけで、邪気は無いようですけど。正直言って、僕はこの女神像にどーんと持たせたりしているのかなあ、なんて期待してたんですが」
「実は私も期待してたわ、それ」
 と、シュラインが白状すれば、セレスティもそうそう、と頷いた。
「ここにあるのは、確かなの?」
 と言いながら、振り向いたシュラインが思わず溜息を吐いた程に、玲一郎は消耗していた。理由は、小枝子だ。匡乃にも粉をかけてきた彼女だったが、玲一郎は彼女の好みにどんぴしゃだったらしい。迫られて苦労するだろうと鈴も言っていたが、その通りだったようだ。一つ前のバスに乗った玲一郎は、降りた瞬間から小枝子に迫られ続け、割り当てられた部屋に一人で入るのにもあれこれ付きまとわれ、涙目になっていたのを思い出して、匡乃はくすっと笑ってしまった。おとなしめの美青年。それだけならばそう珍しくは無いだろう。小枝子の行動をいちいち真に受けてたじたじとしてしまう彼の反応こそが、彼女を惹き付けてしまっているのだ。面倒をみてやってくれ、と頼まれてはいるものの、できる事は限られているだろうと、匡乃は思った。

 厨房には、仲居や調理師達が忙しそうに行き来していた。匡乃は彼らの邪魔にならないようにそっと中に入ると、目的のものを見つけて近付いた。壁に貼られた、カレンダーだ。そっと捲ると、全ての月の第二週に、赤い印が入っている。
「月に一度、一週間ずつご滞在って事ですか」
 仲居が言っていた通りだ。小枝子は蒼珠を身につけては居らず、常に身近に置いている様子も無いと、鈴は言っていた。方法は分からないが、彼女は実に上手く、蒼珠の力を利用しているようだ、とも…。そして小枝子がここに滞在している間、やっている事と言えば。
「やっぱり、あそこしか考えられませんね」
 匡乃はくるりと踵を返して、厨房をそっと出て行った。向かったのは、ジャグジーだ。今度は着替えてプールサイドに出る。湯に入るのとほぼ同時に、女子更衣室のドアが開いた。出てきたのは、シュライン・エマだ。彼女も黒いセパレーツの水着に着替えている。
「今度は、着替えたんですか?」
 と、声をかけると、シュラインは一応、と頷いて、
「やっぱり、ここだと思う?」
 と聞き返した。匡乃は、まあ、そういう感じで、と曖昧に微笑むと、
「ええ。彼女の行動パターンからすると、どうしてもここしか考えられなくて」
 と肩をすくめた。
「でも、女神は持ってなかったわ。一体どこに…」
 その疑問に答えたのは、プールサイドに居たセレスティだった。隣には玲一郎も居る。
「下を、見て御覧なさい」
「下?」
 湯に映る自分を見下ろして首を傾げるシュラインを見て、玲一郎が、違いますよと笑った。
「女神です。女神の手」
 匡乃はシュラインが湯を落とす女神の像にすうっと近寄り、二人して水面を覗き込んだ。あ、と二人して小さな声を上げる。水しぶきで揺らいでいてよく見えなかったのだが、水面に映る女神は、大皿ではなく蒼い宝珠を持っていたのだ。
「やはり、女神に持たせていたようですね。大皿は結界に映った虚像です」
 玲一郎が言った。シュラインが振り向いて、
「水底にあるって事?」
 と聞く。答えたのはセレスティだ。
「水底ではありませんよ。水を使った鏡面結界の向うにあるんです。私とした事が、ここの蒸し暑さで少々鈍っていたのかも知れません」
「解けますか?」
 と、匡乃が聞く。
「私に出来るのは、水の結合を解くまでですが…」
 セレスティの言葉の先を、玲一郎が続けた。
「その後は、僕がやります。結界としては、それ程難しいものではありませんから。多分、この結界のお陰で、彼女は長期間、鬼の影響を直に受けずにすんだのでしょう」
「では、まずは私が」
 セレスティがすっと片手をプールに向けた。途端に、湯が、湯気がざわめき、次の一瞬で全てが霧となり、再び元に戻った。途端に水温が下がり、シュラインがうわ、冷たい、と声を上げる。続いて玲一郎が呪を唱え終えて、言った。
「シュラインさん、女神を見て」
 玲一郎に言われて女神像を見上げたシュラインと匡乃は、あっと短い声を上げた。大皿があった場所に、蒼い宝珠が輝いていたからだ。
「取って頂けますか?」
「…って、触っても大丈夫?」
「心配ありません。声が聞こえるかも知れませんが、応じなければ大丈夫です」
 わかった、と答え、シュラインが水を掻き分けて女神像に近付き、天使像に足をかけて腕を伸ばす。蒼珠は丁度、少し大きめなペンダントヘッドくらいの大きさだった。
「何も、聞えなかったわ。私にはただの石みたい」
 と言うシュラインに、玲一郎が、
「それに越した事はありません」
 と笑った。プールの水温は何時の間にか元に戻っており、玲一郎の手によって、蒼珠は再び封印された。玲一郎は贋の蒼珠を据えて結界を閉じ、四人は翌朝、温泉を後にした。蒼珠がすりかえられた事に小枝子が気づいたのは、ひと月程経ってからだったと言う。すり替えに気づいても、おそらく彼女は大事にはすまい、と匡乃は思っていたが、果たしてその通りだった。再び元の容姿に戻った事についてはちょっとした騒ぎになったのだが、彼女はあの一件については口をつぐんだまま、数週間でそれも静かになった。匡乃の予備校に、鈴が再び顔を出したのは、ふた月くらい経ってからだっただろうか。
「じゃあ、蒼珠を渡した人物が、あの結界の張り方を教えたと?」
 そうじゃ、と頷く鈴の声はどことなく沈んでいる。
「彼女はその人について、覚えているんですか?」
「夢の中で逢うたのだそうじゃ。詳しくは覚えて居らぬ。が、蒼珠の使い方だけはしっかりと覚えておったと言うからな、多分…」
「記憶を…」
「消された、と言う所であろうな。蒼珠の鬼も同様、お陰で他の珠の行方も手掛かりなしじゃ」
 鈴はがっかりした顔でそう言って、溜息を吐いた。どう言う訳かは知らないが、封鬼連とか言う首飾りを取り戻す事は、彼女にとって重要な事らしい。とは言え慰める言葉も特に思いつかずに居ると、鈴がふと思い出したように、
「そういえば、あの女。前よりも仕事が増えたそうじゃ。今度は映画にも出るらしい」
 と言った。
「ま、元々若さで売ってたって訳じゃあありませんでしたから。彼女も自分の価値について、再確認出来たんでしょうね。…確かに永遠の若さとかそういうものは、夢と言えば夢でしょうが…」
「夢のままにしておくべきものも、あると言う事じゃ」
 そう言った鈴が一瞬だけ浮かべた寂しげな表情を、匡乃はあえて見逃した。手に入らぬが故に、人は永遠に憧れる。だが、もしもそれを手に入れてしまったならば…。時に取り残された寂しさは、異能ではあれど人である匡乃には、想像がつかない。そんな事を考えている内に、授業開始五分前のチャイムが鳴った。テキストを手に教室に向かう匡乃を、生徒たちが追い越していく。一瞬感じた焦りのような感覚に苦笑しつつ、匡乃は教室のドアを開けた。


<蒼珠の章 終り>
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1537/ 綾和泉 匡乃(あやいずみ・きょうの) / 男性 / 27歳 / 予備校講師】
【0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】


【NPC 天 玲一郎 /男性】
【NPC 天 鈴   /女性】


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■         ライター通信          ■
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綾和泉 匡乃様

ライターのむささびです。ご参加ありがとうございました。今回は別口からの参加で、と言う事でしたので、先輩講師のお付き合いと言う事で合流していただきました。玲一郎の方は、ガードと言うより『見守り役』をしていただいた感じです。蒼珠回収の後は、折角水着に着替えていただきましたので、ゆっくり泳いで帰られたかと存じます。既に鬼の気も消えていますので、染も寛げた事でしょう。可愛がっていただいているようで、ありがとうございます。ラストでどうしてもまた、鈴と話をしていただきたく、少々蛇足と思いつつ予備校のシーンを付け加えさせていただきました。それでは、またお会い出来る事を願いつつ。

むささび。