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<東京怪談・PCゲームノベル>


不思議な出会いは突然に

 懐中時計を持ったウサギを追いかけて不思議の国に迷い込んだ少女のお話は、エトワール・雛社(えとわーる・ひなもり)もよく知っている。
 けれども、まさかこの現代の東京で、時計を落とした少年を追いかけて不思議な人々と出会うことになろうとは――。





 ある週末のこと。
 エトワールが道を歩いていると、建物の影から一人の少年が飛び出してきた。
 とっさによけようとしたものの、間に合わずにぶつかってしまう。
 それでも、どちらかが転ぶようなことまではなかったせいか、少年は一度振り返って謝ったものの、足を止めようとはしなかった。
「ごめーんっ」
 その言葉だけを残して、今度は反対側の横道へ走っていく。
 エトワールはその姿を半ば呆然と見送ってから、再び歩き出そうとして、足下に懐中時計のようなものが落ちているのに気がついた。
 きっと、先ほどの少年が落としたものだろう。
 エトワールは時計を拾い上げると、急いで少年の後を追った。





 エトワールが少年に追いついたのは、細い裏道を何度も曲がった後だった。
「これ、あなたのでしょ?」
 時計を差し出すと、少年はそれを受け取ってぺこりと頭を下げる。
「あ、ありがとっ」
 今日は、一ついいことをした。
 少し温かい気持ちになりつつ、エトワールはもと来た道を引き返した。

 ところが。
 目の前を走る少年を追いかけることに集中しすぎていたせいか、どこで、何回、どちらに曲がったのか、うまく思い出せない。

 こっちだろうか。
 それとも、あっちだろうか。

 手がかりを求めて、エトワールは辺りをきょろきょろと見回し――いくつめかの曲がり角のところで、全く予期せぬものを目にすることになった。

 路地裏の薄暗がりに、一人の若い男がうつぶせに倒れている。
 やや派手な服装などから判断する限り、恐らく遊び人の類だろう。
「どうしたんですか?」
 近づいて声をかけてみても、反応がない。
 眠っているのか、それとも気を失っているのか。
「大丈夫ですか?」
 そう言いながら、エトワールは男の顔を覗き込んでみた。

 赤。

「!?」

 あちこちがひどく腫れあがった顔を、両目の上辺りから流れ出した血が赤く染めている。
 その凄惨さに、エトワールは息をのんだ。

 おそらく、誰かにひどく殴られでもしたのだろう。
 だが、一体誰がこんなことを?

 エトワールがそんなことを考えていると、今度は路地のさらに奥の方から別の声が聞こえてきた。
「ま、待ってくれ! 俺が、俺が悪かったっ!」
 見ると、倒れている男と同じような男がもう一人、尻餅をついたまま向こう側にいる誰かに向かって許しを乞うていた。

 けれども、それが聞き入れられることはなかった。
「悪かったと思うなら、おとなしく罰を受けて下さい」
 暗闇の奥から現れた金髪の男は、冷酷そうな笑みを浮かべてそう言い放つと、男にさらなる暴行を加えるべく、ゆっくりとその長い足を振り上げた。

 これ以上、見過ごしておくわけにはいかない。
「やめてっ!!」
 エトワールがそう叫ぶと、金髪の男は怪訝そうにこちらを向いた。
 話の通じる相手であってくれることを祈りつつ、じっと彼の目を見つめ返す。
 やがて、エトワールの祈りが通じたのか、金髪の男は構えを解き、エトワールに向かって――ではなく、エトワールの背後にいた誰かに向かってこう言った。
「知り合いですか?」

 振り向くと、そこには先ほどの少年がいた。
「いや、別に?」
 この状態を見ても顔色一つ変えない少年にエトワールは少し驚きを覚えたが、それよりも、まずはこの金髪の男を止める方が先だ。
「どうして、こんなひどいことをするんですか?」
 エトワールがそう訊くと、男は何でもないことのようにさらりとこう答えた。
「売られたケンカを買ったまでです」
 その様子には、反省の色はもちろん、罪の意識のようなものも全く見受けられない。
「だとしても、ここまでしなくても!」
「わざわざ彼らにもわかる方法で『身の程を知れ』ということをレクチャーしてあげたんですよ」
 エトワールを子供だと思ってバカにしているのか、それとも本当にこの状況を楽しんでいるのか。
 薄笑いを浮かべたままの男には、真剣さのかけらすら感じられなかった。

 と、そこで再び少年が口を開いた。
「まあ、また自分からわざとぶつかったりでもしたんでしょ?」
「何が言いたいんです?」
 エトワールと話していた時とは違って、男はあからさまに不快そうな表情を浮かべる。
 だが、少年は一切臆することなくこう続けた。
「キミはそうすれば相手が怒ると知っていて、わざとぶつかった。
 それなら相手からケンカを売ってきたことにもなるし、自然に人目のないところへ行けるからね」
 エトワールからすれば信じられないことではあるが、少年の言葉が本当なら、男はわざわざ相手にケンカを売られにいった……というより、わざと相手にケンカを売らせたということになる。
 そして、その少年の言葉を、男はそれ以上否定しようとはしなかった。
「だったらどうだと言うんです? あなたたちには関係のないことでしょう」

 つまり、彼はたまたますれ違った相手にケンカを売らせ――形式上はそうなるが、実体は限りなく彼の側からケンカを売ったに等しい――先ほどのような暴挙に及んでいたということになる。
 しかし、一体こんなことをして何になるというのだろう?
 戦いを好まないエトワールには、彼の一連の行動は全く理解できなかった。

「でも、何のために?」
 エトワールが尋ねると、男は一度小さくため息をつき、それから面倒くさそうに何か言おうとした。
 けれども、それより一瞬早く、少年がその問いに答える。
「自分が強いことを確かめたいからさ」
 エトワールが少年の方を見ると、彼は相変わらず自信たっぷりの様子でこう指摘した。
「自分より下の存在がいる。自分より劣った存在がいる。
 それを確かめることで、キミは自分のプライドを保っている。違うかな?」
 今度も、男はその言葉を明確には否定しない。
 それどころか、彼の顔色を見る限り、少年の言葉が事実であることはほぼ間違いなかった。

「そんなことのために、人を傷つけるなんて!」
 正直な気持ちが、つい口をついて出る。

 その言葉が禁句だったことに気づいた時には、もはや手遅れだった。

「……そんなこと?」
 男の瞳に、凶暴な光が宿る。
「自分が強いことを確かめたいだけなら、その力を人を助けることに使えばいいじゃないですか!?」
 慌ててそうフォローを入れてみたが、一度燃え上がった怒りの炎はそう簡単に消えるものではない。
「私が自分の力をどう使おうと、私の勝手でしょう。
 それに……嫌いなんですよ。そういう生ぬるい話は」
 男は吐き捨てるようにそう言うと、その殺意のこもった視線をエトワールの方に向けた。
「どうしてもと言うなら、力ずくで止めてみればいいでしょう。
 まあ……あなたに殺り合う気がなくても、こちらは十二分にその気になってしまいましたが、ね」

 こうなってしまっては、戦いは避けられそうにない。
 覚悟を決めて、エトワールが組刀「幻心」を構えた、ちょうどその時。

「いいね。そのケンカ、ボクが買おうか?」
 そう言いながら、少年が一歩前に進み出た。

 すると、信じられないことに、男がじりじりと後ずさり始める。

 少年の微笑みの奥に見えるのは、絶対の自信と、そこからくる余裕。
 それがただの虚勢ではないことは、男の様子を見れば明らかだった。

 エトワールが見つめる中で、少年が再び一歩前に出る。
 やがて、男は後ずさるかわりに一度肩をすくめると、やれやれというように首を横に振った。
「……わかりましたよ。退けばいいんでしょう」
 その言葉に、少年は満足そうに首を縦に振る。
「命拾いしましたね」
 男はエトワールに一言だけそういうと、路地の向こう側へと去っていった。

 追いかけるだけの勇気は、さすがになかった。




 ともあれ。
 なんにせよ、金髪の男はどこかへ行ってしまったし、先ほど彼に許しを乞うていた男も、いつの間にかどさくさにまぎれて姿を消してしまった。
 そうなると、残った問題は路地の入り口に倒れていた男一人である。

「大丈夫ですか? しっかりして下さい!」
 まだ息はあるようだが、いくら呼びかけても全く反応がない。
 医者ではないから詳しいことはわからないが、少なくとも放っておいていいような状態でないことは確かだろう。

「お願い、この人を助けて……!」
 エトワールは刀を握り、懸命に祈った。
 この刀には傷を癒す力もある――とはいえ、それは決して強いものではなく、本来ならばこのようなひどい傷に対して使うべきものではないかもしれない。
 けれども、エトワールにはこれ以外にできることなどなかった。

 なおも祈り続けるエトワール。
 それでも、いっこうに男が目を覚ます様子はない。
 効果があるのかどうかも判らぬまま、ただただ疲労感だけが増していく。

 そして、エトワールがその疲労に負けそうになった時。
 不意に、一人の少女が視界に飛び込んできた。
 茶色の髪をしたその少女は、倒れたままの男を一瞥すると、エトワールに優しく微笑みかけた。

「大丈夫」

 彼女がそんな言葉を口にしたようにも思えたが、すでに眠りの淵に引き込まれつつあったエトワールには、それを確かめる術も時間もありはしなかった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 エトワールが次に見たのは、見慣れない真っ白な天井だった。
 どうやら、眠っている間にどこかの家に運ばれたらしい。

 上体を起こして辺りを見回すと、先ほどの少年と少女の姿が目に入った。
「あ……目が覚めましたか?」
「急に眠り込んじゃったから、びっくりしたよ」
 恐らく、ここはこの二人の家なのだろう。
 外見からは、この二人によく似た点を見つけることは難しいが、ひょっとしたら父親似と母親似の姉弟なのかもしれない。
 エトワールは二人に礼を言うと、ふと思い出してこう聞いてみた。
「それはそうと、さっきの人はどうなりましたか?」
 さっきの人というのは、もちろん怪我をして倒れていた男のことである。
「あの人なら、大丈夫です。
 一応私の方でも手当てしましたが、すでに傷はほとんど治っていたみたいでした」
 少女のその言葉に、エトワールは安堵の息をついた。





 その後。
 三人はお互いに自己紹介し、しばらくとりとめもない話をした。

 プリズムと名乗った少年は、普段はいかにも子供らしい無邪気な笑みを浮かべているのだが、時々妙に達観したようなことを言ったり、聞いている方がどきっとするような鋭すぎる一言を口にしたりと、どうにもつかみ所のない感じを受ける。

 逆に、スフィアと名乗った少女の方は、やや消極的なところが目立つが、その表情や言葉の端々から彼女の優しくて控えめな性格がにじみ出ているようで、エトワールは彼女の方により強い好感を抱いていた。

 そうして、ちょうど話が一段落した時。
「あ、あの……エトワールさん?」
 何かを決心したような真剣な表情で、スフィアがエトワールの名を呼んだ。
「なんですか?」
 二人の目が合う。
 たったそれだけで、スフィアの決心は揺らいでしまったらしい。
「ええと、あの……」
 そこまで言ったきり、彼女はうつむいて黙り込んでしまった。
 時折何か言いたそうに顔を上げるが、少しでも視線が合うとすぐに目をそらしてしまう。

 その様子には、どこか自分と似たものが感じられた。
 拒絶されることが怖くて、臆病になってしまっているのだろう。

 そして、そんな彼女が言おうとしている内容も、だいたい見当はついた。

「スフィアさん?」
「あ、な、なんでしょう?」
 エトワールの方から話を切り出すと、スフィアの顔に期待と不安の入り交じったような表情が浮かぶ。
 それを見て、エトワールは自分の考えが間違っていなかったことを確信した。

「よかったら、私とお友達になってもらえませんか?」
 スフィアが言えなかった言葉を、こちらのほうから投げかける。
「え……?」
 スフィアは一瞬驚いたようにエトワールの方を見つめ――エトワールの手を両手で握って、何度も何度も頷いた。
「は、はいっ! 喜んで!!」





 その後。
 もうしばらく、いろいろな話をした後で、エトワールは家路についた。
「今日は楽しかったよ。また遊ぼうね」
「これ、私の電話番号です。
 その……何か力になれることがあったら、いつでも呼んで下さい」
 二人に見送られて玄関を出て、階段を下り、細い路地を抜けて、やがていつもの通りへ帰り着く。

 そこまで来て、エトワールは不思議なことに気がついた。

 一体、自分はどうやってここまで戻ってきたのだろう?

 二人の家を出てから、どんな道を、どう歩いてきたか。
 懸命に思い出そうとしてみたが、なぜか、はっきりとは思い出せなかった――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 5301 / エトワール・雛社 / 女性 / 11 / 雛杜のひとり娘

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。

 さて、コーン、スフィア、プリズムの三人ということで、こんな感じの話にしてみました
 エトワールさんの性格を考えると、コーンとは相容れず、プリズムはよくわからず、スフィアとは結構うまくいくんじゃないか、と思ったのですが、いかがでしたでしょうか?

 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。