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<東京怪談・PCゲームノベル>


具現化協奏ファントムギアトルーパー――testee3

 ――季節は夏から秋へと移り変わった。
 夏の暑さを乗り越えれば、僅か数ヶ月の心地良い月日が訪れる。
 気温は汗ばむ程の暑さでもなく、陽光が照らす空は穏やかそのものだ。
 そんな一時こそ、人は色んな事を考え、この快適な季節を満喫しようとする。
 食欲の秋、読書の秋、芸術の秋‥‥。
 そして、学園では様々な行事が執り行われる季節。
 体育祭、文化祭、林間学校‥‥。
 紅葉が彩る山林への坂道を、数台のバスが登って行く――――。

■testee3:林間学校の中で
「よし!」
 細い身体を延ばし、端整な風貌の少年が立ち上がった。額に被さる長めの黒髪を汗と共に腕で拭い、同じ班の仲間へと声を掛ける。
「テントの設置は終わりましたよ」
「おぅ、壊れないだろうな? 櫻」
「俺も寝るんですから、壊れるようなのは作りませんよ」
 班長へと櫻紫桜が微笑んで見せた。尤も、自分が眠らなければどうでもいいような発言は、彼の軽い冗談であり、打ち解けている証だ。その事は周りもよく知っていた。
「それじゃ、薪用の木でも探して来てくれるか?」
「分かりました。では、探して来ますよ」
 背中を向けた紫桜に、班の少年が声を飛ばす。黒髪をサラリと揺らし、腰を捻って鋭い茶色の瞳を向けた。
「櫻! 熊が出るかもしれねぇぞ!」
「ご心配なく、何とか切り抜けますよ」
「違うって、熊の心配をしてんだよ!」
 紫桜が、柔道・合気道・古武術の使い手である事は、親しい者なら知っている。少年は微笑んで腕を挙げるて応えると、再び歩き出した。
「‥‥ん?」
 連なるバスの群に視線を流した時だ。山道をゆっくりと歩いて来る小柄な少女が映った。両端の長い黒髪を赤いリボンで結った、未だあどけなさの残る端整な風貌の娘だが、黒い瞳は何処か哀しい色を冷たく漂わす。紫桜は彼女に見覚えがあった。
 ――あの臨海学校の夜に共に戦った少女だ。確か名前は‥‥。
「ササキビさん‥‥それとも、クミノちゃんの方が良いですか?」
 少年に声を掛けられ、ササキビ・クミノは視線をあげる。
「‥‥櫻さん? ‥‥呼び方なんてどちらでも構わないわ」
 淡々とした調子で応え、リュックを背負った少女は少年を脇をスタスタと擦り抜けてゆく。紫桜はクミノの小さな背中に声を掛ける。
「まさか、バスに乗り遅れて歩いて来たのですか?」
「‥‥先生には体調が悪いから遅れるって連絡したわ。それじゃ」
 立ち止まる事なくサラリと伝え、少女は山林へと歩いて行った。普通は先生に到着を告げ、遅れて班に交ざるものだが、なぜ別の方角へ向かうのか?
「‥‥彼女もパイロットですからね、何か考えがあるのでしょう」
 少年は薪用の枝を集めるべく、山の中へと歩いて行った――――。

●異変発生!! 巨兵の弱点!?
「収穫収穫♪」
 背中に沢山の枝を背負い、満足気に紫桜は仲間の元へと向かっていた。バスの脇を通り、キャンプ地点までの緩やかな坂道をゆっくりと歩く。もうすぐ瞳に映るのは、夕食の準備をしている生徒達の姿だろう。視界に開けた空間が映った。次第に少年の瞳が見開いてゆく。
「!! これは‥‥」
 慌てて駆け出した紫桜の瞳に映ったのは、バタバタと膝を着いたり、倒れる少年少女達だ。その中には先生達も混じっている。ぐったりとした一人の少女に近づいた刹那、急激な疲労感が少年を襲う。
「この急激な空腹感はッ‥‥ひだる神ですね。飢餓神とかヒモジイサマとか呼ばれてるようですが」
 ――ひだる神。
 憑き物の一種とされ、山道を行く旅人等に不意な倦怠感と激しい空腹感を与える妖怪である。
 この妖怪に憑かれている間は、空腹感が満たされず、命の危険すら伴う――――。
「キミ、早くコレを食べるんだ」
 紫桜はポケットを弄り、こんにゃくゼリーを取り出すと、喘ぐ少女の口へと放り込んだ。女性用に準備した対応策である。続いて自分もチョコレートの包みを乱暴に抉じ開け、CMヨロシク軽い音を立てて板チョコを噛み砕く。周囲に鋭い視線を流す中、弱々しい細い手が少年へ伸びた。
「もっ、と、ちょうだい‥‥」
「はい、沢山用意して来ましたからね」
 しかし、範囲的なものとなると、数には限りがある。テントに戻れば食い物はあるが‥‥。
 その時だ。この状況には拘らず、軽快に走る少女が横切った。倒れている生徒達へと駆け寄り、背中のリュックからカロリーの豊富なブロック食品を渡して行く。それどころか、既に身動きが取れない者には点滴を施す。少年の瞳を釘付けにしたのは、不思議と背負ったままのリュックから手を延ばして携帯食を配る光景だった。
「まるで‥‥無限に出て来るみたいですね」
 ふとクミノと紫桜の視線が交差する。
「何を見ているの? 動けないならコレあげるわ」
 ポンっと放り投げられる携帯食。
「いえ、俺は大丈夫です。それより、これは妖機怪の仕業ですね」
「ええ、‥‥見つけたの?」
 いえ、と告げながら少年は周囲を見渡していた。力場は見える。後は、ひだる神をコアとした妖怪のシルエットを見つけ出せば良い。しかし、開けた山の中であり、対象は自分だけを狙って襲っている訳ではないのだ。視界が山林を空を泳ぐ。
「どんな形なのでしょうか? 吸血植物みたいなものですかね」
「‥‥吸血植物って、見た事あるの?」
 クミノは携帯食を食べながら訊ねた。ポリポリと何個目かのブロック食品を放り込む少女に、紫桜はポケットから出したモノを差し出す。彼女の細い片眉が訝しげに跳ね上がる。
「‥‥なによ? ゼリー?」
「こんにゃくですから、幾ら食べても平気ですよ」
「そ‥‥そう。それより見つかったの?」
 ぽんッと小さな口の中にゼリーを放り込み、少年へと視線を流す。彼は瞳を研ぎ澄まし、気配に集中していた。刹那、紫桜が山林を指差す。
「あれです。大きな口だけのような形をしたモノが見えます!」
 それは正に口の化物だった。目や鼻や耳は見当たらず、大きく開いた口だけである。この世の中に生息する動物には当て嵌まらず、太古の恐竜とも違う。メカニカルな光沢を放つ口の化物だ。
「FGTを呼ぶわ! 櫻さんも乗る?」
「いいえ、俺は単独で乗ってサポートします!」
 二人は懐中時計のような物を取り出し、スイッチを押した。
 ――霊波動確認 パイロット照合:櫻紫桜、ササキビ・クミノ
 霊駆巨兵ファントムギアトルーパーリフトアップ――――
 地響きと共に山林が割れ、体育座りをした鋼鉄のシルエットがセリ上がって来た。少し遠いがキャンプ施設を壊さない配慮なのだろう。細身の少年と小柄な少女が巨兵へと駆け着ける。
「今回で二度目ですか。やって見せます!」
 二本の操縦桿を握り、紫桜が鋭い眼光でモニター越しの視界を睨む。刹那、通信機からクミノの声が飛び出す。
『櫻さん、ヘルメットを被ってくれる?』
「ヘルメット? あ、これですね」
 視線を流すと、隣のシートに如何にも戦闘用的なヘルメットが置いてあった。何か理由があるのだろう。少年はヘルメットを被り、通信機へ声を投げる。
「被りましたよ』
『ねぇ、あの刀を出してくれない?』
「え? 構いませんが‥‥」
 スティックを握る手に力を込め、少年は意識を集中させる。刹那、青白い光が巨兵の腕に迸り、右手に一本の刀を出現させた。隣の機体へと視界を流す。
「渡せますでしょうか? 本体なら可能ですが‥‥」
 紫桜の刀は体内にあり、特殊能力の一つである。しかし、巨兵は特殊能力を巨大化させ、具現しているに過ぎない。つまり、能力あっての具現なのだ。
『違うわ。私が独自に召喚するのよ』
 だが、巨兵の手に紫桜の刀は出現しなかった。少女は、武器・兵器に当る現存する物全てを召喚し使用できるが、少年の刀は現存する武器という枠に当て嵌まらないという事か。
「もしかすると‥‥刀を渡しますので握ってみて下さい」
 何かに気付いた紫桜は、クミノ機に刀を渡す。仕方なく手にしようとした刹那、刀は紫桜機の手を離れると同時に掻き消えたのである。少年は確信した。
「やはり、具現できるのは機体の範囲内だけのようですね。この霊駆巨兵は様々な能力者の力を具現できます。しかし、機体から離れれば、具現した物も消滅するデメリットがあるのでしょう。知らなかったとは言え、俺も同乗するべきでした」
『別に構わないわ。ちょっと試したかっただけだもの。‥‥櫻さん、このままじゃ戦えない?』
「いえ、格闘戦なら十分活けると思いますよ!」
 紫桜機の拳に青白い光が迸る中、クミノ機は巨体から銀の奔流を波打たせた。一気に巨兵が大地を蹴り、重圧な振動を伴わせてひだる神へと肉迫する。もう一体は両手の指を向け、標的を狙い定めた。
 ぐらり、と視界が揺れ動く。倦怠感と激しい空腹感が襲う。
「クッ、負けられませんよ!」
 板チョコに噛り付き、操縦に専念する紫桜。視界に巨大な口のシルエットを捉えた。
「何かササキビさんは考えてますね。ならば!」
≪殴ったら血が沢山出るよ≫
 ――なにッ!?
 ピクンと操縦桿を握る手が跳ねる。鼓動が速度を増す中、少年は視界を彷徨わせて瞳を大きく見開いた。そこに捉えたのは、巨大な猿を思わせるシルエットだ。手前にニッコリと笑う少年が浮かぶ。
≪いいの? 倒しちゃうと血が沢山出て、真っ赤に染まっちゃうよ≫
「血が‥‥沢山の血が‥‥」
 ――脳裏に記憶が過ぎる。
 目の前で人が斬り殺され、噴水の如く噴き上がった鮮血。
 視界を赤く染め上げ、己の身体を朱に塗り込めた血飛沫――――。
『櫻さん、どうしたの!?』
「血が、出るって‥‥沢山の血が‥‥」
『血? ‥‥血がどうしたのよ。いい? 妖機怪を倒しても血なんか出ないわ。よく見て、櫻さんが動きを止めている間に、私が妖機怪を倒したわ』
 クミノの声に我を取り戻し、少年は妖機怪がいた範囲を見渡す。既に消滅したのだろう。ヒダル神の妖機怪は何処にも見当たらなかった。紫桜が『サトリ』へと視線を流す。
≪キミ、怒っているね? 嘘を付いた僕の事を怒ったでしょ? 殴る? 今すぐ飛び込んで僕を殴るつもりだね?≫
 少年の姿は猿のシルエットへ吸い込まれた。
 ――サトリ。
 山中に住み、人間の考えている事を言い当て、惑わす妖怪である。うろたえる人間の様を見て、喜ぶ悪戯好きの妖怪であるが、最後には発狂させた後、食らうとも謂われている――――。
「やはり心を読めるとなると厄介だな」
≪心を読まれても予想されるより早く動く? キミのトラウマまで当てたのに? 他にキミの秘密はあるのかな?≫
 ビクッと紫桜が戦慄く。身体が小刻みに震え、頬に汗が伝う。
「やめろッ! 俺の心の中を覗くなッ!!」
『櫻さん、戦うの! 大丈夫、私がいるもの』
「うおぉぉッ!!」
 妖機怪サトリが巨兵の鉄拳を次々に躱してゆく。掴む事すら侭ならない。それでも紫桜は培った格闘技で猿のシルエットに攻撃を繰り出し続けた。しかし、逆に妖機怪の反撃を受け、鋼鉄の機体が鈍い衝撃が揺れる。刹那、紫桜機の背後から、もう一体の巨兵が飛び込む。クミノ機だ。
「流石に二人の心を同時には読めないでしょ。櫻さん、連携してよ!」
 次の瞬間、妖機怪が僅かに動揺したように感じられた。僅かに動きを止めた隙を少年は見逃さない。気という膜を張った鉄拳がメカニカルな猿の頭部へ炸裂し、サトリが木々を薙ぎ倒して吹き飛んだ。
「俺の心を覗いた罪は許しませんよ!」
 追撃した巨兵の鉄拳は躱したが、続くクミノ機が肉迫すると再びクリーンヒットが始まった。
『櫻さん、止めを叩き込んで!』
「はいッ!」
 鉄拳を眩く発光させ、渾身の一撃を叩き込む紫桜機。だが、それを妖機怪は容易く躱した。刹那、クミノ機の掌がサトリに接触。
「甘いわ」
 同時に銀色の奔流が猿のシルエットを疾り抜け、やがて赤い粒子と化して妖機怪は失散するに至ったのである。
「ササキビさん、俺を囮に使いましたね?」
『悪い? 事態解決が目的だもの』
 サラリと答える少女の声に、紫桜が微笑む。
「いいえ、俺のサポートは有効だったという事ですね」

●エピローグ
「詮索するつもりはないけど‥‥」
 巨兵の格納庫から登る階段を歩きながら、前を進む少女がポツリと言葉を投げ掛ける。長い黒髪に弧を描かせ、端整な顔が肩越しに紫桜へと振り向く。
「血なんて見慣れてしまえば、気にするものじゃないわ」
 薄く微笑みながらクミノは伝え、キャンプ場に戻った。
 ――あの少女はどんな生活をして来たのでしょう?
 見慣れれば血は気にするものではない? 俺より年下なのに。
 カレーを食べた後、何気に中等部のキャンプ地へ足を運んだが、クミノに出会う事は無かった。
 あの少女の事だ。任務が終わって一人で帰ったのかもしれない――――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/担当】
【5453/櫻紫桜/男性/15歳/高等部学生】
【1166/ササキビ・クミノ/女性/13歳/中等部学生】

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■         ライター通信          ■
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 この度は引き続きの御参加ありがとうございました☆
 お久し振りです♪ 切磋巧実です。
 今回は参加メンバーが変わらない為、シーンのクローズアップスタイルでお送りしました。
 さて、いかがでしたでしょうか? もしかすると、ここぞという時、相手に刀を渡して、擦り抜け様に受け取ってもらい一刀両断ッ! とかイメージしていましたか?
 霊駆巨兵の性能において、巨大具現化されたモノは機体を離れるとコントロールが失われます事を御了承下さい。そんな訳で、打撃に通常の何倍もの力を出して叩き込む能力を演出させて頂きました。
 妖機怪の正体は正解です。今回はニ機で戦ったのが成功って感じかな。次回も参加して頂けるなら、単体で操縦するか、複数で操縦するかで戦い方が変わるかもしれませんね。
 こんにゃくゼリー(笑)なんて気配りな少年なんでしょう(^^
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆