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シンデレラは誰だ!?
そう、珍しい柄の犬がいたのだ。
カメラに収めてやろうと追いかけていたら何時の間にか道に迷ってしまっていた。
――ここ、どこだろ・・・?
まったく見覚えがない。
とりあえず道を聞こうと適当な店に入った。
古書店「めるへん堂」。
この行動が全ての発端だったのだ。
「え、シンデレラ?」
めるへん堂店長・本間栞の言葉に里美は首を傾けた。
「・・・て、私が?」
「ええ。これも何かの縁です。居なくなったシンデレラの代わりをして下さいませんか?」
「ええええええええ!?」
何時の間にかとんでもない話になっている。
「で・・・でも私、道を聞きにきただけで・・・っ」
「断るんですか?そうですか。断るんですか」
「え?」
満面の笑みをこちらに向ける栞。いや、目が全然笑っていない。
――こ・・・これは”断れると思ってるのかこの野郎”って感じなのかしら・・・?
助けを求めて店内を見まわす。肩にぽんっと手を置かれた。栞の下僕(と栞に紹介された)夢々だ。
「お姉さん。栞さんには逆らわない方が身の為だと思うよ・・・?」
――強制!?
そんなめちゃくちゃな。
――でも、シンデレラか・・・
子供の頃、よく読んだものである。綺麗なドレスを着て王子様と幸せになるシンデレラに子供心に憧れていた。
その気持ちは今も変わってはいない。やはり女にとっていつになっても「お姫様」は憧れなのだ。
継母や義姉にいじめられるのは嫌だけれど。
「・・・そうね・・・。一日だけでもお姫様になれるなら、シンデレラになってみても――」
「決まりですね」
栞の反応は驚くほど早かった。
「では案内役は誰にしますか?崎咲・里美さん」
【憧れ〜崎咲・里美〜】
失敗したかもしれない。
早くもくじけ始めた自分に渇を入れる為、里美は自分の頬を叩いた。
――洗濯と皿洗いと裁縫と床掃除と煙突掃除と庭の草むしりくらいどうってことないわっ!
シンデレラは毎日こんな大変な思いをして過ごしているのだ。少しくらいは・・・その大変さを分かってあげたい。
こんなチャンスはきっともう二度とないのだから。
優しかった父親を亡くし、継母と義姉にいじめられる毎日。突然地獄に突き落とされた彼女はこの家で何を思ったのだろう。
「シンデレラっ!何をぼーっとしているのっ。あと三十分で終わらせるのよっ」
「さ・・・三十分!?」
それは流石に無茶な話だ。
慌てて腕に抱えた洗濯物を片っ端から桶の中に突っ込む。
――これは逃げ出したくなってもおかしくないかもね・・・
心の底からシンデレラに同情した。
「・・・あれ?」
洗濯物の間から何かが落ちる。拾い上げてみると日記帳だった。ぱらぱらとめくってみる。
「えーっと・・・?『今日もまたいつもと同じように沢山働かされた。こういうお話だから仕方なく従うしかないけれど、いい加減うんざりしてくる』」
「興味深いですね」
「うきゃああっ!?」
突然背後から声をかけられ思わず飛び上がる。振り返ると栞と夢々が立っていた。
「ちょ・・・っ。継母達に見つかったら・・・っ」
「彼女達なら買い物に出掛けましたよ」
「そう。ならいいんだけど」
「それ何?日記?」
夢々が興味津々というように覗きこんでくる。彼にも見えるように文が書いてある部分を上に向け、栞に問いかけた。
「これ、どういうこと?『こういうお話だから仕方なく従うしかないけれど』って・・・」
「物語の登場人物は、予め自分達がどう行動すべきで、どうなるかわかってるんです。それで、その通りに行動していくわけですね。誰かが本を開く度にその繰り返し。何度も同じ劇を上演している劇団に例えればわかりやすいでしょうか」
「そうなんだ・・・」
本がそんな仕組みになっていたとは何とも興味深い。今度記事に書いてみようか。
と、それはそれとして・・・・・・
「やっぱりシンデレラって召使みたいに働かされるのが嫌だったってわけね」
「あれ?何か続きがあるけど」
「え?」
夢々の言葉にもう一度日記に視線を戻した。そこにはこう続いている。
『別に継母達のいじめが嫌ってわけじゃない。あたしは自分のことを不幸だとは思ってないし。だからこそ、同情されるのが堪らなく嫌なのよ』
「同情が・・・嫌?」
先程同情してしまった自分にはっとする。
どうやらこの本のシンデレラは里美が思っているよりもずっと、逞しい思考の持ち主らしい。
プライドが高いというか何と言うか。
継母達の言う事を仕方なくきくのはいいけれど、それによって読者に同情されるのは我慢できないというのだ。
「なるほどね・・・。よーし!」
里美は日記を閉じ、栞と夢々を交互に見る。
「ねえ、協力して欲しいことがあるんだけど」
「協力ですか?」
「何する気なわけ、里美さん?」
里美はいたずらっぽく笑ってみせた。
「何って、決まってるでしょ。最高のシンデレラストーリーを作るのよ」
彼女が同情されなくてもいいように。
「ね・・・ねえ!流石に筋書き変えちゃうのはまずいんじゃないの?」
「別に関係無いわよ。私、本物のシンデレラじゃないもの。従う筋合いはないでしょ」
「一理ありますね」
「い・・・いいのかなあ・・・」
せっせと働く継母達を見まわし、夢々は溜息をついた。
「そうそう。家事は家族で分担しないとね」
里美は上機嫌だ。
夢々は栞に耳打ちする。
「ちょっと栞さん。一体どんな魔法をかけたのさ?」
「家事がしたくて仕方なくなるような魔法を」
「何それ」
随分とめちゃくちゃな魔法だ。まあ、栞は本に干渉できる能力を持っているのだからその気になればできないことなどないのだろうが。
「にしても捻くれ者の栞さんがよくそんな魔法使う気になったよな」
「面白そうだったので」
「言うと思った・・・」
栞の判断基準は「面白い」か「面白くない」か。二つに一つである。
「里美さん。そろそろ舞踏会の時間ですよ」
「え。舞踏会!?」
栞の言葉に里美の顔が目に見えて輝く。
「て、ことはドレス?いよいよドレスが着れるのね・・・!」
はしゃぐ里美を見て、栞にもこんな女の子らしい部分が欠片でもあればいいのにと、夢々はしみじみと思っていた。
舞踏会の華やかさは想像以上のものがあった。
――やっぱり絵本と現実で見るのとでは違うわよね
夢中になってカメラのシャッターを押す。
「ねえ、これって現実に戻ってもちゃんと撮れたことになってるの?」
「お望みならばそうしますけど」
「やった!栞さんナイスっ」
栞を案内役にして大正解だったようだ。
「君。そんなに舞踏会が珍しい?」
「そりゃ、もちろん!って・・・え?」
夢々のものではない男性の声に顔を上げる。
目の前で柔らかく微笑んでいるのは・・・・・・
「お・・・王子様・・・?」
「こんばんは」
「こ・・・こんばんは・・・っ」
――うわ〜。本物の王子様だあ〜
思わず声が上擦る。
「よろしければ僕と踊ってくださいませんか?」
「よ・・・喜んで」
王子の手を取り、ステップを踏んだ。正直、こういうダンスの経験はほとんど無かったのだが、王子のリードが上手いのか体は軽い。
何だか良い気分だ。
話上手の王子と過ごす時間はとても楽しかった。この世界のこと、王子のこと、そしてシンデレラのことを話した。
本物のシンデレラは同情されるのが嫌で逃げ出したらしいと伝えると王子は「彼女らしいな」と苦笑した。
そして・・・
「鐘が・・・。もう行かなくちゃ」
王子を振りきって階段を駆け下りる。途中できちんと片方の硝子の靴を落とし、シンデレラの家まで一気に走りぬけた。
そこからはまあ、童話の通りのシンデレラで。
硝子の靴を持ってプロポーズをしてきた王子に、里美は笑顔で応じた。
ハッピーエンドにはとびきりの笑顔を、だ。
「ねえ、里美さん・・・だったかな?」
王子が小声で里美の耳に問いかける。
「何?」
「君はシンデレラに同情するかい?」
「しないわ」
はっきりと答えてやった。
「こんなに幸せになれるんだから、同情なんてするわけないじゃない」
その言葉は王子に向けたものではなく・・・
「じゃーん!見て見て!写真現像してみたんだ」
シンデレラ体験から三日後。
里美は再びめるへん堂に足を運んでいた。
広げた写真を夢々が珍しそうに眺めている。
「栞さん。シンデレラは帰ってきた?」
「きてませんね」
「そっかあ・・・。あたしの言葉、届いてなかったのかな・・・」
確かに皆、あなたに同情するかもしれない。
でも、それと同時に王子と幸せになれるあなたに憧れたりもするのよ、って。
「届いてないことはないんじゃないですか」
「え?」
栞が写真の中から一枚を抜き出し、里美に手渡す。
「・・・あ」
「帰ってくるのも時間の問題かもしれませんね」
王子と里美が笑っている写真。
その右端に小さく映っているのは金髪の美しい少女。
「早く帰ってくるといいよね」
里美は満足げに微笑んだ。
そう、早く帰ってきて
あなたはいつでも、私達女の子の憧れなんだから
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【2836/崎咲・里美 (さきざき・さとみ)/女性/19/敏腕新聞記者】
NPC
【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】
【夢々(ゆゆ)/男性/14/めるへん堂店員】
【王子(おうじ)/男性/18/シンデレラの登場人物】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。ライターのひろちという者です。
今回はありがとうございました!
納品の方が遅くなってしまい申し訳ございません・・・!
里美さんにはシンデレラのことも気にしてもらいつつ、基本なシンデレラストーリーを追ってもらいました(一部違う部分もありましたが・・・
明るく元気な里美さんですから、かなり素敵な姫君になったのではないかと・・・。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
今回は本当にありがとうございました!
「とりかえばや物語」の方も現在執筆中ですので、楽しみにして頂けると嬉しいです。
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