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<東京怪談ノベル(シングル)>


 □熱望運動秋の陣□


「……い。おい、真珠! これは一体どういうことぢゃ、きちんと説明せぬか!」
「えー? すみません嬉璃さん、聞こえなかったんでもう一度ー!」

 まさにすし詰め状態のバスの中、少女の姿をとった嬉璃は向かいに立つおばちゃんの尻に圧縮されそうになりながら、再度声を張り上げる。

「だからこれは一体どういうことぢゃと聞いておる! いきなりたずねて来たかと思えば、このような乗り物に引っ張り込んでからに……!」
「あれ、言ってませんでしたっけ」

 何やら巨大な風呂敷を背負いながらも平然とした顔で立っていた真珠は、不思議そうに首を傾げた。

「おっかしいなあ、あたし最初に説明したような気がするんですけど……」
「説明も何もかも全く聞いておらぬわ! 大体どうしたらそんな勘違いができると――――」
「ああ!」

 四・五十代の女性の声が狭い車内に洪水のように響く中、それに負けないぐらいの声をあげ、真珠は納得したように両手をぽんと合わせる。

「そうだそうだ! 嬉璃さんとこに行く途中、何度も頭の中で説明していたんで、もう説明したような気分になっちゃってました。それじゃ改めて説明しますね、えーと……っと!」

 今まで規則正しく揺れていたバスがブレーキの軋む音と共に停止し、真珠は前につんのめった。それに加えて降車する客の多さにもみくちゃにされ、更に振り子のように揺れる大風呂敷に少女は成す術もなく振り回されていたが、嬉璃の背後から伸びてきた腕に風呂敷ごと身体を掴まえられ、転倒の危機だけは免れる。
 手を伸ばしていたのは、赤ら顔の老婆だった。鼻の頭の皮がほんの少しだけ剥けている愛嬌のある顔をにこにことさせながら、真珠の体勢を整えさせる。

「大丈夫かい、お姉ちゃん。ここいらへんは降りる人が多いから、気をつけんと」
「あ、はい、ありがとうございます! ……あれ? おばあさん、もしかして……」

 真珠はお出かけ用の服の中から一枚の紙切れを取り出し、老婆の顔と紙切れとをしげしげと眺め比べ、大きく頷いた。
 
「やっぱりだ! あの、あたし、この前お電話させて頂いた真珠っていいます! それでこっちは嬉璃さん。今日は頑張りますんで、よろしくお願いしますっ!」
「おやまあ、今日来るとは聞いてたけど、まさかこんなところで会うとはねえ。はい、こちらこそよろしくお願いしますよ。この可愛いおちびさんもお手伝いしてくれるのかい?」
「ぬ? あ、いや、まあ……」
「ありがとうねえ。……ああ、どうやらついたみたいだから、それじゃお電話で話したとおりにお願いしますね。あなたたちの担当は停留所から左に数えて三つ目のところですから。私は用があるんでもうひとつ先まで乗っていきますけど、何かあったら停留所を右に曲がったところにある瓦屋根の家に来てくださいね」
「はい、それじゃあまた後で! 嬉璃さん降りますよー、早く早く!」
「わしは荷物ではないぞ、抱え上げるな!」
「だって手をつなぐよりこっちの方が早いんですもんー」

 文句を返そうと息を吸い込んだ嬉璃だったが、鼻孔をくすぐる懐かしい匂いに気付き、口を閉ざして前を見る。
 バスの扉の向こうには、予想通りの光景が広がっていた。薄い青空の下に金色の海が横たわり、風が吹くたびに一斉に同じ方向へとさやさや、さやさやと揺れ動く光景が長々と続いている。見慣れた四角い建物はどこにも見えず、代わりのようになだらかな曲線を描く山が連なり、深い緑と様々な暖色が交じり合っていた。それらは空の色や真昼の月と相まって、色彩の奔流の中に投げ込まれたような錯覚を抱かせる。
 嬉璃はその光景に一瞬目を奪われたが、やがて気を取り直したように大きく鼻を鳴らすとまなじりをつり上げ、未だ自分を抱えあげたままの少女を見上げた。

「真珠! 今度という今度は説明してもらうぞ。一体わしはここで何をする為に連れてこられたのぢゃ?!」
「え? あ、そうでした。えっへっへー、実はですね、今日はなんとここで稲刈りをさせてもらえるんですよ。しかもお弁当つきで! 運動もできて人様のお役にたてて、しかもお弁当までいただけるなんて、とっても素敵なお話でしょ? 雑誌で偶然このボランティアの記事を見た時、これは行かなくちゃ! って思ったんですよー。折しも季節は『スポーツの秋』ですし、そういう時期に稲刈りで健康的に若者らしく汗を流すのって、最高じゃないですか! 楽しい楽しい運動を一緒にしましょー!」

 重々しい音をたてて背負っていた風呂敷を嬉璃と共に降ろすと、真珠は意気揚々と結び目を解き始める。
 
「さて、それじゃあちゃっちゃとお着替えして始めましょうか。こういうのは手早くやらないと、すぐ夜になっちゃいますもんねー。あ、嬉璃さん用の道具もちゃーんと持ってきましたよ。ええと、麦藁帽子でしょ、もんぺ、長靴、軍手……ああそうだ、鎌も持ってきたんですよー。いつもうちの御山の畑で草刈りしている時に使っているやつで、ちょっと古いんですけど、その分使いやすさは折り紙つきですっ」
「待て真珠、わしはまだやるなどとは一言もいってはおらぬぞ。というかおんし少しは人の話を……って、な、何をするっ」
「だって着替えなくちゃ稲刈りできませんよー。大丈夫、着替えなんてくるーんと一瞬で終わっちゃいますから。えーいっ」
「!!!」

 まさに早技、まさに神技。
 一回転させられている間に、何故か嬉璃の身体にはいわゆる『農作業ルック』というものがきちんと装着されていた。あまりの手際の良さに溜め息をつき、諦めの境地に半分足を突っ込みながら、疲れたように嬉璃は傍らの少女に問いかける。

「全く……確かにおんしにとっては楽しい運動やもしれぬがの、何故それにわしが付き合わなくてはならぬのぢゃ」
「だって嬉璃さん、いっつも家の中にいてばっかりじゃないですか。そういうの不健康でよくないですよ、やっぱりある程度はお日様の下に出ないと」
「わしが座敷わらしなのはおんしも知っておろうが! 大体、座敷わらしが外に出て稲刈りに精を出すなど、聞いた事もないわ!」
「あ、それなら嬉璃さんが史上初! 稲刈りをした座敷わらしになるんですねー。うん、きっと妖怪史に残りますよ」
「そういう問題ではなくてだな――――」
「それにっ」

 真珠は握り拳を作り力説する。

「いっくら妖怪だからって食っちゃ寝ばーっかりしてると、太っちゃいますよー! 女の子にとって体重増加は敵ですっ! ただでさえ秋は食べ物のおいしい季節なんですから、油断してるとすぐにぶっくぶくーになっちゃいますっ。……というわけで」

 びっ。
 高い高い天を指差し、真珠は「楽しく運動、楽しく稲刈り、はじめましょーっ!」と声高らかに宣言した。
 その傍らには長い長い溜め息をつく嬉璃の姿があった。

「……やれやれ、今日はほんに疲れる一日になりそうぢゃ」 




 鎌を根元に食い込ませてぐっと力を込めると、小気味良い音と共に稲が地面から切り離されていく。
 その響きと感触に笑みを浮かべながら、真珠は手早く鎌を動かしていた。時折首にかけた手ぬぐいで汗を拭い、そしてまた鎌を振るう。
 切り倒された稲に手を伸ばすのは嬉璃の役目だった。四つほどを藁でまとめてきちんと縛り上げる作業を繰り返しつつ、真珠の背を追っていく。だが元から岩でお手玉ができるほどの膂力を持つ真珠は、稲刈り機と見まごうばかりの速度でざっくざっくと豪快に田の中を突き進んでいくので、二人の距離は徐々に広がりつつあった。

「真珠! そんなに飛ばしておると日が落ちぬうちにばてるぞ」
「だーいじょーぶですよー、あたし体力勝負なら稲刈りだろうとなんだろうと勝てる自信ありますから!」
「勝負とかそういう問題ではなかろう、『すぽーつの秋』もいいが、ほどほどにせんと帰る体力もなくなるぞ」
「平気ですってー」

 麦藁帽子を引き上げ、言葉の内容を裏付けるようにあっけらかんと笑ってみせると、再び真珠は稲の海へと沈んでいく。嬉璃は次の稲をまとめあげながら溜め息をついていたが、ふと人の気配を感じ顔を上げた。
 
「おやまあ、二人だけなのにこんなに刈ったのかい? 若いのにすごいねえ」

 ゆっくりゆっくりとあぜ道を歩いて来たのは、バスで遭遇した老婆だった。手に包みらしきものを抱えているのを見て、嬉璃は不思議そうに作業を止め、薄紫の風呂敷に包まれたそれを眺める。視線に気付いた老婆は、顔の皺を更に深めて笑いながら嬉璃と目線を同じにした。

「これはねえ、お昼ご飯だよ。おばあちゃんの得意な煮っ転がしと、おにぎりさ。ああ、あとうちで漬けたたくあんも持ってきたんだよ。お昼ちょうどに持ってこれなくて、ごめんねえ」
「いいえー、気にしないで下さい。だってもうお昼だってこと、あたしぜんっぜん気付いてませんでしたから! へへっ」
「真珠! おんしいつのまに現れたのぢゃ!」 
「お化けみたいなこと言わないで下さいよー嬉璃さん。だっておいしそうな匂いがしたんですもん、これは匂いのもとを確かめなくちゃって思うのが人情です」
「……おんしは一体どんな鼻をしておるのぢゃ……」

 老婆はそんな二人の様子を目を細めて見ていたが、やがてぱん、と軽く手を合わせると、
 
「さあさ、そろそろお昼ご飯にしましょ。そこを左に行ったところに水場があるから、二人とも手を洗ってくるといいですよ。私はここで用意をしているから、行ってきなさいな」

 その言葉に真珠は笑顔で頷くと、嬉璃の手をとって走り出した。老婆は水場に向かう二人を見送ると、抱えていたレジャーシートを敷き詰め、昼食の準備を手早く始める。
 漂ってくる煮物の匂いに鼻をひくつかせながら戻ってきた真珠は、シートの上に広げられたものに目を輝かせた。海苔やゴマをまぶされたおにぎりはびっしりとお重に敷き詰められており、大ぶりに切られたにんじんやごぼう、そして鶏肉からは甘じょっぱい香りが立ち上っている。しょうゆ色一色に染まっている中、さやいんげんの緑がよく映えていた。その傍らにはアルミホイルで包まれたたくあんが顔を出している。

「今年の漬け物はね、なかなかおいしくできたんだよ。さあ、どうぞ」
「はいっ」
「うむ」

 しっとりとした海苔に包まれたおにぎりを手に取り、真珠はまず一口かぶりついた。最初は塩と白飯の匂いが柔らかく漂い、次の一口からはひょっこりのぞいた鮭の香りが、ぷんと漂ってくる。焼いてほぐした鮭は塩辛かったが、外側の白飯と相まってちょうどいい塩辛さになっていた。
 煮物の鶏肉は中まで味が染みこみ、噛むたびに甘じょっぱい味が口の中に広がっていく。じっくり煮込まれたしょうゆ色の野菜もまた味が濃く、おにぎりによく合っていた。時折、たくあんで口直しをしながら、真珠はもぐもぐと咀嚼と嚥下を繰り返していく。みるみるうちに、お重から食べ物の姿が消えていった。

「ふむ、このたくあん、なかなかの味ぢゃのう。いい大根を使っておるな」
「ありがとうね。これはねえ、うちで作った大根なんだよ。息子夫婦が丹精込めて作ってくれたから、きっとそれが味にも出ているんだねえ」
「でもおばあさんの漬け方もいいから、その二つが合わさってこんなにおいしくなるんですねー。うーん、もういちまい……」
「おんしどれだけ食べるつもりぢゃ」

 水筒からお茶を注ぎながら呆れたように言う嬉璃に、真珠は口についたご飯つぶを取りつつ満面の笑みを浮かべて返す。

「まだまだこれからいっぱい運動するんですから、ご飯はきっちり食べないと! というわけで、おにぎりもういっこいただきまーす」
「本当によく食うやつぢゃのう……体重増加は敵なのではなかったか?」
「それはそれ、これはこれということで。腹が減っては戦はできぬとも言いますし! あれ、そう言う嬉璃さんだってたくあん、いっぱい食べてるじゃないですかー」
「わしはいいのぢゃ、このたくあんがうまいのが悪い」
「えーっ」

 そんな二人の言い合いを見つめにこにこと笑いながら、老婆はプラスチックのカップに緑茶を注いでいく。
 結局真珠たちの言い合いが終わったのは、お重が空になってからだった。





 橙色の光の中、湯気をたてるお茶を手に、真珠と嬉璃は並んでシートの上に座っていた。老婆は空になったお重を持ち、既に去っている。
 どこか嬉しそうに道の向こうへと歩いていく後ろ姿を見送った後、二人は再び稲刈りに精を出した。その結果が、今彼女たちの前に広がっている。
 波打っていた黄金色の穂は今や見る影もなく、土だけがむき出しになっていた。ぽっかり開けた空間の横には、かけ干しの台。引っ掛けられた稲たちは山の向こうに落ちていく日の光を浴び、秋風の中で静かに乾くのを待っている。
 ず、と一口お茶をすすり、真珠は和やかな溜め息と共に呟いた。

「終わりましたねー……」
「そうぢゃな、意外と早く済んで良かった。……真珠、これを飲んだら報告がてら水筒を返しにいくぞ。ついでに次のバスの時間も聞いて――――」
「ありませんよ?」
「な」

 絶句する嬉璃をよそに、真珠は再び茶に口をつけた。

「バス、一日三回ぐらいしか往復しないんですよ。確か最後のが三時ごろ発だから、今日はもうバスは来ないと思います」
「……おい真珠、まさか『これもすぽーつの秋の一環です』とか言って、走って帰ろうなどというのではあるまいな!」

 悪い予感に顔を引きつらせる傍らの存在へと、真珠はあっけらかんと返す。

「いいえー。走って帰るにはさすがに遠すぎますし、今日はあのおばあさんの所でお世話になる予定なんですよ。それに今日の夜はやりたい事もありますし……って、あれ、もしかしてあたし、これも言ってません……でした?」
「…………もうよい。いい加減わしも追求に疲れてきた……」
「あ、あはは」

 頬をかきながら決まり悪そうに笑うと、真珠はぬるくなったお茶を一息に飲み干した。いい香りが喉をつたっていく感覚に溜め息をつきながら、茜色に染まった空を見上げる。暮れていく暖色の空を時たま烏や山の鳥が飛び去っていく様はとても優美で、かつどこか寂しげな風情を漂わせていた。
 ふと横の空気が動いたのに気付き横を向くと、嬉璃がシートの上に仰向けになっていた。

「いい空ぢゃな」
「ええ」

 烏が滑空し、まだ刈り取っていない隣の稲のすれすれをかすめて再び舞い上がっていく。黒が飛び去った後の稲の群れは、何事もなかったかのように相変わらず風に揺れていた。
 何千、何万もの稲が風と戯れる様を見つめながら、真珠はぽつりと呟く。
 
「本当に綺麗ですよね、この景色」
「……ああ、そうぢゃな」

 沈みつつある日の光が更に増していく。赤光に包まれてもなお金色として輝く稲を見つめ、真珠は眩しそうに目を細めた。

「……あたしこの景色、大好きです。昔から、ずっと、ずっと変わらない――――」

 静かな口調に、嬉璃は寝転がったまま傍らを見上げる。そこにいたのは、いつも元気にはしゃいでいる少女ではなかった。ただ遠い目をして果てを見るその眼は人ではないもののそれで、その中に含まれているであろう思いに何とはなしに気付いた嬉璃は、同じくらいに静かな声音で、
 
「…………ああ」
 
 ぽつりと小さく、呟いた。
 
「え、えへへ……何からしくないこと言っちゃいましたね、あたし。あ、嬉璃さん、もう一杯お茶、どうですか?」
 
 いそいそと水筒を探る真珠の頬は、夕暮れのそれと同じ色をしていた。
 

 ――――そうして日は静かに、暮れていく。





 虫が鳴く声とふくろうの囁きがたなびく夜の田に、人の姿はなかった。
 動物たちも既に眠りに落ち、動くものといえば気まぐれな夜風に煽られ揺れる稲の穂ぐらいしかない。さや、さや。肌寒ささえ感じさせる風に支配され、静かに夜の時は過ぎていく。
 そんな中、ひとつの灯りが点る。
 少年のような姿をしたそれは提灯をぶら下げてはいたが、何故か顔だけは灯りを吸い込んでいるかのように暗闇に包まれていた。唯一見える弧を描いた口元を更に嬉しげに歪ませて、少年は飛び跳ねるようにあぜ道を歩いていく。
 光が増えた。今度は刈られた田の中からだった。黒い身体をしたそれは三本の指で提灯の持ち手を掴み、ずるずると這い出てくる。森の狭間からは水音が響いてきた。背中に甲羅を背負った者たちがそれぞれに提灯を持ち、おどけた仕草で道を歩いてくる。
 灯りは徐々に増えていき、やがて全てが昼間に真珠たちが稲を刈った田へと集っていった。辺りは提灯に照らされ、昼のような様相を呈していく。

「えっへっへー、事前に連絡しておいた甲斐がありましたっ」 
 
 祭りのような気配を漂わせる刈りいれを終えた田の中で、真珠はいつもの天狗装束を身にまといながら楽しげに胸を張った。座敷わらしの格好に戻った嬉璃は、興味深げに辺りを見回している。
 
「ほう、随分集めたものぢゃな」
「色んな御山にお伝えしましたからね。ひと山向こうから来てくれた人もいるみたいです」
「しかし皆も物好きぢゃのう、好き好んで身体を動かしにくるとは」
「普段はあたしたちみたいに昼間っから外に出られない人たちもいますからねー、運動不足だからちょうどいいんだそうですよ。それに、ほら。皆で集まって何かやるのって、楽しくていいじゃないですか」
「こういう事に関しては本当によく手が回る奴ぢゃのう。普段からもう少しこれくらい気が回ってくれれば、言うこともないのぢゃがな」
「うっ。ぜ、善処します……」

 冷や汗を流す真珠へとひとつ笑い、嬉璃は辺りを見回す。もう随分な数の同類が集っているようだった。

「……さて、そろそろ皆集まったのではないか? 主催者、号令をかけるがいい」
「そうですね。では」

 こほん、と空咳をひとつすると、真珠はがらんとした田の中心へと躍り出た。風を起こし、田の中だけに響くように術を展開すると大きく息を吸い込み、そして。


「――――これより第一回、妖怪大運動会・秋の陣を始めたいと思いまーすっ! 皆、じゃんじゃん楽しんで下さいねーっ!!」


 夜の空に、歓声が轟いた。
 耳をつんざくようなそれの中、真珠は振り向いて嬉璃へと手を伸ばす。

「さっ、嬉璃さんも一緒にいっぱい、いーっぱい遊びましょう!」
 
 幾つもの提灯の灯りにも負けない笑みにつられるように嬉璃もまた小さく微笑むと、すい、と灯りの渦中へと滑り込んでいった。
 その手をとり、真珠は走り出す。

「これからがあたしたちの『スポーツの秋』の本番ですよー!」





 恐れられ、敬われる妖怪と呼ばれる存在たち全ての顔が嬉しげにほころんでいく。
 提灯の明かりに守られた田の中で始まった小さな小さな運動会は、秋の夜をほがらかに彩り、いつまでも、いつまでも続いていったのだった。





 END.