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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


俺も娘も17歳?!〜集団衝突!→あんた誰?〜


 日曜日の深夜だというのに、秋山家のとある一室には煌々と明かりが灯っていた。部屋の主は自室のベッドにあぐらを掻いてもうかれこれ1時間ほど固まりっぱなし……そりゃそうだ、誰だってこんなものを見せつけられたら驚くに決まってる。心の片隅でそんなことを感じてはいるものの、頭の中は真っ白になっている少年は手に持った書類の内容を声に出す。今までもただただこれの繰り返してきただけである。だが、この事実がどれだけ大きいものかは本人にしかわからないだろう。現実を真摯に受け止めるべく、再び重い口を開いた。

 「調査結果。あなたとお相手が血縁である可能性は98.54パーセントです、か。残りの1.46パーセントって、たぶん強い否定の数字じゃないってことはわかってる。わかんねー部分を数字にするとそんなとこになるっていう話だな。よくそうやって知久さんが言ってたっけ。」
 『そういうことだ、体育会系隣人。』

 長身で白衣姿の青年がメガネの位置を直しながら、窓越しに秋山少年の様子を伺っていた。しかも月明かりが反射してメガネが怪しく光っている。ここから見えるのは隣の家の壁なので、少年はついカーテンをかけ忘れることがある。そんな時に限って隣の変な科学者がやってくるのだ。これはおそらく何かの法則なのかもしれない。でなければ、性質の悪い運命。少年は書類をしっかりと握り締めたまま、窓に刺すような視線を向けた。

 「うわっ、知久さんっ! 頼むから屋根伝いに俺の部屋に来るのやめてくれよ! 心臓に悪い!」
 『寒いから早く窓を開けろ。科学的証明を理解しない秋山 勝矢をこの河合 知久が納得させてやる。』

 窓の鍵を開けながらも小声で真っ向から科学者に反論する勝矢だが、そんなこと大いなる科学者にしてみればちんけな悩みのひとつ。もっと大きな視野に立って事実を受け止めてほしい一心で勝矢の両肩を押えて目と目で話す河合。

 「先生はぁ〜、そんな風に科学を受け止めろとぉ〜、常日頃からぁ……」
 「知久さん、最近学園ドラマ見たでしょ。すぐに影響されるんだから……まったく。」
 「人を一人前にこき使っておいてそんなこと言っちゃいけない。今回のDNA鑑定には自分の結果を確認すべく匿名でしかるべき機関に提出してるんだ。」
 「うわ……だからこんなに豪華な紙で結果が書いてあるんだ。時間かかるはずだよ。」

 書類の端を片手でつまんでぴらぴら振る勝矢。確かに学校で配られるプリントなどとは明らかに質が違う。

 「で、美菜とかいうあの子が未来からきた自分の娘だということになるな。」
 「今さら驚かないけどさ。いっぱい未来グッズとか見せられたし。それに……俺のこと知りすぎだし。誰にも話してないようなこと、ぽんぽん言うんだもんな〜。なんでだろ。」
 「そりゃお前が将来、運動バカから親バカになるからだ。」

 勝矢は瞬間的に沸きあがった怒りを無理やり抑えた。年が離れてなかったら渾身の右ストレートが飛んでいただろう。そんな彼の性格は河合がしっかり把握しているのだろう。もしかしたら河合は勝矢が飛びかかってこない程度の言葉を選んで喋っているのかもしれない。『キレるか、キレないか』あたりのラインギリギリをわざわざ狙って。

 「とにかく今日は寝ろ。もう2時だぞ。寝ればまだ身長も伸びるんだ。」
 「言われなくても寝るよ。だからもう帰ってよ。内容は信用するからさ。」
 「当たり前だ。こっちはタダで尽力したんだからな。そのことを覚えておけよ。後日、親子で挨拶に来るように。」
 「うっせー! 気にしてんだよ、それを!!」

 勝矢はさっさと河合を追い出し、窓の鍵とカーテンを閉めるとそのまま部屋の明かりと消した。そして机の引き出しに書類を隠すと、そのままベッドの中に入って速攻で寝た。


 そしてさわやかな月曜の朝を迎える。
 非常にベタな結果で残念ではあるが、勝矢はしっかり寝坊してしまった。美菜が時間になっても起きてこない父を気遣って部屋に不法侵入し、左腕をアームロックを極めていなければ、このまま一時間目は完全に遅刻してしまっただろう。痛む左腕を抱えながら娘に恨みの視線を向ける勝矢だが、美菜の言い分を聞いて思わず納得してしまった。

 『だってパパは右利きで右投げでしょ? あたし、パパの命ともいえる右手だけは狙えないよ〜。』

 至極もっともなご意見である。ここで右腕をやられたら、もう一時間目どころの騒ぎではなくなる。シャーペンもボールも持てなくなる生活はまっぴらゴメンだ。その辺はさすが娘というべきだろうか。よく心得ている。これで普通に起こしてくれれば、なおよかったのだが……
 ふたりはすごいスピードで最後の角を曲がり、神聖都学園の校門まであと少しというところまでやってきた。さすがは運動神経抜群の親子、その脚力はすさまじいものがある。美菜は未来ケータイをいじりながら勝矢にエールを送った。

 「パパ、あと1分だよ!」
 「授業に出ない奴は気楽でいいな! ホントうらやましいよ!」
 「あれっ……でもなんかこのケータイおかしいなぁ。さっきからバチバチいってる〜!」
 「そんなもんポケットにしまっとけよ! 人にぶつかったらどーすんだよ!!」
 「あ、パパ。目の前。」
 「ううん? あああ、あ、あああああ、しまった、視線を外したら群集に! 危な……」
 「こっちもバチバチがすっごいよ! なんか青い電気が走って……」

  ドッカーーーーーン!!

 結局、それぞれの不注意で見ず知らずの群集に突っ込んでしまう。さらにぶつかるだけならまだしも、なぜか彼ら全員を青白き電撃が襲ったのだ。まさに一瞬の出来事である。しかしこの一瞬が恐るべき結果を招こうとは思ってもみなかっただろう……勝矢はゆっくりと立ち上がり、両手をあわせてその場のみんなに謝った。

 「ご、ごめんなさい! 遅刻寸前で急いでたもんで……って、え、あれっ??」

 彼は違和感を感じた。左腕は美菜にやられて痛いはずだ。なのに今、ごく自然に動いたではないか。痛みがない。自分の思った通りに腕が動いた。おかしいなと思った時、集団の中に見知った顔があるのを見て思わず奇声をあげた。こんな気持ち悪いことが世の中であってはならない。ここに鏡が立っているというのなら話は別だが、そんなことは絶対にあり得ない。勝矢は絶叫した。

 「うわーーーーーーーっ! お、お、お、俺は誰だ! お前は誰だ! 俺はいったい誰なんだーーーーーーーっ!!」
 「すばる。亜矢坂9 すばる……ん、おかしいぞ。身長・体重はほとんど同じなのに他の機能が働いていない。というか、ない。」
 「おいあんた、俺の顔を見ろ。もしかしてお前の探してる顔はこれじゃねーか?」
 「目標確認。すばるは現在、秋山 勝矢の身体を支配中。本人の論理行動データを分析開始……単純すぎて、すぐに終了。」
 「なっ、なんかムカつく奴! ってことは……はっ! 俺、また女みたいな格好になってるぅーーー!」

 すばると名乗る不思議少女と人格が入れ替わってしまったらしい勝矢は恥ずかしげにスカートの裾を押えながら周りを見る。あの時ぶつかったのは自分と美菜、そしてすばるだけではなかった。もっと人がいたはずだ。するとチャイナドレスを着た女性と、前にも見た制服を着た女子生徒が手を取り合って立ち上がるではないか。勝矢は即座に確認作業を始めた。

 「そっちはゆ〜なだな。月夢 優名だ。今は誰になってるかはわからんが……もっとわからんのがそのチャイナドレスの方だ。お前、誰だ?」
 「勝矢さん、違います。チャイナドレスはあたしです、優名です。」
 「うわっ! 誰かと思ったらお前、施祇 刹利じゃねーか! なんでそんな格好してんだよっ!」
 「あっ、ボクこっち。勝矢く〜ん、ボクこっち!」

 どうやら優しげな雰囲気の少女の身体に刹利が、怪しげな衣装に身を包んだ少年の身体にゆ〜なが入っているようだ。勝矢はとりあえず、刹利の精神がいるゆ〜なに事情を聞く。

 「お前なんで学園までチャイナドレスで来たの?」
 「だってこの前さ、勝矢くんに恥をかかせちゃったから、自分はそれよりも大きな恥をかかないと償いにならないかなと思って。それで前に服飾専門学校があるって聞いたから、生徒さんに協力してもらってボクが女性に見えるようなコーディネートとお化粧をお願いしたんだ。で、校門の前で待ってたら、みんなとぶつかって……」
 「な、なんか、ゆ〜なを責めてるみたいで申し訳ない気分になるなぁ。普段のお前ならぜーんぜん気にしないんだけどさ。で、完成した変装にはゆ〜なが入ってるわけ……って、お前さ。これはどこをどうみても女にしか見えないぞ?」
 「刹利さんは本来は男性ですけど、今日は本格的に女性ですものね。あたしは助かりました。」
 「でも実際は男だから、バレた時は災難だぞー。ま、俺でも最初は女にしか見えなかったから、変な意味で不幸中の幸いだな。」

 完璧なコーディネートで可憐な女性に変身した刹利の身体を使ってゆーなが笑顔を見せる。それはいつもと違う落ち着かない雰囲気をその場のみんなに振りまいていた。それに反応したのがある少女だった。

 「パパぁ、みんなとぶつかった拍子にケータイなくしたんだけど〜。」
 「お前……お前が美菜なのか?」
 「あっ、うれしー! パパが名前で呼んでくれた〜♪」
 「ちょちょちょ、ちょっと待て! 俺に抱きつくのはお前の勝手だが、今の身体は銀野 らせんだぞ!」
 「そーよそーよ! ケータイはここ! んで、あたしの精神はここっ!!」

 いつもより気丈な雰囲気を醸し出す美菜がビシッとした態度でケータイと自分の身体を順に指差す。どうやららせんと美菜の精神が入れ替わっているらしい。勝矢は道行く人の様子を伺ったが、これ以上の人格のシャッフルはないようだ。とりあえず一同は校門の内側へ移動し、意識が変わった者同士が頭をつき合わせて相談を始める。ある程度の自覚が出てきたからか、その時の全員の仕草に若干の戸惑いがあるのが微笑ましい。

 「誰がどう見ても原因は未来ケータイだな、ってあれ。なんか俺の考え方がものすごく論理的というかなんというか……?」
 「すばるの意識は移動しても、思考回路は身体に残っているのであなたの考え方にも多大なる影響を与えていると思われる。」
 「パパ、なんだかかしこーいっ。」
 「だから、今の俺はすばるなんだってば!」

 美菜を指差して説教する勝矢だが、すぐに訂正のお言葉が飛んでくる。

 「あたしはらせん! キミの娘じゃないの!」
 「あっ、そうだった……おい、今はすばらしく論理的なんだよな、俺の思考は。でも何が原因かはわからんが、なぜかミスりまくってるぞ?」
 「すばるとあなたの思考の同調に時間がかかっているのではないかと思う。」

 勝矢はしっかり聞き過ごしたが、すばるはさっきのセリフを仮定形で話している。本当に順応性の問題なのか怪しいものだ。そんな中、同性間でのシャッフルとなったらせんが建設的な意見をみんなの前で披露する。

 「とにかく原因は明らかなんだから、さっさと直してもらった方がいいんじゃない?」
 「でもらせんさ、未来ケータイに人格を入れ替えるような機能がついてるはずだ。ただ直したところでどうしようもないと思う。もう一度あの電撃が発生しないと意味がないんじゃないだろうか。」
 「パパの言う通りだよ。あのケータイに人格を換えるような装置なんかないもん。」

 ケータイのとんでもない不具合が原因……それを聞いてゆ〜なとすばるが似たようなことを口にした。さすがは学園に住んでいるふたり。知識の量では圧倒的にみんなを凌駕している。今回は彼女たちに任せるのが得策なのだろうか。

 「機械の修繕を優先するのではなく、怪しげな光線を発すればいいというなら、うってつけのサークルが神聖都学園には存在する。」
 「ああ、超心理学部とかスペシャル物理学サークルとかありましたね。そちらならあたしたちに協力していただけそうですね。」
 「勝矢くん、なんとなく頼りたくない気にならない?」
 「でもそれしかないという結論に達したようだな。とりあえず部室を回ろう。あーあ、今日も授業はサボりか。」
 「勝矢くん、なんか今日は断定形で話してるね。」
 「勝手にな。」

 とりあえずその怪しげな部に足を運ぶことになった6人であった。


 サークルハウスと呼ばれる数多くの部室を抱える棟に入り、まずは本命のスペシャル物理学サークルの扉を叩いた。そして半開きのドアに……勝矢とすばるが突っ込んだ。

  ドンガラガッシャンシャーーーン!!
 「またやってしまった。」
 「すばるっ、俺の身体だぞ! もっと大事にしろよ!!」
 「そろそろ順応してきたようだな、秋・山・さ・ん。」
 「まっ……まさか、校門からここまで17回もふたりでコケた原因って!」
 「もしかしてものすごくドジっ娘なの、すばるさんって?」

 刹利の言葉を聞いて、慌ててらせんと美菜がふたりの近くをボディーガードのように防御し始めた。ここはいくらおかしな名前でも一応は物理学研究部。こんなところでドジをされたのでは直るものも直らなくなる。女性ふたりはそれぞれに怖い表情でドジっ娘トリオに睨みをきかし、ダメ押しで「ここではおとなしくするように」と指示した。すばるは素直に頷いたが、勝矢はただ肩を落としてため息を漏らすばかりである。
 こうなると正確に状況を把握しているのはゆ〜なだけだ。大学部に所属し、今のコマは休みの部長にこの奇妙な状況の説明を始めた。しかしその姿は断罪のためにチャイナドレスを着た男女の刹利。交渉は難航するかと思いきや、ゆ〜なのしっかりとした説明と珍妙なメンツのおかげで部長は快く協力を申し出た。彼を奮い立たせたのは間違いなく「未来、人格、珍妙」の言葉である。
 さっそく美菜の承諾を得て未来ケータイをいじり始める部長だったが、その横に勝矢の姿をしたすばるが立った。どうやら彼女は機械いじりに興味があるらしい。部長の分解の邪魔はしないが、中の基盤などを見てうんうんと頷いている。でもその構造を本当に理解しているのかどうかは、さっきまでのドジっぷりを見る限りはわからない。そして見た目はまるっきり姉妹になっている勝矢と美菜は「お前がいるとろくなことがない」だの「パパが遅刻しなかったらこんなことにならなかった」と文句の応酬。ゆ〜なと刹利はらせんからチャイナドレスとは何たるかというレクチャーを受けていた。なんとなくらせんが羨ましそうな視線で刹利の変装を見ているのが印象的である。

 そんなこんなしているうちに2時間もの時間が経った。もうすぐお昼だ。ところが勝矢はぜんぜんお腹が減らない。もうこの時間ならとっくにパンを1個かじっていてもおかしくないのに……彼が自分の身体にドジ以外の変調をきたしていると気づくのには、もうしばらく時間が必要であった。美菜と姿が入れ替わったらせんは、この頃からしきりに時計を気にしている。ずいぶんとイライラしているようだ。ゆ〜ながそれとなく事情を聞いてみた。

 「あの、美菜さんのお姿をしたらせんさん。お急ぎの用でもあるんですか?」
 「今日って、高等部は半日しか授業がないのよ。それでお昼からソフトボール部の練習試合に助っ人で行く予定だったんだけど……この身体じゃいけないなーと思ってね。はぁ。」
 「えっ! ソフトボール! あたしやるやる!」
 「ちょ、ちょっと待ってよ! 美菜ちゃん、私の身体使って試合に出るつもり?!」
 「傍目から見てもらせんとこいつはそんなに性格変わらんから、周囲にバレる可能性も少ないだろう。」
 「もしその時間までに人格が元に戻らなかったら、美菜さんがやるってことなんだね。だったらみんなで応援に行こっか。」
 「あ、あたし、も、もしかして応援してるだけぇ! ウソでしょ! それに美菜ちゃんってソフトボールできるの?!」

 らせんが大騒ぎを始めた頃、眠たそうな表情をした勝矢から報告が入った。どうやら悩み苦しんでいる部長の代弁を承ったようだ。

 「先ほどと同じ電撃を生成するには、部員が持ち寄るいくつかの部品がなければ完成しないそうだ。すばるの計算では完成予定時刻は16時32分頃だろう。それまでにここに戻ってくればいい。」
 「じゃあ皆さんで美菜さんの応援に行きましょうか〜。」
 「ううー。ゆ〜ながそういうなら仕方ないわねー。でも美菜ちゃん、ちょっとちょっと……ゴニョゴニョゴニョ。」
 「わかってるって。あたしパパみたいに無粋な人間じゃないもーん!」
 「おい……この事件を引き起こした犯人の名前を言ってみろ、バカ娘。」

 部屋の奥で電撃の論理が完成したのにそれを実証できないというジレンマで奇声を発する部長を尻目に、当事者たちは午後の予定をあっさりと決めてしまう。神聖都学園に点在するグラウンドでも今回使用するのは、野球やソフトボール専用の高等部第3グラウンドだ。聞こえているか聞こえてないかはわからないが、とりあえず暴れ苦しむ部長に行き先を告げてから廊下へ出た。


 他校を迎えての練習試合は応援も賑やかだ。そんな中、らせんの姿をした美菜がみんなから先発を任されマウンドに立った。本物のらせんは「銀野さんの紹介で迎えられた助っ人」という設定でベンチの隅っこに座っている。自分の姿をした他人が勝負の大きく左右する場所にいるのを見るだけで体が悪いらしく、らせんはその場を立って常に身体のどこかをせわしなく動かしていた。チャイナドレスのゆ〜なは胸のあたりで手を叩きながら、すばるは相手選手の素振りを見ながら得意の分析を行っている。今の彼女はどこからどう見てもソフトボール好きの少年にしか見えない。実際に勝矢はスポーツ観戦するのが好きなので、それはそれでいいのだが。
 そんな中、本人も顔負けの心配顔になっている刹利がいた。運動部の助っ人に選ばれるような人間の代わりが美菜に務まるのか。あまりに心配になったので、刹利は隣にいる小さな少女に声をかけた。すばるの姿をした勝矢である。

 「勝矢さん……本当に美菜さんがピッチャーで大丈夫なの?」
 「ん、3回までは点は取られないだろう。4回からは攻め方を読まれてピンチになるだろうけどな。」
 「そ、それはすばるさんの思考から出てきたことなんでしょ。勝矢さんの見立てじゃないよね?」
 「刹利、ソフトボールは7回までなんだ。残り4回は本来助っ人をするべき人間が抑えればいいんだよ。さて、バカな親をもった娘の運動神経でもゆっくり見せてもらうかな。」

 説明を聞いたはいいが、恐ろしいほど冷静沈着な勝矢の分析を聞いてさらに心配になってきた刹利。そんな彼の心配を無視して、プレイボールの声がかかる。さっそく美菜は右腕を大きく振りかぶって投げた。コースは「ホームランしてください」と言わんばかりの球威のないストレートど真ん中。思わずらせんが悲鳴を上げた!

 「あーーーっ! やっぱりダメじゃなーーーーーーー」
  ズバーーーン!
 「ストライーーーッ!!」
 「いっっっ?!」

 審判の掛け声とともに、すばると勝矢がほくそ笑んだ。空振りした選手とらせん、そして刹利がただただ驚くばかり。キャッチャーは大きく腕を伸ばして美菜の球を取ったまま、しばし呆然としていた。ゆ〜なは応援団と一緒になって大きな拍手をする。いったい何が起こったのか……すばるが勝矢の隣に近づき、二手先あたりまで試合展開を披露してみせた。

 「2番打者があの投手を打つ確率は、総合的に判断しても5パーセント未満だ。」
 「そ、そんな……い、今のなんで打てなかったの? あれって絶好球って言うんだよね?」
 「ライズボールだよ。確かに打つ瞬間まではど真ん中に見えるんだ。ところが途中から球が浮いてくる。バッターも球種があることを知っていてもプレイボールから投げてくるとは思っていないから打てるはずもない。でもあの球はコースを間違えると、確かに刹利の心配通り絶好球になってしまう。相手の出鼻をくじくには十分だったな。美菜があんな球種を持ってることを知ったことで相手は疑心暗鬼になってる頃だろうよ。1巡目で打つことはできないだろうな。」
 「ああ、そっか。バッターは最低でも9人いるから、パーフェクトに抑えれば3回まではなんとかなるってことか〜。」
 「おそらく2巡目で美菜が捕まる。見たところ、そんなに球威がないからな。打とうと思えば打てる。そうなったら投手をらせんに換えればいい。ま、らせん次第だけど、助っ人を頼まれるほどなら今日は1失点程度に抑えられるんじゃないかな。」

 勝矢の予想、いやすばる的な分析は見事に当たった。美菜のストレートはあまり球威がないのだが、バッターの手元で揺れるので芯を外されて打ち上げてしまう。それに加えて父親譲りのスライダーで右打者のほとんどがこれをバットの先に引っ掛けて内野ゴロの山を築き上げる。
 試合は一方的な展開になった。美菜は打つ方もそつなくこなし、問題の4回表までに味方が3点を奪って、ほぼワンサイドゲームの形に持ち込んだ。しかし2巡目に美菜が捕まった。右打者がストライクゾーンから逃げるスライダーを見送り始めたのだ。塁上に走者が溜まっていく。ゆ〜なも心配そうに美菜の表情を伺っていた。すると彼女はタイムを取り、選手を集めて相談した。そしてピッチャー交代を願い出る。その円の中に呼ばれたのは……美菜の姿をしたらせんだった!

 「らせんさん、がんばって!」
 「アウトカウントはひとつ。三塁は空いているが、できれば埋めたくないな。凡打か三振がほしいが、らせんの調子はどうかな?」

 ベンチに戻る美菜からボールを受け取ったらせんは早いモーションで低めのストレートを投げ込んだ!

  シュッ………ズバーーーン!!
 「急速は美菜よりもかなり上だ。しかも打者の手元あたりで伸びている。」
 「なら、試合は決まったな。これからは三振ショーだ。刹利、そんな心配そうな顔しないで大船に乗った気で見てな。」

 すばるの言葉は必中の予言に値する。らせんは空振り三振に見送り三振でアウトカウントを稼いだ。バットに当てても前に飛ぶことはなくことごとく内野ゴロや内野フライで相手チームを力でねじ伏せる。そして裏の攻撃でらせんは見事なツーランホームランでさらに点数を追加し、6点ビハインドのまま最終回を迎えた。ここまでくれば勝矢が予告していた1失点など大したものではない。


 大勢が決したあたりでゆ〜なの姿をした刹利がジュースを買いに行きたいと言い出したので、すばるの姿をした勝矢がそれに付き添った。人気のないところをしばらく歩いていると、猛ダッシュで複数の男がふたりの腕を捕まえて走り出すではないか。顔にはストッキングをかぶった珍妙な男たちに引きずられている最中、刹利が冷静に質問してみた。

 「あの〜、すみません。これっておそらく誘拐だと思うんですけど、なんでボクたちがさらわれるんでしょう?」
 「お前ら、あそこでソフトボールやってたシルバーフィールドのお嬢様の友達なんだろっ?!」
 「まぁ、一応はな。」
 「だからだよ。今からお前らを使って身代金を要求するんだ! お前らは人質だ!!」

 男たちの身元が判明した頃、ようやくナイフやピストルをふたりに突きつける誘拐犯の皆さん。しかし刹利は首元に突きつけられたナイフに触れると、とっさにそれを奪い取って何度か相手の顔近くで振った。いや、実はこの表現は正しくない。さっきの美菜の投球と同じことがここでも繰り広げられていた。普通の人間には振ったようにしか見えないが、実はものすごい早さと切れ味で覆面を切り刻んでいたのだ!

 「お、お嬢ちゃん、おとなしくしねぇと……ってあれ、顔がスースー、スースー?!」
 「もうちょっと持つみたいだな〜、このナイフ。そこのあなたも覆面を取りますか?」
 「舐めんじゃねぇ、この女ぁ……ああああ、さっ、さっきまで果物ナイフだったのにいつの間にスゴい切れそうなナイフになってるんだ!」

 威勢よくセリフを放った覆面男だったが、刹利の異能を目にして驚きを隠せずにいた。彼は過剰強化の力で果物ナイフを極限まで強めていたのだ。そしてその隣では言葉では表現できない苦しみを伴いながら華奢な少女が腕からドリルハンドを、背中からはミサイルポッドを出して誘拐犯を完膚なきまで叩きのめそうとしていた!

 「な、なんかもう今までに感じたことのない感覚が俺を……うわっ、なんか目が熱くって背中からなんか出そうでうわっうわーーーっ!!」
 「ちょちょちょ、ちょっと勝矢さんっ! それってなんとかできないのーーーっ?!」
 「バカ、できたらやってるって! う、うわ、なんかいけないことが起きそうな予感が……あんぎゃらほーーーーーっ!!」
 「うわーーーっ、なんだぁぁぁっ、こいつらあぁぁぁぁぁっ!!」

  ドカーン! ドカドカドカーーーン!
  ヒュウイーーーン、ビーーーッ、ビーーーッ!
  ガリガリガリガリ……ガリガリガリガリ……!

 「「「うひゃらほーーーっ!!!!」」」

 勝手に動くドリルハンドに周囲を爆風と煙を撒き散らすミサイル、そして用もないのに巨大アンテナやハイドロデリンジャーが身体のいたるところから出てきたりして勝矢本人、ならびに誘拐犯は大混乱の序盤でさっさと大の字になって気絶した。かろうじて戦火を逃れた刹利も灰となったナイフを両手で払いながら、ただ呆然と大混乱を見届けるしかなかった。哀れなのは誰なのか、それは誰にもわからない。こうしてらせんが関係する誘拐事件は意味のわからぬまま幕を閉じた。


 次に勝矢が記憶を取り戻したのは、すでに自分の身体に戻った時だった。あの後、あれだけ痛めつけられた誘拐犯はドリルガールなる正義のヒロインにコテンパンにされ、警察へ突き出されたのだという。戦闘のあった場所はすでに元の姿を取り戻したすばるが何事もなかったかのようにしておいたそうだ。勝矢の身体と精神にはあのなんともいえない奇妙な感覚が残っているが、それ以外の記憶はぼんやりとしていてあまり憶えていない。美菜やらせんがソフトボールで活躍しているところまでは憶えているのだが……ひとり首を傾げる勝矢だったが、実は刹利も誘拐犯のストッキングを切り刻んだあたりまでしか記憶がないのだ。こればっかりは周囲の人間に聞いても仕方がないので、ふたりは聞かされた話をただ素直に飲み込んだ。
 実はこの時、ドリルガールに変身したのは美菜の姿をしたらせんだった。だからこの話は本当なのだが、その後のぼやかしはすべてすばるが仕組んだことである。スペシャル物理学サークルが作り上げた『人格が元に戻る電撃光線』を照射した後に、一部の記憶を改ざんする特殊な電波を被害者のふたりに流し込んでいたのだ。だから肝心な部分を憶えていないというわけである。

 それはともかくとして、ようやく自分の身体と精神が元に戻った。美菜だけは部長の計らいで未来ケータイが直って喜んだり、改めて謝罪のコスプレをした刹利を見て勝矢が「女にしか見えない……」と感心したりと元に戻ってもやることは大して変わらなかった。すばるもしばし虚空を見つめていたが、しばらくすると「よし」と言っていたし、ゆ〜なやらせん、美菜は今日の練習試合の話に花を咲かせている。すさまじいトラブルや事件はあったが、今日もなんとか神聖都学園での一日を過ごすことができた。この奇妙な親子、まだまだいろんな事件を引き起こしそうな雰囲気である。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

2803/月夢・優名    /女性/17歳/神聖都学園高等部2年生
5307/施祇・刹利    /男性/18歳/過剰付与師
2066/銀野・らせん   /女性/16歳/高校生(/ドリルガール)
2748/亜矢坂9・すばる /女性/ 1歳/日本国文武火学省特務機関特命生徒

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんにちわ、市川 智彦です。ご近所近未来バラエティーの第2回でした!
今回はオープニングからかなりツッコんだ展開になっておりましたがいかがですか?
うちの勝矢も美菜も皆さんのおかげでどんどん元気になっていきます。ありがたや。

すばるさんは初めまして! ドタバタコメディーには欠かせない存在ですねぇ〜(笑)。
うちの勝矢もドジっぷりを発揮しましたし、まるですばるさんがふたりいるかのよう!
その後の勝矢の体調変化もうやむやにしてしまうパーフェクトさが私は大好きです!

今回は本当にありがとうございました。物語はどんどんリリースしていく予定です。
なお今回明らかにならなかった謎などは次回以降に引っ張ります。ご了承下さい。
また勝矢や美菜たちの巻き起こす騒動や別の依頼でお会いできる日を待ってます!