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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


ハロウィン 仮装パーティー

【オープニング】
 ある日のこと。
 碇麗香は、メールで流れて来た社内報を読み下し、目を輝かせた。
 今月末、白王社主催のハロウィンパーティーが開かれるというのだ。参加できるのは、白王社の社員とその家族、及びその友人・知人――ようするに、白王社の社員か彼らに声をかけられた者なら、誰でも参加してよしということだった。
 参加の際の条件は、かならず仮装をすること。
 もちろん、会費などは必要ない。
 しかも当日は、あるゲームが行われ、その優勝者には豪華な賞品まで出るというのだ。
 麗香が、俄然、興味を惹かれたのは、当然だろう。
 ちなみに、そのメールの最後には、ゲームは宝探しのようなものなので、一人よりも友人や家族など、数人でチームを組んで探す方が有利だろうと書かれていた。
(宝探しね。面白そうじゃない。……賞品が何かはわからないけど、なんだか燃えるわ!)
 麗香は、胸の中で拳を握りしめながら呟くと、とりあえず、友人・知人を誘ってみようと、さっそくメールの文章を作成し始めるのだった。

【パーティー会場にて】
 十月三十一日の夜。
 都内にある白王グランドホテルの五階大広間は、大勢の客でひしめき合っていた。
 白王社主催のハロウィン・パーティーの、ここが会場なのだ。
 大広間は、カボチャのランタンや魔女のレリーフ、星の飾りなどで賑やかに飾りつけられ、部屋の隅には料理を盛ったワゴンが並ぶ。また、すでに人々の間を飲み物のグラスを載せた盆を手にした給仕たちが、歩き回り始めていた。
 セレスティ・カーニンガムは、碇麗香の誘いを受けて、その大広間にいた。
 本日の彼の扮装は、吸血鬼だった。赤い裏地の黒いマントに、黒いスーツといったお決まりの恰好に、長い銀髪を背に垂らしている。もともと白皙の美貌の持ち主だが、ビジュアル系のメイクを施して、幻想的な雰囲気をかもし出していた。本性が人魚なので、足が弱く、車椅子を使用している。
 もちろん、この扮装でホテルまで来たわけではなく、ここに着いてから、用意された更衣室で着替えたものだ。
 ホテルの入り口で、同じように麗香に誘われたのだという、青島萩(しゅう)、梧(あおぎり)北斗、シオン・レ・ハイの三人に出会った。が、こうして仮装を終えて会場へ来ると、どこに彼らがいるのかもわからない。素顔がわからないようなメイクをしている客も多く、中には狼男やフランケンシュタインのマスクをかぶっている者もいる。それに、彼らは互いにどんな扮装をするのか、教え合っていない。
 もっとも、視力の弱いセレスティには、相手の外見はあまり関係ないともいえた。仮装することで、普段と雰囲気が変わってしまっているため、わかり辛いというのが、本当のところだろうか。
 あたりを見回しながら、車椅子を進めていた彼は、その視界の隅に「不思議の国のアリス」らしい長い金髪とエプロンドレスの扮装の人物を捕える。
(あれ、三下君ですよね? 碇嬢が言っていたとおり、とても彼には見えませんけれど……)
 胸に呟き彼は、昨日、電話で麗香と話した時、彼女に教えられたことを思い出した。
 三下は、以前に女装コンテストで優勝した実績があり、麗香が強引に今回の扮装を命じたというのだ。
(碇嬢に聞いていなければ、私の方が驚かされてしまうところでしたね)
 小さく肩をすくめて、もう一度胸に呟くと彼は、誰かを探すようにきょろきょろしている三下の後ろから、そっと近づいた。そして、いきなり背後からその肩に腕を回して、軽く押さえつける。
「アリスさん。キミの血を、私に分けていただけませんか?」
 やや押し殺した作り声で囁くと、三下は「ぎゃっ!」と大袈裟なほどの非鳴を上げて、飛び上がる。そのまま、その場に崩れ落ちそうになるのを、セレスティは慌てて支えた。
「た、助けて下さい! 僕の血は、まずいです!」
 三下はしかし、なおもそんなことを叫びながら、一人じたばたともがく。周囲の客たちも、何事かとこちらをふり返って見ている。
 セレスティは、苦笑しながらそんな三下に、声をかけた。
「三下君、私です。セレスティ・カーニンガムですよ」
「え?」
 その声が届いたのか、彼はやっともがくのをやめた。涙目でこちらを見やる彼は、アリスの扮装のせいか、可愛くさえある。
「セ、セレスティさん? ……ほんとに?」
「ええ」
 まじまじとこちらを見やって問うて来る三下に、セレスティはうなずいた。
「お、驚かさないで下さいよ〜。心臓が止まるかと思いましたよ、ほんとに」
 大きく吐息をついて、三下はそれへ言う。セレスティは、思わずまた苦笑した。そして、ハロウィンならば必要かもしれないと、持参して来たカボチャの形のキャンディを、ポケットから取り出す。
「すみません。お詫びに、これをどうぞ」
 が、キャンディを差し出されて、三下はむくれた。
「セレスティさん、僕は子供じゃありません」
 しかし、その恰好で言われても、あまり説得力がない。まあまあと宥めながら、セレスティは彼の手を取り、そこにキャンディを握らせた。そうしながらセレスティは、なんだか少女をキャンディで釣る悪いおじさんになった気分だった。
 そこへ、麗香に連れられた萩と北斗が、二人の姿を見つけて歩み寄って来る。
 二十九歳になる萩は、刑事だ。短い黒髪と黒い目の、長身の男だった。彼は、かすりの着物と袴、チューリップハットに下駄という扮装だ。書生か金田一耕助だろうか。顔にはメイクも何もしておらず、髪型もそのままだったが、妙にはまっている。
 対して退魔師兼高校生だという北斗は、セレスティ自身と同じ吸血鬼の扮装をしていた。といっても、衣装は同じだが、雰囲気はまるで違う。彼は、短い黒髪を撫でつけてジェルで固めてしまい、顔を白く塗って、上半分にはコウモリの羽根を思わせる仮面のような黒いメイクを施していた。その上、牙までつけている。が、小柄なせいか、怖いというより妙に可愛らしい印象だ。
 一方、麗香は当人いわく、マリー・アントワネットの扮装らしい。大きくスカートのふくらんだドレスと、ポンパドゥールに結い上げた頭をして、ダチョウの羽の扇を手にしている。
 彼女は、セレスティらを引き合わせると、同じく誘いをかけたシュライン・エマを探すのだと言って、すぐに席をはずした。
 ややあって戻って来た彼女は、言葉どおり、シュラインを伴っていた。
 本業は翻訳家で、草間興信所の事務員もしている彼女は、二十六歳になる。長い黒髪と青い目の、すらりと長身の女性だ。身に着けているのは、白いインバネス風のコートに白いタキシード、シルクハットに片眼鏡(モノクル)、白い手袋にステッキだった。いつも束ねている髪は、ほどいて後ろに垂らしている。
(西洋風紳士というところですか)
 それを見やって、ふとセレスティは胸に呟いた。どことなく、宝塚の男役めいているのが、悪くない。
 シュラインと挨拶を交わし、麗香を見やると、彼女は誰かを探すように、あたりを見回していた。シュラインもそれに気づいたのか、問う。
「どうかしたの?」
「シオンも来るって言ってたのに、姿が見えないのよ」
「シオンさんなら、更衣室までは一緒でしたよ、たしか」
 麗香の言葉に、セレスティは思い出して言った。
 シオンは、普段はあちこちの公園を住みかにしている、びんぼーにんだ。セレスティも話したことぐらいはあるので、ホテルの玄関で出会った時も挨拶を交わし、一緒に更衣室へ向かった記憶がある。
「だんだん人も増えて来たようだし……私たちが見つけられないだけじゃないの?」
 シュラインが、あたりを見回して言った。
 それはそのとおりだろう。彼らにしろ、麗香に引き合わせられなければ、仮装した状態では、互いがわからなかったかもしれない。
 その時、大広間の奥のステージに、ふいにスポットライトがあたり、海賊の扮装をした男がマイクを片手に中央に出て来た。
「レディース&ジェントルマン! 本日はようこそ、白王社主催のハロウィン・パーティーへ!」
 定番の挨拶を口にした後、男はこのパーティーが、社員とそれを支える家族や友人への慰労のために開かれたものである旨を告げる。そして、今日の目玉であるゲームについての説明を始めた。
 客が探すのは、会場内に紛れているある人物だという。その人物を特定するための、五つのヒントが、男の口から上げられた。
 一つは、その人物は男性で、年齢は四十だがかなり若く見えること。二つ目は、小柄であること。三つ目は、軽いウェーブのかかった短い栗色の髪をしていること。四つ目は、左手に銀の腕輪をはめていること。五つ目は、仮装らしい仮装はしていないが、背中に白い翼をつけていることだ。
 客は人物が特定できたら、その相手にキーワードを告げる。イエスの答えがもらえた者が、勝者だ。
 キーワードのためのヒントは二つ。一つは会場内に隠されている。二つ目は、ゲーム開始から一時間後に会場内を回り始める子供たちから、菓子と引替えにもらうことができるという。ちなみに、この時交換する菓子は、会場内に置かれているものでOKだった。もちろん、持参した菓子などがあれば、それでもかまわない。
 勝者に与えられる賞品は、アメリカ西海岸十日間の旅へペアで招待、プラス巨大なカボチャとカボチャ料理のレシピブックをプレゼントというものだった。
(なるほど。それでチーム戦の方が有利だというわけですか。たしかに、一人で探すよりは、効率がいいですよね)
 客たちのざわめきの中、セレスティは納得してうなずく。
(とりあえず、探せる範囲を、のんびりと探しましょうか)
 優勝賞品目当てというより、ゲーム自体を楽しみたい彼は、そんなふうにも思った。そして、回って来た給仕の盆から、アイスティーのグラスを取り上げると、ゆっくりとそれを口に運んだ。

【最初のヒント】
 ゲームが始まって、すでに三十分近くが過ぎていた。
 セレスティは、三下の横に並ぶように車椅子を操りながら、のんびりと会場内を移動している。もちろん、ヒントが書かれたカードも探してはいた。
 ゲーム開始までにシオンは現れず、彼ら六人は、二人づつ組んでカードを探すことになったのだ。別に誰と組んでもよかったのだが、心細げな三下を見ていたら、なんとなく彼と組む気になってしまった。一方、シュラインは麗香と、萩は北斗と組んだ。
 そのまま、思い思いの方向に分かれた彼らは、ちょうど目についた巨大なカボチャの置物の傍で、一時間後に落ち合うことになっている。手に入れたヒントのカードを見せ合い、キーワードを導き出す手掛かりにしようというのだ。
(カードですから、その気になれば、どこへでも隠せますね。食器類の間とか、飲み物の瓶を入れた籠とか、カーテンの裏とか……)
 麗香たち四人と別れて、セレスティは考えを巡らせた。
 三下はやはり不安げな顔をしていたが、彼がその考えを口にすると、少し元気が出たようだ。
 ともかく二人は、あまり焦らずのんびりと、取り皿やグラスの乗ったテーブルや、飲み物、果物などの入った籠の中、カーテンの裏などを見て回った。
 しかし、カードはなかなか見つからない。
 会場には、時おりカードを見つけた客のものらしい歓声も沸いているから、さほど難しい隠し方はされていないように、思うのだが。
(もう少し、探すスピードを上げる方が、いいでしょうか。それとも、探す場所が間違っていると?)
 少し疲れて彼は、壁際に並ぶ飲み物を乗せたワゴンの傍に、車椅子を止めながら、胸に呟く。喉が乾いていたので、そこからウーロン茶のグラスを一つ取り、三下にも何か取ってやろうと、後ろをふり返った。しかし。
「三下君?」
 思わず彼は、目を見張る。そこに、三下の姿はなかった。あたりを見回すが、彼の弱い視力では、鋭い感覚を研ぎ澄ましても、三下を見分けることは無理だ。
「どこへ行ったんでしょう。……さっきまで、一緒にいたはずなのに」
 思わず呟く。人の多い場所で、感覚が鈍っていたのかもしれない。三下がいないことに、まったく気づかなかった。が、彼はすぐに小さく吐息をつく。
 相手は、小さな子供ではないのだ。迷うといっても、この会場内でのことなのだし、三下は三下なりに、何か思いついて別の場所にカードを探しに行ったのかもしれない。
(そう心配する必要は、ありませんね)
 胸に呟き、彼はウーロン茶のグラスに口をつけた。
 そうやってしばらく休んだ後、彼は再びカードを探し始める。と、ほどなくシャンパンの瓶を入れたバケツの氷の間に、カードが挟まれているのを発見した。カードを見つけられるか否かは、注意力とか観察眼の問題なのかもしれない。
 彼が手にしたカードは、トランプの絵札になっていた。ダイヤのキングだが、着色されておらず、モノクロのままだ。
(モノクロの、ダイヤのキング……ですか。何かを、暗示しているのでしょうか)
 セレスティは、触れることでカードに描かれているものを読み取りながら、軽く眉をひそめた。それが何を暗示したものなのかは、彼にもわからない。が、なんとなく着色されていないところに、意味があるような気がした。
 その時、ゲーム開始から一時間が過ぎたことを告げるアナウンスが、会場内に響いた。
(どちらにしろ、このカードだけでは、キーワードは導き出せないわけですから……ともかく一度、さっき皆と落ち合うと決めた場所へ、行きましょうか。そしたらきっと、三下君とも再会できるでしょうしね)
 胸に呟くと、彼はそのカードをポケットにしまい、巨大カボチャの置物目指して、人の波の中を移動し始めた。

【第二のヒント】
 置物の所へ行く途中で、セレスティは、会場を回っている子供たちに遭遇した。魔女や悪魔、幽霊などの姿に扮装した子供たちは、彼を取り囲むように集まって来ると、ハロウィンの約束どおり、「Trick or treat(お菓子をくれないと、悪戯するぞ)!」と叫びつつ、手を差し出す。
 セレスティは、用意して来たキャンディをポケットから取り出して、あるだけ子供たちに配ってやった。
 それで彼らは満足したようだ。中の一人がポケットから名刺大のカードを取り出して、セレスティに渡す。そのまま、子供たちは彼に手をふり、「ありがとう」の言葉と共に駆け去って行った。
 それを見送り、彼は新たなカードに触れる。そこには「西」と「女」の二文字が書かれていた。
(西と女……?)
 セレスティは、それを読み取り、再び眉をひそめる。モノクロのダイヤのキングと「西」と「女」の文字。これはいったい、何を示すのか。
(モノクロ……いえ、トランプ本来の絵札のことを思えば、あれは白いカードだと考えた方が、いいのでしょうか。白いダイヤのキング……キング?)
「あ……!」
 ふいに最初のカードの意味するところを悟って、セレスティは低い声を上げた。
「あれは、白王を意味しているんですね」
 だが、そうするともう一枚のカードは、どういう意味なのだろうか。
 そのまま並べるならば、「白王」「西」「女」となる。しかし、これでは意味を成さない。順番を並べ変えてみても同じだ。
 ああでもないこうでもないと、頭をひねっていたセレスティだが、ふいに気づいた。二枚目のカードの文字は、一つの漢字を二つに分けたものなのだ。もとの漢字は、「要」。そして、これなら意味が通じる。
 白王要。それは、一年前に、父親だった前社長の死によって、新たに白王社の社長に就任した人物の名前だ。
 財閥の総帥として、他企業の趨勢にも常に気を配っている彼は、当然ながら白王社の社長が昨年代替わりしたことも、知っていた。だからこそ、導き出せた答えでもある。
(ああ……。つまり、この最初のカードの絵には、白王社の王――つまり、社長という意味も隠されていたわけですね)
 彼は、改めて最初のカードを見やって、胸に呟いた。
 もっとも、普通に考えれば、これでは白王社の社員や、彼のように企業の趨勢に詳しい人間には、至って簡単なゲームだということになってしまう。が、さにあらず。
 白王要という人物は、就任以来、社員にも他の企業関係者にも、一度も顔を見せていないのだ。もちろん、写真さえも出回っていない。そのため、おそらく社員たちも名前は知っていても、顔は知らないはずだった。
(つまりこれは、社長のお披露目も兼ねた、パーティーだということですか)
 セレスティは、気づいて小さく肩をすくめる。
 ともかく、その人物を見つけるためには、提示された条件に当てはまる男性を探し、ちくいち白王要か否かを、聞いて回るしかないようだ。
(賞品にはあまり興味がありませんが……ここまで来たら、その白王氏を私の手で見つけ出してみたいものですね)
 セレスティは、小さく口元をゆがめると、胸に呟いた。
 すでに、集合場所に行くことなど、どうでもよくなっている。
 彼は、いつも以上に感覚を砥ぎ澄まし、周囲の男性客に慎重に意識を向けながら、ゆっくりと車椅子を動かし始めた。

【ゲーム終了】
 会場には、背中に白い翼をつけた仮装をした男性も、それなりにいた。
 ハロウィンということで、やはり一番多いのは魔女や悪魔、吸血鬼などのホラー・オカルト系のものだ。が、天使風の仮装の男女も、そこそこいる。
 ただ、提示された条件に見合うような――となると、けっこう難しい。
 天使の仮装をしている人間のほとんどは、長いずるずるとした衣装を身にまとっており、カツラなのか自前なのかはわからないが、髪も長くしていた。腕輪はしている者もしていない者もいる。
 そんな中で、セレスティはもしかしたら……と思う人物を見つけた。
 魔女のレリーフの傍で、どこか疲れたようにコーヒーを口にしている男だった。年齢は三十前後と見える。黒っぽいスーツに身を包み、背中に白い翼をつけている。髪も短く、しかも軽くウエーブした栗色だ。
(条件に当てはまりますね。……たぶん、間違いないでしょう)
 セレスティは一人うなずき、そちらに近づいた。そして、声をかける。
「すみません。白王要さんですね?」
 男が、顔を上げる。彼を見やって、やわらかく微笑んだ。
 その瞬間、セレスティは自分の勝利を確信した。男が、ゆっくりと口を開く。
 その時。
 会場の一画から、ふいに大きなどよめきが上がった。それと共に、拍手が湧く。
(どうしたんでしょう?)
 セレスティは、思わず目を見張り、そちらをふり返った。と、その一画にスポットライトが当たり、進行役の男の声が、マイクに乗って響く。
「どうやら、ゲームの優勝者が出たようです。社長、優勝者の方と共に、こちらのステージにいらしていただけますか?」
 スポットライトで照らされた一画で、それに応えるように手をふる人物がいた。
 その一画が、自分たちが落ち合う場所に決めていた、巨大カボチャの置物があったあたりだと気づいて、セレスティは思わず目をしばたたく。
 やがて、ステージの上に現れたのは、白いタキシードに身を包んだ青年と、四十歳前後のがっしりした長身の男だった。青年の方は、たしかにヒントに上げられていたとおり、背には白い翼をつけ、軽いウェーブのある短い栗色の髪をしていた。タキシードの袖口からわずかに、銀色の腕輪が覗いているのも見える。
 それにしても。
「これはこれは……」
 セレスティは、苦笑と共に思わず呟いた。
 ステージ上にいる青年の、どこが四十に見えるというのだろうか。どう見ても二十歳前後だろう。ある意味、セレスティ自身も若作りといえばそうだが、普通の人間でここまで若く見えてしまうというのは、驚きだ。
 もっとも、同じぐらい彼を驚かせたのは、優勝者として白王要の隣に立つ男だ。
 長い黒髪を後ろで一つに束ね、顎に髭をたくわえた、青い目の男――黒い長袖のシャツに黒いズボンという、なんの変哲もない恰好のその人物は、シオン・レ・ハイだったのだ。
 シオンは、なんとなくきょとんとした顔つきで、ステージに立っていた。しかもなぜか、腕には巨大なカボチャを抱えている。
「あれは……」
 セレスティは、それを見やって、軽く目を見張った。それは、彼らが落ち合う場所の目印に決めていた、置物だ。
(どうしてあれを、シオンさんが持っているんでしょう?)
 彼は、思わず首をかしげる。
 その間にも、ステージ上では進行役の海賊の扮装をした男が、改めて白王要を紹介した後、シオンにインタビューを行っていた。進行役の男は彼の名前を尋ね、どうして要を見分けることができたのかだとか、旅行は誰と行きますか、といったたわいのない質問をした後、訊いた。
「ところで、シオンさんは、どんな仮装をしておられるんでしょうか?」
「え? ああ……。その、カボチャです」
 言って、シオンはやおら、手にしていた巨大なカボチャを頭からかぶった。それは実は、着ぐるみだったのだ。途端、彼の体は太股のあたりから上が、すっぽりとカボチャの中に入ってしまう。カボチャは、目と口が描かれていて、側面から両手を出した彼は、カボチャのお化け――いわゆるジャック・オ・ランタンへと早変わりした。
「な、なるほど……。なかなか、気合の入った仮装ですね」
 進行役の男は、わずかに引きつった顔でうなずく。と、横から要が進行役のマイクを奪い取った。
「いやあ、なかなか面白い仮装じゃないか。こっちにも賞を設けるべきだったかな。……ところで君、それで外が見られるの?」
「ええ。見られます。目のところに、穴が空けてありますから」
 幾分くぐもった声で答えが返り、シオンは見えることをアピールするつもりだろうか。ゆらゆらと体を揺らしながら、ステージの上で踊り始めた。一見するとフラダンスのようだが、巨大なカボチャがくねくね、ゆらゆらと踊るさまは、なんとも怪しく可笑しい。
 最初は、呆然とそれを見やっていた客たちの間から、忍び笑いが漏れ、それがまるであたりに伝染するかのように、次々に広がって、大きな笑いに変わって行った。
 セレスティも、腹をかかえて笑っていた。
「く、苦しい……」
 彼は、笑いながらうめく。そもそも、どうしてここでいきなり踊るのか。よくわからないが、そろそろやめてくれないと、このまま笑いで窒息してしまいそうだ。
 だが、ステージの上の奇妙な踊りは、当分終わりそうになかった。

【エンディング】
 数日後。
 セレスティの元へは、麗香からメールに添付されて、ハロウィン・パーティーの時の写真が送られて来ていた。
 それらを眺めながら、セレスティはあの夜のことを思い出す。
 ゲームが終わった後、会場を動き回ったのと笑い倒したせいで、空腹を覚えていた彼は、しっかり飲み食いさせてもらった。
 白王要は、たしかにちょっと変わった人物らしい。これまで、社員の前に姿を見せなかったのは、普段は海外で生活しているせいだという。が、写真すら晒したことがなかったのは、年齢と外見のギャップに、写真では社長だと信用してもらえないと思っていたからだ、というのだ。
 とはいえ、気さくな人でもあるらしく、ステージを降りた後はなぜかシオンと一緒にいて、そのおかげで彼も話す機会に恵まれた。写真は、そうした時に撮ってもらったものだ。
 セレスティ自身と、ゲーム終了後に合流したシュライン、麗香、萩、北斗、三下、それに要の八人全員の集合写真から、巨大カボチャの着ぐるみを着たシオンや、そのシオンとのツーショットなどなど。どれも、会場の雰囲気がそのまま伝わって来るような、楽しいものばかりだった。
 アリス姿の三下と撮ったものもある。
 彼は、セレスティと途中ではぐれ、その姿を探して会場内をさんざん歩き回ったあげく、疲れてあの集合場所へ行き、置物だと思っていたものが、シオンの仮装だと知ったらしかった。
 ちなみにシオンは、置物のふりをして他の客を驚かすつもりで、あそこにいたのだが、そのまま眠ってしまっていたのだという。つまり、セレスティたちが組分けの相談をしていた時、彼はすぐ近くで眠りこけていたというわけだ。
 それを聞いた時、セレスティはなんとも彼らしいと、苦笑してしまったものだった。
 ところで、優勝の賞品のことだが。
 アメリカ西海岸への旅行はともかく、巨大なカボチャは、シオンの厚意で七人で分けることになった。実物のカボチャは、写真で見せてもらっただけだったが、翌日送られて来た一切れは、普通のカボチャ一個分に相当するほど大きいものだった。
 それを見たカーニンガム家の料理長も、目を丸くしたものだ。
 とりあえず半分はその日のうちに料理され、温野菜パスタとカボチャのケーキとして、セレスティの食事に饗されたのだった。
(あれは、なかなか美味しかったですね)
 彼はふとその味を思い出し、口元をほころばせた。
 料理長いわく、「このカボチャ自体が素晴らしいのです」とのことだった。おそらく、残り半分も彼は、最高の味に仕上げて、セレスティの前に披露してくれることだろう。
 ともあれ、ゲームでは優勝できなかったが、望んだとおり楽しい時間を過ごせたと、セレスティは思う。
(今年のハロウィンは、最高でしたね。いい思い出も、たくさんできましたし)
 胸に呟き彼は、モニターに映し出されている吸血鬼に扮した自分の姿に、小さく微笑みかけた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883 /セレスティ・カーニンガム /男性 /725歳 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5698 /梧北斗(あおぎり・ほくと) /男性 /17歳 /退魔師兼高校生】
【0086 /シュライン・エマ /女性 /26歳 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1570 /青島萩(あおしま・しゅう) /男性 /29歳 /刑事(主に怪奇・霊・不思議事件担当)】
【3356 /シオン・レ・ハイ /男性 /42歳 /びんぼーにん+高校生?+α】

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■         ライター通信          ■
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依頼に参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
ゲームの勝者については、シオン・レ・ハイ様ということになりましたが、
他意はございませんので、ご了承いただければ、幸いです。
また、組み合わせについても、任意で分けさせていただきました。

●セレスティ・カーニンガム様
いつも参加いただき、ありがとうございます。
今回は、いかがだったでしょうか。
仮装につきましては、梧北斗さまと重なっておりましたが、
アレンジを変えれば別に気にならないだろう、ということで、
そのまま書かせていただきました。

それでは、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。