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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


炎の王 〜Gate of the Heaven 3〜

 三上事務所に置かれている電話は一台きり。ビルの一室、広さも2Kの部屋程度にしかならない事務所には、一台あれば充分に事足りるのだ。
 が、この二日程、その数はむしろ不足しているのではないかと思われる程に、電子音がひっきりなしに鳴っている。
 電話を受けるのは主に中田の役目。一件終えて受話器を置けば、入れ違いにまたすぐ電子音が鳴り響く。さすがの中田も疲弊を訴え、つい先ほどから奥の部屋――応接室になっている――で仮眠を取りに入ってしまった。
「あぁ、なんだというのじゃ、一体!」
 中田に代わり電話の応対をし始めた三上可南子は、受話器を置いてがしがしと頭を掻きまわした。
 気を紛らわせるためにとテレビをつけてはみるが、流れているのは再放送の恋愛ドラマ。せめて時代劇や刑事ドラマであったなら、まだ少しは心も晴れたであろうが。
 
 一月程前から、主に女子中高生を中心として、原因不明の意識混濁に陥る者が続出しているのだ。
 中には通学途中、なんの前触れもなしに傾眠に陥った者もいる。しかしながらこういった症状を迎えた彼女達は、長くてもせいぜい二日ばかりそういう状態になるだけで、後はけろりと目を覚ますのだ。
 原因も分からず、医師などはまるでお手上げ状態。目覚めた後にも特に後遺症といったものを残すわけでもないこの症例は、仮称をヒュプノスと名付けられた。

「全く。昏睡していた間に出会った男ともう一度会いたいなどと。そのような事、知った事か!」
 しばしの間を置いた後、再び鳴り出した受話器を睨み据えながら、三上は大袈裟に舌打ちをした。

 この二日程事務所に鳴り響いているのは、ヒュプノスから目覚めた彼女達からの”依頼”なのだ。無論、”依頼”を受けるつもりは毛頭からない。――夢の中の男など、文字通り夢見がちなのにも程がある。

「はい、三上事務所じゃ」
 不機嫌を露わにした声で受話器を取った。どうせまたいつもと同じ、夢見がちな内容なのだろう。
 だが電話をかけてきた相手は、女ではなく、男であった。
『探してほしい女がいるのだが』
 男の声はそう述べて、ふうと小さな息を洩らした。


「いや、しかし。うちは探偵ではなくてのう。人を探したいなら、知り合いの探偵を紹介するが」
 数時間後、事務所にやってきた男を前に、三上はやんわりと目を細ませる。
 向かい合わせたソファーに座っているのは、二十代後半程度といった見目の男。だらしなく伸ばされた黒髪は、しかしその恐ろしいまでに整った顔立ちのせいもあってか、不思議とさまになっている。
 日本人ではあるのだろうが、その面立ちはどこか西洋の影を覗かせてもいる。
 適度に焼けた肌に、まとうスーツとコートは共に漆黒色。ネクタイは締めておらず、ラフな気こなしと云えばよいのだろうか。
 ソファーに腰掛けながらも、男は前のめりになって両手を組み、漆黒色の眼差しで、真っ直ぐに三上の顔を確かめている。
「その探偵は、顔も知らない女をも見つけ出してくれるのか」
 落ち着いた声音。
 三上はしばし男を見遣った後、ふうと溜め息を洩らしてかぶりを振った。
「――――で、探しているという女も、そなたと同様、魔に与する者なのか」
 訊ねると、男は初めて口元に薄い笑みを浮かべてうなずいた。
「しかし、俺とは違い、どうやら魔としての部分は完全に意識の底にあるらしい。……探そうにも、余計な邪魔も入ってくる」
「邪魔?」
「……かつて俺達を治めていた王だ」
「――――ふむ、なるほど。またあの男がらみか」
 返し、溜め息を洩らす。

 太古、人間の身でありながら、72もの悪魔を従わせた魔術師がいた。
 魔術師はその身に強大な力を得ながらも、不老不死までは得られずにいた。結果、老いた彼は末期の時を迎える事となったのだ。
 死の瞬間、魔術師は誓う。輪廻を果たしたならば、今度こそは不老不死をも手中に、と。

「しかし、分からんのう。そなたほどの者であれば、人を探すことなど容易い事であろうに」
「あの男は、彼女の意識を封じている。自分の元に下るのならば、その封印を解いてやろう、と。だが恐らくは、奴も彼女の現身を発見出来てはいないようなのだ」
「なるほど、然り。それで、そなたは?」
「俺は彼女さえ居ればそれでいい。……ゆえに、奴とおまえ達、より早く彼女を見つけだし、その意識を覚醒させた者にこそ、俺は従う事としよう」

 男はそう述べて目を細ませた。


「中田さんが電話で応対なさった時にメモしたものを見せていただけますか?」
 セレスティ・カーニンガムは三上事務所の応接室のソファの上、ゆったりと腰をかけて首を傾げた。
 なるほど、確かに。疲弊を訴えていたという中田は、応接室のソファで仮眠をとっていたところであったのだが、やってきた客人達にソファを譲ると、眠たげにあくびをしつつうなずいた。
 差し出されたメモを受け取ると、セレスティは優雅な笑みを浮かべて「ありがとう」と述べた。
 メモ書きは、それこそミミズが這うような、とてもではないが読みやすい字とは云えないような文字で走り書きされていた。おそらくは、忙しなく鳴り続ける電話の応対で、忙しくメモをとっていたのだろう。
 穏やかに微笑みながらそれを確かめているセレスティの横から、十里楠真雄がひょいと顔を出してメモを覗きこむ。
「でも、つくづく、世間もずいぶんとロマンティックな名前をつけたものだよね」
「ヒュプノス。眠りの神の名前でしたっけカ」
 真雄の言葉にうなずいたのは、向かい合わせになったソファに座り、湯のみを口にしている黒スーツの男。名はデリク・オーロフという。
 デリクは湯のみの中の煎茶を一口すすり、ついと視線を横へとずらす。
 ドアによりかかり、腕組みをしてこちらを睨みつけている――否、おそらく、ただこちらを見ているだけなのだろう――青年と目が合い、デリクは薄い笑みを浮かべた。
「長谷川くん、といいましたっケ? 探している相手の、現世での生年月日とか、出生場所とか……そういうのハ、何かご存知デハ?」
 デリクがそう問うと、長谷川は小さなため息を洩らして前髪をかきあげ、デリクの隣に座っている生年・速水和弥に一瞥してから口を開けた。
「俺が探しているのはフォルネウスだ」
「そのフォルネウスだけど、多分、見つけるのは難しくはないと思うよ」
 長谷川の視線を受けて笑みを浮かべると、和弥はなんのことはなしにそう告げる。
「俺の……んー、まあ、正確にいえば俺のじゃないと思ってるんだけど、俺の力を使えば、多分簡単に見つけられると思う」
 和弥はそう続けるとのんきな笑みを浮かべ、自分も湯のみに手を伸べた。が、次の瞬間にはその肩を長谷川によって揺さぶられ、茶を口にする事はできなかった。
「なら、すぐに……! 今すぐに見つけてくれ」
 長谷川は端正な顔に焦燥の色を浮かべ、和弥の腕を力まかせに握り締める。
「いてぇって。とりあえず離してくんねえかな」
 長谷川の手を振り払おうと腕を動かす和弥を横目に、デリクが口を開き、告げた。
「名も地位もある魔の君だとお見受けしますガ、そのように取り乱すとはネ。なんだかとても意外デス」
 くつくつと笑うデリクに一瞥し、長谷川はゆっくりと和弥の腕を解放する。
「実は、あなたガ仰っている”王”デスけども。私と、そこにいるセレスティさんハ、”王”と少なからず面識を得た事がありましてネ」
 そう続けたデリクに、セレスティはメモから顔をあげてゆっくりとうなずいた。
「ええ、そうですね。――決して穏やかな出会いだとは思えませんが」
 安穏とした口調でそう述べたセレスティに、デリクはふわりと笑みを浮かべる。
「それで、コレは私の考えなのデスが……あなた方の”王”――ソロモン王は、72の英霊を全て集め、己の力として融合し、とりこもうとしているのデハ?」
 そう訊ねるデリクの横で、長谷川から解放された和弥が茶を口にしている。
 長谷川はデリクの問いに、しばし口を閉ざしていたが、やがて小さなため息をこぼし、うなずいた。
「その通りだ。――あいつの願望には、とてもじゃないが俺は手を貸すつもりにはなれん。自分で勝手に、どうとでもすればいいと思うのだが」
「なるほど、かつての王は、現世においては従事するべき相手ではないという事ですね」
 メモ書きに目をおとしていたセレスティが視線を持ち上げつつそう告げる。
「ところで、中田さんが書いてくださったこのメモですが、ひとつ、興味深い名前が」
「興味深いデスか?」
 セレスティの言葉に、デリクが身を乗り出して問いかけた。セレスティはデリクの目を見遣ってうなずくと、いくつも記された名前の中からひとつを選び出して指差した。
 ――――須藤 芹
「須藤……須藤……あれ、須藤芹って、確か最近人気のある作家じゃなかたっけ? 現役高校生で、文学賞なんかもとった」
 初めにそう発したのは、セレスティの隣で、やはりメモ書きを覗き見ていた真雄だった。
「でも確か須藤芹って最近はあんまり表に出てこなくなっちゃったはずだよね。やっぱり学校が忙しいのかな?」
 小さな笑みをこぼしつつそう続ける真雄に、和弥がしばし首を傾げる。
「あれだよな。須藤芹って、もう作家は辞めたんじゃなかったっけ。文学賞をとったらなんか満足したとかなんとか」
「え、そうなの? なんかなまいきな事いうやつなんだね」
 和弥の言葉に頬を緩め視線を持ち上げた真雄に、和弥は「ホントだよな」と返して小さな笑みをこぼした。
「――それはそうと、その芹さんがどうしたのデスか?」
 二人の会話をさえぎるように口を挟んだデリクの問いに、セレスティはゆっくりと睫毛を持ち上げてうなずいた。
「長谷川さんがお探しの相手は、確かフォルネウスでしたよね」
 訊ねられ、長谷川は言葉を返す事なくうなずいた。
「――――アァ、なるほど」
 セレスティと視線を合わせ、デリクもうなずいた。
「フォルネウスといえば、司るものは芸術、科学、言語。仮に過去世での記憶が無いにしろ、その能力は無意識に働いているのではないか、ということデスね」
「その上、須藤さんに関するメモ書きだけは他のメモと内容を逸しています」
 テーブルの上にメモ書きを静かに置くと、セレスティは再び視線を落とし、細く白い指先で須藤芹の部分をそっと示した。
「須藤さんは、今現在も意識を取り戻してはいない。時折ふいに昏睡から覚醒しては、その後再び昏睡状態に戻るといった症状を続けているのだそうです」
 セレスティの言葉に、三人はそれぞれにメモを見る。
 須藤芹に関するメモ書きには、依頼主は本人ではなく、その母親であると記されていた。
「娘が意識混濁状態から戻らない……娘は例のヒュプノスにかかっているのか。……デスか」
 デリクが薄い笑みを浮かべる。
「ヒュプノス患者はボクも数人診たけど、数度の覚醒と昏睡を繰り返すといった症例はないはずだよ」
 真雄がセレスティを見遣ると、セレスティは真雄の顔を一瞥した後に目を細め、うなずいた。
「長谷川さんにお訊きしたいのですが、あなたはフォルネウスを探す際、強い思念で呼びかけをしていたのではないのですか?」
「無論だ。呼びかければ、自然、覚醒を果たすであろうはずだからな」
 腕組みをした姿勢のままでうなずく長谷川に、和弥が問う。
「その思念が強力すぎるんじゃないの? その余波を受ける子が結構出ちゃったりしてさ」
「俺はフォルネウスだけが俺の声を聞けるよう、これでも最低限の配慮はしたつもりだ」
「無関係な人には影響が出ないようにしたと」
 続けてそう訊ねた和弥に、長谷川は「当然だ」とでも言いたげな表情で口をつぐんだ。
「――――なるほど、それがあなたの云うところの”邪魔”、すなわちソロモン王なのだというわけデスね」
「……ともあれ、須藤さんの様子を見に行ってみませんか?」
 会話を切るようにセレスティが口を挟む。
「相手がソロモン王……現世では今鞍くんと言いましたか。あの方なのであれば、今鞍くんの思惑がどうあれ、先手を打ち、フォルネウスをこちら側へと寄せておく必要はあるでしょうし」


 須藤芹が入院している病院までは、比較的時間を要する事なく辿り着くことが出来た。
 セレスティ所有の高級車から降り立った五人の上、灰色の雲がたちこめている。
「雨が降りそうだね」
 真雄が呟いた。

 須藤芹は、眠っていた。
 ベッドの脇には心電図が置かれ、規則正しい音を響かせている。
 華美ではない程度に活けられた花が、心地良い香を漂わせていた。
「…………」
 芹を前に、しかし口を閉ざしてしまった長谷川に代わり、前に進み、芹に触れたのは真雄だった。
「ボク、ちょっとこの子の過去を視てみるよ。そうすれば、長谷川さんもすっきりするし、ボクらも対処のしようが固まるってもんでしょう」
 そう述べて頬をゆるめると、真雄はゆっくりと目を閉じた。
「さて、ト。では私は、恐らくここに来るであろう、ソロモン王のお迎えに行って来るとしマスよ」
 真雄と、その隣で表情を硬く強張らせている長谷川に笑みを残すと、デリクは病室を後にした。
「では、私もご一緒します。――ソロモン王とは、何度か顔を合わせた事もありますしね」
 続き、セレスティも病室を後にする。二人を見ていた和弥は、しばし目をしばたかせ、
「俺はここに残ろうかな。……こいつがこんななってるし、もしもこっちになんかあったら、すぐ対処出来る要員がいたほうがいいだろうし」
 告げながら真雄をアゴで示す。
 長谷川はちらりとデリクとセレスティを見遣ったが、すぐにまた芹の顔に見入りはじめた。
「では、よろしくお願いします」
 丁寧な所作で頭をさげ、セレスティはデリクの後を追う。
 雨は既に降り出していて、ガラスを強く叩きつけていた。
「雨が降ってきましたね」
「お客さまも、来たみたいデスね」
 廊下のガラス窓から眼下を確かめて、二人は互いに顔を見合わせる。
 雨が降る中庭は、手入れがなされているためか、冬の寂しさを漂わせつつも端正で美しい。
 その美しい中庭の、散りいく葉の中に、一人の少年が立っていた。
「オセ――――でしたか」
 セレスティの笑みがわずかに曇る。
「ここは病院デス。あんなのに暴れられたら厄介ですネ」
 デリクが喉を鳴らし、笑った。

 真雄が視るその光景は、ひどく混濁していて、沼底のように薄暗いものだった。
 時折、長谷川によく似た風体の男が視える。全身を黒衣で包んだ、恐ろしく整った顔立ちの男。
 男は、女を一人、いつも傍に置いている。 
 この男は、多分、長谷川だ。続き、女の顔を確かめる。女は薄青色の長い髪に小柄だった。あるいは男の体躯が大きいだけかもしれない。ともかく、二人の体格差は大きいようだった。
 この女が、フォルネウスなのだろうか? そう考えて、さらに女の姿を確かめようとした時。
 視界がぐにゃりと大きく歪み、それまで視えていた風景はがらりと一変したのだった。
 視えたのは、少年の顔。少年は真雄の顔を間近で覗きこむと、口の両端を歪めて笑みを浮かべ、ゆっくりと言葉を発した。
 あなたたちはじゃまだね

 病室に姿を見せたのはコートを着こんだ少年だった。
 和弥は少年の顔を確かめた後にゆっくりと歩み寄り、にこりと笑んで声をかける。
「おまえがソロモンなんだ?」
 和弥の声に、長谷川もまた肩越しに少年の姿を見遣る。その眼差しが険しいものへと変容した。
 少年は和弥の言葉に微笑んでうなずくと、雨で濡れた髪を指先でいじりながら口を開けた。
「あなたも魔の眷属だね。嬉しいな、僕に会いに来てくれたんだね」
 和弥の顔を覗きこみながら、少年は目を細めて頬を緩める。同時に、真雄が目を開けて振り向いた。
「やあ、あなたとは初めましてだね。さっきも言ったけど、僕の邪魔はしないでくれませんか」
 少年は真雄と視線を合わせて満面の笑顔を浮かべると、それから長谷川へと視線を移す。
 長谷川はじわりと動いて芹を庇う姿勢をとった。その眼孔は真っ直ぐに少年を睨み据えている。
「……迎えに来たよ、ベリアル。フォルネウスにも会えたのだから、契約に従って、僕の元にくだってくれるね」
 淀みなく微笑む少年に、長谷川はしばし沈黙した後に、不意に片眉をつりあげて笑んだ。
「残念だが、俺とフォルネウスはおまえの元にはくだらない」
「うん、そう言うだろうと思ってたけど、でも僕に従わないと、フォルネウスは眠りの神と寄り添ったままになってしまうよ」
「いや、それは大丈夫。彼女は、ボクがもう”治療”したから」
 少年と長谷川の会話を遮断して、真雄が穏やかに笑った。
 真雄の言葉に、少年がわずかに首を傾げた、その刹那。
 降りだしていた雨が、その勢いを強めだしたのだった。

「あなたはなぜ現世でもソロモンに従事しているのデス?」
 勢いを強めはじめた雨の中、しかし中庭に立つデリクとセレスティは雨に濡れることなく、オセの転生者である野田少年と対峙していた。
 野田は、デリクの問い掛けにしばしの間を置いた後、ゆっくりと空を見上げて呟いた。
「――――天は遠い」
「天、ですか」
「王は、未だ万能ではない」  
「ええ、器は人間なのデスから、限界はあるでしょうネ」
「しかし、王は盟友達の力を統一し、万能となるのだ」
「……」
 野田はひとしきりそう告げると、再び二人を見つめ、ゆったりと、瞬きをした。
「王は我々に、天に戻る術を教えてくれると約束された。……しかし、未だ天は遠い」
「キミは天に戻りたいと、そう願っているからこそ、ソロモンに従事しているのですか」
 セレスティの言葉が野田を真っ直ぐに捉える。
 しかし、野田は応えようとはせず、静かにきびすを返した。
「ベリアルとフォルネウスは、王の元へはくだらぬのだろうな」
 呟き、足を止める。
「英霊の数は72であるとされていますネ。……その全てをとりこまねば、ソロモンは望む力を得られないのデハ」
 去って行こうとする野田を追うようにデリクが問うと、野田は二人を見遣ってかぶりを振った。
「既に盟友のほとんどは王にくだっている。例え王に反する者が現れたとしても、いずれは王にくだることとなるだろう」
 

「……ベリアル」
 小さな声で長谷川を呼んだ須藤芹を、長谷川は初めて見せる笑顔で抱き起こした。
「フォルネウス……!」
「……それに、……王もいるのね」
 長谷川に抱き起こされ、ベッドの上に腰掛けた姿勢で、芹は今鞍少年――ソロモンをみつめた。
 今鞍は芹に向けて、一片も歪める事なく微笑みかける。
「あなたも僕の傍にはくだらないのだね」
 沈黙。聞こえるのは、ガラスを叩く激しい雨音ばかり。
 昏睡状態からの覚醒を果たした芹を、真雄が診察している。
「調子は良さそうだ。問題ないと思うよ」
 やんわりと微笑む真雄に、長谷川は安堵の表情でうなずいた。
「一つ、訊いてもいいかな」
 沈黙を破り口を開けた和弥向けて、今鞍がゆっくりと視線を移す。
「72の魔の力を全て”とりこんだ”として、それだけの負荷に、人間の器が保つとは思えないんだけど」
 訊ねた和弥に、今鞍は頬をゆるめた。
「僕は、万能になるのですよ」
 そう返し、継いで口を開く。
「近い内、また迎えにきます。その時までに、準備は整えておいてくださいね」
「――――準備って」
 芹が声をかけようとしたのと同時に、今鞍はきびすを返して病室を後にした。
 和弥が後を追って廊下を見ると、そこには既に今鞍の姿は見当たらなくなっていた。


「確かに、英霊はかつて天にあったとされていますが……」
 病室へと戻ったセレスティは、唸るようにそう呟いて芹の姿を確かめた。
 意識を取り戻した芹は、長谷川に寄り添い、離れようとはしない。
「中には天へ戻る事を望んでいる者もいる、と、記述にはありマスがね」
「でも、だからって、全部が全部、それを望んでいるとは思わないな」
 デリクの言葉に真雄がうなずいた。
「……思うんだけど、オセはあいつにだまされてるんじゃないのかな」
 口を開けた和弥に、三人の視線が集まる。
「だってさ、全部をとりこまなきゃ万能にはなれないんだろ? だとしたら、いずれはオセもとりこまれることになるんだし、天に戻るなんてことは出来ないんじゃねえのかな」
「そうデスね。……しかしそんな単純なこと、オセは気がついてはいないのでしょうカ」
 和弥の言葉を継いで発したデリクに、セレスティと真雄は黙したままでうなずく。
「迎えにくると言ったのですね、今鞍くんは」
「……いずれ必ず王にくだるだろうと言ったんだよね、オセは」
 二人の言葉を聞き、しばし思案した後、デリクが呟いた。
「……今回のヒュプノスといい、……もしもソロモンがなりふり構わずになったラ、そしてもしも再びバブ・イルのような、魔界への入り口が繋げられたなら……」
 呟きながら長谷川と芹を見る。二人はもはや四人の事など気にとめる事もなく、二人だけの世界を構築していた。
「魔界が現世と繋がったら、惨事と繋がるだろうね」
 真雄がわずかに笑みを曇らせる。

 雨はいつしか止んでいた。
 が、空は相変わらず重々しい灰色で覆われている。

 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3432 / デリク・オーロフ / 男性 / 31歳 / 魔術師】
【3628 / 十里楠・真雄 / 男性 / 17歳 / 闇医者(表では姉の庇護の元プータロー)】
【5009 / 速水・和弥 / 男性 / 25歳 / リサイクルショップ?「宇宙堂」の店主】


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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。毎度納期ぎりぎりですいません(平伏)
シリーズの、今回で第三話となりました。今作は戦闘もなく、今鞍や野田もおとなしく引き下がりました。
が、4話目から魔界への道が繋がることとなりますので、次回からは動きのあるものとなるだろうと思います。
今作では、なぜオセはソロモンに従事しているのか。ソロモンはなにを目指しているのかという点を明らかにしてみました。今後このふたりがそれぞれにどういう動きを取り出すのかも、もしかしたら見えてきたかもしれません。
なお、タイトルは今回から登場しはじめたベリアルをさしています。

次回は、可能ならば12月末、遅くても1月初旬には募集しようと思っています。

それでは、ご発注、まことにありがとうございました。