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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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四次元壷からペットを救え!
【オープニング】
『アンティークショップ・レン』に、ひとつの壷が増えていた。
「ああ、それかい? また困ったシロモノだよ」
店長の碧摩蓮は、ぷかりと煙管から煙を吐き出して説明した。
「そいつはね、中にどれだけ物を入れても一杯にならないらしいのさ。中は四次元にでもなっているのかもねえ。まあそれだけならここによくある品物なんだけど」
よくあってどうする。そんなつっこみはよそに、店長は珍しくその美しい顔で困ったようにため息をついた。
「……何でもね、その壷の持ち主の愛するペットが、その壷に入っちまったらしいんだよ」
それも、ハムスター。そう言って、もう一度ぷかりと煙管の煙が浮かぶ。
「加えて、どこぞの野良猫だかなんだかが、一緒にその壷に入っちまったんだってさ」
――それは、何ともはや……
「だからねえ」
蓮は少しだけ眉根を寄せて、こちらを見た。「中に入って、ハムスターを救ってきて欲しいんだってさ。壷を外から壊すと、中身も一緒に壊れちまうらしいんだ」
難しい注文だ。どれだけ経っているか知らないが、ハムスターが無事に猫から逃げおおせているだろうか。
「壷の中から出るためには中から破壊する必要があるらしいんだけどね。この際、壷を壊してもいいそうだから」
ハムスター救出、頼めないかねえ。蓮はそう言って、困ったように笑った。
■□■□■
壷は大の大人が一抱えで持ち上げられそうなサイズだ。
中に色々つまっているはずだが、他の同じサイズの壷とさして重さは変わらない。
ふたは、布のような物がかぶせてあった――が、食いちぎられたのか、見事に破れている。壷が倒れた拍子か何かの隙に、ここからペットと猫が入ってしまったのだろう。
破れ目から中をのぞくと、真っ暗で何も見えない。無限の闇。暗い、のとはたしかに違う。
「久しぶりに体が空いたので物探しに来たんですけど、壷ですか……」
雨柳凪砂[うりゅう・なぎさ]はそれを見つめて、小首をかしげた。
「封印用じゃありませんよね……中から壊せるなら意味がないですし。でも物入れなら中に入れたものは任意で取り出せると思いますから、その機能が壊れたのか、もしくはゴミ箱か……」
つややかな黒髪をさらりと背中に流しながら独りごちていると、後ろから蓮が「そのとおり」と投げやりな口調で言ってきた。
「取り出し機能が壊れちまった物入れだとさ。どうも中でペットか猫が暴れて壊したみたいだとかなんとか」
「あら」
凪砂の瞳がかすかに輝いた。「ということは、中には他にも色々入っているのですね……?」
「多分ね。……自称好事家の血が騒ぐのかイ?」
ぷかりと煙管から煙を吐き出した蓮が、唇の端をつりあげる。凪砂はふふといたずらっぽく微笑んだ。
「ええ、もちろんです。――ですから、ペットさん救出にも手を貸そうと思います」
「ハムスターの匂いがする!!」
大声でそんなことを言いながら、店にかけこんできた少年がいた。
鈴森鎮[すずもり・しず]。今は少年の形をとっているが、実はかまいたちである。肩にペットの『イヅナ』くーちゃんを乗せて、まっすぐ壷のところまでやってきた。
「これこれ、この中にハムスターがいるっ! 俺ハムスター大好き!」
「……四次元先まで利く鼻かい。便利だねェ」
蓮が呆れたように言った。そして、鎮に「壷の中のハムスター」の状況を教えてやった。
「ええっ!? 猫と一緒に入っちゃったの!?」
鎮は大げさに騒ぎ出した。「ダメだよそんな! 危なすぎ! 早く助けなきゃ、それでハムスターの種類は? ゴールデン? ロボロフスキー? はたまたチャイニーズ? そこらへんははっきりしてもらわないと!」
「……目的がよく分からなくなっていますよ」
凪砂がくすくすと笑った。笑っている場合ではないのだが。
しかし、鎮の騒ぎっぷりはある意味で助けになったようだ。
「今、『早く助けなきゃ』というような言葉が聞こえたんですが……」
「どうかしたのですか?」
と店内を、二人の少年がのぞきこんだ。
蓮が振り向いて、「ああ、助っ人が増えて助かるよ」と強制加入を決める。
学生服を着た細身の、しかしいかにも体育会系のように背筋をぴんと伸ばしている少年は、櫻紫桜[さくら・しおう]。
もうひとり、小柄で金の瞳が際立って美しい少年はマリオン・バーガンディと名乗った。
ハムスター救出隊に勝手に加えられた二人は、しかし嫌な顔ひとつせず興味深そうに壷を眺める。
「人間が入れそうなサイズにはとても思えませんが……壷の中はどうなっているのですか?」
と紫桜が蓮に尋ねる。
さァね、と蓮はにべもない。
「誰も入ったことはないンだからサ。でも、物の一部分を差し入れるとそのまま吸い込まれるそうだよ」
「試してみましょうか」
凪砂が店内を見渡して、大きめのタペストリを見つける。壷に入りきりそうにないサイズだ。
それの一端を、壷に差し入れた。
とたん、タペストリは吸い取られるように壷の中へ消えてしまった。
「本当ですね」
凪砂の目がさらに輝いた。紫桜が、一歩退いて目を見張っている。蓮が「店のものを試しに使うンじゃナイよ」とぶつぶつ言った。
人間の場合は、おそらく腕を入れれば一瞬なのだろう。
「早く早く! 助けに行かなくちゃ!」
鎮が急かす。
「まずは準備しないとだめなのです」
冷静に言いながらマリオンがいつの間にか店内を物色し、なぜかデジカメを構えていた。
「写真なんか撮ってる場合じゃないよ!」
「違います。こうして映したものをデジカメの中に収めておけば、後でどこででも取り出せるようになるのです。それが私の能力なのです」
ええと、とマリオンは猫が入れそうなかごをみつくろってデジカメに収めると、「他に必要そうなものを、買い物に行ってくるのです」とあっという間に店から出て行ってしまった。
おとなしそうな外見とは違い、すごい行動力である。
「あの様子ですと、ハムスターを入れるケージや食事はマリオンさんが買ってきてくれそうですね」
紫桜がほっとしたように言った。
「蓮さん。持ち主から、ハムスターの使っていたものをお借りすることはできませんか?」
凪砂が店主に問う。
「ああ、ちょうどここにあるよ」
蓮はカウンターの奥から何かを取り出してきた。
――よくハムスターの運動に使う「回し車」だ。
「助けるときに、何かの役に立つかも、だとさ。これがそのペットのお気に入りらしいよ」
それは都合がいいですね、と凪砂が微笑んで回し車を受け取った。
「では私は、マリオンさんが帰ってくるまでの間にこの壷について簡単に調べてみますね」
凪砂は壷の外見をもう一度よく眺め、触ってみたり、持ち上げて壷の裏をたしかめてみたりしてから、蓮に「電話を貸してください」と言った。
「奥だよ」
蓮は煙管で店の奥を指す。「お借りします」と凪砂は奥へ入っていった。
「もう、みんな悠長すぎるよお!」
じたばたと鎮が暴れる。「早くしないとハムちゃん危ないっ!」
「ですから、今確実に助けるための準備をしているんですよ。落ち着いてください鎮さん」
紫桜が穏やかに鎮をなだめた。「なんの準備もなしに入って、もしハムスターが衰弱していたらどう対処するんですか?」
う〜、と鎮はこらえるようにうなる。よほどハムスターが好きらしい。
「ハムスターの種類は、自分の目で確かめておいでよ」
のんきに蓮がそう言って、煙管から煙を吐き出した。
数分としないうちに、凪砂は戻ってきた。
「やはり、その壷は作者も無名、いまいち時代も分かりません。古いのは確かなのですけど。土の種類も今まで触ったことのないものですね。刻まれた紋様はなかなか美しい部類です。完全に謎の壷……」
凪砂の目は輝いていた。色々調べてしまうのは、どうやら収集家のサガらしい。
「……出るときにゃ、中から壊さなきゃいけないんだけどねェ?」
蓮がさりげなくつぶやくと、凪砂は振り向いて、「そうしなくてもいい方法をさがします」と宣言した。
「さがすなら、さっき壷に吸い込ませたタペストリもさがして持って帰ってきておくれよ」
蓮は肩をすくめてそう言った。
凪砂が「汚れるかもしれませんね。服を着替えてきますね」といったん店を出てる。
そして二十分ほどして彼女が戻ってきてから、さらに十分ほど。
ようやくマリオンが帰ってきた。
けれど、彼は相変わらずデジカメひとつ持っているだけで手ぶらである。
「買い物に行ったんじゃなかったの!」
鎮が我慢した分顔を真っ赤にして怒った。しかしマリオンはすまし顔で、
「全部デジカメに収めたのです。身軽にGO! なのです」
その能力がどういうものなのか、誰もよく分からないようだったが――
「ここは信用しましょう。急がなくてはなりません」
紫桜が真剣に全員の顔を見渡す。
凪砂とマリオン、そして鎮はうなずいた。次の瞬間には、鎮はぱっとかまいたちの姿へと変貌した。
「うわっ!?」
紫桜が思わず退く。
「俺はこの姿で行くからね! この方が鼻が利くもんね!」
そうしていの一番にいたちは壷へと、ためらいなく飛び込んだ。
「………」
「では、私も行くのです」
緊張感のかけらもない調子でマリオンが片手を壷にさしこむ。そして吸い込まれるように消えた。
「………………」
残された凪砂と紫桜はいったん顔を見合わせてから、ため息をついてそれぞれ片手を壷に差し入れた。
■□■□■
最初に見えたのは暗闇……
しかししばらくすると、少しずつ明るくなってくる。最終的には、地下室ていどの明るさになった。
「まあ」
凪砂が嬉しそうに声をあげる。
さきほど壷につっこんでしまったタペストリを始め、ありとあらゆる物がそこに並んでいた。なかなか整然としている。勝手に整理される機能でもついているのだろうか。
紫桜は驚きのあまり声が出ない様子だった。壷自体を見ているからなおさらだ。細かい備品はもちろん、あの中にとても入るとは思えないサイズの物が大量にある。そして、すべて入りきっていることがまた不思議である。
「ああ、あれは何かしら」
と物の山に駆けていきそうになる凪砂の服の裾を、にっこりしながらマリオンがつかまえた。
「目的は、ハムスターとそれから猫さんを見つけ出すことなのです」
「……はい。分かっています」
凪砂はおとなしくうなずいたが、心底残念そうだった。
「匂い……匂いがするぞ〜」
いたち姿の鎮がくんくんと鼻を鳴らした。「くっそう。ハムちゃんよりも猫の匂いのほうが強いぞっ!」
「ハムスターの匂いもするんですね!?」
紫桜が勢いこんで尋ねた。鎮は大きく首を縦に振った。
「うん。生きてる、生きてるよハムちゃんっ!」
「それはよかったのです」
マリオンが笑顔で言った。いつの間にかその手に、虫とり網を持っている。
「これでハムスターを捕獲するのです。それが一番やりやすいのです」
良かったぁ、と鎮がほっと息をついた。
「俺、この姿でハムちゃんと出会っちゃうと、ハムちゃんがびっくりして心臓発作起こしちゃうからさあ……つかまえるの、任せてもいい?」
「でしたら私が……ハムスターに関しては詳しい場所を見つけますね」
凪砂がそっと微笑む。そして、飼い主が店に置いていった回し車を顔に近づけた。
――凪砂は、魔狼“フェンリル”の『影』と同化した特異体質だ。自分の“中”にいる、かの存在の嗅覚を利用すれば、匂いをたどることもできる。
「私も匂いをたどります」
できるの? と鎮が不思議そうに首をかしげるが、凪砂は「大丈夫です」と微笑んだ。
「それで、猫さんはどうしましょうか」
マリオンが尋ねる。
「見つけたら闘ってやる!」
と鎮が意味もなく威嚇の仕種をする。
「ダメですよ。……猫も気の毒でしょう。捕まえて、なんとか連れ帰りましょう」
紫桜は真剣な顔をし、いたちに向かって「だから、鎮さんは猫を見つけてください」と言った。
「それがいいのです。ちょうどいい役割分担なのです」
マリオンがうなずいた。
「ええとですね、ハムスターを見つけるのが凪砂さんで……」
「捕まえる自信は……ないかもしれません」
――フェンリルの姿に変化すれば身体能力は上がるが、それはそれでハムスター捕獲には向いていないだろう。
「俺がやりましょう」
紫桜が進み出た。「俺は、気配を殺すことくらいならできます。近づきやすいかと」
「それはナイスなのです。ではこの虫とり網と、こちらのハムスター用に持ってきたケージと、水と、エサをどうぞ」
次々とデジカメから取り出されるそれら。紫桜は目を丸くしながらも受け取った。
では、とマリオンはいたちを見下ろした。
「猫用のかごとエサも持ってきましたので。私は鎮さんと一緒に猫さん捕獲に行くのです」
――ハムスター捕獲隊・凪砂、紫桜。
――猫捕獲隊・鎮、マリオン。
こうして二手に分かれて彼らは動き出した。
【猫捕獲隊・探索】
「うう〜。猫はまだまだ元気みたいだっ!」
くんくんと鼻を鳴らしながら、鎮がうめくように言う。「どんどん移動していくよ!」
「それはいけないのですねえ。早く捕まえなくては」
マリオンは――
なぜかいつの間にか手にしていたお菓子をぽりぽり食べながら、のんびり言った。
「あっ! ちょっと、なに食べてるんだよ〜!」
「お腹がすいたとき用に用意しておいたのです。探索には時間がかかると思って」
でももうお腹がすいてしまいました。マリオンはぽりぽりとスナックをつまみながら、ふと飴玉も取り出して、鎮に差し出した。
「いりますか?」
「いる!」
結局二人でお菓子を堪能。
そして、しばらくしてから、「……あっ!」と鎮が声をあげた。
「どうしたのですか?」
「お菓子の匂いが強くて……猫の匂いが薄らいじゃったよ〜!」
慌てて鎮はあちらこちらを駆け回り、くんくんと一生懸命鼻を動かす。
「わー! 分かんなくなったー!」
――ものすごく、自業自得だった。
【猫捕獲隊・発見】
ようやくお菓子の匂いが消え、再び猫の捜索が始まる。
猫は、凪砂や紫桜が向かったのとは違う方向の物の山にまぎれているようだ。
あいにくと鎮やマリオンには、物をどかして進むような体力がない。仕方ないのでマリオンがすべてのものをデジカメで撮り、デジカメ内に収めていく。
途中で何となく面白くなったのか、マリオンは必要のない場所の物までも次々デジカメに収めていくようになった。
「――はっ!」
鎮が体を硬直させ、そして次いで威嚇の姿勢を取る。
「いたぞ、いたぞ……っ」
「今はとまっているのですか?」
マリオンは――自分用飲み物を飲みながら小さく問う。
「ううん、止まってない。どこかに向かってる――って、」
鎮は目を見開いた。「ハムスターの方に向かってる……!」
ハムスターの匂いの傍には、幸いもう凪砂や紫桜の気配がしている。しかし、猫をハムスターのいるところへ行かせては何が起こるか分からない――
かまいたちは本領を発揮した。風を生み出し、それに乗って――翔ける。
「行かせないからな……っ!」
鎮の起こす風はそれほど速くはない。けれど猫なら追い抜ける。
いたちは翔けた。イヅナを乗せ、翔けた。マリオンを置いてけぼりにして翔けた。
そして――
【合流】
「うわっ!!!」
突然向かってきた突風のような何かに追突され、紫桜はあっけなく辺りの物の山につっこんだ。
「いった〜……」
突風だと思ったのは、かまいたちの本領を発揮させていた鎮だった。
「痛いよっ! あんた、そんなとこにいないでよっ!」
「む、無茶なことを言わないでください……」
物の山にむちゃくちゃなつっこみ方をした紫桜は、立ち上がるのに苦労しながらうめくように反論する。
「ああ……そこには素敵な置物がありましたのに……」
凪砂が嘆いている。その彼女が両手で包むように優しく抱いている存在を見て、
「あっ!」
鎮は慌てて、いたち姿から人間へ変身した。
いたちはハムスターにとっては天敵。姿を見せてはいけない。
人間に戻って、鎮は凪砂に駆け寄った。
「見つかったんだ……! でも、弱ってる……?」
「ええ、でも水は少しずつ飲んでくれています」
「良かったあ……!」
鎮は満面の笑みを浮かべ、ハムスターをのぞきこんだ。
「あ、ジャンガリアンハムスターだ。むうっ。予想がはずれちゃったぞ」
「でも、かわいいじゃないですか」
凪砂が微笑む。
「当然!」
鎮が大きくうなずいた。
ようやく立ち上がった紫桜が、二人の様子に笑みを浮かべる。
「お忘れなのですよ〜」
ふと、マリオンの声がした。
なぜだか声のした方角にある物がことごとくなくなっていく。そして、小柄な少年がのんびりとやってきた。
片手にデジカメ、片手に猫用かご。
「猫さん、わりと素直につかまってくれたのです」
にこりと笑ったマリオンの笑顔が、何となく怖い。
……もしやあのデジカメを利用して猫を捕獲したのではなかろうか。
「猫は元気なようですね」
かごの中でがりがりと暴れる様子を見ながら、紫桜がほっと安堵の息をついた。
「猫さんの餌も放り込んでおいたのですけど。やはり壷に閉じ込められっぱなしのストレスがたまっているのですねえ」
かごを引っかく猫をのぞきこみ、しみじみとマリオンがつぶやいた。
「では、あとは――」
ハムスターも優しくケージに入れて、凪砂があたりを見渡した。「ここから出ることですね」
「先ほど、壁のような部分に触りました。ここは、全体的には壷の中と同じなのかもしれないのです」
マリオンの言葉に、
「ああ、だから内側から壊すことができるわけですね」
と、紫桜がうなずいた。
「何とか……壊さない方法を考えたいんです」
凪砂の声は切実だ。よほどこの壷が気に入ったらしい。
マリオンが相変わらず次々とまわりの物をデジカメに収めて、周囲の視界を広くする。
見えるのは永遠の薄暗がり。壁と見えるものはなかったが――
紫桜が、慎重に手を前に出しながら前に進んだ。
そして、数m先で、ふと止まった。
「ここにあります」
壁をさぐりながら――はたから見ているとパントマイムだが――紫桜は報告した。
「出る方法、思いつきますか? 私たちが餓死する前に」
マリオンは少しばかり残酷に凪砂に問う。
凪砂はうつむいて、ハムスターを入れたケージをぎゅっと抱きしめた。
「では諦めて、壁を壊すのです」
そう言って、マリオンはデジカメの中から――金づちを数本取り出した。
紫桜がまっさきにそれを一本受け取る。
「わ、私は……」
ためらう凪砂に、「凪砂さんは無理することはありませんよ」と紫桜が優しく言った。
「………」
「何なら向こうを向いて耳をふさいでいたら、壊れる様子も分からずにすみますし」
「紫桜さん……」
傍らでは鎮が、再びいたち姿に変身していた。
「俺、腕力ないからさ、金づちより体当たり!」
「そうですか。では、三人でやるのです」
マリオンも金づちを構えた。凪砂は、紫桜の言うとおりに背中をむけ、耳をふさいだ。そして、
「せーの……っ!」
【エンディング】
気がつくと、そこはアンティークショップ・レンの店内だった。
「出られましたねえ」
マリオンがのんびりとメンバーを確認する。
おそらく一番壁を破る力が強かっただろう紫桜には、何の問題もなさそうだ。
いたち姿の鎮は頭を抱えていた。
「……ちょっと痛い」
頭から追突したのだろうか。
凪砂はハムスターのケージを抱えたまま、ぼんやりと足元を見つめていた。
……粉々に砕けた壷。
「ああ……素敵な壷だったのに……」
「元気を出してください、凪砂さん。仕方なかったんですよ」
紫桜が一生懸命慰めようとする。
人間姿に戻った鎮は、ハムスターのケージを凪砂から受け取ると熱心に見つめ始めた。
蓮が眉をひそめる。
「ちょっとアンタたち、タペストリはどうしたんだい」
「そうなのです」
とマリオンが、すまし顔で「凪砂さん」と傷心の女性を呼ぶ。
凪砂はゆっくりと、顔を彼のほうへ向けた。
「壷は残念でしたけど、これでどうですか」
と、デジカメから彼が取り出したのは――
凪砂の顔が一気に輝いた。掛け軸、陶器、置物に彫刻。珍しい織物――もちろん蓮の店のタペストリも。
「全部、デジカメに撮っておいたのです」
マリオンが微笑んだ。金の瞳が優しく輝いた。
「素敵……! 素敵すぎます……!」
凪砂は床に並べられた物を前に、抱きつかんばかりに喜んだ。
その姿にほっと息をついた紫桜は、ふとカリカリという音に振り向く。
マリオンが床に置いた、猫のかご。周囲を引っかく野良猫の姿。
「俺は、こいつの里親さがしてみます」
「へえ、あんたって優しいんだねー」
猫には敵対心丸出しだった鎮が、感心したように言った。
「でも、俺はこの子が早く元気になりさえすればいいや」
とハムスターケージにすりすり頬を寄せる。イヅナはやきもちをやいたのか、鎮の服をくわえて引っ張っていた。
良かったのです、とマリオンが微笑んだ。
「ハムスターも無事、猫も無事、凪砂さんも喜んで――一件落着なのです」
見ていた蓮が、満足そうな顔で、煙管から煙をぷかりと吐き出した。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1847/雨柳・凪砂/女性/24歳/好事家(自称)】
【2320/鈴森・鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手】
【4164/マリオン・バーガンディ/男性/275歳/元キュレーター・研究者・研究所所長】
【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】
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■ ライター通信 ■
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鈴森鎮様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびは依頼に参加してくださりありがとうございました!
鎮くんは設定や性格、すべてとても大好きで書きやすく、嬉しかったです。
(なお、ハムスター探索隊の動きはそちらのキャラクターさんの納品物にありますので、よろしければご覧ください)
書いていてとても楽しかったですv
またお会いできる日を願って……
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