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<東京怪談ノベル(シングル)>


北風と太陽と


 十二月に入って間もない、日曜日。
 うららかに晴れた午後だった。
 鈴森家の居間の扉が勢い良く、音を立てて開いた。
「きょっうっのっ、おやつはー、どうぶつどうぶつ、動物ビスケットー」
 CMソングを歌いながら、キッチンより踊り入って来たのは、留守番中の三男坊、鈴森・鎮(すずもり・しず)である。手には、いかにも子供向けの派手な色使いで『動物ビスケット』とロゴの入った箱。
「シマウマ、ライオン、キリンさん〜」
 動物ビスケットの箱を、鎮は歌いながら片手で掲げた。箱の角を掌に乗せて、器用にバランスを取っているその上に、円らな瞳の小さな獣がピョイと飛び乗った。
「気分はすっかりサファリですー」
「キュ!」
 白鳥の湖よろしく、鎮が片足立ちでポーズを決めて歌い終わったのにあわせ、ふわふわの獣はビスケット箱の角の上に逆立ちする。共にぴるぴると震えつつ、そのバランスを数十秒間保ち。
「よっし、決まったな、くーちゃん!」
「キュゥ〜」
 鎮はペットのイヅナ、くーちゃんと共に額の汗を拭った。彼らなりの遊びであった様子である。
「いい汗かいたし、おやつにしようぜ」
 と、居間のテーブルの上におやつタイムの準備を始めた鎮は、テレビのリモコンの下にメモ用紙が置いてあるのに気付いた。
「んー? 何々……現在石油の価格が高騰中。ストーブは使用禁止のことォ?」
 読み上げて、鎮はリビングの一隅を見た。そこには、先日木枯らし一号の吹いた折に物置から出してきた石油ストーブが鎮座している。ご丁寧なことに、そのスイッチ部分にも赤で×印の書かれたメモ用紙が貼り付けてあった。
「でも、まあ、まだストーブは贅沢かなあ」
 テーブルの前に脚を投げ出して座ると、ビスケットの封を開けながら、鎮はテレビのスイッチを入れた。ちょうど、天気予報が流れていた。
 ――天気は良いでしょう。しかし夕方には冬型の気圧配置が強まり、北から寒気が流れ込んで来る予想です。夜は今年一番の冷え込みに――
 思わず、鎮は窓の外を見た。良い天気だったが、日差しの色は淡い。ご近所の桜並木の、真っ赤に染まった葉っぱが散らされている様子からして、風は強いようだ。
「冬かあ……」
 鎮が呟いたとき、太陽に雲がかかった。リビングに差し込んでいた陽光が弱まり、その途端、窓ガラスのほうから冷たい空気が流れてくる。風は入ってこなくとも、冷気は伝わってくるのだ。
 先ほどのダンスで温まった体が冷えるのに、そう時間はかからなかった。
「寒!!」
 ビスケットを置いて、鎮は立ち上がった。向かうのは、ストーブの許である。
「……あるんだから、使わなきゃむしろそっちのが勿体無いよな、うん。それにちょっとくらい使ったってバレな……」
 反抗期の子供らしい屁理屈を唱えて、×印のメモ用紙を引っぺがすと、その下にはもう一枚、紙が貼ってあった。今度は×印の上に更にあっかんべーのイラスト、そして『灯油の残量はメモ済み』との文字入りである。
「…………バレるかー……」
 鎮は脱力した。かくなる上は、他の手段で暖を取るしかあるまい。
 居間のクロゼットを開いて、鎮はその中からホットカーペットを引っ張り出した。文字通り引っ張り出したので、クッションやソファカバーの予備やなんかが雪崩れ落ちたが、そんな細かいことに構わず、鎮はカーペットのプラグをコンセントに挿した。
 ホットカーペットとはいえ一人用の座布団サイズのもので、去年試しに購入したもののあまり使わなかった代物だ。
「おおっ、あったかい! いいねいいね! これ、なんですぐ仕舞っちゃったんだっけ?」
 カーペットの上に座って、鎮は目を輝かせたが、何故これをあまり使用しなかったのか――理由はすぐにわかった。
「そうだよ、お尻の下しかあったまらないんだよコレ!」
 冷える膝を擦りながら、鎮は再び立ち上がった。
「キュ??」
 くーちゃんは、暖かいカーペットの上で長くなっている。そうだ、と鎮は思った。ホットカーペットは、接触面が広いほど快適だ。くーちゃんと同じように寝転がってみればどうだろう。
 思い立ったが早いか、鎮はくるりと身を翻し、鼬(いたち)に姿を変えた。鎌鼬である鎮の持つもう一つの姿が、この茶色い毛並みの鼬だ。この格好ならば、座布団サイズのカーペットの上でも、広々と横になることができる。
「ふぃー! あったかいなあ、くーちゃん!」
 くーちゃんの隣で仰向けに寝転がって、鎮は再び目を輝かせた。
「背中はあったまったから、次はお腹ー」
 次は腹ばいになって目を細め。
「今度は背中が寒くなってきたなあ」
 再び仰向けになり。
「やっぱりお腹も寒いな」
 とこの調子でひっくり返るのを数回繰り返してから、鎮は飛び起きた。
「……って、クルクルコロコロ、俺は七輪で焼かれてる秋刀魚(さんま)か何かか!」
 ピシン!と尻尾で床を一叩きして、鎮は人間の姿に戻った。
 触っていなければ暖かくなれないのが、ホットカーペットの弱点である。しかも、温まったぶん、離れたときにはより寒さを強く感じてしまうものだ。
「ダメだ。ホットカーペットはストーブと一緒に使うもんだよ!」
 カーペット作戦が失敗に終わり、鎮はせめて体を温めようと、ホットミルクを作ってきた。
 天気予報のとおり、時間が過ぎるにしたがって刻々と気温が下がっているのを感じる。なんとか寒さをしのげないものか。
 マグカップの中の温かいミルクを舐めるように啜りながらビスケットを口に運んでいた鎮は、ふと、その形に注目した。
 さっきつまみ上げたのは、小さな体に大きな尻尾のついた形。quirrelと書いてある。りす、だ。
「リスって、冬眠するんだよな」
 学習番組で見た映像を思い出した。落ち葉や綿毛や羽毛を巣穴の中に集めて、リスは冬を越すためのベッドを作る。ごはんのドングリもいっぱい貯めて、春までウトウト眠るのだ。
「これだあ!」
 鎮は行動に出た。
 まずは、家中からクッションを集めてきた。先ほどのカーペットの上にそれを積み上げる鎮を、くーちゃんが見上げている。
「あったかいベッドを作るんだよ!」
 言った、鎮の手にはフリースのひざ掛けがあった。仕上げに、クッションの屋根の下にそのひざ掛けを詰め込むと、鎮は再び鼬の姿になる。
 そして、クッションの山の中に飛び込んだ。巣穴作りよろしく、フリースの中をモコモコと掘り進めている。ややあって、クッションの隙間からピョコンと顔を出した。
「くーちゃんもカモン!」
 鎮のやりたいことがやっと伝わったのか、くーちゃんも巣穴作りに加わった。
 崩れないよう、折り重なったクッション同士のバランスを取りつつ、風が入らないように隙間は徹底的にふさいで。
 最後に、テレビの視聴できる方向に出入り口の穴を空けて。
「でーきたー!!!!」
「キュキュー!!」
 完成した『巣』を前に、二匹はふんぞり返った。
 もちろん、次にしたことは、おやつと飲み物、それとテレビのリモコンやマンガ本などを巣の中に持ち込むことだ。
「これならこの冬、ストーブなんかなくてもすごせるぜ!」
 フリースの中でくーちゃんと身を寄せ合いながら、俺ってあったまいーい、と、鎮はすっかりご満悦で、実際この日の夜まで、寒さ知らずの快適さを満喫したのだった。


                 +++


「ひっでえ! 折角作ったのに!!」
 翌日の朝、鎮は昨日作った巣がすっかり片付けられたことを知って膨れ面になった。
 撤去理由は、邪魔だから!という、まことにごもっともなもの。
 その上、フリースやクッションをビスケットの食べかすだらけにしたことと、テレビのリモコンを行方不明にしたこととでがっつり叱られた。
「ストーブ使うなって言うから、知恵しぼったんだぜ!?」
 膨れっ面のまま、鎮はランドセルを背負って家を出た。
 しかし帰って来た彼は、リビングに鎮座する、日本の冬の代名詞――コタツと、その上に乗っているミカンを見てあっさり機嫌を直すこととなる。
 なんだかんだ言って可愛がられている、三男坊とそのペットなのであった。



                                                     END







<ライターより>
 いつもお世話になっております。
 フリース、暖かいですよね。ふわふわの生き物といっしょにくるまったら、幸せになれること間違いなし!と思いながら書かせていただきました。
 人間サイズでも鼬サイズでも、どっちの鎮くんでも入れる巣を想定したのですが、ニュアンスを間違っていたら申し訳ありません。
 最後は、巣は撤去されたものの、代わりにコタツを出してもらえたというオチにしてみました。
 暖冬暖冬といわれても、やっぱり冬は寒いですよね;;
 暖かいお言葉、嬉しかったです!
 空気も乾燥しますし、忙しい年末に向けて風邪などひかないよう、お気をつけください。
 では、ありがとうございました! またの機会がありましたら幸いに思います……!