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<東京怪談ノベル(シングル)>


わたし の なか


 しずか。
 ねむい。
 たいくつ。
 しずか。しずか。しずか。とてもしずか。……あ、だれかくる。だれか。
 ……。
 なあんだ。いっちゃっ、た。
 しずか。

 そう、私の毎日はこのくりかえし。とてもとてもしずかな地下室で、だれかが来るのを待っているの。だって、とてもたいくつなんだもの。ひまでひまで、ちょうつがいがさびちゃいそう。首がだるいの。うでが痛い。私はこうして、ただ立っているだけのものじゃないはずなのに。
 そう、私は使われていなくちゃならないの。私は仕事がほしいのよ。かんたんな仕事だけれど、あの仕事があるだけでも、私にはここにいる意味があるっていうことになるから。でもどうして、いつから、私はこうして『考える』ようになったのかしら。
 そう、気がついたら私は、『気がついていた』の。うす暗い、じめじめした部屋の中で立っていた。口の中に、まだほんのすこしだけ、血の味がのこってる。気がついた私がはじめにしたことは、『目』をあけて、部屋の中を『見る』ことだった。
 部屋の中には、おともだちがたくさん。
 鳥かごさん。いすさん。木馬さん、野うさぎさん、くもさん。ああでも、水車さんはかわいそう。部屋に入りきらなかったから、まっぷたつにされてる。
 みんなしゃべってくれない。『見る』ことができるのも、『しゃべる』ことができるのも、私だけ。……私だけ、私だけ。私はひとりぼっち。たくさんのおともだちは、だまってる。
 だからこの部屋は、とてもしずか。
 ああ、みんな、しゃべってくれたらいいのに。しゃべってくれたらもっとうれしいのに。きっとみんなしゃべれるのにだまってるんだ。私みたいに。
 そう、私はしゃべらない。しゃべれるのにしゃべらないの。私には、『ちえ』までついていた。私は、しゃべらないほうがいい。なぜか私は、それを知ってる。
 だまって、このしずかな部屋で、おともだちといっしょに立っていればいいの。そうすれば、私たちはきっと、ずっといっしょ。ずっと、ここにいられる。ばらばらにされて捨てられることもない。
 でも、とてもとてもたいくつだったから、私は『思いだす』ことにした。
 いつから私はここにいて、どうしてこんなふうに、おともだちといっしょにかざられているのか。私はどういうものだったのか。『口』の中にのこるこの味は、どうして血の味なのか。
 どうして私は、これが血の味だって知っているんだろう――。
 でも、思いだすのはとてもかんたんだった。


 アイアン・メイデンって、呼ばれていた。
 鋼鉄の処女、って。
 私をいつもみがいている人がいて、そのみがいている人に命令してる人がいて、私を使う人がいた。
「蝶番に油をさしておけ」
「おや、こいつを使うんですかい」
「そうとも、明日だ」
「そいつは楽しみですなあ」
「後始末もしっかり頼むぞ」
「へえへえ、お任せください」
「しかしなあ」
「はあ?」
「いくらおまえに丁寧に拭かせても、すぐに錆びてしまうんだ」
「それも仕方ありますまいて」
 ああ。そんなにうでを、引っぱらないで。
「流れる血が多すぎますからのう」
 引っぱらないで。引っぱらないで……あ、あ、ちょうつがいが、こわれちゃう。
 明日は私のでばんなんでしょう。どうか私をこわさないで。私もたのしみなの。だからどうか、どうか、パーティーに行かせて。私を使って。私といっしょにたのしんでほしいの――。
 そのとき私は、そう『思っていた』。
 私はろうそくの明かりの中で、パーティーにつれてこられた女の人や、男の人を抱きしめてあげる。それが私の仕事。抱きしめて、づぶづぶって抱きしめて、きゃああ、ぎゃああ、そんな歓声といっしょに立ちつくすの。それが私の仕事。鋼鉄の処女のお仕事。
「さあ。明日は宴だぞ……」
 ちょうつがいをみがいてくれる人が、くくくって笑うの。
 だから私も、笑うのよ。きいきいきい、かたかたかた、きしきしきし……うふふふふ、って。
 私といっしょに立ちつくす人も、みがいてくれる人も使う人も、私のもち主さんも、むらさき色にそまってた。パーティーがはじまれば、まっかにそまるけれど、私の世界がむらさき色にそまってるのは――私の『目』が、アメジストでできているから。
「さあ。宴の間、おまえは笑え。その紫水晶の眼で見つめよ。その笑みを絶やすな。おまえは笑って、抱きしめるだけで良いのだ」




 でも。

 いつからか。

 しずかなしずかなまいにちがつづいてるの。

 いろんな人たちの声が、ときどききこえてくるだけ。私といっしょにおどってくれる人が、いなくなった。口の中にのこる血の味が、とてもとてもざんこく。
 私は、たいくつだったから、このうす暗い部屋にたまにやってくる人たちの話をつないでみた。
 ここは古いお城を改ちくしたホテル。
 この部屋は、にせもののごうもん部屋。じっさいに使われることはなくなったごうもんきぐを集めて、おきゃくさまに見せているの。でもこのお城は山の中にあるし、こんなごうもん部屋もあるし、お城のもち主だったりょう主さまがへんな死に方をしたせいで、あんまり人気がないみたい。
 ああ。だからこんなに、しずかで、たいくつ。おしゃべりの相手もいないのね。
 しずかでたいくつ。
 私は、ねむる。
 なんにもすることがないから……ねむるしかないの。


 *ねえ…… ねえ…… ねえ…… きて……
 *わたしの なかに。
 *おいでよ…… ほら…… だきしめてあげる。
 *わたしの なかで おどりましょう。
 *きて…… きて…… ほら…… みて……
 *とてもとても たのしいから。


 私の中で、ぐるぐるぐるぐる、歌がまわる。私は、歌っているのかしら。ときどきごうもん部屋におりてくる、ホテルのおきゃくさんに、歌ってあげているのかしら。どうして私は、そんなことをしているの……? ねむっていれば、ゆめの中で、ずっとパーティーをしていられるのに。
 私は、なにを『のぞんでいる』の?
 いくら歌っても、おきゃくさんが私のこえに、気がつくはずなんかない。だって私は、鋼鉄の処女。私は人間じゃない。わたしはしゃべらない、歌わない、うごけない、かんがえることだってできない。なのになぜ、私はねむりながら歌っているの?





 また私は、『気がついた』。

 それから私は、また『思いだす』。

 私のからだはうごかない。
 ぼくしさんがきて、私のうでをくさりでしばって、じゅうじかをくさりに打ちつけていった。大きな男の人たちが、しばられた私を木のかんおけに入れた。ふたが閉められて、ごとごと、どこかにはこばれた。目をあけてもなんにも見えない。歌おうと思ってもくちびるがうごかない。
 ああ。
 そう、私は歌で、人をさそってしまったの。すてきなパーティーによんでしまった。だまって立っていなくちゃこわされて捨てられてしまうかもしれないのに。ふつうの人なら聞こえないはずの私の歌が、聞こえてしまった人がいたのよ。だから私は、かれを抱きしめようと思ったの。ぎゅうって、ああ、いつかのように。ああ、すてき。ああ、ああ……ああ。
 せめておねがいするんだったわ。血がいっぱいながれたそのあとは、私のちょうつがいをちゃんとふいて、って。かけつけてきたけいび員さんにでも言えばよかった。うんよく助かった、私のパーティーの相手にも。ぼくしさんにも……私をはこんだ人にも。
 うふふふふ、でも、いいわ。わたしはばらばらにされなかった。どうしてかしら。うれしいな。よろこばなくっちゃ。
 しばらくは、『思いだす』だけでたいくつしないもの。

 しずか。
 なんてすてきなげんじつかしら。
 しずか。
 また抱きしめてあげる。
 しずか。
 思い出の中で、なんどでも。




〈了〉