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The light of the Noel
招待状に記されていた地図を辿り来てみると、そこは確かに森だった。
ただし、規模としては決して大きくはないものだ。だが民家が密集している場所から離れ、――いや、しかし、決して交通の便が悪くなるわけでもない。そう、人々の記憶から、ひょいと取り除かれてしまったかのような、そんな場所だ。
夜の風がさわさわと木々を撫でて通り過ぎ、時折車のライトが通り過ぎていく。
どことなく、不思議な空気を漂わせているその場所に、その建物はひっそりと佇んでいた。
「う、わあ」
案内されたリビングルームを前に、弓月は感嘆の息を吐いた。
部屋の中は派手な飾り付けがなされているわけではないが、それとなくクリスマスの色があしらわれている。しかし一目でそれと分かる高価そうな木材が用いられ、壁材もまたあまり目にした事のないものが使われている。
「弓月クン以外の皆は、まだこれからお見えになるみたいですねえ。まあ、お茶でもお出ししますよ。外は寒かったでしょうし」
リビングのドアを押し開けたまま、詫助がやんわりと微笑みを浮かべた。
弓月は、しばし驚きに目をしばたかせていたが、やがてふいと目を持ち上げて、詫助の顔を真っ直ぐに見遣る。
「ええ、そうなんですよ。なんか今日なんか今年一番の冷えこみだとか言って――――あ、でも、この辺の森って、オバケとかいないんですね。私、もしかしたらオバケとかいるんじゃないかなんて思って、森の中をあちこち回ってきたんですよ。おかげでもう、冷えちゃって冷えちゃって」
そう返して両手をひらひらと動かしてみせる。
詫助は驚いたように目を見開いて、まじまじと確かめるように弓月の全身を見つめる。
「え、この森をですか? その、ひとりで?」
「ええ、私ひとりで! だって、妖怪さんとかいたりするかもしれないし。ほら、サンタさんとかいるかもしれないじゃないですか」
何の躊躇もなくそううなずいた弓月に、詫助は弱々しく笑いかけた。
「連中は今日は来てませんよ。ああ、でも、四つ辻からひとり、珍しい人がいらしてますけれどもね」
「え、珍しい人ですか? え、誰だろう。私の会った事のある人ですか?」
「いや、弓月クンは多分会った事はないかな……うん、まあ、とりあえずどうぞこちらへ。田辺クンを紹介しますよ」
「田辺さんって、あのパティシエの田辺聖人ですよね! キャー、私、学校の友達みんなに自慢しなくっちゃ!」
「ハ、ハ。弓月クンは面白い方ですねえ」
「俺ん家ってさ、洋菓子なんて滅多にお目にかかれないわけ。ほら、兄貴がこんなじゃん。ふたりだけでクリスマスなんつったら大変でさ。ありゃクリスマスなんて言えたもんじゃねえっての」
ショートケーキのいちごをフォークで突き刺して、北斗がしみじみと頬を緩めた。
「あ、ふたりってやっぱり双子なんだ? そうだよね、顔とかそっくりだもん」
北斗の隣で弓月が大きくうなずく。その手にはマロンを用いたモンブランののった皿がおさまっていた。
それを、テーブルの端でプディングをつついていた啓斗が睨みやる。
「クリスマスにはきちんとした料理を並べているだろう。ケーキだって、おまえのためにわざわざ作って」
「あれがケーキと呼べるようなもんかよ、兄貴!」
啓斗の言葉をさえぎって、北斗が大きくかぶりを振った。
「ほう、啓斗はケーキを作れるのか」
「すごいじゃないですか。ケーキなんかそうそう作れるものじゃあないですよ」
田辺と詫助の、どこかのんびりとした声に、北斗は皿の中のケーキを一口に食し、言葉を返す。
「いやいやいや、ケーキっつうかカステラ! 買ってきたカステラにロウソク立ててクリスマスをあしらってみました的なもん! あれをクリスマスケーキと呼ぶなら、このケーキはおケーキさまさまだ!」
ふたつめのケーキとしてモンブランを皿に取りつつ、北斗はそっと目尻を拭いた。
「……いやでも俺は生クリームが苦手だと……」
ぼやきつつ、テーブルに並んだ料理の品々を見渡して、啓斗は静かに田辺を見遣る。
「洋菓子職人はケーキしか作れないものかと思っていたが……」
「ああ、まあ、こういったオードブルなら、一通りはな」
啓斗の言葉に得意げに胸を張ってみせる田辺の横で、弓月がふと真言に視線を向けた。
「あの、真言さん、さっきからなんでそんなにきょろきょろしてるんですか?」
「――――え? あ、ああ、いや、なんでもない」
弓月の言葉通り、真言は確かにどこか落ち着かないような態度で周りを見回したりしていたが、手に持っていたグラスを空けて小さな息を吐いた。
「何かお探しですか?」
からになった真言のグラスに二杯目のワインを注ぎいれながら、詫助が穏やかに口許を緩める。
真言は軽くかぶりを振ってから、再び周りに視線を巡らせた。
「……いや。……そういえばあんたも四つ辻の人なんだよな」
「え? ああ、そうですよ。……おや、もしや会いたい相手でも?」
詫助の表情がやわらかな笑みを浮かべる。真言は詫助の顔にちらと一瞥すると、否定するでもなく、自分の皿に取り分けられたサーモンを口に運ぶ。
「四つ辻って、詫助さんとか妖怪さん達がいるとこですよね? 真言さんも行った事あるんですか?」
「え、なに、よつつじってどこ?」
弓月と北斗が口を挟み、顔を覗かせる。
「ええ、何人かおりますよ。ええと、真言クンが四つ辻で会ってらっしゃるってのは」
首を捻り湯呑を口に運ぶ詫助に、真言は少しばかり慌てて顔をあげた。
と、
「……あ」
啓斗が一言そう口にして、リビングのドアの方へと目を向けた。自然、他の皆の視線もそちらへと寄せられる。そして
「立藤……!?」
弾かれたように、真言が椅子を転がしつつ立ちあがる。
ドアの前に立っていたのは、およそクリスマスという場には似つかわしくない風体の女。
「うお、花魁じゃね!?」
飲んでいたジュースを噴き出し、北斗が口を拭う。
立藤はしゃなりと首を傾げると、双眸をゆらりと細めて笑みを浮かべた。
「おや、真言クンのお相手は立藤でしたか」
詫助がのんびりと微笑むその横を、真言は少しばかり急ぎ足で過ぎていく。
「……驚いたな」
「なにがでありんすか?」
「いや、あんたがこういったところに出てくるとは思わなかったから」
真言の言葉に、立藤は肩を竦めてふうふと笑う。そしてその視線を真言の向こうへと向けると、ゆっくりと歩みを進めた。
「こっちの坊(ぼん)等と娘御とは初の御目文字でありんすね」
しゃなりと首を傾げる立藤に、視線を奪われていた弓月が小走りに駆け寄る。それに続き、北斗もまた立藤の前へと近付いた。
「私、私、弓月っていいます。うわあ、花魁さんと会えるなんて感激です!」
「うわ、すっげ、マジで本物だよ」
目を輝かせる弓月の後ろで北斗が立藤の顔をじろじろと確かめる。
「で、真言とはどんなご関係で?!」
そう言葉を続けながらスプーンをマイクに見立てて立藤に向ける北斗の頭を、すかさず啓斗がパカンと叩いた。
「阿呆、それは無粋というんだ」
ぼそりと告げつつ、弟を殴った手の平を軽く振る。殴られた弟はといえば、うずくまって頭を抱え、恨めし気に啓斗の顔を睨みあげていた。
立藤はふたりのやり取りを眺めてやんわりと目を細め、ついとテーブルへと歩み進めた。
「おまえの口に合うようなものがあれば取り分けてやるが」
田辺が皿を一枚取って話しかける。それを受け、立藤はテーブルを指差しながら時折うなずいたりして言葉を返す。
そのやり取りを言葉なく見守っている真言の傍らに近寄った弓月が、真言の顔を見上げながら頬を緩める。
「行ってきたらいいじゃないですか! ガッツですよ、真言さんっ」
ガッツポーズを取りながらそう笑う弓月を、真言は「いや、別に」などと言いながら見遣ったていた。が、しばしの後、意を決したように立藤の傍へと近付いていった。
「あー、青春ってやつだよね」
まだ痛む頭を撫で付けつつ、北斗がにやりと笑みを作る。
「いやいや、きみ達も若いんですから」
詫助がやんわりとした声で苦笑いを浮かべた。
「あ、そういえば」
食事を続けていた手を止めて、弓月はしばし首を傾げた。
「私、ケーキ作ってきたんだった!」
そう言いつつ、口の中のものを飲みこむ。
「ああ、あの袋は何が入ってるんだろうと思ってましたが。ケーキを作ってらしたんですか」
軽く手を打つ弓月の後ろから顔を覗かせ、詫助がうんうんとうなずいた。
弓月は肩越しに振り向いて詫助の顔を見遣ると、ほんのりと頬を紅く染め、双眸を細ませる。
「手ぶらっていうのも失礼かななんて思って。――――あ、でもパティシエ界のアイドルの田辺さんに食べてもらうのも、なんだかアレかな」
「アイドルって」
詫助がくつくつと笑い、
「田辺クンが聞いたらきっと怒りますよ」
低く笑いながら弓月を見遣り、眼鏡の奥の両目をゆったりと細ませた。
弓月もまた小さく笑い、軽く髪を撫でながら、詫助の顔を上目に確かめる。
「美味しいって思ってもらえたら嬉しいんだけど……」
ぼそりと呟く言葉に、詫助はしっかりとしたうなずきを返した。
「弓月クンが作ってくれたものなんだから、美味しくないわけありませんよ」
「あ、あの、ホントは」
返されたやわらかな笑みに心を励まされたように、弓月は声を弾ませて詫助の顔を見上げる。
「ホントは、妖怪さん達も来てるのかなって思ったんです。私、こう見えても少しはお菓子作れたりするから、妖怪さん達の口にも合えばなあなんて」
告げながらほんのりと顔を紅くする弓月の表情を確かめながら、詫助の手はケーキがおさまっているという箱の包装を解き始めていた。
「ああ、じゃあ、このケーキは半分残して連中への土産にしましょうか」
「テーブルの上のお料理も! あの、タッパとかに取り分けて! どれもすんごい美味しいから、全部ちょっとづつ!」
間を挟まずに返した言葉に、詫助はしばし驚いたように目をしばたかせる。が、すぐにまた満面の笑みを浮かべてうなずくのだった。
「分かりました、約束しましょう。――ああ、美味しそうなレアチーズケーキだ。さっそく田辺クンに取り分けてもらうとしましょう」
そう述べて田辺を呼び招き、弓月が手掛けたブルーベリー入りのレアチーズを手渡す。
そして、それを手渡された田辺がキッチンへと戻っていくのを確かめた後、思い出したように手を打った。
「――ああ、そうだ。弓月クンのお心へのお礼とまではいきませんが」
やんわりとした口調でそう述べて、懐の中から箱をひとつ抜き出す。
「……? これは?」
促され、包装を解いて開く。そして箱の中を確かめた途端、弓月は小さな声をあげた。
中におさめられていたものは、オレンジ色をしたインテリアランプだった。
「これ、知ってる。確か岩塩で出来たランプだったはず! なんかマイナスイオンとかわらわら出てるやつですよね」
「そうみたいですねえ。まあ、お気に召していただけると嬉しいですが」
やんわりとした笑みを浮かべる詫助に、弓月は満面の笑みをもってうなずいた。
「食事もあらかた終わったな」
田辺はあいた皿を片付けながら、入れ替わりにプディングをテーブルに運ぶ。
「これだったらおまえも食べられるだろ?」
そう続け、啓斗を見遣る。啓斗はしばし思案した後にうなずいた。
「多分……大丈夫だと思う」
「これって確かブランデーを燃やして食べるやつですよね!」
弓月が目を輝かせる。
「え、燃やすの? これを? もったいねえじゃん」
北斗がぶんぶんとかぶりを振る。田辺が苦笑しつつ、カルヴァドスを揺らした。
「プディングは食す前に再び蒸すもんだ。だがその代わりに、こうやって火を点けて温める」
言いながら、プディングにカルヴァドスをかけて火を点ける。途端に香り高い炎が立ち昇った。
「こうやって食うのもアリだ」
アゴを撫でる田辺の言葉と同時に、歓声がリビングに響き渡る。
「綺麗! 私、こうやってプディングに火をつけるの、初めて見ました!」
弓月があげる歓声を耳に、真言は横にいる立藤に目を向ける。立藤もまた真言を見上げ、にこりと頬を緩めた。
「今度うちでもやろうぜ、兄貴」
「……いや、さすがにここまでは」
北斗の言葉に、啓斗が低い唸り声をあげた。
「さあ、それじゃあ、また乾杯し直しましょう」
詫助がやわらかな笑みと共にグラスを掲げ持った。
Please pass good Christmas
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター】
【5649 / 藤郷・弓月 / 女性 / 17歳 / 高校生】
NPC:田辺聖人、詫助、立藤
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■ ライター通信 ■
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クリスマスをテーマにしたゲームノベル、お届けいたします。
今回のゲームノベルは総勢8名のPCさまが参加してくださいました。ありがとうございます。
一覧をご覧いただければお分かりのように、8名さまをふたつのグループに分け、描写させていただいております。。
この際、相関と、これまでのノベルでの描写等を参考にさせていただきました。
また、ノベル中でNPCから贈らせていただきましたプレゼントは、アイテムとしてお渡しさせていただきました。お気に召していただけましたら幸いです。
>藤郷・弓月さま
いつもお世話様です。
今回のノベル中では妖怪達の出番はありませんでしたが、その代わりといってはなんですがNPC3人との絡みを少し描写させていただきました。少しでもお楽しみいただけていればと思います。田辺との絡みも考えましたが、過去のノベルを参考に考えまして、今回は詫助との絡みをメインとした場面を多くさせていただきました。
また、プレゼントとして贈らせていただきましたランプですが、特殊な能力などはありませんが、弓月さまのお部屋の片隅にもで飾っていただければ。
それでは、またお会いできることを祈りつつ。
よいクリスマスをお過ごしください。
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