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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


【ロスト・キングダム】火車ノ巻

「あのー、すいません」
 因幡恵美が顔を上げると、そこには全身黒ずくめの男が立っていた。
「……なにか」
「こちらに、村雲翔馬さんという方がお住まいだと聞いたのですが」
「ああ、村雲さん? ええ、寒椿の間ですね。あ、でも、今、お留守みたいですよ?」
「そうですか……」
 男はちょっと考え込んでから、恵美に名刺を差し出して言った。
「私、こういうものなのですが。私が訪ねていたことだけでも、お伝え願っていいでしょうか」
「はあ……それは構いませんけれど……」
 恵美は、名刺に目を落した。

  宮内庁 長官官房秘書課 第二調査企画室・調伏二係
  係長  八島 真

 宮内庁の役人が、何の用向きだろうか。
 恵美は、不思議そうに、黒服・黒眼鏡の男を見返したが、相手の表情さえ、うかがい知ることはできなかった。

  *

「あ、村雲さん」
 その日の夕方。あやかし荘に戻ってきた翔馬をつかまえ、恵美は昼間の訪問者のことを、彼に告げた。
「この人が……俺に」
 名刺をしげしげと眺めながら、翔馬はちょっと複雑な顔をしていた。訪問者に心当たりがあるともないとも、その顔からは読み取れなかった。

 あやかし荘が、時ならぬ騒ぎに包まれたのは、その日の深夜――日付も変わる頃であった。
『翔馬殿ッ!』
「畜生、こいつら一体……」
 夜の静寂を、怒号が破る。
 大勢の靴音が、あやかし荘の木の廊下を騒がしく駆けていく。そしてガラスが割れる音。誰かの悲鳴。
 もう就寝していた恵美は飛び起きて、電灯のスイッチに手を伸ばしたが……明りは点かなかった。
 しばらくして、ようやく静けさが戻ってきた頃、懐中電灯を手に恵美が知ったのは、寒椿の間のドアと窓が破られ、部屋の中には誰もいないこと。そして、あやかし荘全館が停電で、電話も通じなくなっていることだった。
 恵美は、携帯電話を使って、とにかく、思いつく限りの人物に助けをもとめた。
 何が起こったのか、さだかではなかったが、何か剣呑な事態には違いない。日々、不可思議な事件の絶えないあやかし荘ではあったけれど……これはそういった類の出来事とは違う気がする。
 ふと、恵美は、寒椿の間の畳の上に、例の名刺が落ちているのを見つけた。
 意を決して、かけてみる。
「はい、『調伏二係』」
 ややあって、電話が繋がる。
「あ、もしもし……夜分すいません、私、あやかし荘の因幡といいますけれど、そちらに八島さんという方は」
「八島ですか。八島でしたら――」
 深夜だというのに、わりと普通に応対してくれる声に安堵したのもつかの間、突然、電話が途切れた。そして。
「こちらは、NTTです。この電話はお客様のご都合によりお繋ぎすることができません」
 機械的な音声が流れ出す。
「……何。なんなの……。何が起こってるのよ……」
 泣きそうな声で、恵美が呟いたのも、無理のないことであった。


■騒然、あやかし荘

「桐藤さん! 桐藤さん!」
「おわあ、恵美ちゃん!? なんだ、こんな夜中に。い、意外と情熱的なんだな……悪いが、俺はこう見えても独身主義者で――」
「寝ぼけてないで起きてください!」
「どういう意味だそりゃー! って、なんだ、電気がつかないぞ?」
「停電なんです! それで、村雲さんの部屋でなんかあったみたいで、寒椿の間がめちゃくちゃで、それで、あの、宮内庁に電話したら、NTTの人が電話切っちゃって」
「???」
 桐藤隼は、突然、部屋に飛び込んできて(彼にしてみれば)わけのわからないことをまくしたてる恵美を前に、寝入りばなを叩き起こされて混乱した頭を、いっそうかき回されるのだった。
「いいから、まず、落ち着こう。な? ……ブレーカーは? 灯りはその懐中電灯だけか。ったく……。着替えるからちょっとだけ電気消して」
 もそもそと、闇の中で手探りで、服を着る。彼は、その日まで、年の瀬の東京を騒がせていた『中央線沿線連続殺人事件』の捜査に忙殺されていたのだが、ようやく、犯人が検挙されて、何日かぶりに部屋に帰りついたところなのであった。中央線の駅を順にたどるように殺人が起こったこの奇妙な事件の顛末については、しかし、また別の話である。
「……で、なんだって? 翔馬がどうした? そういや、さっき、なんか騒がしかったけど……」
「なにかあったのか?」
 コツコツと、隼の部屋の窓が叩かれた。
 見れば、ひとりの青年が、あやかし荘の裏庭から、部屋をのぞきこんでいる。
「通りすがったんだが、声が聞こえたんでな。真っ暗じゃないか」
「停電らしいんだが……あれ、裏は電気ついてんの?」
 隼は、青年の肩ごし、あやかし荘の塀の向こうの家屋には電灯をみとめる。
「裏どころか、電気が消えているのはこの建物だけだ」
「なんか、あやしいことになってんな……」
「トラブルのようだな。俺が手伝えることはあるか?」
 親切な通行人はそう言った。
 彼――物部真言も、アルバイトを終えてようやく帰路についたところだったのだが、ただならぬ気配に足を止めたのだという。

「なるほど。それで。他に誰に連絡をした? ……そうか。ならいい。そう、かれらの言う通りにして。それから……、さっきかけた名刺の電話番号を教えて。……。了解。すぐに行くから」
 それだけ言うと、ササキビクミノは電話を置く。
「この電話番号を照会して」
 誰かにそう命じながら、クミノはキーをタイプした。
 数秒のラグのあと、画面に打ち出される文字。

  東京都千代田局
  加入者:非公開

「ふん」
 鼻で笑った。
「宮内庁が使用している電話番号をリストアップして。全部。そう、全部ね」
 言い置いて、席を立つ。
「電話を切ったのは失敗ね。みすみす足跡を残すことになる。……村雲翔馬。たしかすこし前に上京してきた子か。前に三下が観光案内をするとかしないとか……私は断ったけど」
 考えをめぐらせながら、クミノは出かける仕度をはじめた。
 時計を見ると、真夜中を小一時間ほど過ぎた頃だった。

 あやかし荘に、藍原和馬と、セレスティ・カーニンガムがほぼ同時に到着したのは、その十分後だった。
「なんだよ。あいつ、結構、強そうに見えたのになァ」
 和馬が言った。
 寒椿の間には、とりあえず、ありったけのろうそくが灯されていて、ちょっと異様な雰囲気になっていた。
「藍原さん」
 不安げな顔つきの恵美。
「あー、恵美ちゃん。心配すんなって、狙われたのは恵美ちゃんじゃなくて――」
「ブレーカーあげても電気通じないんで、ちょっと電線見てきてもらえません?」
「って俺は電気工事のお兄さん扱いッスかーーー!?」
「俺は刑事だし、さすがの蘊蓄王の俺も電気の知識まではな」
「あいにく、俺もその手の仕事はしたことがない」
 隼と真言が口々に言った。
「そういう問題じゃないような気がするが。……畜生」
 しかし、実際、電気工事の経験もないわけではない和馬は、ぶつぶつ言いながら、部屋を出ていく。
「昼間、八島さんが訪ねてきたそうですね?」
 セレスティが口を開いた。
「ええ、この名刺を……」
「あやしいな。ニセモノかもしれんぞ。ちょっとその名刺貸してみな。俺の持ってるのと比べてみよう」
 名刺をながめつすがめつしている隼を横目に、セレスティは、
「今夜、このようなことがあるのを察知して、警告に見えたのでしょうか。それにしても……」
 顎に手をあてた。
「恵美さん。足音が聞こえたと言いましたね?」
「え、ええ。結構、大勢の」
「そいつぁ、妙だな」
 和馬が戻ってきて、顔を出した。
「やつらなら、足音を立てたりしない。そうだろ?」
 セレスティと、頷き合う。
「やっぱ電線と電話線、まとめて切られてるわ。あいつら、そういうこともしないよなぁ」
「それじゃ、やっぱり、NTTの陰謀か!」
 隼が叫んだが、誰も何も応えなかった。
「……冗談だよ」
「この部屋――」
 ふいに、真言が口を開く。
「霊気を感じる。霊気というか……これは神の気配だ。ごく弱い土地神が祀られている場所のような」
「そりゃ、ここの住人が、背後霊持ちだからだろ」
 それには、隼が、こともなげに答える。
「あの鎧がついていながら、なんだよ」
「ともかく」
 このままでは埒が開かぬと見たか、セレスティがかるく手をあげて場を制する。
「電話は通じないようですが、『二係』にはどなたかおられた。行って事情を聞いてみましょう。八島さんにお会いできるのがいちばんいいのですが」
「賛成だ。どうも、ここんところ、あそこは動きがあやしい。今日こそ洗いざらい吐かせてやるぜ」
 和馬の鼻息も荒い。
「おい、ここはこのままでいいのか。彼女を置いていっても」
 真言は、恵美を残していくのが不安なようだ。だが――
「私がいるわ」
 窓の外からの、声。
 ぶん、と、映像がブレるようにして、暗がりに少女の姿が浮かび上がる。
「まだ現場に痕跡があると思う。それを調べておくから」
 ササキビクミノであった。

■宮内庁、地下300メートル

 セレスティの車で、坂下門に乗り付ける。
 守衛に、名刺を見せると、心得た様子で通してくれた。
「こんな夜中に入れてもらえるのか?」
 ここへ来るのははじめての真言が、声をひそめて言った。
「いつもは『二重橋前』の駅から勝手に入るんだが、この時間は駅が閉まってるからな」
「……?」
 和馬の言葉に、眉を寄せる。
 真言は、胸が圧迫されるような、息苦しさを覚えていた。
 そう、そこは皇居の敷地である。
 千年以上に渡って、この国に君臨してきた存在が住まい、そのものを守るための土地なのだ。おそらく堅牢な霊的防護が張り巡らされているのだろう。
 庁舎は、電気が消えていて、すっかり人の気配がない。
 その建物の、奥まった場所にあるエレベーターに乗ると、それは、たいへんな勢いで下りはじめた。身体が浮くような感覚がある。地下へ――300メートルの距離を一気に降下しているのである。

「……あれ。どうなさったんです。こんな夜中に」
 きょとん、とした顔で、黒服・黒眼鏡の男がかれらを迎える。
 事務室にいたのは、その男――無個性な黒服の、しかし、ウェストが張り詰めているので、比較的名前を覚えやすい男――だけだった。そう、たしか、係長補佐の榊原である。
「さっき恵美ちゃんの電話に出たのはあんた?」
「あ。そういえば、なんかそんな電話ありましたね。すぐ切れちゃいましたけど」
「八島さんは?」
「係長なんて定時に帰りましたよ」
 榊原は笑った。
「定時に」
 セレスティは念を押すようにくりかえした。
「それなのに、あやかし荘の再訪はなさらなかったんですね」
「連絡がとりたいんだけども」
 和馬が、榊原に詰め寄る。
「明日じゃいけませんかぁ? 八島から連絡させますけど」
「俺たち、い・ま・す・ぐ、八島サンと話したい気分なんだけどォ」
 にこにこしながら、和馬は言って、がっしりと、榊原の肩を抱いた。
「え。いや、そう言われても」
「あー、俺も、八島サンに会いたい。今から捜査一課に電話して仲間に探してもらいたいくらいだ」
 隼が、榊原の隣に、キャスターつきの椅子をひっぱってきて、どっかりと坐りながら言った。さらには、電気スタンドをくい、と動かして、榊原の顔を照らし出したのは、警視庁仕込みのワザか。今にもカツ丼が出てきそうだった。
「ちょっと困ったことになってるんだ。あやかし荘というところで、村雲ってやつが襲われて……その八島って人が関係しているらしい」
 真言は、きわめてまっとうに、説明する。
「……しようがないなぁ……本当は教えちゃ駄目って言われてるんですけど……僕が喋ったって言わないで下さいよ」
 榊原は、広い額に脂汗をにじませながら、メモ用紙に090ではじまる番号を書いた。
「よっしゃ!」
 早速、電話をかけはじめる和馬。
 苛々するくらいの呼び出し音が鳴った後――
「…………はい?」
 和馬がガッツポーズをとった。
「もしもし。八島さんだな?」
「……どちらさまでしょうか」
 硬い声だ。
「おれおれ」
「……」
 聞いていた隼とセレスティが、はげしく首を横に振った。それではまるで詐欺の電話だ。
「あ、いや、おれ――藍原だけど」
「……和馬さん!? ……なんでこの番号知ってるんですか」
「話は後だ。今どこいる? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「こんな時間に何なんですか」
「翔馬が襲われた」
「翔馬……、村雲さん? あやかし荘の?」
 電話の向こうから、逡巡する気配が伝わってきた。
「そこに誰がいます? ……そうですか。ではセレスティさんと代わってください」
 和馬が、電話を手渡す。
「はい。セレスティです。……ええ。はい、わかりました。持ってきます。……はい、それじゃあ」
 なんらかの話がついたようだった。
「なんだって?」
「30分後に芝公園でお会いしましょう、と」
「芝公園……って、東京タワー!?」
「ええ。東京タワーの下で」

 その頃、あやかし荘では、クミノが、庭に残ったいくつかの足跡を採取したところだった。
「スキャンして送るから、照合して」
 携帯で誰かと話しながら、モバイルと繋いだ機器に、足跡を読み取らせていく。
「そんなことできるんですか?」
 もう眠ってもいい、というか、眠るべきだと言われたにもかかわらず、やはり、そう簡単には寝つけないのか、恵美がまだ彼女につきあっていた。ろうそくの灯りで、コーヒーを入れて(水道とガスは生きている)差し出してくれさえしたのである。
「スニーカーは……ありふれた型だけど、ひとつだけ。でもこれはたぶん、物部という人のものか。残るはいくつかのブーツ……これは……」
 モニターを見つめるクミノの目が、すっと細められた。
「……」
「なにかわかったんですか!?」
「予想通りといえば予想通りだが、ある意味、意外でもある」
 謎のようなことを、彼女は言った。
「それはそうとして、出てきたら? もうここには危険はないから」
 そして、立ち上がると、寒椿の間の窓を開け放った。 
「……あー、すいません」
「村雲さん!」
 恵美が叫んだ。
「今までどこに?」
「とりあえず、逃げ回ってました。三十六計逃げるにしかずってワケで」
「よかったぁ、無事だったんですね」
「なんとか。心配かけたみたいッスね。あなたは……?」
「ササキビクミノ。……襲われる理由に心当たりは?」
「さっぱりッスよー」
「宮内庁の八島のことは知ってたの」
「いいや。……でも、じいちゃんが、俺が上京するときに、教えてくれたんです。もしも、東京で、どうしても困ったことがあったら、『宮内庁のヤシマ』って人に連絡を取れ、って」
「ふうん」
 クミノは、青年を、まじまじと見つめた。
「でも連中、何者なんスかね」
「それならわかる。靴跡が支給された官製の装備品だったから。皇宮警察の特殊部隊」
「え。それって」
「要するに皇族と宮内庁を護る専属の警官隊ってことね。あなた、皇居に爆弾でも仕掛けた?」
「と、とんでもない!」
 顔色を変える翔馬にクミノは、
「文字通りの意味じゃなくても、かれらは爆弾と認識しているものがあるのかもね」
 またも、意味深な言葉を呟くのだった。

■真夜中の郵便配達

「はぁ? 見つかったのか。そこにいる。そうか。ったく、人騒がせだな。……ああ、そう。俺たちは東京タワーの真下だ。八島さんと待ち合わせなんで」
 0時まではライトアップされ、東京の夜空を背景に美しくそびえる東京タワーも、日付が変わるとともに消灯される。
 今は、闇の中にぼんやりと、その威容を溶け込ませているに過ぎない。
 深夜になって冷え込みは厳しく、皆が吐く息は白かった。
「翔馬、無事だってさ」
「それはよかったです」
「……襲った連中のことはよくわからんらしいが。けど、“風なんとか”じゃないよなァ」
「室内が荒されてた」
 隼が口を挟んだ。
「あれは物盗りの現場だ」
 その観察眼は警察の経験ゆえか。
「村雲ってやつの、持っているものを何か奪おうってしてたってことか」
 と真言。
「あいつが何を持ってるんだ。隠れ里から持ち出してきたものがあるのか?」
「あるいは――」
 セレスティが静かに考えを述べる。
「本当には翔馬さんが持っていなくても、狙った人たちは彼が持っているとみなしているということもあります」
「ところで、さっきから気になっていたんだが」
 真言が、セレスティの手元を見て言った。
「そのケースには何が? 霊的な波動を感じる」
「それ、八島さんが持ってこいって行ったんだろ?」
 そのジェラルミンのケースは、先程、リンスター財閥の使いのものが、セレスティのもとに運んできたものだった。
「これですか。これは――」
「おっ」
 隼が声をあげた。
 水銀灯の光の下に、影が実体化したような、黒服の姿が近付いてくるのが見える。
 八島真であった。

「八島と会うそうよ。行ってみる?」
「そうッスね。いよいよ、これが『困ったこと』みたいッスから」
 観念したように、翔馬は言った。
「風羅がらみでいろいろあったでしょ。なぜもっとはやく宮内庁に接触しなかったの」
「いやあ、だって……じいちゃん、『困ったことがあったら頼れ』って言っておきながら、『しかし、充分に人を見ろ。宮内庁のヤシマは敵になるかもしれん』って、わけわかんないこと言うし。このあいだ、実家帰ったとき、それとなく聞いてみても何も教えてくれないしさ」
『それは、翔馬殿は心の眼を鍛えよとの御館様の教えでござる!』
 ふいに背後から、彼の神霊――スサノオがぬうっと顔を出して、胴間声を響かせた。
「おわーっ、吃驚させんなって! とにかく、俺も、その八島さんて人に会ってみないと……」
 そのときだった。
「郵便でーす」
 どこか間延びした、その声が聞こえたのは。
「…………」
 一同は、目を丸くして、顔を見合った。
 時刻はそろそろ午前2時を回る。丑三刻である。
 こんな真夜中に……郵便配達が来るはずもないのだ。

「お待たせしました」
 悪びれもせず、飄々と、八島は言った。
「こちらは初めてですね」
「あ……、俺は……物部真言というんだが……」
「私、宮内庁の八島です」
 と、慣れた所作で名刺を手渡す。
「……で?」
 和馬が低い声を出した。
「いったい何が起こっているのか、全部、話してもらおうじゃないか」
「翔馬さんが襲われたそうですね」
「ああ。だが、無事だ」
「そうですか、それを聞いてほっとしました。私が迂闊に動きすぎたようで」
「今日の昼間……もう日付は変わっていますから昨日ですけど、翔馬さんを訪ねてあやかし荘を訪ねられましたね」
「そうです。いずれ村雲家の方とはお会いしなくてはと思っていましたから」
 八島は、スーツのポケットから、一通の封筒を取り出す。
「これは、先日、倉庫の整理をお願いした時(和馬のほうを見て言った)見つかったらしいものです。これは、村雲天龍さんという方から……私の兄に宛てられた手紙です」
「天龍っていやあ……翔馬のじいさんだな」
「あの豪快な?」
 翔馬の故郷を訪れたことのある、和馬と隼が頷き合った。
「内容は他愛もないものです。兄が、村雲家が所有する資料の照会をお願いしたその返事のようなもので。……ですが、私はこれではじめて村雲家のことを知りまして、なおかつ、その御曹子が上京されていると聞いてお会いしたいと思っただけで」
「御曹子ってがらかねぇ。……まあ、いいや。つうか、八島さん、あの倉庫で探してたのはこれだけじゃないだろう?」
 和馬の追求に、八島は頬をゆるめる。
「ええ。手紙は偶然見つかっただけで、本来は――大河原博士の論文を探していました。現存する資料の中で、『風羅族』についてもっとも詳しく記した文書です。それに次ぐものは河南教授が持っていた博士の資料の残部でしたが、それはもう今となっては、みなさんが知っていることのほうが多いくらいでしょう」
「何のために、それを探していらしたんですか?」
 セレスティが訊ねた。八島は真っ向から彼の目を見つめ返す。むろん、瞳は黒眼鏡に遮られてはいるが、その視線の強さを、セレスティは感じることができた。
「兄が志なかばで残した仕事が何だったのかを知るためです。……そのために、あなたにそれをご持参いただいたのですよ、セレスティさん。その……《反魂香》を」

 しかし、あやかし荘の玄関にいたのは、まぎれもなく、郵便配達員だった。
「……」
 恵美は下がらせ、クミノが慎重に、応対する。
「随分な時間の配達ね」
「村雲翔馬さんに郵便です」
 抑揚のない声で、配達員は言った。そのうつろな瞳が、何も映していないのを、クミノは見る。ぎくしゃくとした硬い動きで、一通の封筒が差し出された。
 クミノがそれをひったくるように奪う。
「お届けしました」
 配達員はきびすを返した。
 クミノは封筒に消印がないのを確認する。
「おいこら待てよッ!」
 立ち去る配達員の背中に、翔馬が飛びかかる。
「やめなさい!」
 クミノの制止も聞かず、あやしい郵便局員に襲い掛かる翔馬。すると、拍子抜けするくらいあっさりと、配達員は、くたくたとくずおれるではないか。
「あ、あれ?」
『翔馬殿。この御仁は――』
「う、うわあ!」
 玄関の敷石にしりもちをついて、翔馬が声をあげた。
「し、死んでるッ!」
 クミノがさっとかけよって、配達員の首筋に指をあてた。
「……」
「ど、どうしよう。でも、俺……」
「うろたえない。殺人にはならないわ、少なくとも」
 クミノは冷ややかに言った。
「硬直の具合と、瞳孔の混濁から見て、死後数時間は経過している。ここへ来たときはすでに死んでいたわ。……この場合、死体遺棄にはなるのかしら? いや、それもないか。死体が自分で歩いてきたんだから」

■東京タワーの下で

「つまり、これで、死者と話ができるってわけだな」
 真言が、その香炉を見下ろして、言った。
「ええ。貴重なものですが……、本当にご提供いただいて構いませんね」
「構いませんよ。もともとこのために、八島さんがアンティークショップ・レンに探させておられたのでしょう? はからずも、私たちが手にすることになってしまいましたが」
「最初から事情を話して協力してもらえばよかったんだ。だいたいコソコソし過ぎなんだよなぁ」
「そう簡単にはいかない事情があるんですよ」
 マッチを擦る。
 香炉の上で、その香が、ふしぎな香りを放って燃え始めた。
「いい香りだな。ちょっと抹香くさいけど」
 隼が呟く。
 その眼前で、香から立ち上る煙が、なにものかのかたちを成しはじめる――。
「……」
 霊気の凝縮する気配に、真言が、ぞくりと身をふるわせた。
「兄さん」
 八島の呟きは、ほとんど無意識のものだったらしい。すぐに、慌てたように、硬い表情の仮面で、そのおもてを覆ってしまったからだ。
「……《反魂香》で話ができる時間は限りがありますから、手短にいきます。『大河原文書』でほのめかされている証拠は存在するのですか」
『するとも』
 いんいんと響く、不思議な声音で、いらえがあった。
 ぐ、と八島の喉が鳴った。言葉を詰まらせたようだった。
「そ、それは……」
 彼の声が震えている。
『真』
 細面の、その男性は、あきらかに、八島真と同じおもかげを宿していた。
 人々は、この不思議な兄弟の対面を、固唾を飲んで見守る。
『こうなるのではないかと思っていた。だから、それはもう、おまえにたくしてあるんだ』
「え……?」
『真実に至るための鍵は、すでにおまえの身近なところにある』
 幻影のようなすがたが、次に発した言葉は、全員の顔を疑問符に変えるのに、充分な一言であった。
『メイドのスカートの中を探せ。それから、フィボナッチ数列の17番目が必要だ』
「……」
 誰もがあっけにとられた。
 それは、なにかの謎掛けとしか、思われなかったからである。
「あの……それはどういう……メイドって……」
 そのとき、八島真の顔に、驚愕の色が浮かんだ。
「まさか…………まさか、兄さん、あの場所を知って――」
 その叫びは、途中で遮られることになった。
「おい!」
 誰よりもはやく動いたのは、和馬だ。
 そして。
「ッ!」
「何!?」
「みんな、伏せろ、今のは!」
 飛び交う怒号。
 かれらが聞いたのは――、まぎれもなく銃声だった。
「……ウ、畜生」
「か、和馬さん!?」
 八島は、霧散して消えてゆく兄の姿と、和馬の服ににじんでゆく血の赤色とを、呆然と見つめていた。
 ばらばらと、足音が、かれらを取り囲む。
「八島真だな」
 制服の、男たちの一団である。
「……皇宮警察……」
 ぎり、と唇を噛む。
「来てもらおうか」
 男が、八島の腕を掴む。
「公文書偽造の容疑で逮捕する」
「ちょっとまておい」
 隼だった。
「逮捕状は? ないなら、これは任意同行――」
 その鼻先に、書類が突き付けられる。
「う……」
 見たところ、それは正式な書類のようだった。
「心配はいりません。大丈夫ですから」
 八島は言った。大人しく、手をあげて男たちに従う。
「八島さん」
 セレスティの声に、一瞬だけ、振り返る。
 セレスティは、その顔に浮かんだ、どこかさびしげな微笑と――、皇宮警察の男たちのうしろに直立不動に立っている白い制服とをみとめた。弓成大輔だ。
「野郎」
 和馬が、唸った。
「大丈夫か、おい」
 真言が、彼を気遣う。
「ちょっとだけやばいな……銀の弾丸だ」


「それで。彼は逮捕されたってわけ」
 クミノは、無表情に男たちを見回す。
 返事のかわりに、和馬の呻き声がひびいた。
「波瑠布由良由良、而布瑠部由良由良、由良止布瑠部――」
 それに重なる、真言の言霊。
 コツン、と音がして、寒椿の間の畳に、弾丸が転がった。
「よし」
「……ふぁーーーっ、助かったーー! 恩に着る! 死ぬかと思った!」
 弾丸が取り除かれると、和馬の傷は見る間にふさがってゆく。シャツのボタンをかけながら、和馬は、
「けど、どうするよ。なんかキナくさいよな」
 と言った。
「そうですね……それと、八島さんのお兄さんが仰った、あの……暗号でしょうか?」
「ところで、こっちも奇妙なことが起こったわ」
 クミノは、例の、郵便配達の顛末を話した。
「そして、封筒にはこれが」
 入っていたのは、何枚かの、新聞の切り抜きのようだった。
 いずれも、紙がひどく色褪せているので、随分古いもののようだ。

  遠野市の渓流に人の腕
  殺人か? 県警が捜査

 そのうちの一枚には、そんな奇怪な見出しが躍っている。
 切り抜きが報じているのはすべて別の事件だったが、いずれも、山間部で、身許不明の遺体や遺体の一部が見つかった、というものであった。地域も、バラバラのようだ。
 不気味な沈黙が落ちる。 
 翔馬への襲撃。
 八島の兄が告げた謎の言葉。
 逮捕された八島。
 真夜中に、死者が配達した、不気味な記事。
 答の出ない謎が、渦を巻いているようだった。

(火車ノ巻・了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1166/ササキビ・クミノ/女/13歳/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4441/物部・真言/男/24歳/フリーアルバイター】
【4836/桐藤・隼/男/31歳/警視庁捜査一課の刑事】

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■         ライター通信          ■
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おまたせいたしました。
『【ロスト・キングダム】火車ノ巻』をお届けいたします。
いくつかの謎があきらかになり、また新たな謎が掛けられております。

>ササキビ・クミノさま
実はいつもプレイングがひそかに楽しみな方のお一人だったりします、ササキビさまは。どう組み込むか、考えさせられる方のお一人でもあるのですが。ああ、もちろん、いつもとても楽しく書かせていただいているんですよ。反映できませんでしたが、「通販仲間」にちょっとニヤ。

>藍原・和馬さま
いつもありがとうございます。今回はちょっぴりピンチな局面もあったりした和馬さまでした。ほんと、八島サンも素直じゃないから、こんな目に遭うんですよねぇ。なんとかしてあげてください。お願いします。

>セレスティ・カーニンガムさま
反魂香キターーー!! ちょっと吃驚しました。いや、驚くには値しない……まさに使いどころだとは思うのですが、その使いどころにドンピシャと持ってきていただけるとは。まるで『魍魎ノ巻』でお渡ししたのが伏線のようで、ちょっと恐ろしかった(笑)です。

>物部・真言さま
またのご参加ありがとうございます。このシナリオに限って、どうにも、シリーズ前作とのリンクが強かったものですから、ちょっと申し訳ない部分もあったのですが、そのぶん、真言さまの「巻き込まれ感」が出てるかなーとか(笑)。八島の名刺をお渡ししておきますね。

>桐藤・隼さま
いつもありがとうございます。あやかし荘にお住まいの方がいらっしゃるって、なんかベンリです(笑)。今回はほんのすこしだけ、刑事らしいところも書けたようなそうでもないような……。

いよいよこのシリーズも折り返し地点を回りました。
引き続き頑張ります。それでは、このたびは、ご参加ありがとうございました。