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The light of the Noel
招待状に記されていた地図を辿り来てみると、そこは確かに森だった。
ただし、規模としては決して大きくはないものだ。だが民家が密集している場所から離れ、――いや、しかし、決して交通の便が悪くなるわけでもない。そう、人々の記憶から、ひょいと取り除かれてしまったかのような、そんな場所だ。
夜の風がさわさわと木々を撫でて通り過ぎ、時折車のライトが通り過ぎていく。
どことなく、不思議な空気を漂わせているその場所に、その建物はひっそりと佇んでいた。
「生クリームは苦手だから、何か他のものをもらいたいのだが」
案内されたリビングを通り、田辺聖人が作業しているキッチンの前で足を留める。
啓斗のその申し出に、田辺はしばし手を休めて啓斗の目を見据えた。
「一応、多種は用意してあるが。ケーキの類いは全部ダメなのか?」
「いや、全部というわけでは。……そうだな、あの黒いのと……ああ、そうだ。しふぉんけーきとかいうやつなら、どうにか」
思案しながらそう答えた啓斗の言葉に、田辺は眉をしかめながら首を傾げる。
「黒いの……黒というからにはチョコレートだよな。ショコラ……ザッハトルテ……」
唸りつつそう呟く田辺の言葉を耳にして、啓斗が軽く手を打った。
「ああ、そうだ。なんとかしょこら」
「ガトー・ショコラ」
それだ、とうなずいた啓斗に、田辺は再び唸り声をあげる。
「しかし、今日用意したケーキはどれもクリームを使ったものばかりだ。見てみるか?」
促され、今度は啓斗が低い唸り声をあげた。
「う、うむ」
「これだ」
並べられたケーキは全部で3種類あった。
「日本では定番のショートケーキ。スライスしたいちごとクリームを挟み、トッピングとしてプチシューをのせてある。むろん、シューの中にはカスタードクリームが詰まってある」
丁寧に述べられた説明に、啓斗は大きくかぶりを振った。
「拷問だ」
「……そうか。ああ、クッキーなんかの焼き菓子も焼いたが」
「……それをもらう事にするよ」
啓斗はそう返し、ひどくうなだれた姿勢のままで、キッチンを後にした。
「俺ん家ってさ、洋菓子なんて滅多にお目にかかれないわけ。ほら、兄貴がこんなじゃん。ふたりだけでクリスマスなんつったら大変でさ。ありゃクリスマスなんて言えたもんじゃねえっての」
ショートケーキのいちごをフォークで突き刺して、北斗がしみじみと頬を緩めた。
「あ、ふたりってやっぱり双子なんだ? そうだよね、顔とかそっくりだもん」
北斗の隣で弓月が大きくうなずく。その手にはマロンを用いたモンブランののった皿がおさまっていた。
それを、テーブルの端でプディングをつついていた啓斗が睨みやる。
「クリスマスにはきちんとした料理を並べているだろう。ケーキだって、おまえのためにわざわざ作って」
「あれがケーキと呼べるようなもんかよ、兄貴!」
啓斗の言葉をさえぎって、北斗が大きくかぶりを振った。
「ほう、啓斗はケーキを作れるのか」
「すごいじゃないですか。ケーキなんかそうそう作れるものじゃあないですよ」
田辺と詫助の、どこかのんびりとした声に、北斗は皿の中のケーキを一口に食し、言葉を返す。
「いやいやいや、ケーキっつうかカステラ! 買ってきたカステラにロウソク立ててクリスマスをあしらってみました的なもん! あれをクリスマスケーキと呼ぶなら、このケーキはおケーキさまさまだ!」
ふたつめのケーキとしてモンブランを皿に取りつつ、北斗はそっと目尻を拭いた。
「……いやでも俺は生クリームが苦手だと……」
ぼやきつつ、テーブルに並んだ料理の品々を見渡して、啓斗は静かに田辺を見遣る。
「洋菓子職人はケーキしか作れないものかと思っていたが……」
「ああ、まあ、こういったオードブルなら、一通りはな」
啓斗の言葉に得意げに胸を張ってみせる田辺の横で、弓月がふと真言に視線を向けた。
「あの、真言さん、さっきからなんでそんなにきょろきょろしてるんですか?」
「――――え? あ、ああ、いや、なんでもない」
弓月の言葉通り、真言は確かにどこか落ち着かないような態度で周りを見回したりしていたが、手に持っていたグラスを空けて小さな息を吐いた。
「何かお探しですか?」
からになった真言のグラスに二杯目のワインを注ぎいれながら、詫助が穏やかに口許を緩める。
真言は軽くかぶりを振ってから、再び周りに視線を巡らせた。
「……いや。……そういえばあんたも四つ辻の人なんだよな」
「え? ああ、そうですよ。……おや、もしや会いたい相手でも?」
詫助の表情がやわらかな笑みを浮かべる。真言は詫助の顔にちらと一瞥すると、否定するでもなく、自分の皿に取り分けられたサーモンを口に運ぶ。
「四つ辻って、詫助さんとか妖怪さん達がいるとこですよね? 真言さんも行った事あるんですか?」
「え、なに、よつつじってどこ?」
弓月と北斗が口を挟み、顔を覗かせる。
「ええ、何人かおりますよ。ええと、真言クンが四つ辻で会ってらっしゃるってのは」
首を捻り湯呑を口に運ぶ詫助に、真言は少しばかり慌てて顔をあげた。
と、
「……あ」
啓斗が一言そう口にして、リビングのドアの方へと目を向けた。自然、他の皆の視線もそちらへと寄せられる。そして
「立藤……!?」
弾かれたように、真言が椅子を転がしつつ立ちあがる。
ドアの前に立っていたのは、およそクリスマスという場には似つかわしくない風体の女。
「うお、花魁じゃね!?」
飲んでいたジュースを噴き出し、北斗が口を拭う。
立藤はしゃなりと首を傾げると、双眸をゆらりと細めて笑みを浮かべた。
「おや、真言クンのお相手は立藤でしたか」
詫助がのんびりと微笑むその横を、真言は少しばかり急ぎ足で過ぎていく。
「……驚いたな」
「なにがでありんすか?」
「いや、あんたがこういったところに出てくるとは思わなかったから」
真言の言葉に、立藤は肩を竦めてふうふと笑う。そしてその視線を真言の向こうへと向けると、ゆっくりと歩みを進めた。
「こっちの坊(ぼん)等と娘御とは初の御目文字でありんすね」
しゃなりと首を傾げる立藤に、視線を奪われていた弓月が小走りに駆け寄る。それに続き、北斗もまた立藤の前へと近付いた。
「私、私、弓月っていいます。うわあ、花魁さんと会えるなんて感激です!」
「うわ、すっげ、マジで本物だよ」
目を輝かせる弓月の後ろで北斗が立藤の顔をじろじろと確かめる。
「で、真言とはどんなご関係で?!」
そう言葉を続けながらスプーンをマイクに見立てて立藤に向ける北斗の頭を、すかさず啓斗がパカンと叩いた。
「阿呆、それは無粋というんだ」
ぼそりと告げつつ、弟を殴った手の平を軽く振る。殴られた弟はといえば、うずくまって頭を抱え、恨めし気に啓斗の顔を睨みあげていた。
立藤はふたりのやり取りを眺めてやんわりと目を細め、ついとテーブルへと歩み進めた。
「おまえの口に合うようなものがあれば取り分けてやるが」
田辺が皿を一枚取って話しかける。それを受け、立藤はテーブルを指差しながら時折うなずいたりして言葉を返す。
そのやり取りを言葉なく見守っている真言の傍らに近寄った弓月が、真言の顔を見上げながら頬を緩める。
「行ってきたらいいじゃないですか! ガッツですよ、真言さんっ」
ガッツポーズを取りながらそう笑う弓月を、真言は「いや、別に」などと言いながら見遣ったていた。が、しばしの後、意を決したように立藤の傍へと近付いていった。
「あー、青春ってやつだよね」
まだ痛む頭を撫で付けつつ、北斗がにやりと笑みを作る。
「いやいや、きみ達も若いんですから」
詫助がやんわりとした声で苦笑いを浮かべた。
盛り上がりを見せているテーブルから少しばかり離れた場所で、啓斗はケーキののった皿を手に、気鬱を前面に出した表情を見せていた。
「……そんなに嫌いなら、別に無理して食べなくてもいいだろう」
かつりと歩み寄ってきたのは田辺だった。啓斗は薄っすらと滲んだ涙を袖で拭いつつ田辺を見上げ、口の中の生クリームを無理矢理飲み下す。
「ほ、北斗が」
言葉を述べようとした矢先、喉を通っていくクリームの味が口の中に広がって、啓斗の目は再び涙を滲ませた。
「大丈夫か」
苦笑いを浮かべ、田辺がグラスを差し伸べる。中にはジュースが波打っていた。
「で、出来ればコーヒーを」
言葉を告げるたびに、クリームの味が口の中を充たしていくような感覚を覚える。
「分かった。じゃあ今から淹れるからちょっと待ってろ」
「……頼む」
キッチンへ歩いていく田辺の後ろをついて歩き、啓斗はちらりと北斗を見遣る。北斗は詫助と話しこんでいて、啓斗が通りすぎていくのに気がついていない。
「豆はなんでも平気か?」
カップを用意している田辺が啓斗の顔を確かめる。啓斗は大きくうなずいて、
「ミルクと砂糖はなしで」
目を一度しばたかせた。
「いっそエスプレッソにしようか」
田辺は啓斗の顔を確かめてそう返しつつ、薄い笑みを浮かべる。
「……北斗が……あいつが好む”ケーキ”がどんなものなのか、確かめておこうかと思って」
「カステラにロウソクを立てたクリスマスケーキを不服とする弟のためにか」
「……知っておけば、来年のクリスマスから……いや、誕生日なんかでも、せめてあいつ分だけでも用意出来るかと思って」
エスプレッソの入ったカップを口に運び、苦味の濃いコーヒーを一口すする。口の中に残っていた甘味がようやく腹の底へと押しやられていった。
田辺は腕組みの姿勢で啓斗を見据え、目を細ませてアゴを撫でる。
「ふ、そうか」
微笑む田辺の視線をそろそろと眺め、啓斗は気まずそうに眉を寄せた。
と、その時。
「啓斗クン、ちょっとこっちへ来てください」
テーブルの傍で北斗と話しこんでいた詫助が啓斗を手招き、呼んだ。
啓斗は田辺に向けて軽く頭をさげると、ふたりの傍へと歩み寄っていく。
「ええと、きみ達にクリスマスプレゼント――プレゼントというには、いささか地味かもしれませんが」
目の前に並んだ北斗と啓斗に、詫助はこげ茶色の包装紙で包まれたものを差し伸べた。
包装紙の中に包まれていたのは、飾りなどの装飾のない、黒色の茶碗だった。
「これも詫助が作ったやつ?!」
北斗が訊ねると、詫助はゆっくりとうなずき、微笑んだ。
「つまらないもんで、すいません。男性に贈る物だと、どんなもんがいいのかさっぱりでして」
「いや……。これ、織部の物に似ているが」
啓斗が感心したように詫助を見遣る。
「ハ、ハ。そんな大層なもんじゃありません。まあ、気に入ってもらえたら嬉しいですよ」
「おう! 俺、さっそくこれで、あのあんちゃんから飯もらってくら!」
詫助の言葉に大きくうなずくと、北斗は田辺の方へと走って行った。
「まだ食べるつもりなんですねえ、北斗クンは」
それを見送りながら、詫助が感嘆の表情を浮かべた。そして再び啓斗を招き寄せると、静かに告げた。
「これ、実はちょっとした細工をしてましてね。酒をいれると、四つ辻の茶屋で出している古酒へと変わるんです。うまい酒なんで、良かったらいつか試してみてくださいね」
目を細めて微笑む詫助に、啓斗はゆったりとうなずいた。
「――――分かった。北斗には秘密にしておくよ」
「食事もあらかた終わったな」
田辺はあいた皿を片付けながら、入れ替わりにプディングをテーブルに運ぶ。
「これだったらおまえも食べられるだろ?」
そう続け、啓斗を見遣る。啓斗はしばし思案した後にうなずいた。
「多分……大丈夫だと思う」
「これって確かブランデーを燃やして食べるやつですよね!」
弓月が目を輝かせる。
「え、燃やすの? これを? もったいねえじゃん」
北斗がぶんぶんとかぶりを振る。田辺が苦笑しつつ、カルヴァドスを揺らした。
「プディングは食す前に再び蒸すもんだ。だがその代わりに、こうやって火を点けて温める」
言いながら、プディングにカルヴァドスをかけて火を点ける。途端に香り高い炎が立ち昇った。
「こうやって食うのもアリだ」
アゴを撫でる田辺の言葉と同時に、歓声がリビングに響き渡る。
「綺麗! 私、こうやってプディングに火をつけるの、初めて見ました!」
弓月があげる歓声を耳に、真言は横にいる立藤に目を向ける。立藤もまた真言を見上げ、にこりと頬を緩めた。
「今度うちでもやろうぜ、兄貴」
「……いや、さすがにここまでは」
北斗の言葉に、啓斗が低い唸り声をあげた。
「さあ、それじゃあ、また乾杯し直しましょう」
詫助がやわらかな笑みと共にグラスを掲げ持った。
Please pass good Christmas
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0554 / 守崎・啓斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【0568 / 守崎・北斗 / 男性 / 17歳 / 高校生(忍)】
【4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター】
【5649 / 藤郷・弓月 / 女性 / 17歳 / 高校生】
NPC:田辺聖人、詫助、立藤
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■ ライター通信 ■
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クリスマスをテーマにしたゲームノベル、お届けいたします。
今回のゲームノベルは総勢8名のPCさまが参加してくださいました。ありがとうございます。
一覧をご覧いただければお分かりのように、8名さまをふたつのグループに分け、描写させていただいております。。
この際、相関と、これまでのノベルでの描写等を参考にさせていただきました。
また、ノベル中でNPCから贈らせていただきましたプレゼントは、アイテムとしてお渡しさせていただきました。お気に召していただけましたら幸いです。
>守崎・啓斗さま
いつもお世話様です。
今回のノベルでは、生クリーム系が苦手な啓斗さまにはちょっと辛いシチュエーションも多々あったかと思います(笑)。お楽しみいただけているかどうか、少しばかり心配です。
ノベル中、「弟想い」な設定という部分をちょっとだけ描写してみました。いかがでしたでしょうか。また、今回はプレゼントとして詫助作の茶碗をお届けさせていただきました。これは弟さんと同じものとなっていますが、茶碗が持つちょっとした能力に関しては、弟さん側への通達はしておりません(笑)。どうぞご内密に。
それでは、またお会いできることを祈りつつ。
よいクリスマスをお過ごしください。
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