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<東京怪談・PCゲームノベル>


■Last Song−由良皐月編−■

 いつまでもここにいて
 ぼくと彷徨って
 何事もなく時がすぎて
 凍てつく氷もいつか溶ける頃
 またぼく達は唄うんだ
 愛するきみと 仲間達 そして
 この星の未来のために


 ふと気がつくと、ガラクタ小屋のような部屋に座っていた。
 どうして───? 自分は「いつもの場所」にいた筈なのに。
 そうだ、記憶。記憶がない。
 名前しか、分からない。
 ポロン、と音がして顔を上げた───窓から射し込む薄日を浴びて、椅子に、目を閉じて小さなハープを持った美しい青年が座っている。
「ここは休憩所───空間の歪みからこの場所に来てしまったのか、それとも心に何かがあるからか……ともかく、ゆっくり休んでいってくれ、とも言えない状況なのが残念だが」
 どうして、と尋ねてみる。
「この世界はもうすぐ滅びてしまう。このままここに何もしないでいれば、確実に俺もきみも世界と共に滅びる。その前に俺は最後の唄を唄い終わらねば───」
 自分は、どうすればいい。
 そんなことを聞かされて、急にこんなところに来て。
 外はどうなっているのだと、扉を開けようとするが無駄だった。
 窓から見ると、外は見渡す限りの砂漠に見えた。ところどころに、宮殿でもあったのだろうか、大理石の崩れた彫刻が建っている。
「無駄だよ。この部屋は何かを語らなければ扉を決して開かない。どんな能力にも屈しない。この世界では唯一、『語ること』だけが『開く』こと」
 不思議なことを、言う。
 何者なのか尋ねてみると、
「俺は『語り部』。名前は滅多に教えないんだ───語り部だからな」
 と、少し微笑んだ。
 とにかく、どうやら自分はこの世界で、限られた中で。
 何かを、しなければならないようだった。



■編みかけのセーターが遺したそれは残留思念■

 かたかたと、外からの砂埃を受けて埃をかぶった窓が鳴る。
 ハープを持った青年は相変わらず目を閉じたまま。
 ───盲目、なのかしら。
 ふと、そう思う。
「自分は助かろうって思わないの?」
 皐月はそうたずねてみた。語るしか扉は開かないといわれても、記憶がないので如何せんネタがない。
 青年はハープを鳴らす指をとめずに、ふつりとこたえる。
「不思議と、」
 思わない。
 滑らかな、低い声。
 皐月はもう一度部屋を見渡してから、そのハープを持った青年の腕をぐいと掴んで引き寄せた。
「……?」
 青年は驚いた様子もなく、ただなすがまま。
「とりあえず何かの話をするにしても、その前に扉の近くに移動しよう。人生捨ててるみたいに見えるアンタもくるのよ! 扉が開いたら腕引っ張って連れ出してやるから」
「…………」
「ここで死ぬよりどこかで生きて途方にくれるほうがきっといいわよ。それから、」
 皐月は扉のところまで移動すると、青年に向き直り、開かないようにまぶたを閉じている青年に人差し指をつきつけた。
「最後の唄とやらは唄わせないからね」
 青年は、しばらく黙っていたが、扉の前にあった壊れかけの椅子にかるく座る。

 ぽろん、………

 ハープが、今までとは微妙に違う、ゆったりとしたどこか子守唄に似た音を奏で始める。
「変わった人だ。是非きみの話を聞いてみたい。そう……この曲ならば、きみの記憶も少しなら導き出すことが出来るかもしれないから」

 ぽろん、ぽろん…………

「な」
 によ、と言おうとした唇が、意志に反してちからなく閉じる。
 皐月の頭はぼうっとかすみがかって、まるで子供の頃のように、子守唄を聞いているようだった。
 ゆるやかに、あたたかな……極上の羽根布団に身体全体をくるまれているような。
 そんな、眠気が襲ってくる。
 こんな心地よい気持ちのまま魂を手放すのなら、幸せだろうか。
 未練はないだろうか。

 そんなもんだいじゃ ないわ

 どこかで、ぱきりとした皐月自身の声が、そんなうっとりとしたとばりを突き破った。
 とたん、

 頭の中で、ある光景が広がった。
 皐月は何かを、思い出していた。
 みはからったように、青年がたずねてくる。ハープを……夢のように、音とともにゆらしながら。
「きみは何をしている人?」
「……家事手伝いよ」
 こたえるもんかと思ったが、ハープに乗せられるように言葉が口をついて出ていた。
 そのまま、暮らしている家族や友人、仕事先の家庭の子供達のことを話す。
 話しながら、皐月は「そうだったんだ」と不思議な相槌を自分の中でもうっていた。
 私って、そういうことしてる人間だったんだ。
「……それで、その仕事先でのちょっとしたできごとって?」
 青年の声が、驚くほど近くでした気がして、皐月は身をすくめた。
 ハープの音は、やんでいない。扉の外からも、がらがらと何かが崩れ落ちる音。
「受け持ちのひとつの家に小さな男の子がいたの」
 それらの音を打ち消そうとでもするかのように、皐月は声を大きくして言った。
 青年は動じない。
「それで?」
「学校に行ってる時間なのに家に戻ってきたの、何も持たずに」
 ぼろぼろになった女物のハンカチ以外、何も持たないで。
 そう言った途端、皐月はふと、めまいを覚えて机に手をつこうとして、

 ───コンクリートに、倒れこんだ。

 それは冬の夕焼け近い、家の庭。
 コンクリートでつくられた、門から家の入り口までの道に皐月は倒れたのだ。
(そう───この家の、子だった)
 思ったとたん、すうっと自分の身体を、「皐月自身が通り抜けていった」。まるで、「今の自分が幽霊のようだ」。
 ぞくりとしたが、ぎりっと歯軋りをした。
(私は死んじゃいない)
 強く信じ込んで、立ち上がる。これは、皐月が青年に話そうとしていた話の中。皐月がここにきたことで、よりいっそう青年に話が伝わることを、彼女は知らない。
「どうしたの? 学校は?」
 庭を掃こうと箒を持って出た皐月は門のところにたたずんでいる、この家の男の子を見つけて声をかけていた。
 手には、女もののハンカチがぼろぼろになってぎゅっと握り締められている。
「ねえオバサン」
 男の子は、皐月のことをそう呼んだ。泣くのを堪えたような、声だった。
 皐月はそれを察し、歩いていって門を開いて招きいれ、ぎゅっと男の子のほっぺたを引っ張る。
「オバサンって呼ぶのは禁止。言ったはずよね?」
「痛いよオバサン」
「また言った」
 男の子は、泣き出した。その年にしては静か過ぎる泣き方だった。
「ねえ、」
 縋りつくような男の子の喉が、ぐっとしゃくりあげるのを堪えて鳴った。
「ねえ、
 ───お母さんのハンカチを持ってるのって、そんなにおかしいことなの?」
 男の子の頬を引っ張っている皐月の指の力が、ゆるむ。ハンカチはよく見れば、踏みつけられたあとでいっぱいだ。恐らく、「小学校にもなって母親のハンカチを持っていること」でいじめられたのだろう。
 この家の主の、奥方のことを思い出し、皐月は指を離し、つねっていた頬を軽く撫でた。
「ちっともおかしかないわ。だってそれは、あんたのお守りなんだから」
 さあ、涙を拭いて。行くわよ。
 そう言って箒を片付ける皐月を、男の子は不思議そうに見る。
「行くって、どこへ?」
「決まってるでしょ、あんたのお母さんのところへよ。病院知ってるんでしょ、案内して」
「……いいの?」
 驚いたような男の子を急かして、皐月は自転車を拝借し、男の子を後ろに乗せて道案内を頼み、走り出す。
 男の子は不治の病で入院しっぱなしでいる母親に何年ぶりかで会えて、今度は嬉しさに涙をこぼしていた。母親のほうは既に喋ることもできなかったから、ただ微笑むだけだったけれど。
 確かにその二人の間には、会話は成り立っていた。
 親子のあたたかな雰囲気が、確かにあった。
(だから、私は間違っていないと今も思ってる)
 過去に倒れこんでしまった皐月が、喋る。青年が相槌を打つ気配が、した気がした。

 家庭内のことには介入するなと言っておいたはずだ。これだから家事手伝いって奴は物事が分かってなくて困る!

 だからその夜、この家の主にそう怒鳴りつけられても、皐月は言い返したのだ。
「所詮家事手伝いっていう人に限って、まともにこなせないの。家事手伝いって結構広範囲にやることがあるし手際も良くなるし買い物とかで外にも出るし、面白いのに。運動にもなるし。あなたはお仕事ばかりで『介入するな』って人に言うくらい奥さんに会いに行ってるとも思えないんだけど?」
「由良さん、あなたは雇い主の口の利き方もなっていない、しかも根性の穢い人間のようだな。雇ったのが間違いだった。聖太(せいた)にも、こんな根性の悪い家事手伝いの言うことを聞いた仕置きをしないといけない」
「あら。人間、特に命根性穢くないと駄目よ。行っておくけれど紫藤(しどう)さん。あなたの奥さんは命根性は自分も穢いって微笑んでたわ、ずっと前に、まだ話せる頃にね。あなたがそんなじゃ、最愛の奥さんにだってなんにも伝わらないわよ」
「出て行け! クビだ!」
「クビがこわくて仕事やってられますかっての」
 仁王立ちのように腕組みをする皐月に今月分の給料を多めに投げつけた家の主に、男の子、聖太はしがみついた。
「待って───お父さん、ぼくが悪いんだ。だから由良さんをやめさせないで!」
「聖太、言ったはずだ。私に触るな」
「お父さん!」
「触るな! お前にそう呼ばれる義理もないと何度言ったら分かる!」

 確かに、その父親は聖太の本当の父親ではなかったけれど。
 自分の妻だけを、ただただ愛して不器用なだけではあったのだけれど。
 皐月には、赦せなかった。

 迷うことなく皐月は給料を突きかえし、その手で雇い主の頬を全身の力をこめて殴ったのだ。
 ───自分の手が、痛くなるくらいに。怒りで、涙が出そうだった。
「もうオバサンって呼ばないから」
 聖太が、荷物を持ってコートを羽織った皐月に、今度はしがみついてくる。
 玄関の外はとても寒くて。
 けれどこの世でただひとりの味方である皐月を引き止めている聖太の心は、もっと寒かっただろう。
「やめないで、お願いだよ」
 自分は確かに、正しいと思ったことをした。けれどなぜか、とても胸が痛かった。
 皐月はしゃがみこみ、聖太を抱きしめる。
「私からも、お守りあげる」
 そう言って皐月が取り出したのは、クリスマスにと聖太へ編んでいた、作りかけの若草色のセーター。
「素敵なクリスマスを。それと、お母さんのお守りも大事にね」
 風邪なんか引くんじゃないわよ。
 そう言って、
 皐月は。
 編みかけのセーターと母親のハンカチとを抱きしめて泣きじゃくる聖太を背に、
 その家で働くのを、やめた。
(あのあと、あの街を離れたから聖太がどうしてるか、ずっと気になってた)
 皐月は、うつむいた。
 ふと、視界が暗転する。



 過去の景色から、戻ってきた。
 けれど何かが───違うように、感じられた。
 そうだ、崩壊の音が、やんでいる。
 いやに───静かだ。
 青年のほうを見ると、ハープを弾く手をとめていた。かわりに、見覚えのあるものを持っている。
「それ、」
 思わず皐月は、青年に掴みかかるようにして「それ」に触れていた。
「なんで、これ……聖太にあげたセーター……なんであんたが持ってるの?」
 青年は相変わらず瞳を閉じたまま、少しだけくちもとに笑みを浮かべる。
「あのあとの紫藤聖太は、とても不遇な一生を送った……けれど、本人は最期、事故にあうまでこのセーターと母親のハンカチを持って微笑んで、こう言った」
 ふわと、ガラクタの隙間に高校生ほどに成長した、半分透き通った姿の聖太が現れる。
「聖、太」
 皐月のくちびるが、震えた。聖太は自分のことが、見えているだろうか。
 分からなかったけれども、聖太はまるで皐月が見えているかのようにまっすぐに彼女の瞳を見て、言った。
<ぼくには二人のお母さんがいた。ひとりは早くに天国に行ってしまったけれど、もうひとりのお母さんは今でも元気にしているって、そのお母さんの近所に住む同級生の子から聞いた。ぼくはいっぱいの宝物をもらった。誰がぼくのことを不幸だったと言っても、胸を張って言える。
 お母さんたちに、言えるんだ>

 ───ぼくは、しあわせだったよ───

 消えかかる聖太に、皐月は思わずのように、抱きついていた。不思議と、聖太の残留思念に抱きつくことができたのは───この青年の、しわざだろうか。
 ずっと言えなかった、言いたかった言葉を、皐月は見つけたから。
 涙は流すまいとこらえて、けれども声の震えは隠せなかった。
「大きくなったね、聖太。私あの時、言い忘れた。
 『ごめんね。お父さんのことも、分かってあげられる、いい大人になるんだよ』
 って」
 ふふ、と聖太は笑ったようだった。声変わりのした声。皐月の背を追い越した聖太。
<ありがとう、ぼくのもうひとりの───大事な、お母さん>
 聖太の姿が、消えてゆく。ぽつりと涙が落ちてゆくのは、きっと気のせいだ。この青年が仕組んだ幻だ。けれどもにじむ視界に、聖太の残留思念は最期にきらりと光って確かに消えて。
 泣いている証拠に、背中にかけられた青年の声がくぐもって聞こえた。
「気が強い、いい母親だったみたいだな。きみは」
「……、……」
 意地をはる言葉を言いかけたけれど、それはため息になった。
 ふかくふかく息を吐いて、鼻をすすって涙もやむと、皐月は赤くなってしまった瞳でようやく青年を睨みつけた。
「名前くらい、教えて。こんなのフェアじゃない」
「すまないな。これがこの世界の崩壊の鍵だったものだから」
 青年の言葉に、「鍵?」と皐月は首をかしげる。
「この世界は、迷い込んだ者の引っかかりや堪えているもの、耐えているものを吐き出してようやく、唄が唄えるようになる。そうして新しい世界が創られる。もしきみが俺を信じて話をしてくれなかったら。『引っかかり』を正直に話して、その原因である聖太という少年にあの『引っかかり』の言葉をかけなかったら。今頃俺もきみも、崩壊で押しつぶされていた」
 心の、生まれ変わりの場所のようなところなのか、と思う。
 青年は、ゆっくりと自分の名をつむいだ。
「俺の名を言えば、ここから出られる。元の世界へ戻っても、きみは覚えているだろうか。ここのことを、俺のことを。
 俺の名は、」

 ───ラズフィン。

 待ってと言う暇もなく。
 皐月は、急激に襲う眠気に、意識を手放した。



 その夜、元の世界に無事に戻った皐月は、夢を見た。
 それは、ゆるやかな唄と共に真っ白な植物や建物が次々に構築されてゆく、不思議な夢だった。
 そこに佇む青年の名を、彼女は覚えている。
 人の心の生まれ変わりの場所を、自らの命を賭してまで護り続けている。
 彼の名は、ラズフィン。
 彼が人の心の生まれ変わりの時に唄う唄。
 それは、
 永久に人の心に在り続ける、
 Last Song。


《完》

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5696/由良・皐月 (ゆら・さつき)/女性/24歳/家事手伝
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、完全個別ノベルです。その中でも「実は人の心の生まれ変わりの場所だった」というなんともありきたりと言ってしまえばそれまでのオチのOPなのですが、個人的にとても気に入っています。
何よりも、ラズフィンと皆さんがどのようにしてどんな関係を築くのか、話をするのかを書くのが楽しみなのです。
今回は皐月さんのプレイングの全てを反映することが出来ず、記憶をなくしているというOPでしたので青年(ラズフィン)のハープの力を貸りました。皐月さんの過去の出来事を、勝手に書いた形になってしまいましたが、お気に障りましたら本当にすみません;やはりここの言動が違うなどありましたら、またご縁がありました時の参考にさせて頂きますので、遠慮なく仰ってくださいね。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回もそれを入れ込むことが出来て、本当にライター冥利につきます。本当に有り難うございます。
次はどのような展開になるのか、同じシナリオでもPC様次第というこの面白さにハマり気味で、書き手としてもちょっと楽しみにしております。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2005/12/23 Makito Touko