コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


月残るねざめの空の ―参―


 廓への路を示されて以来、真言にとり、立藤という女の存在はその存在感を一層色濃いものへと変わった。
 考えてみれば、そもそも遊郭という場所がどんなものであるのか、その意味すらも碌に知らない身である。否。正しく云えば、知らない事もない。無論知識としてだけの認識に過ぎない以上、もしかすると誤った情報等も含まれているのかもしれないが。
 
 廓に行ってみよう。
 そう思ったのは、とある日、バイト先からの帰路途中の事だった。

 気がつけば、辺り一面の風景は既に冬の一色で染め上げられている。クリスマスの賑わい。それを過ぎればすぐに年末年始の慌しさがやってくる。バイト先がコンビニである以上、年末年始の休暇等には無縁といっても過言ではない。真言にとっての冬の風景は、そういった慌しい賑わいに充ちたものでもあった。必然、帰りの時刻もまた常時に比べて遅くなる。帰路に着く頃にはもう夜の帳は世界を覆い尽くしているのだ。

 遊郭の意味を、知らないわけではない。
 ――ならば、立藤もまた、その意味が持つものに従事しているのかもしれない。
 そう考えるたび、真言は強くかぶりを振ってその思考を否定する。
「……でも、このまま続けていくのも、事実から態と目を逸らしているような気もするんだ」
 己に対し、言い訳めいた言葉を呟く。
 そして、真言はふと足を留めて目を閉じた。その姿勢で、深くイメージする。夜の帳が自分をゆっくりと包みこんでいく様を。
 夜の色は、立藤の眼差しに似ている。
 深い闇でありながら、決して恐ろしいものではない。見入れば決して逸らす事が出来なくなるような、安らぎに充ちた夜の色。

 ふう、と、聞き慣れた香が鼻をくすぐった。
 真言が目を開けると、そこは通い慣れた四つ辻の大路の上――否、正しくは、そこに開いた横道があった。
 闇を照らす赤い提灯が風に揺れてゆらゆらとぼうやりとした影を落とす。
「登楼は初めてで?」
 そう問われ、目を向ける。そこには顔の判然としない男が一人立っていた。
「登楼……? ここへ来るのは初めてだが」
「敵娼はもうお決まりで?」
「……いや、ここには立藤が居るかもしれないと思い、来てみたんだが」
 答えると、男はニマリと笑みを浮かべ、頷いた。
「立藤太夫! ええ、存じておりますよ。ささ、こちらへ」
 そう云うと、男はささと足を進めた。
 
 道すがら、行き過ぎる幾つかの建物は、四つ辻にあるような棟とはまるで異なるものだった。
 煌びやかに飾られた家屋にはどれも格子が建てつけられており、その向こうには、確かにさざめく女達の気配が漂っている。
「これが仲之町ってえ呼ばれる通りでしてね。番所は無えんですが、まあ秩序を乱す輩なんてのもいやしませんからね」
 前を行く男は振り向きもせずにそう云って肩を揺らした。
 真言は、男の言葉にただ黙していたが、男は特に気を悪くしたりといったような様子も見せず、大通りから横道へと踏み入っていった。
「さ、あれが太夫の居る郭ですよ」
 指で示され、真言はそちらに顔を向ける。そこにはやはりこれまで横目に見遣ってきた家屋と同じような造りを施された建物が建っていて、格子の向こうには確かにさわさわとさわめく女達の声がした。
 真言は去っていく男に礼を述べ、ゆっくりと、示された格子の傍へと歩み進む。
 格子の中に居た女の数は、思っていたよりも多かった。然し、その大半は、先程のあの男と同様に、顔の判然としない者ばかりだった。
 女達は煙管や扇を手に持ち、ゆったりとした所作でこちらを確かめている。と、煙管の一つが格子から抜き出して真言の袖をついと引いた。
「よもや、いらしてくださるとは思わなんだ」
 煙管の主は立藤だった。
 真言は格子を片手で掴み、向こうに居る立藤に目を遣った。
 夜の色を映した眼差しに、艶やかな黒髪。それに飾られた簪は、確かに真言が送ったものだ。
「……今日はここに居たんだな」
「ふ、ふ。何時も何時も四つ辻の大路に立っているわけにもいきんせん」
 そう答えると、立藤はゆっくりと立ちあがり、真言を手招いた。
「さ、此方へ来んなんし。宴席のしたくは済んでおりんすよ」

 通された部屋には、立藤の言葉の通り、こじんまりとした宴席の用意がされていた。
 真言が勧められたのは下座。上座には立藤が座り、場には、しばしの沈黙が訪れる。
 案内してきた者が席を立つと、それまで口を閉ざしたままだった立藤が、ようやくぼそりと言葉を告げた。
「色里遊びには決まり事が定められてありんす。わっちにとって、ぬし様との面識はこれが初では無いにしろ、廓としては紛れもなく、この度が初会となりんす」
 そう述べてふわりと笑むと、立藤は両手を合わせて首を傾げる。
「初会?」
 その意味を知らない真言は、立藤の顔をまじまじと見据えて訊ねた。
「云ってみれば見合いの席のようなもの。この度は一度目の目通りなれば、初会にあたるもの。二度目の目通りで裏を返し、三度で馴染みとなるのでありんすよ」
「……よく理解出来ないな」
 首を傾げた真言に、立藤はふふと笑って酒を勧めた。
「見合いから婚姻までは相応の段取りを組みんすね」
「ああ、それはそうだろう。初めて会った相手に求婚するというのも……」
 そう返しかけ、真言ははたりと口を止めた。
「……なるほど、そういう事か」
 頷く真言を、立藤は微笑をたたえ、見つめていた。

 再び沈黙が訪れた。
 立藤に習い、それから以降は真言が立藤に酒を注いだ。曰く、「初会では客が花魁を接待するのだ」という事らしい。
 また、通された部屋も、立藤の部屋とは異なる部屋であるという。
「馴染みとなり、初めて、わっちの部屋にお通し出来るようになるのでありんすよ」
 首を傾げてしゃなりと笑う。
 真言は立藤の顔を見つめるだけで、それきり、廓での決まり事には触れないようにした。

「立藤は四つ辻でいつも何をしてるんだ?」
 朱塗りの杯を口に運びつつそう訊ねると、立藤はしばし思案するような表情を浮かべた後に口を開けた。
「四つ辻には様々な魑魅共が跋扈してありんすね」
「……ああ、そうだな」
「わっちには、あの者共を眺めて言葉を交わし、その心に触れるのが面白いものだと思えるのでありんすえ」
「……あんたはあいつらの仲間じゃないのか?」
 真言の問いかけに、立藤はしばし口を閉ざす。
「仲間とは、はて、如何なる線引きでもって判別するものでおざんすか?」
「いや、それは……」
 訊ね返され、今度は真言が口を噤む。立藤は口を噤み思案する真言を見遣って小さく微笑い、杯を台座に戻して首を傾げた。
「情と名を冠する心を判別する術は、もしや、これといったものは定まってはないのかもしれんせん。友情でも恋情でも、それは知らぬ間にぼうやりと灯っている行灯の火のようなものであるように、わっちには思えんす」
「……」
 告げられた言葉に、しかし真言はやはり口を閉ざしたまま。 
「……俺は」
 ようやく口に出来た一言を、ぐうと飲みこんで目をしばたかせる。
 ――――俺はあんたとの距離を知りたいのだ、と。そう訊ねようとする度に、心のどこかがそれは野暮だとごちているような気がして。
 立藤は真言の躊躇の意味を知ってか知らずか、浮かべている笑みはそのままに、つと腰をあげて真言の傍らへと歩み寄る。
「わっちの心は、わっちの心のみが知るものでありんす。けれどそれを言葉と成して伝える事で、わっちの心は相手の心へと届ける事も出来ましょう」
 そう述べて、真言の頬につと指をのせる。その指が払ったのは小さな糸くずだった。
「心を相手に伝えるには、それを言葉と成す事も、時には必要なものでありんしょう? ゆえにわっちはあの場に赴くのでありんすよ」
「……俺の心は……」
 弾かれたように飛びだした言葉を、真言は再び飲み下す。
 自分の内にあるこの心は、どう形と成せばいいのか。――――今はまだよく分からない。
「……でも、あんたとこうして会って、話しをしたいとは思う。……それが、俺の今の心だと思う」
 そう続け、杯に残っていた酒を一口にあおる。
 立藤はただ、傍らで静かに目を細ませていた。 




□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【4441 / 物部・真言 / 男性 / 24歳 / フリーアルバイター】

NPC:立藤

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
         ライター通信          
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

いつもお世話様です。いつも立藤を構いに来てくださって、ありがとうございます。

今回は初の色里舞台という事で、改めて遊郭に関する資料などを見なおしてみました。
遊郭は華を売るための場所なのですが、そこで遊ぶにはきちんとしたルールを守らなくてはいけません。それを知るに、廓というのはとても粋を大事にしている世界なのだと改めて思えます。
そういった粋の部分を描写出来ていればと思いながら、楽しく書かせていただけました。またよろしければ裏を返しにいらしてください(笑)。

それでは、今回はこの辺で。またお会いできますことを祈りつつ。

今年は大変お世話になりました。また来年度もよろしくお願いいたします。
よい年末を。