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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


創詞計画200X:CODE03【SIDE S】



■これまでのあらすじ■


 東京に現れた謎の巨大な生命体――〈メロウ〉『キラーズ』が唐突に消え失せた、そのときに。
 札幌では連続殺人犯、〈切断魔〉ことヒュー・メタリカが逮捕された。美容室『ママ・セッド』の人気美容師は、こころを病んだ異能力者でもあった。彼は万人には理解しがたい動機から、人間を輪切りにして殺しつづけていたのである。
 視界に入ったものを容易く『切断』する能力を持つ彼の身柄は、道警からIO2に引き渡された。
 視界をふさがれてもなお、彼は「天使を見た」とささやく。
「天使を救えない人間はいらない」とも、「ともだちを助けなくてはならない」とも。

 彼は一体どこで天使を見たのか。
 わかっているのは、彼が振動に急かされるようにして犯行を重ねていたということだ。振動を放つ、白銀色の生命体は――天使、と呼べるものなのだろうか。


■恐怖症■


 目隠しが怖いわけではない。暗闇が怖いのだ。この暗黒の中にいると、昔々の記憶がよみがえってくる気がしてならない。せっかく忘れることができていた、あの恐ろしく忌まわしい記憶がやってくる。懐かしいのかもしれないが、どうしようもなく恐ろしい。
 自分ではどうすることもできないのだ、かたちのないものを追い払うことはできない。かたちのないものを切り刻むことはできないのだから。
 闇にも記憶にもかたちはない。オーヴンだ、子供を焼き払うためのオーヴン。クローゼットの中、子供を押し潰すためのクローゼット。暗闇が怖いのだ。自分ではどうすることもできないから。
 だから光を求めたのだろう。白銀いろの光を。



■だれも知らない人たち■

「動かないで」
 突然、バー『ケイオス・シーカー札幌店』裏で、少女の声。
「九尾桐伯さんね」
 まさしく、背後から声をかけられたのは、『ケイオス・シーカー』のバーテンダー、九尾桐伯だ。少女の声は、桐伯にとって、聞き覚えのないものだった。目の前にある勝手口のドアを見つめたまま、ちいさく桐伯はため息をつく。
「どちら様でしょうか」
「ササキビ・クミノ。ネットカフェ『モナス』を経営しているわ」
 意外にも、あっさりと答えが返ってきた。
 ササキビ・クミノと名乗る少女の口調は、どこか威圧的で機械的だったが、悪意や敵意はこもっていない。
「ヒュー・メタリカの確保に貢献したそうね」
「……それをご存知とは。IO2の方ですか」
「いいえ。貴方と同じ、真実を求めている側」
「……ご用件は?」
 ササキビ・クミノに敵意がないのは確かだが、桐伯は念のため、振り向かなかった。
「ヒュー・メタリカが貴方たちに会いたがっているらしいわ。道警と連絡を取るべきだと思う。メタリカはきっと真実を話すだろうから」
「ずいぶん深いところまで探られようですね」
「あれほど異常な殺害方法――興味を持たないほうがおかしいわ」
「……それもそうです」
「私も真実を知りたい。メタリカに面会に行くときは一緒に連れて行ってもらいたいの」
 それが近づいてきた理由であり、情報を提供した見返りというわけだ。普段の桐伯なら、「情報を自分から求めたわけではない」と、要求を突っぱねていたかもしれない。
 けれども、この夜の桐伯は、頷いたのである。
「わかりました。連絡します。ネットカフェ『モナス』でしたね」
「感謝するわ」
 少女の気配は、すう、と動いた。
 桐伯はすぐに振り向いたが、少女の姿はどこにも――見当たらなかった。ただ、桐伯の耳には、ぶうん、という機械装置の唸りがかすかに届いていた。例の振動とは違う、人工的な、冷たい音だった。ササキビ・クミノがまとっていた音に違いない――。


「あ、おばさーん、こっちこっち!」
 コーヒーショップの他人たちも思わず振り向くほどの大声。大げさな手招き。それに苦笑しながら、そのテーブルを目指すおばさんは、藤井せりなだ。せりなを呼んでいたのは、大学生の風見真希。地下街のコーヒーショップは今日も人でごった返していたが、真希の恥も外聞もないオーバーアクションのおかげで、せりなは店内をきょろきょろとさまようはめにならずにすんだ。
「遅くなってごめんなさい」
「あ、いーのいーの。べつに急がないと命が危ないってわけじゃないんだしー」
「話ってなあに? ……あ、それより。どうやってうちの電話番号を? あの日、連絡先交換しなかったこと後悔してたのに」
「電話帳。おばさん、お花屋さんだって言ってたじゃん。黄色いほうの電話帳の『生花店』、かたっぱしからかけてったの。せりなさんいますかー、って」
 なんという恐るべきガッツ、そしてなんという地道で素朴なやりかただろうか。せりなは目を点にした。鼻やというものは、どの町でも意外と多いものだ。それを真希は50音順にあたっていった。真希はことの重大さを表情にこそ出していないが、よほどの用件なのだろう。
「なにかあったの?」
「怪文書が届いたの」
 いまどき少年漫画でも言われないような台詞で、真希はせりなに迫った。迫りながら、鞄から紙切れを取り出した。
「ま、怪文書っていうより、怪メールかな」
 差出人の名前は、ランダムな英数字の羅列。メールアドレスもフリーメールアドレス――いわゆる、捨てアドレスというものだろう。内容は――
『〈切断魔〉ヒュー・メタリカが貴方たちに会いたがっている。一言文句を言いたいのかしら。〈切断魔〉を捕らえた貴方たちに』
 警察は、〈切断魔〉がヒュー・メタリカであることを公表しなかった。メタリカが異能を持つサイコであったことから、IO2が情報を操作したのだろう。しかし、札幌市民を〈切断魔〉の恐怖から解き放たなくてはならない――〈切断魔〉は、ヒュー・メタリカとは似ても似つかない名前と顔で報道された。顔写真は、どこかの国の極悪人の写真を巧みに合成したものだった。
 そう、すなわち。
 ヒュー・メタリカという存在が、風見真希たちによって捕らえられたということを知っている人間は、限られているということだ。


 バー『ケイオス・シーカー』が開店と同時に迎えた客は、おおよそバーの雰囲気には似つかわしくない風体の男だった。和装だったのだ。男をひとめ見た途端、桐伯はグラスを磨く手をとめた。
「いらっしゃいませ、瀬崎さん」
 忘れもしない、その和装の男は瀬崎耀司。桐伯の挨拶は苦笑まじりだった。耀司はわざわざ酒を呑みにここに来たわけではない――酒を呑むなら、きっとこの男は家の縁側か料亭で日本酒を傾けるたちだろうから。
「いいお店です。繁盛しているのでしょう」
「おかげさまで、そこそこに」
「ヒュー・メタリカのことを?」
 単刀直入だ。桐伯は笑みを答えとした。
「警察はメタリカの名前を公表しなかった。例の情報の信憑性は高い。早速道警の嘉島警部と連絡を取りましてね。近いうち、メタリカに会いに行くつもりです」
「……それは、奇遇です。私も近いうちに、行くつもりでした」
 桐伯は手にしていたグラスを置いた。
 さて、瀬崎耀司にはどんな酒を出したものか。
 まだ、耀司の他に、客が来る気配はない。


■プラスチックの檻■

 道警の嘉島に連絡を取ると、拍子抜けするほど簡単に、ヒュー・メタリカとの面会の話がまとまった。メタリカとの面会を求めたのは4人とひとり。瀬崎耀司、風見真希、藤井せりな、九尾桐伯だ。桐伯がササキビ・クミノの名前を同行者として挙げたが、これもすんなり認められた。5人とも、メタリカともども、IO2に情報を掴まれて、ひそかに監視されているのかもしれない。
 4人が道警と接触したタイミングはばらばらだったが、メタリカとの面会は同日同時刻にまとめられていたことを、彼らは当日知ることになる。
 先日メタリカの大捕り物に加担した4人とササキビ・クミノは、道警から指定された場所でばったり出会い、驚いたり再会を喜んだりすることになった。
「なんだか話がうまく進みすぎて逆に不安なんだけど……考えすぎかしら。メタリカが気になるのは確かだし、行くしかないのよね」
「向こうも我々に会いたがっているそうですし」
「ちゃんと目隠しして鎖かなんかで縛ってるんでしょー? だいじょぶだいじょぶ。あのときも皆でやっつけられたんだし、なんとかなるって」
 楽観的な真希の言動を責める者はひとりもいなかった。全員が油断しているわけではなかったが、真希の言葉には妙な信憑性があったし――IO2も馬鹿な組織ではない。殺人者であり、能力者でもあるヒュー・メタリカを放し飼いにはしていないはずだ。
 指定された場所は札幌駅から地下鉄で10分ばかり揺られた先にある、静かな郊外の、灰色の建物だった。町の中には、中になんのオフィスが入っているのか見当もつかない、人の興味もろくに引かないビルがいくつも建っているものだ。メタリカが囚われているのは、そんな当たり障りのない一見のビルのひとつだった。

「『天使』の名をかざし、殺人を重ねていた異常者か」
 エレベーター前で担当の人間を待つ間に、耀司が顎を撫でながら、やはりどこか嬉しそうに呟いた。
「本当に天使が彼に人殺しの命を下していたのだとすれば、天使は人間を正しい道に導く、慈愛に満ちた存在ではないということになるな」
「メタリカのこころは“普通”じゃなかったわ。そんな人が言っていた『天使』は、本当の『天使』って言えるのかしら」
 あの日ヒュー・メタリカのこころを垣間見たせりなが、耀司の独白に反応した。彼女の澄んだ蒼眼はしかし、自信なさげに床に向けられている。
「そうでした。藤井さん、あなたはメタリカに『心が二つある』と仰いましたね」
「ええ」
「案外『天使』はすぐそばにいて、彼にずっと囁き続けているのかもしれませんよ」
「……『天使』が……メタリカの中にいるってこと……?」
「二つある心のもうかたっぽかあ」
「……メタリカは“普通”ではない」
 ずっと黙っていたササキビ・クミノが、唐突に口を開いた。
「藤井さんの言うとおり。ヒュー・メタリカの言葉をそのままの意味で受け止めるのは危険だわ」
 黒服の男がふたり、エレベーター前にやってきた。彼らは非常に事務的な態度で、パスワードを求めるエレベーターを操作し、一行を地下に導いた。
 エレベーターを降りた先は、異様な静寂に満たされた、薄暗く冷たい回廊だった。
「ねー、あのさあ」
 真希は黒服にも、いつもと変わらぬ調子で声をかけた。黒服は戸惑った様子も怒りの形相も浮かべず、真希を見下ろす。
「なにか?」
「メタリカの調査書とかあるんでしょ? 見せてよ」
「……彼に関する情報は最重要機密として扱っている。公開はできない」
「なんでさぁ」
「……」
「税金使って仕事してんでしょー? だったら納税者にもっとフレンドリーでなくちゃ、もっと嫌われるよ」
「……」
「黙秘ですか。よほどヒュー・メタリカの存在を隠したいらしい」
 にい、と耀司が嗤った。黒服の表情は……、ぴくりとも動かなかった。おそらく、この手の嫌味は言われ慣れているのだろう。
 これがIO2というものなのか、とそのやり取りを見てせりなは思った。IO2は敵ではないが、どうやら気安く味方についてくれるものでもないらしい。特に、せりなたちは能力者だった。
 ――メタリカ予備軍。私たちは、そういうこと。
 心を覗き、炎の色を確かめるまでもない。黒服はきっと、そう思っている。


 ヒュー・メタリカは厳重に拘束されていた。黒色の拘束服に、あやしい紋様が入った目隠し。椅子には鎖や紐や呪符でくくりつけられている。まるで悪魔か妖怪に施す『封印』のようだ。
 メタリカはコンクリートで固められた灰色の部屋の中にいて、鉄格子が嵌まったドアや、分厚いマジックミラーの窓に背を向けられていた。ひとまず、話をする人間が彼の視界に入ることはなさそうだ。メタリカは首もがっちり固定されている有り様で、振り向くことさえ許されていないらしい。
「面会だ」
 黒服がマイクに向かって短く告げると、
『がっかりしたよ』
 部屋の中で、メタリカが声を上げた。一行がいる部屋のスピーカーから、メタリカのかすれたその声が響く。それは黒服の言葉に対する返答だったのだろうか。
『まだ天使を助けに行ってくれてなかったのか』

 ン――――――――。


■天使、天使、天使■

 メタリカの心の動きについては、せりながミラー越しに監視することになった。
 メタリカの中では、相変わらず二つの心が競り合っている。壊れた心と見たこともない心だ。見たこともない心は、時折白銀いろのきらめきを吐き出して、ゆらゆらと――しかし確実に、力をつけ始めている。
「白銀か。またしても白銀が鍵になっているとは」
 耀司が、赤と黒の目を細めた。
「現れては消える〈メロウ〉……『キラーズ』と『アイアン・メイデン』も、白銀を持っていた」
「やはり、彼の中にいるのは〈メロウ〉と同等の存在でしょうか?」
 桐伯の疑問には、せりなも――誰も答えることはできなかった。
「……あの怪獣を実際に見てみないと、同じような心かどうかはわからないわね。テレビの映像からじゃ、わからなかったし」
「メタリカ」
 クミノが静かに問いかけた。
「天使を救う力を持っていなければ、誰でも切ったの?」

『普通の人間じゃ天使は救えない』

 メタリカがはっきりと返答をした。クミノの質問は、質問として受け止められたようだ。
『僕でもかなわなかったし、きっと僕のマムもかなわなかっただろうな。生きていても、マムだってだめなんだ。あいつは「ピース・オブ・マインド」を持ってる。……暗いよ、もう少し明るくしてくれないかな。僕は寝るときも明かりをつけてるほうなんだ。マムを思い出すからね』
 しかし、続く言葉には唖然とさせられるより他はなかった。支離滅裂とはこのことだ。話している内容はもしかすると重要なのかもしれないが、一行にはまったく理解できない。
 ぽかん、とした表情のまま、今度は真希がメタリカに尋ねた。
「ねえ、いつ頃から“普通”じゃなくなったの? 少し前まではふつーに人殺してたんでしょ?」
「そう……いつから、『天使』を助けたくなったの?」
『「フィアー」に会ってからだよ。頭痛いな、決まってるじゃないか。「フィアー」の友達は僕の友達でもあるからね。だいいち「フィアー」はなんだかすごく焦ってるみたいだし――』
「待って」
 クミノがメタリカの言葉を遮った。
「『フィアー』って?」
『ここにいるよ。「フィアー・オブ・ダ・ダーク」』

 一瞬の沈黙のあと、せりながあっと小さく声を上げた。
 壊れた心の炎が、不意に燃え上がったのだ。ガラスの向こうで、メタリカががくんと身体を揺らした。封印がばりばりと紫色の稲妻を放ちながら揺らぐ。
『おい、ちょっと! 暗いったら! もう悪いことしないからここから出して! 暗いのは嫌だったら! くそっ、くそ、こんなロープ、切れたらいいのに! 切れたら! 切れたら! 切っちゃえばいいんだ! ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい、僕が悪かったよ! 殺しちゃってごめんなさい!』
「ちょっとちょっと、落ち着きなよー! 天使はあたしたちがなんとかしてあげるからさー、暴れたらなんかケガしそうだからやめたほうがいいって!」
 べたっ、と窓にはりついて、真希が声を張り上げた。


 ン――――――ンンンン――――――ン――――ッ!


「……『フィアー・オブ・ザ・ダーク』。それが……彼の中にいる天使の名前でしょうか、ね」
「天使言語ってやつ、試してみよっか」
 ガラスに張りついたまま、真希が振り向いた。その顔にはやはり緊張感も恐怖もない。
「あまり刺激しないほうがいいと思うけど」
「大丈夫。それに、天使がもしとり憑いてたりするんだったら、とり憑く相手間違ってるって。それにやっぱし心はひとりにつき1コのほうがいいでしょ」
「……ふむ。天使がメタリカを『選んだ』理由が気がかりだが……メタリカと意思の疎通が難しい以上、『フィアー・オブ・ザ・ダーク』のほうに問いの矛先を向けたいところだ。やってみる価値はあるだろう」
 メタリカは振り向けない。視界は閉ざされている。切りたいものは見えていないはずだ。真希は天使言語とも呼ばれるエノク語を、前もってすこし調べてきていた。外国ではその気になれば片言の英語でも会話はできるという。片言のエノク語で、天使と会話はできるだろうか――。
 真希は、できる、と思っていた。何事も気合だ、とも。

 fu;w 3:@w9 メタリカto!


■天使のようなもの■

 ンン――――――ンンンン――――――ン――――ッ!!

 優れた聴覚を持つ桐伯は、思わず耳を押さえた。しかしそれは、彼が誰よりも耳をかばうのが早かっただけの話で、すぐにその場の全員が耳をふさいでいた。メタリカにほどこされた魔術的な封印をものともせず、その振動は生まれて弾け、白銀いろの光がコンクリートの部屋を満たした。
 ずるり、という音がふさわしい動きで、白銀いろに輝く『怪獣』が姿をあらわす。かれはメタリカの背から、まるでさなぎから孵った虫のように姿を見せたのだ。
 おお、と耀司は思わず感嘆の声を漏らして、耳から手を離し、マジックミラーに近づいていた。
「天使……いや、これは……〈メロウ〉!」
 まるでメタリカに翼が生えたようにも見えたが、その翼には虫のような脚が4本ばかりついていた。脚はつめたく硬い床をかりかりと引っ掻き、その翼だけで構成されているかのような身体を、マジックミラーの向こう側にいる5人に近づけてくる。
 その姿は、連日テレビや雑誌や新聞で伝えられている、白銀の怪獣――〈メロウ〉に酷似していた。何百分の一のミニチュアと言ってもいいだろう。違うのは、この怪物に脚が生えているということぐらいだ。頭部もなければ胴体もない。
 メタリカは――死んではいないようだが、もう錯乱してはいなかった。眠ったように大人しくしている。
「……なんて……きれいな……」
 心。
 せりなはこれまで、ずっとずっと、見たくもない人の心を見てきた。汚い色の炎も多かったが、きれいな炎もまたたくさん知っている。しかし、いま目の前にいる白銀いろの生命体の心は、どんな人間の心よりも美しかった。清らかで――
「……子供みたい……」
「子供なんだよ、きっと」
「どうしてメタリカに憑いていたのかしら」
 白銀いろの怪獣を見て、クミノは一層冷静になっていた。
「ここまで特徴が酷似しているのだから、東京や小笠原の〈メロウ〉事件と無関係だとは考えにくいわ。〈メロウ〉のことを知っているかどうか、聞いてみてもらえる?」
「難しい注文だなー。ちょっと待って」
『〈メロウ〉じゃない。〈リリック〉だったんだよ』
 真希が鞄からエノク語をまとめたノートを出そうとしたとき、うつろな声でメタリカが言った。
『でも、もう過去の話だ。「フィアー」は〈メロウ〉になった。〈リリック〉のままでいるべきだったんだ。僕の狂気と恐怖を抑えつけてくれていた。僕は“普通”の人間でいられたんだ。ほんの何ヶ月だけど、生きているのが楽しかったよ。暗がりのことだって忘れていられた。「フィアー」は僕の友達だ』
 メタリカは〈メロウ〉を知っている。
 〈メロウ〉のなにかを知っている。
 けれどもそれを問いただすことはできなかった。
『でも僕は、殺して、捕まってしまった。きみたちは自由だ。どうか、僕の代わりに、天使を助けに行ってくれないか。「フィアー」は狂ってる。僕の心を知りすぎたんだ。僕はこの世にいらない人間だろうけど、天使はこの世に必要な存在なんだ。助けてやってくれ。「フィアー」は狂ってる』

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ンンンンンンッ!

 重い振動が部屋を駆け巡った。地響きがし、メタリカの身体から血が噴き出した。彼の身体が切断されたらしい。
 マジックミラーも、壁も、天井も、振動が切断していく。
 小さな〈メロウ〉の姿は、ぐん、と一瞬でひと回りもふた回りも大きくなった。鷲よりも大きな白銀の翼を広げて、〈メロウ〉『フィアー・オブ・ザ・ダーク』が飛び立つ。

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 瓦礫と振動が舞う中で、5人の探究者たちは身を伏せる。建物は切り崩され、『フィアー・オブ・ザ・ダーク』が――飛び去った。

「メタリカ!」
 せりなが、もうすでに壁にもガラスにも隔たれていない部屋で横たわるメタリカに手を伸ばす。桐伯が咄嗟に、せりなを制した。倒れているメタリカの視界の中に入らせてはいけない、と思ったのだ。
「危険です! 傷ついていても、彼の能力は――」
「彼がどうして目隠しを怖がっていたか、わかる? 彼にどうして『切断』の力が宿ったか――わかる?」
 桐伯はせりなの顔を見て、息を呑んだ。せりなは涙ぐんでいたのだ。
「彼は虐待されていたの。実の母親からよ。クローゼットとオーヴンに何日も閉じ込められたりして。頭がおかしくなっちゃって当然だわ!」
「……九尾さん。藤井さんを放してあげて」
「しかし」
 クミノは無表情で、ゆっくりとかぶりを振った。
「メタリカは気絶してる」


■いってしまった■


 瀬崎耀司は、汚れた丹前やあちこちにできた痣を気にも留めず――いや、気に留めるどころではないのだ――目の上に手のひさしをあてて、『フィアー・オブ・ザ・ダーク』が飛び去っていく方角を眺めていた。むろん、嬉しそうな笑顔だ。すぐそばで起こっている血臭にも興味を示さない。
 桐伯はあまり賛成したくなかったが、せりなと真希がメタリカの目隠しを外して、傷の具合を診た。両腕は輪切りにされていて、肩から切り離されていた。拘束具のバンドも、すべて切断されていた。
「出血が多いわ。腹部にも裂傷がある」
「助かるかなあ」
「可能性は低いわね」
 クミノは冷徹だった。
 せりなはのろのろとかぶりを振る。
「……ああ……」
 眉をひそめて、メタリカが目を開けた。クミノと桐伯の表情が強張ったが、せりなと真希は対照的に、微笑んだ。
「よかったね。目隠し取れて」
「……『フィアー』は……」
「札幌……うむ。中央区のほうに行ったようだ」
 耀司は相変わらず空を見たまま、どこかのんびりした口調でメタリカの問いに答えた。
「そうか……行っちゃったか……。……頭痛は治ったけど……なんだか今度は寒くなってきちゃったよ。……札幌は寒いな。寒いのも暗いのももううんざりだ……」
「もう暗くないでしょう?」
「……まあ……そうだね」
 メタリカは横たわったまま、視線を泳がせた。
 彼が見つめたものが切断されることはなかった。
「……天使を助けに行ってくれるね? ……約束……したよね?」
「うん」
「じゃあ……安心だ。……『ピース・オブ・マインド』には……気をつけたほうがいい。あの〈リリック〉は……強いから……」
「教えてほしいの。〈メロウ〉と〈リリック〉とは、一体なに?」
「……僕は知らない。研究してたのは科学者たちだし……。ただ……、〈リリック〉は……、友達だったんだ。忘れさせてくれたんだよ。怖かったことを。だから、一緒にいるときは……普通の人間で、いられた気がするのに……」
 メタリカはそこで、眉をひそめた。
「『フィアー』は……狂ったんだ……かれを……とめなくちゃ……」
「貴方と同じように、『切断』するものになったかもしれない」
「…………なんだか、まぶしい。マム、許してくれたかな」
「ええ、きっと」
「そうか。……ああ、助かった……もう怖くないな…………」
 そこで初めて、全員が空を見た。昼下がりの空は晴れている。
 晴れた空に、きらりと、白銀いろの一点が浮かんでいた。


■いらないものがこんなにたくさん■

 きゅ、と地上を見下ろせば、
 自分を見上げているものと、自分には気がつかずに歩いていく人間たち。
 行き交う車。信号に従って停まり、或いは走りだす。
 デパートと地下街に入っていく人間たち。手を引かれている子供。大通り公園の鳩が一斉に逃げていく。けれど人間は逃げない。いつもと同じだ。白銀の翼が太陽をちらりとさえぎっても、なにも変わらない。

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ン――――――――――ッ!!!




〈続〉


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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【0332/九尾・桐伯/男/27/バーテンダー】
【1166/ササキビ・クミノ/女/13/殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【3332/藤井・せりな/女/45/主婦】
【3995/風見・真希/女/23/大学生・稀に闇狩り】
【4487/瀬崎・耀司/男/38/考古学者】

【NPC/ヒュー・メタリカ/男/38/切断魔】

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               ライター通信
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 モロクっちです。『創詞計画200X』札幌編第3回をお届けします。
 メタリカこのまま殺そうかどうしようか迷っているところです(!)が、とりあえず、札幌が抱える脅威は〈切断魔〉から〈メロウ〉『フィアー・オブ・ザ・ダーク』にシフトしました。『フィアー』は『アイアン・メイデン』『キラーズ』よりもだいぶ小さいのですが、振動を操る力のほか、メタリカの切断能力を持っています。
『フィアー』が向かった先は札幌市中央区。次回はちょっと、大騒ぎになりそうです。

 次回にまたお会いできると幸いです。
 c;w@f!