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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「腹部・はら」



 鈴の音の噂。
(鈴の音か……きっと、『彼』のことだな)
 鈴森梛の思う『彼』というのは、遠逆欠月のことである。
 この間は一緒に食事をさせてもらったが、考えてみれば会話らしい会話をしていなかったような気がした。
(遠逆さん、か。まあ……また会ってみたいものだな)
 そう思って梛は歩き出したのである――。



 梛の受けた仕事は、目の前の敵を封じることだ。
 目の前には唸るカマイタチがいる。
 イタチのように見える外見だが、それより体格が大きい。
 まさかこんなところで偶然会うとは。
 帰り道にたまたま出会っただけなのだ。
(なんの下準備もしてない……!)
 いや、浄化や封じの道具はあるが……。
 好戦的なカマイタチの相手をする準備はしていないのだ。
「くぅっ!」
 鋭い爪の攻撃を避ける梛。腕に傷が走る。
 裂けた衣服を見遣る暇もなく、梛は防戦一方だった。
 相手の速度のほうが速いからである。
 目が追いつかない。
 カマイタチはタンタン、と左右を移動して梛の目を眩ませて攻撃を仕掛けてくる。
(くっ。せめて攻撃してくる方向がわかれば……!)
「やれやれ。怖い顔しちゃって大変だね」
 耳元で囁かれて梛は目を見開く。
 梛の眼前に迫っていたカマイタチを、梛の左側からぬぅっと現れた足が蹴り付けた。
 横蹴りを食らってカマイタチが吹っ飛んで塀に激突し、道路に落ちる。
 梛は振り向いた。
「と、遠逆……?」
「こんにちは」
 にこっと微笑む欠月は目を細める。
「苦戦してるんだ。大変だね、ほんと」
「大変て……」
「あ。大丈夫。邪魔とかしないよ。手出しも今のだけ」
 にこにこと笑顔で言う欠月は濃紫の制服姿だ。彼は腕組みして近くの塀に背をあずけた。
「終わったら教えてね。ここに罠を作らなきゃいけないんだよ。なるべく早く終わらせてね」
「…………」
 唖然としている梛は、手伝おうともしない欠月に何か言おうとするがぐっと言葉を飲み込んだ。
 そうだ。
 これは彼には関係のないことなのだ。
(期待してはいけない)
 カマイタチに向き直る。
 どうすればいいのだろうか。スピードは相手のほうが上だ。
 むくりと体を起こすカマイタチは威嚇してくる。
 血を口から滴らせていた。欠月の蹴りはかなり強力だったので、さすがに効いているようだ。
(あの蹴りで起きてくるほうが凄いかもしれないな)
 目の前で炸裂したのを見たが、とんでもない破壊力だった。
 自分がもしも食らっていたら、腕の一本など容易く折られてしまうだろう。
 カマイタチが牙を剥き出しにしてタン! と跳ねた。
(――――来る!)
 梛はざっと構えてそれから目を見開く。
 見える。
 攻撃が見える。
(そうか! 遠逆さんの攻撃のダメージで!)
 跳躍して攻撃してこようとするそれが、目に映った。
 梛は右に素早く跳んでカマイタチに手刀を振り下ろす!
 見事に当たった。
 カマイタチは地面に叩き付けられるように落ち、ぴくぴくと痙攣する。
(……やった)
 梛は小さく息を吐き出した。
 彼女はすぐに呼吸を整えて鈴を握りしめる。封印するため、だ。

 『痛み』は完全に去った。
 梛は安堵の息を吐き出す。
「終わった?」
 欠月は笑顔で訊いてきた。梛は彼のほうを見て頷く。
「あの……ありがとう、助かった」
「は?」
「あなたの攻撃のおかげで、助かったから」
 そう言うと、欠月は手を振った。
「やだな。あれはたまたま偶然ってやつだよ。深い意味はないから気にしないで」
 にこにこと笑顔の欠月は持っていた小さなケースから白いチョークを一本出している。
 梛は去りかけるが、足を止めた。
(そうだ……)
 北はどっちだっけ、と言いながら空を見上げている欠月に声をかける。
「遠逆さん」
「ん?」
 彼は振り向いた。
「この間は楽しめたよ。ありがとう」
「…………いきなりなんの話?」
「この間の食事のことだ。礼と詫びを、きちんと言ってなかったと思って。私は、ろくに話しさえしてなかった気がする」
「そんなの気にしなくていいのに。会話しなくても別にボクは困らなかったから」
 きょとんとして言う欠月は、本当に気にすらしていないようだ。
 欠月はチョークを片手に方角を確認してから、手頃な塀に近づいてなにか描き始める。
「一緒に食事をしたんだ。そのへんは、きちんとしたい」
「律儀なんだね鈴森さんて。そんなこと言ってたらきりがないとボクは思うけどな。だいたい食事は会話をするためじゃなくて、食べるためにする行為でしょ? 気にしないほうがいいよ」
 なんというか……。
(遠逆さんは、やはり変わっているというか…………気にしなさすぎというわけではないようだが)
 梛はどう反応していいかわからず、困惑した。
「……だが、話しをしていなかったからつまらなくはなかったか?」
「なんで?」
「なんで、と言われても困るが……」
「ボクはお喋り大好きな人も、無口な人も気にしたことないからね。受け答えするだけだし」
「受け答え……?」
 妙なことを言う欠月に、梛は怪訝そうにした。
「どういう意味だ?」
「お喋りを聞いているのは嫌いじゃないんだよ。聞くことは勉強にもなるしね。
 無口な人と無理に喋ろうとするほどボクは親切じゃない。それだけ」
「それは……自分から喋らないということか?」
「そうだよ。ボクって基本的に他人に興味を抱かないからさ」
 小さく笑って言う欠月は梛に目配せする。紫色の瞳が不気味に輝いていた。
「…………他人に興味がない……? 信じられないな」
 欠月のような性格でそれはないはずだ。
 梛は不審に思う。
(……なんだろう。この妙な感じは)
 痛いのがわかっていて触れようとしているような、そんな錯覚がするのだ。薔薇の棘に気づいていながら、触れるように……。
 確かに欠月は愛想がいい。大抵は笑顔だし。
(笑顔?)
 なぜ彼はいつも笑顔なんだ?
「別の意味で興味はあるかもしれないけど……それは純粋な興味じゃないと思うな。
 べつに友達が欲しいわけじゃないからね。寂しいとも思ってないし」
「変わってるな……。もしかして、記憶がないせいか?」
 触れてはいけないところだろうかとうかがうが、欠月は気にした様子もない。
「そうかもね。ああ、言っておくけど誰かを巻き込むのが嫌だとか、そういう類いの理由じゃないよ?」
 確かに戦うのに、『友人』とは勇気にも足枷にもなる諸刃の剣だ。
 大切な人だからこそ、巻き込みたくないと思う者もいるだろう。
「……遠逆さんにも、誰か大切な人はいるだろう?」
「いないよ、そんなの」
 あっさりと欠月は言い放つ。
「作らないのか、っていう質問は却下ね。今まで仕事してきて散々訊かれた事だから」
「…………」
「ボクは親切じゃないから。大切だろうがなんだろうが…………巻き込まれたヤツが悪い」
「好んで巻き込まれる者はいない」
「いるよ」
 彼はふふふと低く笑う。なぜそんなに愉しそうに笑うのだ?
「ボクは忠告はしてるからね、ちゃんと。危ないよ、って。それでも言うことを聞き入れないのはボクにはどうしようもない」
 肩をすくめる欠月はチョークを動かし続けている。
「ところで、鈴森さんはそういうことをボクと話したかったのかな?」
「え?」
「話しがしたいんでしょ? どうぞ。ボクはまだここにしばらく居るから」
 梛は欠月のことを誤解していた、と思った。
 多少は胡散臭いだろうが、根はいいヤツだと思っていたのだ。
(いや、忠告をしているだけマシだろうが……)
 名前のように、何かが欠けている男なのだ。
(記憶が戻れば……もっと変わるんだろうか、遠逆さんは)
「記憶は……少しは戻ったか?」
 尋ねると、欠月は小さく笑う。
「いいや。ぜんぜん」
「何か手がかりとかないのか?」
「さあ? 実家の連中に訊けば何かわかるかもしれないけど」
 欠月の発言に梛は眉間に皺を寄せた。
「なんだそれは! 情報を持っている者に訊いていないのか!?」
「訊いてもどうせ教えてくれないと思うよ?」
「やってみなければわからないだろう?」
「そこまで必死になるほどじゃあないよ」
「自分の記憶なのに!?」
 梛は妙な気分になっている。焦りだ。自分は焦っている。
 理解できない。
 目の前にいるこの少年が、まったくわからない存在に見えた。
(記憶が戻るのが怖いという感じでもない。興味が無いようにしか見えない……)
 怖い考えになりそうで、梛はその思いを追い払う。
「思い出したら……どうするんだ?」
「そうだねぇ……今と変わらないんじゃない?」
「そんな呑気な……。場合によっては」
 そう言いかけて、梛は口を閉じる。
 そうだ。
 なぜ気づかなかったんだろう?
(思い出したら、忘れてからの記憶がなくならないとも限らないのか)
 今こうして目の前にいる欠月が、消えるということになるかもしれない。
「…………」
 いや、それは考えすぎかもしれない。
(遠逆さんの性格は筋金入りにみえなくもないしな……)
 梛は少し顔を伏せてから、口を開く。
「…………強いな、遠逆さんは」
「は?」
「前から思っていたんだ。…………迷いが、ないようにみえるから」
「そりゃそうでしょ。迷ってないもん」
 あっさりと欠月は言い放ち、それから梛のほうを向いてにっこり微笑んだ。
「いい人なんだね、鈴森さんて。お節介が好きそうなタイプには見えないけどな」
「な、なにを言うんだ……っ」
「ボクみたいなヤツに関わってこようとするなんて、お節介な証拠じゃない」
「いや……気になっただけだから」
 そうだ。闇から覗くような……そんな目をしているから。
 丁度街灯の明かりが届く場所から、闇が支配をする場所へ一歩だけ……欠月は移動した。
 彼が描いている何かは、梛の場所からは見えない。彼は移動した場所でも何か描いている。
(いや、描いているが…………まったく『みえない』)
 白いチョークなのに。なぜ。
 暗闇から彼は微笑みながら梛を見た。
 街灯の明かりの当たる場所にいる梛とは、別の世界の住人のようだ。
「さて、そろそろ帰ったほうがいいよ。夜が深まると…………あんまりいいことないしさ」
 闇の中にある紫の眼が細められる。だが……決して笑っているようには見えなかった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5222/鈴森・梛(すずもり・なぎ)/女/21/封印師】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鈴森様。ライターのともやいずみです。
 少しずつな感じになってますが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!