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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜聖夜〜



 橘穂乃香は館の花園に居た。
 そこに設置されている白いベンチに腰掛けて、彼女は何かに夢中になっている。
「う……なかなかうまくいきませんわ」
 むぐぐ、と眉間に皺を寄せていても可愛らしい顔立ちの穂乃香は、必死に手元を見ていた。
 そう、彼女は編物をしている。とはいえ、それほど編物が得意ではない。
 今日はクリスマスイブなのだ。
 ふと、穂乃香は手を止めてしまう。
「そういえば……お元気でしょうか」
 今は遠い地にいる、彼は。
 連絡はないので、心配だ。
「お怪我など、されてなければいいのですけど……」
 はっと我に返って編物をしていた手を動かす。
 何度もああでもないこうでもないと思いながらたどたどしく編んだマフラーはやっと形になってくれた。
「できた……」
 目の前で掲げて見ると、やはりどうも不恰好だ。
 穂乃香は無言で眺めていたが半眼になって嘆息した。
「最初から上手くいくわけないって思ってましたけど……やっぱりそんなものですわね」
 もしかしたら上手くいくかもしれないという期待を半分。でも初めて作るんだからやっぱり無理だという諦めが半分。
 結果として、初めて作ったものに相応しいカタチになったわけだ。
 編み目をじっと見ていた穂乃香はぴくりと反応して周囲を見回す。
 気のせいだったのだろうか。花園の植物たちがざわついたような気がしたのだが。
 なんとなく。
 そう、なんとなくなのだが穂乃香はベンチから降りた。
(いえ、でも、そんな)
 期待は半分。
 真っ直ぐに館の外を目指す。門まで来て、そっと外を見た。
 やっぱり、と落胆した。諦めは半分あったのだ。
「そうですよね……。今は上海ですし」
 こんなところにいるわけがない。
「誰がだ?」
 真後ろから声が聞こえて穂乃香がびくぅ! と、背筋を伸ばした。
 今の声は。
 恐る恐る振り向くと、そこに遠逆和彦が立っていた。
 顔にはバンソーコーが二つほどある。
(まぼろし?)
 さっきまで和彦のことを考えていたので、にわかには信じがたい。
 でも、この唐突に現れるところはまぎれもなく……。
「和彦……さん?」
 そっと尋ねると彼は不思議そうな顔をする。
「そうだが……。顔を忘れられてしまったのだろうか……」
「えっ? ち、違いますよ。あの、なつかしくて」
「そうか?」
 和彦はそうでもないようだ。彼はおそらく向こうで忙しかったのだろう。
 穂乃香は気を取り直してにこっと微笑んだ。
「お帰りなさいませ」
「え? あ、ああ。どうも」
「お帰りになっていらっしゃるなら連絡ぐらいくださればよろしいのに」
「いや、さっき着いたばかりだから」
「さっき?」
「今日帰国して、明日また出立するんだ」
 唖然とする穂乃香であった。
 たった……そんなたった少ししか日本にいないのか、彼は。
「お、お仕事は終わったのでは?」
「いや、まだかかるな」
「そんな……」
 落胆して肩を落とす穂乃香を見て、和彦は言うんじゃなかったという顔をする。
「すまない。少し顔を見るだけでこっちに来たのに……。まさか屋敷から出てくるとは思ってなかったんだ。軽率だった」
「いえ、そんな。顔が見れただけでも嬉しいです」
 元気そうだ。彼は。
 眉間に皺を寄せた穂乃香は嘆息する。
「和彦さん、その顔のケガはどうされたんですか?」
「えっ!?」
 ぎくっとしたように思わず顔に手を遣りかける和彦。
 その手を後頭部に遣って彼は苦笑した。
「いや、ちょっと……」
「ちょっと?」
 まあ、『ちょっと』と言えなくもない。
 小さな切り傷を塞いでいるようにしか見えないし。
(本当に……あの超回復はもうないんですね)
 折れた首や切り刻まれた深い傷さえも、ものの数分で完治させる彼の能力はもうないのだ。
「また無茶でもされてるんですか?」
「お、俺はやってない!」
 断言する和彦は首を左右に振った。
 怪しむ穂乃香に、彼は嘆息混じりに説明する。
「いや、上海で世話になっている先でな……その、案内人というか同業者というか……そいつがなんというか……」
 歯切れの悪い言い方をする彼はどうやって説明しようか悩んでいるようだ。
「お一人で仕事をされているんじゃないんですね」
「俺は中国語など喋れないからな」
 言われてみればそうかと思う。
 言葉の通じない場所にあっさり行ってしまったので、てっきり喋れたのかと思っていたのだが……。
(古風な和彦さんが……さらさらと中国語を喋っているのは、確かに想像できませんね)
 穂乃香は和彦の手を握り、引く。
「せっかくですから入ってください」
「え。でも……本当に顔を見にきただけだから」
「まだ少しはお時間があるんでしょう?」
 にこにこと笑顔を浮かべて言われて、和彦はやれやれと肩を落としたのだった。



 広大な花園が見えるテラスで、和彦はケーキとお茶を出されて微妙な顔をしていた。
「どうかしましたか?」
「……広いと落ち着かない」
 ぼそっと言われて、穂乃香はそうですかねという表情をする。
 穂乃香は自分の屋敷なので広いとは思わないのだ。
「上海ではどんなお仕事をされていたのですか?」
「どんなって……いつもと同じだが」
「いつもと? 変わったところはないんですか? 日本とは全然違うのでは?」
「うーん……。全然違うことは違うが…………」
 渋い顔をするので、穂乃香は心配そうにうかがう。
「なにか……困ったことでも?」
「え? あー……まあ、少し」
「少し? わたくしでお力になれますかっ?」
 勢いよく言う穂乃香に彼は苦笑した。
「俺が慣れてないだけだから心配しなくてもいい。
 今まで一人でやることが多かったから、集団で仕事をするのに慣れてなくて……」
「集団?」
「と、言っても少数だけどな。メンバーの中にな、腕はいいんだが後先考えずに突っ込むヤツがいてさ」
 嘆息する和彦は本気で参っているようだ。
 確かに彼は単独で仕事をするほうが似合っている。
「それは……困りましたね」
「気づいたらだーっと走って行っていてな。心臓が何度も止まりそうになった」
 想像して穂乃香は笑いそうになった。
 おそらく和彦はぎょっとして困惑してしまったに違いない。
(和彦さんが振り回されるなんて……ちょっと気になりますね)
 笑いを堪えていた穂乃香は安心する。
 連絡がなくて、どうしていたかと心配していたが……彼は無事に生活しているようだ。
「いつ頃終わりそうですか、お仕事」
「さあな。まあ春まではかかると思うけど」
「春!?」
「俺は一応助っ人として上海に行ってるからな……。終わるまでそれくらいはかかると思う」
「そんなに手強い相手なのですか……?」
「そういうのとは違うんだ……」
 考えるのも嫌そうな和彦は紅茶を口に運んだ。
 手強かったらもっと大怪我を負っているはずだろう。
 でも、よかった。
(和彦さん、元気そうです)
 あの辛い出来事があってから、彼は本当に元気になったと思う。
 ハッとして穂乃香はイスから降りて何かを取りに部屋に入っていった。
 ぱたぱたと足音をさせて戻ってきた穂乃香を、彼はゆっくりと見遣る。
「め、メリークリスマスですわ」
 和彦に近づいて渡した手編みのマフラー。
 帰ってくると知っていればもっとちゃんとしたプレゼントを用意したのにと悔やまれる。
「さっき完成したばかりなんですけど…………は、初めて作りましたからその、ちょっと不恰好ですけど」
「…………」
 受け取った彼はぽかんとマフラーを見遣り、それから微笑んだ。
「ありがとう」
「い、いえ! そんな……」
 できるなら、もっと上手くなった時にもう一度あげたい。
 和彦はちょっと考え込み、申し訳なさそうにする。
「まさかプレゼントを貰えるとは思ってなかった……。すまない。俺は何も用意していないんだ」
「気にしないでください。そ、それに……あまりうまくないですし、そのマフラー」
「だが……」
「顔が見れただけでも十分プレゼントですわ」
 にっこり微笑まれて、和彦はきょとんとするものの、微笑む。
 まだまだ忙しいだろうに、わざわざ顔を見せに来てくれたことが穂乃香は嬉しかったのだ。
「でもどうして帰国したんですか? なにか心配事でも?」
「いや、クリスマスは大事な行事と聞いたから帰ったほうがいいかなと思っただけなんだ」
「そ、それだけ?」
「それだけだ。年末年始はどうせ帰って来れないから、せめてと思っただけで。
 だが、よくわからないんだ。なにが大事な行事なんだろうか……」
「いいじゃないですか。気にしなくても」
「そ、そうなのか?」
「そうですよ。気にしないことです。これ、うまくいく秘訣ですから」
 真面目すぎる和彦には難しいかもしれないが。
 雪でも降ればいいのに、と穂乃香は空を見上げたが……晴れている。鮮やかな青だ。
 でも。
(和彦さんがここに居ることが、すごいことですよね)
 こうやって一緒にお茶をすることができるなんて。



 結局和彦はケーキとお茶を完食して、夕暮れには帰ることになった。
 彼は明日、上海に戻って行く。
 門の前まで見送りについて来た穂乃香を、和彦は見遣る。
「今日はご馳走になった。本当にありがとう。ケーキもお茶も、美味しかった」
「それは良かったです」
 今まで助けてもらった、ささやかなお礼になっただろうかと穂乃香は嬉しそうだ。
「それじゃあ俺は行くよ」
「あ、はい」
 もうちょっと居て欲しいな。そんなことをちょっと考えて、でも穂乃香はそれを追い払う。
 彼は帰ってくる。今は一時の休息のようなものだ。
「お気をつけて。お土産、楽しみにしてますね」
「……ちゃっかりしてるな」
 くすくす笑う和彦に「当然ですわ」と胸を張った。
 こういう約束を断らないということは、彼は戻ってくる気があるということだ。
「お土産話でもよろしいですよ?」
「……面白いことなどないとは思うが……まあそれならそこそこ用意できるかもしれない」
 和彦は軽く手を振って歩き出した。
 穂乃香は彼が見えなくなるまで手を振って見送ったのである――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 和彦と過ごすクリスマス、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!