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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜聖夜〜



 店番をしていた黒崎狼は溜息と頬杖をつく。
 なにが悲しくてクリスマス・イブに骨董品店の店番などをしなくてはならないのか……。
(まあ……別に用事もないからいいんだけどよ……)
 それもそれで寂しい……。
「はあ……」
 溜息をついて店の奥から外を眺める。店の前を行き来する人々はカップルが多いような気がしないでもないような……。
(そうだよな……。こんな日に骨董品屋に来る物好きなんているわけないよな)
 店番をしているのに苛々し始めた狼はお茶をいれて飲む。
 足音が聞こえて狼は顔をあげた。誰か来たようだ。
「いらっしゃー……」
 びくっとして狼は動きを止めた。
 長い髪をなびかせて入ってきた少女は、狼を見てにこりと微笑む。
「こんにちは。私が来るといつも店番をしていますね、あなたは」
「月乃……? お、お前……ほ、ほんも……」
 頭からつま先まで見ていると、つかつかと近寄ってきた月乃が狼の頬を抓った。
「どこを見ているんですか……?」
「やましい気持ちはないって!」
 痛い痛いと悲鳴をあげる狼から月乃は手を放す。
「ならいいんですが」
「先に確かめてから抓ってくれよ……」
 痛む頬を擦る狼の前で月乃は反省した色をみせない。
 月乃はいつもの濃紺の制服姿ではないためか、狼には少し新鮮に見える。
「帰ってくるなら連絡くらいしてくれたっていいだろ?」
「ふん。手紙の一つも寄越さない人がなにを言ってるんですか」
「うっ。すまん……」
 でも外国に手紙を出すのはあまり……。
 そんなことを思っていたが、狼はハッとして月乃を見た。
「仕事終わったのか? 終わったんだよな? ここに居るんだし」
「終わってませんよ」
 さらりと言う月乃の前で狼は足を滑らせそうになる。いつもいつも、なぜ彼女はこうも脱力するようなことを言うのか。
「お、終わってないのか?」
「そんなにすぐに終わるわけないじゃないですか。上海まで行ってるのに」
「……それもそうか」
 納得した狼は疑問になって眉をひそめる。
「……ならどうして月乃はここに?」
「今はクリスマスという時期らしいですね。いえ、行事ですか?」
「クリスマス? それが?」
「私はそういったことに詳しくないので、万が一を考えて帰国しました。
 どうせお正月などの年末年始は帰国できないと思ってましたし、ちょうどよくて」
「………………万が一って、いったい何が起こるんだよ」
「それはわかりません。何か大変な日ではないのですか?」
「もしかして、わからないからここに来たのか?」
「そうです」
 きっぱりと言い放った月乃の前で狼は嘆息する。
 うん。やっぱり彼女は何も変わってない。
(懐かしいよな、こういうやり取りも)
「いつ帰るんだ?」
「明日です」
「早ッ! なんだそれ!」
「無理に言って時間を作ってこれが限度だったんです」
 どれだけ大変なんだ、彼女は。
 壮絶だなあと狼は後頭部を掻く。
「じゃあせっかくだし、どこか行くか?」
「は?」
「どうせこの店、客も来ないからな。店番も飽きてきたところだし」
 一人でぶつぶつ呟いている狼の前では月乃が疑問符をぽこぽこと頭の上に浮かべていた。
「ま、待ってください。クリスマスは出かける日なんですか?」
「まあ気にするなって」
 へらっと笑う狼に、彼女は眉を吊り上げる。
「気にしますよ! 教えてくださいっ!」
「…………」
「狼さん!?」
「いいじゃないか。じゃ、レッツゴー」
 立ち上がって狼は月乃の手を引っ張った。彼女は困惑して狼を見つめているだけだ。



 ケーキを注文した狼は、向かいの席に座る月乃がきょろきょろと周囲に視線を遣っているのに不思議そうにした。
「どうした? 何か珍しいものでもあったか?」
「いえ……。なんだかいつもと客層が違うような気がして……」
「今日は美味いケーキを食べる日だから気にするなって」
「ケーキを食べる日なんですか?」
「…………」
 笑いがこみ上げてくるが狼はぐっと我慢する。
 たまにこういうところが見れるから、月乃と居るのは飽きない。
「そうそう。男女でケーキを食べる日だ」
「……なにか儀式的ですね」
 真剣に考え込む月乃。
 狼はひくひくと口元を痙攣させる。笑いたいが、ここは我慢だ。
 運ばれてきたケーキを見て月乃が瞳を輝かせる。本当に彼女は甘いものが好きらしい。
「上海では仕事は順調だったか?」
「まあ……そこそこ」
 嬉しそうにケーキを頬張りながら月乃は応えてくれる。
「仕事は……どんな感じだ?」
「そうですね。今までは一人で仕事をしていたんですが、今回は集団で退魔にあたっています」
 東京で憑物封じをしていた月乃はほとんど誰の手も借りずに仕事をしていた。
 珍しい、と狼は「ふぅん」と呟く。
(月乃の性格で誰かと協力するなんて……)
「うまくいってるのか?」
「え? 退魔の仕事がですか?」
「いや、それも含めて」
「…………」
 月乃の手が止まり、彼女は顔をしかめる。
「仕事はまあ……なんとかちゃんとできているとは思いますが、なにしろ私が集団行動が初めてなので、足を引っ張って……いるのかもしれないですね」
「月乃が? 嘘だろ!」
「…………」
 なにか思い出している月乃はどことなく目が虚ろだ。
「なにか失敗とかしたのか?」
 心配になって尋ねる狼であった。月乃のことだからいじめられているということはないとは思うが……。
(いや、月乃って結構手厳しいしな……そういうのが嫌われてるとか?)
 まてよ。意地悪されても月乃はきちんとやり返す性分のはずだ。だったらやはり違う。
「いえ……私が失敗しているわけではないんですよ」
「え?」
「一緒に行動している人が……腕はいいんですが、打ち合わせなしでダーっと突っ込んでしまうんです」
「…………一人でか?」
「はい。なので、私がそのフォローに回ることが多くて……」
 疲れているような表情の月乃に、なるほどと狼が納得した。
 今まで自分のペースで仕事をしていた月乃のことだ。その人物に翻弄されて参っているのだろう。
「へぇー。でも月乃を困らせるヤツなんているんだ。すげえな」
「笑い事じゃありませんよ!」
「どんなやつ?」
 気になって尋ねる狼に、月乃は答え難そうな顔になる。
「どんなと言われても……うまく言えません」
「そんなに!?」
「思ったらすぐ行動するタイプなのは確かですね」
「……なるほどな。それは月乃は困りそうだ」
 自分の注文したケーキを食べる狼は、微笑んだ。
 良かった。月乃はちゃんと上海でもうまくやっていけているようだ。安心した。
 たった一人で上海に行って、前のような孤独な目をして帰ってきたらどうしようかと、実は心配していたのだ。
「そーだ! あっちに行ったら写真とか送ってくれよ! 俺も見てみたいし」
「残念ですが、私は写真に写るのを良しとしていませんから」
「え〜。そんなケチなこと言うなってば」
「ケチではなく、呪詛などに使われそうなものは避けているだけです」
 しごく真面目な顔で言われて狼は「そっか」と嘆息する。
 こういうところを徹底しているのが、彼女の仕事がどれだけ大変かを物語っていた。
 ちょっと考えて、月乃は笑顔になる。
「そうだ! 上海へ来たら私が案内しますよ? どうです?」
「へ?」
「その人たちに紹介もします。直で見たほうがいいでしょう?」
「そ、そんな金ないって……俺には」
 なにせ仕送りで生活しているのだ。余計な出費は極力抑えておくべきだろう。
 月乃は「それはそうですね」と呟いた。
「狼さん、居候しているとおっしゃっていましたが……生活資金はどうしているんですか?」
「え? あー……家からだよ」
 本当は祖父から、だが。
「なるほど。それでは気兼ねしてお金は使えませんね」
「まあ……な」

 帰り道、もうすっかり空は暗い。
 狼は考えていたことを実行するため、誰も居ない道で月乃に顔を向ける。
「ほら月乃」
 手を差し出すと彼女は困惑の目で狼を見た。
「なんですか?」
「いいからつかまれよ」
「…………」
 なにかあるのではと疑う月乃の手を無理やり掴み、引っ張る。そしてひょい、と彼女を抱えあげた。
「ぶっ」
 狼は動きを停止する。
 あ、と呟く月乃。
 条件反射のように、月乃が狼の頬に拳を入れていたのだ。まあ直前に力を緩めたらしく、そこまで痛くはない。
「な、なにすんだよっ」
「すみません、つい反射的に……。
 って、それは私のセリフです! なにするんですか! 放してくださいっ」
「こうするのさ」
 そう言い放ち、狼は背中から翼を出現させる。黒い翼を広げて夜の空へと舞い上がった。
 ぎょっとする月乃は狼の首に手を回す。
「なにするんです! 降ろしてください!」
「こんなところから降ろしたら月乃は即死だろ」
 風を受ける月乃は苛々したように狼を睨む。
「私なんか抱えてどうしようっていうんですか!? 腕が疲れますから早く地上へ戻ってください」
「……あのさ、普通はこういう場面はもっとほかに言うことがあるんじゃないのか……?」
 夜空の散歩なんて、洒落ていると思うのだが。
 ロマンチックのロの字もわかっていないような月乃に、狼は嘆息する。
「こういうの、女の子は普通は喜ぶもんだろ?」
「……私は寒いだけです」
 目を細めて言う彼女の言葉に狼は吹き出す。
 まあ確かに寒い。クリスマスに夜空を飛ぶなんて、寒さなんて気にしないという人だけだろう。
「はははっ。月乃って、ほんと変わらないよな、そういうとこ!」
「?」
「仕事もあるだろうけどさ……」
 月乃はきょとんとして狼を見つめる。狼は照れ臭いのか、あさっての方向を向いていた。
「たまには……こんな風に帰って来いよな? 危ない仕事してんだし、息抜きもしないとさ」
「…………」
「俺も……たまには手紙書くように努力するし……」
「狼さん……」
 狼は月乃をちらっと見て、笑う。
「気をつけてな」
「……はい」
 頷く月乃はそっと、夜空に浮かぶ月を見つめた。
 狼もそちらを見る。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 月乃と過ごすクリスマス、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!