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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙〜決意編〜

□オープニング□

 激しい金属音を響かせ、机上の蜀台が大理石の床に転がった。薙ぎ払ったのは男の腕。血の気の失せた顔。噛み締めた唇から血が滲んでいた。
「やはり、私が行かねばならないのですね…未刀、お前は私に手間ばかりかけさせる!!」
 テーブルに打ちつけられる拳。凍れる闘気。透視媒介としていた紫の布が床の上で燃えている。燻っている黒い塊から、煙が立ち昇った。
「天鬼を封印し、力をつけたつもりでしょう。ですが、私とて衣蒼の長子。その粋がった頭を平伏させてみせます」
 排煙装置の作動音が響く。
 仁船の脳裏に刻まれた父親の言葉。繰り返し、神経を傷つける。

『力ある者のみ衣蒼の子ぞ!
 母が恋しければ未刀を連れ戻せ。
 仁船、私の役に立つのだ!    』

 失った者、失ったモノ。
 奪った弟を忿恨する。自分に与えられるはずだった全てに。
 未刀の部屋へと向かう。絵で隠されていた血染めの壁を虎視した。忘却を許さない過去の記憶。
「あなたはここへ帰るべきなのです……力を失って…ね…フフフ」
 衣蒼の後継ぎにだけ継承される血の業。封門を開くその能力。忌まわしき歴史の連鎖を、仁船は望んでいた。叶わぬ夢と知っているからこそ。


□歪む空 見据える君――黒崎狼

 楽斗と戦ってから数日。俺は色々な策を練っていた。別に必要ないのかもしれないが、相手はあの天鬼を操っていた仁船。それと諸悪の権化の父親だ。未刀が迷うこともあるかもしれない。
 その時、少しでも助けになればいい。もちろん、力だけでなく、考えと意見……という論理的な策も考えていた。口で勝てる気がしないが、ないよりはいい。
 未刀が風呂から出て、俺の横に立った。
「おう、未刀。長風呂だな。みかん食うか?」
 コタツに座ってテレビを見ている俺。四角いブラウン管はただ映像と音を出しているだけの箱状態。耳には入っているが、意識にはない。
 そんな俺に気づいたのか、未刀は申し訳なさそうな顔をした。
「……狼」
「未刀……。お前の言いたいことは分かってる。けど、それを言ったら許さないって言っただろ?」
「ああ」
 それでも言いたそうな未刀に、座るように合図して俺は言った。
「分かってると思うけど……」
「うん」
「俺も一緒に行くからな? 出会った頃みたいについて来るなは無しだぞ」
 未刀がみかんをひとつ取って、所在なげに手元で剥き始めた。
 その仕草をテレビに集中するふりをして、見ないようにしてやった。きっと、未刀は俺を巻き込みたくないと思っているはずだ。

 この後に及んで……だよな。

 相変わらず、他人を気遣うばかりの未刀。けど、明らかに以前とは違う。
「いよいよ、明日だな」
「狼。僕は行く」
「ああ、蹴り倒されてもついて行ってやるっ!」
 笑う俺、苦笑する未刀。決戦を前に、笑顔を見せられる余裕があるのはいいことなのかもしれない。

             +

 大きな門は今まさに俺たちの前に開く。中に入るとすぐに、仁船が立っていることに気づいた。
 光りのない瞳でこちらを見据えている。これは予測していたことだ。世蒔神社で天鬼が現れたことを考えれば、仁船が俺たちの動きを察知していないわけがないのだ。
 未刀が一歩前に進み出た。
「仁船…僕はあんたを越えて、父上に会う」
「本気で言っているのですか? 甘いですね。すんなり通すとでも思ったのですか? 私は父上の命を受けている、貴方を懐柔せよとねっ!」
 白髪の青年が吐き捨てるように言った。弟に対する感情が、こんなにも憎しみに満ちたものでいいんだろうか?
 俺にならどんな感情を抱くんだろう――。
「あんたは間違ってる。俺は狼に教えられた。逃げることは卑怯なことだと。父上の命に従うことしかできないあんたは、それこそ現実から逃げているんじゃないかっ!」
 仁船が気色ばむ。未刀の二度目の言葉は、ずっと強く俺の耳に届いた。

 …もう随分昔みたいな気がする。
 目を塞いで耳を塞いで誰かに触れることさえ恐れて…逃げていた未刀。
 でも、未刀は変った。
 …蒼い瞳で真っ直ぐに前を見て…俺の言葉をきちんと聞いて、決着を付けるために自分から…ここに戻ってきた。

 俺は頬が緩むのを感じた。唇を噛み、未刀を睨んでいる仁船に声をかけた。
「お前、未刀の兄貴なんだろ? だったら、もっと大人になったらどうなんだ」
「……余所者に言われる筋合いはありません」
「図星…だから怒るんじゃないのか?」
 仁船の意識が明らかに、俺の方へと向けられている。対峙してから初めてのこと。怒りに染まった目は、光りを失った瞳ではなかった。
 未刀の兄貴の割りに、あまり似ていない。でもその蒼い瞳だけは、出会った頃の未刀の瞳に似ていた…。尊大な態度や物言いで隠しているけれど…その奥には――。
「不愉快ですね、私を愚弄する者が未刀以外にいるとは」
「仁船…、お前の目には弱さが宿ってる。今の未刀ならもう越えられる」
「……私に弱さなどない」
「誤魔化されやしないぜ。停滞する者と進むことを望む者の差は大きい。未刀は進むことを望んだ。お前は、求める心を隠し失うことを恐れているだ。『持つ者』への羨望は隠しきれるものじゃない」
 そうだ。俺がそうだったように。

 俺の過去。
 血の呪縛。力を持つ者であることの苦痛。
 何も持たない者の羨望と怯えは、俺を突き刺し傷つける刃だった。

「未刀をここへ戻らせるきっかけを作ったの貴方…ですね」
 仁船が怒りの表情を隠そうともせず、両手を広げた。その手首から薄紫の布が現れた。オーロラのように揺らぎ、一気に具現化する。
「狼っ!」
「分かってるさっ!」
 俺と未刀は互いに反対方向に跳んだ。足元に刃と化した布が突き刺さる。
 戦いが始まった。結局、前日に考えていた策は何も役には立たなかった。けれど、未刀には俺がいる。俺に未刀がいるのと同じように。
 未刀の剣、俺の翼、仁船の縛帆。
 互いを傷つけながら、経過する時間。これでは埒が空かない。迫り来る紫苑を弾いて、俺は叫んだ。
「もうやめるんだっ! なぜ傷つけ合う!? 人は許してこそ、自分も許される。俺はずっと孤独だった。人を許すことができないでいたからかもしれない。けど、俺は未刀と出会って変われると思った。無条件で受け入れることができる人間なんだって思えた」
「……狼」
 未刀が手を止めて、俺を見ている。仁船もなぜか動きを止めた。
 力なぜ、こうも人を苦しめるのだろう。
 力の有無が人の在り方を決める、たった一つの法則ではないはずだ。
 未刀、楽斗、仁船……衣蒼という力を求めるだけの環境が生んだ、歪の被害者。きっと誰もが何かを求め…手に入れられないことに悲しんで。
 頬を涙が伝う。拭うこともせず、俺は叫び続けた。
「俺はこれからもずっと未刀と歩いてやる。あんたも、父親の影を踏み越せ。あんたにだってあるんだろう? 進んで行きたい自分だけの道ってやつがっ!!」
 地面に雫が落ちる。
 何で泣いているんだろう俺は。誰かを助けたいと心から思う。それだけで人は幸福への一歩を踏み出しているんだ。
 だから、俺は泣いているのだろうか……。

 仁船の動きが完全に止まった。俺から視線を外し、空を見据える。悲しい青い瞳は何を今、映しているのか。
「俺の言葉が伝わってるなら…いいんだけどな」
「…狼。ごめ…いや、ありがとう……」
 未刀が小さく頭を下げた。たった一人の兄弟。元に戻ることを願わないわけがない――か。
 安堵した瞬間だった。俺の肩に太い指が食い込む感覚。
「ぐぅっ、く…くそっ誰だっ!!」
「下賎の者に屋敷を荒らされるとは、衣蒼の警備も落ちたものよ」
「んっだとぉっ!」
 背後で見えない相手。掴んでいる腕を振り払い体を反転した。それは言われなくとも分かる、未刀の父親である衣蒼秀清。俺を凝視した後、鼻で笑った。
「…ん。なるほど、未刀の選んだ犬か」
「なっ……」
 こいつ、まさか俺の正体を。
「犬は犬らしく、撒かれた餌にでもしっぽを振っているがいい」
 決定的だった。逆上するのを抑えられない。殴りかかろうとした瞬間、振り上げた腕を未刀が掴んだ。
「狼は僕の大切な親友だ。父上であろうと、愚弄することは許さない……」
 低くしっかりとした声だった。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1614/黒崎・狼(くろさき・らん) /男/16 /流浪の少年(『逸品堂』の居候)

+ NPC/ 衣蒼・未刀(いそう・みたち) /男/17/封魔屋
+ NPC/ 衣蒼・仁船(いそう・にふね)  /男/22/衣蒼家長男
+ NPC/ 連河・楽斗(れんかわ・らくと)/男/19/衣蒼の分家跡取
+ NPC/ 衣蒼・秀清(いそう・しゅうせい)/男/53/衣蒼家現当主

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■         ライター通信      ■
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ライターの杜野天音です。狼くん大活躍ですねっ(*^。^*)プレイングにたくさんの台詞があったので助かりました。良い事いうなぁと感心しています。今回の決意編はどうだったでしょうか?
ラスト辺りは展開が似てくるので、変化をつけるのが苦労する点です。なので、どんどん戦闘シーンよりも、論戦っぽくなってきてます(笑)
それではラスト1回まで、お付き合い下さい。ありがとうございました。